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Valentine's day with Oshitari 2






「…何かいいことでもあったのか。」

「え?!いや…え、何ですか…。」

「……昨日はあんなに落ち込んでいたのに、今日は随分楽しそうだな。」


演奏を終えた私の目をじっと覗き込む榊先生。
てっきり何か厳しい言葉でもかけられるのかと思っていたから、咄嗟に反応が出来なかった。
いいことって……別に……


「あ。そう言われてみればありました。」

「……。」

「昨日、忍足が家に来て美味しいお好み焼きを作ってくれたんです。」

「…忍足…。」

「……あ、忍足っていうのは氷帝テニス部の「わかっている。」

「いや…なんか今、間があったから先生忘れちゃってるのかと思って…。

「そんな訳ないだろう。……なるほど。」


何か納得したのか、表情を変えずに首を縦に振る先生。
相変わらずこの独特な間にどう対処していいのかわからない。


「珍しくあの忍足が励ましてくれたので、ちょっと元気が出たのかもしれません。」

「………青春だな。」

「……青春……って…。」

もそういう年頃か。」

「年頃って…そ、そういうのじゃないですよ!今のは熱い友情のお話です!」


手を振って否定する私を見て、先生が少しだけ笑った。
先生も知ってる相手とそんな風に勘違いされるのが何故だかとても恥ずかしい。
念の為もう一度否定しておかないと、この先生のことだ。
謎解釈と謎ボキャブラリーで変な風に噂が拡散してしまうかもしれない。
そう思って、そのまま席を立とうとする先生に口を開こうとすると
それより少しだけ早く先生が話し始めた。


「次のコンクールは3か月後。」

「……は、はい。」

「出場させるかどうかは、今後の努力次第だ。」

「…はい!」

「…以上、いってよし。」

「……ありがとうございました!」





























「七瀬さん、やっほ。…あのー、忍足いる?」

「あ、さん。忍足君ならさっき購買に行ってたと思うよ。」

「そっか、ありがと!ちょっと探してみるね。」


初めて覗いた忍足のクラスは、構造も配置物もほとんど自分のクラスと同じはずなのに
何故だか新鮮に見える。見慣れない同級生たちの中で見つけた、中学で同じクラスだった七瀬さんに忍足の居場所を聞いてみると
調度入れ違いになってしまったようだった。

お昼休みに榊先生に突撃レッスンタイムを申し込み、
自分としては納得の演奏が出来た。
まだまだ課題はあるけど、課題を見つけられただけでも成長だと思う。
今、私の心には正体不明のメラメラとした闘志が芽生えていた。
その結果、榊先生に面倒くさがられながらも無理矢理演奏を聴いてもらうことになったんだけど、
昨日の落ち込みが嘘のように、まっさらな気持ちで先生に演奏をぶつけることが出来た。

そして、その理由はきっと昨日食べた美味しいお好み焼きだと思う。
だからまずは一番に忍足にお礼を伝えたかった。


「…お、いたいた。忍足ー!」

「…なんや、か。」

「どうしたんだよ、もう昼休み終わるぞー。」

「がっくん。違うの、ご飯買いに来たんじゃないんだ。忍足に会いに来た。」

「……うっわ、珍しい。の口から侑士の名前が出るなんて。」

「ほんまやで、いつもは俺の事なんか眼中にないくせにな。」


2人でお揃いのジュースを飲みながら、ケラケラと笑うがっくんに忍足。
色々と話したいけど、取り敢えずもうそろそろお昼休みも終わってしまう。
時間が無いので簡潔に伝えないと!


「あのね、さっき榊先生に無理矢理演奏聞いてもらったんだけど上手くいったんだ!」

「何だよ、何の話?」

「……ふーん、良かったやん。」

「たぶん忍足のお好み焼きで元気出たからだと思う。ありがと!」

「お好み焼き?なぁ侑士、は何言ってんの?」

「いや、別に何もない……」

「昨日ね、実はちょっと落ち込んでて…そしたらなんと忍足が家に来てお好み焼き作ってくれてさ。なんかお腹いっぱいで幸せになったら、気持ちも軽くなって…へへ。」


キーン…コーン……カーン……


その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
気付けば廊下にいたはずの生徒たちもほとんどいなくなっていた。


