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Valentine's day with Oshitari 3





「ということがあってね……もしかして、好きな人って私なんじゃないかなって…。

それだけ単純な思考回路だと人生楽しそうだね。

「っど、どう思う?ハギーの男の子目線の意見も欲しいんだけど…。」

「いや、想像しただけで鳥肌が立つからもうその話やめて。」


あの後、なんとか平然を装ってみたけれど
家に帰ってから、お風呂に入って、フとあの瞬間を思い出したときに
頭を壁に打ち付けたくなるぐらいの恥ずかしさがこみあげてきた。

だって…だって、あの話の流れで…
私の事を抱きしめるって…それって私に気付いてほしいってことだよね?

さすがにポジティブシンキングすぎるかもと思ったけど、
ノートに時系列順に会話を書いてみたり、
ネットでタロット占いや姓名判断までしてみた結果、
やっぱりアレは、そういうことなんじゃないかという結論にいたった。

もしかして忍足が私のことを好きかもしれない。
そう思った時に、まず単純に心に込み上げてきたのは「嬉しい」という思いだった。
なんだか恥ずかしいような照れくさいような思いもあったけど、
やっぱり嬉しかったし、帰り道では明らかに忍足のことを意識してしまっていたような気がする。

でも、その時フと思ったことがある。


「…でもこれってなんか…いくら抱きしめられたことに驚いたとはいえ、いきなり"好きになりました"とか…なんか軽い…よね。」

「まだ続ける?その話。」

「……誰かに話さないと、なんか色々爆発しそうで…。」

「…まさかの口から恋バナを聞くことになる日がくるなんてね。今日は暗黒記念日だ。」

「暗黒記念日って何?サラダ記念日的な可愛さが微塵も感じられない。」

「…っていうか、今の話だとその抱きしめられるってイベントはただの"発症"のきっかけで、元々そういう気持ちは芽生えてたんじゃないの。」

「……と、いいますと…。」


面倒くさそうにしながらも、何やら重大そうなアドバイスをしてくれるハギーに
精一杯低姿勢で質問してみると、やっぱり面倒くさそうな顔でため息をつかれた。


「インフルエンザと一緒だよ。」

「イン……乙女の気持ちをインフルエンザと一緒って……。

「もっと前から…たぶん、が嬉しそうに語ってたその"お好み焼きの日"は既に潜伏期間だったんだよ。
 まだ表に出てないだけで、気持ちは変わってたんでしょ。」

「…なるほど…。」

「で、さっきの気持ち悪いカフェの話でついにそれが表に出てきたってわけ。」

「形容詞がものすごく気になるけど、確かにそう言われてみればしっくりくるかもしれない…。」


今日の部活では、まともに忍足の顔を見ることが出来なかった。
対して、忍足は案外普通そうにしていてやっぱり経験値の差はこういうところで出るのかなと思った。

ハギーと私以外、誰もいない部室で密かに行われた恋愛相談会。
でも、ハギーに言ってみてよかった。

抱きしめられたから、忍足の好意が少し見えたから、私も好きかも、
なんて何か違うなって思ったけど…きっと私はあの日から、見えない感情が芽生えていたんだ。
自分の感情に説明がついたことが嬉しくて、うんうんと頷いていると
ハギーが小さくため息をついて、こう言った。


「…まぁ、でも何がきっかけだろうと、好きと思ったその時点でもう恋に落ちてるんだよ。
 なんでそうなったかの理由づけなんて別に意味ないと思うんだけどね。好きなら好き、でいいでしょ。」

「……ハギーは将来、新興宗教の教祖様とかになれそうだね。人の心を救う言葉を持ってるよ…。」

「大袈裟。ほら、もういい?そろそろ帰ろう。」

「うん!聞いてくれて、ありがとう。」


























そして迎えたバレンタイン。
あれ以来、段々と忍足とも普通に接することが出来るようになってきた。
だけどそれは自分の恋心をきちんと自覚したからであって、
その思いは日に日に強くなっていっていた。

その気持ちを、今日伝えることにしたのは数週間前に見た中庭での出来事がきっかけだった。
中学時代にも何度か見たことがあるはずの、告白シーン。
部活後に呼び出されて、女の子から告白をされている忍足を見て
中学の時は「モテるなー」ぐらいにしか思っていなかったはずだ。

だけど、数週間前に見たその時は胸が痛くて仕方なかった。
その痛みは数日ぐらい引きずることになる。
うだうだと1人で悩みながらも、ある答えにたどり着いた。


「……よ、よし。取り敢えず……まずはトイレだよね…。」


告白だ。


バレンタイン当日に忍足に会える可能性はかなり低い。
低いけど、今日はまだ何時間もある。
もし忍足が部活に出られる状況であれば、部活後に少しだけ時間をとってもらえるかもしれない。

今日は朝からずっと動悸・息切れに悩まされていた。
真子ちゃん達と一緒に食べた昼食もあまり喉を通らなくて、
放課後が近づくにつれ、ソワソワしてしかなかった。

でも、心の隅では密かな自信があった。
……あの日の、あのカフェでの出来事が私に自信を与えていた。
自分はきっと特別なんだ。
そんな風に思っていたから、告白する、なんて大胆な選択肢を選べたのかもしれない。


「……ふぅ…、だ、大丈夫かな…。変になってるかも…。」


トイレの個室で手鏡を開き、髪型を確認する。
今日の為に、少しだけいつもと違う髪型にしてきた。
瑠璃ちゃんに教えてもらった、最近はやりのルーズ編み込みスタイルだ。
ルーズ感の度合いが掴めず、朝登校してきた時にクラスメイトの男の子から「くたびれたババアみたい」と言われたけど
すぐに瑠璃ちゃんが修正してくれた。本当にありがとう。

そして、いつもはほとんどつけないうっすらと色のついたリップも塗って
小さく息を吐いた。……やっぱり緊張するな。

でもいつまでもトイレの個室にいるわけにもいかない。
そう思って立ち上がった時だった。



「…っう……うう……。」

「大丈夫?…元気だしなよ…。」

「……振られ…ちゃった…んだよね、私……。」


トイレの外から聞こえてきた泣き声に、身体が固まる。
誰の声かはわからないけれど、泣いている女の子を友達が励ましているようだった。
盗み聞きはいけないとは思いつつも、その雰囲気の中で豪快にドアを開ける勇気はなかった。


「…でも、気持ち…伝えられたんでしょ?」

「……私……きっと…きっと忍足君も、私のこと…好きだって思ってた……から…うっ……。」













ぐにゃりと視界が揺らいだ気がした。
確かに聞こえた「忍足」の二文字。
段々と大きくなる泣き声を聞きながら、私は汗が止まらなかった。



「…でも、忍足君も…思わせぶりだよね。」

「………っ…優しい…から、忍足君は…。」

「でも私も美衣の話聞いたときは、きっと両想いなんだろうなって思ったよ。
 2人でカフェとか行って…励ましてくれたんでしょ?」

「……うん…、うっ…相談も聞いて…くれて……本当に……。」



ガタッ







いけない。
一瞬気が抜けて、壁に倒れ込んでしまった。

…今、何て言った?

2人で食事、相談、思わせぶり…

そんな単語を聞いていると、今まで頭の中にあった
楽天的な妄想が、どんどんどす黒い色へと変わっていくような気がした