「やば!戻らないと…。とにかくありがと、忍足!じゃあまた後でね!がっくんも!」


大きく手を振る私に、軽く手を挙げて見送ってくれる二人。
私のクラスはここからだと遠いから、急いで廊下を駆け抜けた。







「……なぁ、侑士。」

「違う。」

「…お前昨日、俺達とのサイゼ断ったよな。」

「違うねん。聞いてくれ、岳人。」

「……の家にお好み焼き作りに行ってたのかよ。」

「…誤解や。」

「今日、部活の後弾劾裁判するから。」

「………はい。」












































「あれ?忍足、忘れ物?」

「いや、違う。この後時間あるやろ。」

「…まぁ、あるけどお腹空いたから早く帰りたい。」

「…調度ええわ、行くで。」


ある日の部活後。
誰もいなくなった部室で、部誌を書いていると
がっくん達と帰ったはずの忍足が部室の入り口に立っていた。


「行くって…どこに?」

「ええとこや。はよ仕事終わらせ。」


何か隠すようにしてニヤリと笑う忍足。
きっと以前の私なら、こういう状況になったら迷わず誘いを断って
自分の本能の赴くままに家に帰っていたと思う。


でも、ここ最近…具体的にはたぶんあの落ち込んでた日にお好み焼きを作りに来てくれた、あの時以来、
私の忍足に対する気持ちは少しずつ変わっていた。
なんとなく、他の皆とは違う話も出来る仲というか…
不思議と忍足と話をしていると、気楽で落ち着けるような感じがしていた。
それは、あの日自分の情けない部分をさらけ出してしまったからなのか、理由はわからない。
とにかく、今、こうして忍足に誘われた私は少しテンションが上がっていた。













「うわー、なんかオシャレ…!」

にはオシャレすぎて、息苦しいかもな。」

「…いや、大丈夫!女子高生なんだから大丈夫!」


…と、口ではいいつつも心の中ではかなり緊張していた。
忍足が意気揚々と案内してくれたお店は、外見からしてかなりオシャレなカフェだった。
そして中に入ってみると、まさかの個室空間。おしゃれポテンシャルがえげつない。
カウンター席のような形になっていて、目の前のガラス窓から段々と日が落ちていく街の様子が見える。
椅子は柔らかそうな素材のペアソファ。
上品な色合いのクッションが2つ置かれて、まさに女子が好みそうなオシャレカフェだ。


「……って、いうかこれ…たぶん忍足は知らないかもしれないけど…」

「なんや。あ、上着かけるか?」

「う、うんありがと。…あのさ、これってたぶん…カップル用の個室だよ。」


慣れた様子で私の上着を受け取った忍足は、
壁にかかってある可愛らしいハンガーにそれをかけてくれた。

店員さんが個室から退出したのを確認してから、忍足に耳打ちすると
少し止まって私の目を見て、そして小さく笑い始めた。


「…にも、そういう感覚はあるんか。」

「だって、この前瑠璃ちゃん達と見てたファッション雑誌にも載ってたもん。こういう個室カフェ…。
 カップル達がこぞって集まる系のそういうところだよ、これ…。」

「まぁ、別にええやん。誰も見てへんし。」

「…それはそうなんだけど。」


私が考えるほどには忍足は気にもしていないのか、
どさっとソファに座ってパラパラとメニューを見ていた。
……まぁ、変に意識しすぎる方がおかしいか。
今日は女子会だと思ってこのオシャレ空間に溶け込むしかない。

思い切って私もソファに座ると、思った以上のフカフカ具合に声が出る程驚いた。
あまりにもそのソファを珍しがる私が可笑しかったのか、忍足がケラケラと笑った。
私も笑いそうになったけど、フと右腕に感じた忍足の体温で全身に緊張がはしった。

……な、なんかやっぱり近いな。

忍足がメニューを見せながら、色々聞いてくれたけど
私は、どんどん沈んでゆくソファに逆らって、なんとかお互いの距離感を保とうと必死だった。























「ほな、乾杯。」

「え、今日何の日だっけ?なんかお祝い?」

が立ち直った記念や。」

「……ま、まじで…?」


まさかの発言に、オレンジジュースのグラスを持ったまま固まる私。
カチンと私のグラスに、忍足のグラスが当てられたかと思うと、
忍足はそのまま一口だけジュースを飲んだ。
私も慌ててジュースをごくごくと飲み干し、グラスを置いた。


「なんか色々頑張ってんやろ?お疲れさん。」

「……ねぇ、ゴメン。私気づいちゃった。」

「……何が?」

「…これ、ドッキリでしょ?」


隣に座る忍足にコソっと耳打ちすると、
一瞬間が空いて、プっと吹き出した。


「アホか、全然ちゃうわ。」

「私が感動して泣きだした途端に、皆が壁を突き破って出てくるとかでしょ?さすがにもうそのパターンはわかるよ!」

「だから違うって。…そんなに俺のことが信用できへんか?」

「まぁ、出来ないよね。今までの経験が私に訴えかけてくるんだもん、こんなに優しい忍足は罠だぞ!って。」

「……ほんまどこ行っても雰囲気ぶちこわす奴やな、お前は。」


キョロキョロとそこら中を見回す私を、
カウンターに肘をつきながら、面白そうに見つめる忍足。
……ほ、本当にどっきりじゃないんだ。
っていうか雰囲気って…一体どういう雰囲気でいるのが正解なのかわからない。
気を抜けば密着してしまいそうな、このソファで気を張るのも段々と疲れてきた。


「…まだよく理解できてないけど…、なんかありがと。」

「それでええんや。」

「まだ次のコンクールに出られるって訳じゃないんだけど…最近は、自分史上一番気合入ってるんだ。」

「監督はなんて言うてんの?」

「この前は、楽しそうだなって言われたよ。意外とそういうとこ鋭いんだよ、先生。」

「ふーん…。」

「で、友達が励ましてくれたからかもしれませんって先生に言ったらなんて言ったと思う?」

「………友達…なんやろ。」

「青春だな…とかいうんだよ!真面目な顔で!めっちゃ面白かった、あの時。」


あの時の先生の顔を思い出して、思わず吹き出してしまった。
あー、こっそり写メ撮って忍足にも見せてあげたかったなー。
思い出し笑いを堪えながら、運ばれてきたおいしそうなスパゲティを食べる。
何気なく忍足の方を見てみると、あんまり楽しそうじゃなかった。


「あれ、どうしたの?パスタ美味しくない?」

「いや、美味い。」

「…ふーん。なんか忍足も悩み事とかあるの?」

「………。」

「あ、もしかして今日は実は私のお疲れさま会と見せかけて、忍足のお悩み相談会だったりして。」


あっという間にパスタを平らげて、チーズフォンデュに手を伸ばしながら
少し意地悪にそう言ってみると、忍足の表情は私が予想していなかったものだった。


「…え、何…本当にそうなの?」

「……まぁ、間違いってわけでもないかもな。」

「マジで!?そ、そっか、ゴメン…なんかはしゃいじゃって…。私で良ければ聞くよ。ちゃんと、真面目に。」


いつも大人っぽくて余裕な感じの忍足が…悩んでるんだ。
いつかの部室で忍足に悩みを打ち明けられた(らしい)時には、
私はそれに気づかず、全然真剣に考えてあげられなかった。

でも、忍足は美味しいお好み焼きで私をさりげなく励ましてくれた。
次は私の番だ。いつか忍足に悩みを相談されることがまたあったとすれば、
今度は私がしてもらったように、力になりたいなと思っていた。

アスパラをぶっ刺したフォークをカチャリと置き、
真剣な表情で忍足の方へ身体を向ける。
誰かに何かを相談されるという経験が無さ過ぎて、力み過ぎてる気もするけど
とにかくここはまず話を聞くことから始めないとダメだ。


「…なんか、部活のこととか?」

「……まぁ、キツいこともあるけど毎日それなりに充実してるわ。」

「じゃあ…まさか勉強?」

「誰が勉強の相談をにするねん。」

「さりげなく馬鹿にするよね。……もう、思い切って言ってよ!次は私が忍足の力になりたいんだから。」

「……最近、しんどいねん。」


はぁ、と小さくため息をついてボーっと窓の外を見つめる忍足。
…まさか、体調が悪い…?
スポーツ選手の怪我や病気は、選手生命に関わる。
一瞬、血の気が引いて思わず黙ってしまうと
それに気づいたのか、忍足が「そういうのとは違う。」と軽く手を振った。


「…ちゃんと寝てる?ゲームとかのしすぎじゃない?」

「…いや、大体原因はわかってる。」

「え、なんだ。そうなの?」

「でも、どうすればいいのかが…珍しく思いつかん。」


忍足が話している内容が、どうも具体的にイメージがつかない。
相談に乗りたいという気持ちはモリモリあるのに、
肝心の頭が追いつかなくて、焦ってしまう。


「じゃ、じゃあ私が一緒に考えるよ。その方法を!」

「……には期待できへんけどな。」

「…役には立てないかもしれないけど、役に立ちたいよ。」

「……たぶん、好きなんやろな。」

「………へ?」



もうほとんど暗くなってしまった窓の外を見つめながら、唐突に忍足の口からでた言葉。
その瞬間、ドクンと音が聞こえる程心臓が動いた気がした。

好きって…


「……も、もしかして…恋の悩み…とか?」

「……たぶん。」

「へ…へえー…、そっか……好きな人か……。」


思考回路が上手く回らない。
恋の悩みに対する自分の経験が少なすぎるから、答えが見つからなくて慌てているのかもしれないけど
もっと違う部分で、私は焦っているような気がした。


忍足が遠くを見つながら思い描く「好きな人」の姿に、急に心の中がグラグラと揺れ始めた。


…もう高校生だし、そりゃいるよね。
というか、中学の時だって彼女は何人かいたような気がするし、
忍足の口から恋愛の話が出たところで、きっとそこまで驚くようなことではない。

でも、何故だかわからないけど
私は少し悲しいような、寂しいような気持ちになっていた。


「…っでも、なんか意外!忍足でもそういうことで悩んだりするんだね。」

「……そりゃ悩むやろ。」

「……そ、っかー…。」


今、この場でさっき感じた気持ちが何だったのかを考えることは出来なかった。
けれど、目の前で悩んでいる忍足の力になりたいと決めた以上
何か解決の糸口を見つけないと…そう思うことで、色々な気持ちに蓋をした。


「結構頑張ってアピールしてんねんけどなぁ…。」

「そうなんだ…、お、忍足がアピールしても効果ないなんて結構手ごわい相手なんだね!」

「……まぁな。」

「私の経験から出来るアドバイスと言えば…」

「経験なんかあるん?」

「まぁ、少女漫画でよくある展開としてね。そういうのは結構知ってるからさ。」


フッとバカにしたように笑う忍足に、ムキになって言い返す。
…私のアドバイスなんか全く役には立たないかもしれないけど、
少しでもこうやって何か話すことで自分の気持ちを紛らわせたかった。


「よくあるのは、やっぱり思い切って行動に出ることで気づくってパターンだよね。」

「……へぇ、意外にまともなこと言うやん。」

「王道展開にかけては博士号レベルの知識があるからね。
 …意外とアピールしてるつもりでも、相手は気づいてないってことが多いから
 自分が思ってるよりも大胆な行動に出ることで進展し始めるって感じなんだよ。」

「…大胆な行動って?」

「多いのは、唐突に抱きしめたりとか…デートに誘ってみたりとか!」

「……それ、下手したら犯罪やん。」

「いや、そうなんだけどさ…。まぁ、ある程度少女漫画はファンタジーだから…。」


例が面白かったのか、忍足が少し笑う。
その表情を見て、単純に嬉しくなった。
その笑顔の先にいる誰かのことを思い浮かべないようにして、私は話し続けた。


「…一応を女やと仮定して聞くけど「仮定とかいらないから。ナチュラルボーンガールだから。」

「いきなり友達に抱きしめられて意識し始めたりするん?」

「まぁ、本当になんとも思ってなかったらわからないけど
 ある程度気持ちがあったりしたら、正直ドキドキするよね。人間だもの。

「…ふーん。」

「色んなパターンがあるから、一概には言えないけっどぉ!………え……ちょ……」


急にソファが沈んだかと思うと、
私の身体はすっぽりと忍足の腕の中に納まっていた。

伝わってくる体温に、じわじわと心臓が動きを速める。
気づいたときにはありったけの力で忍足を突き飛ばしていた。


「…なっ……何?!」

「……いや、どうなるかなと思って。」

「そういう無邪気な好奇心やめてよ!いや……本当もう……」

「…なぁ、ドキっとした?」


二人掛けソファのせいで、距離を取ろうと思ってもまだ近い。
赤くなっているであろう顔を見せないように、手のひらで覆いながら俯く私を
覗き込むようにして忍足が問いかける。


そりゃ…この流れでそんなことされたら、ドキドキするだろ…。


絶対わかっててやってる忍足がムカツク。
それも含めてわかってるはずなのに、バカみたいに真っ赤になってる自分もムカツク。



さっきまで、怒涛の勢いで食べまくっていたパスタもチーズフォンデュも、
お腹は空いてるはずなのに、何故だかその後はあまり食べることが出来なかった。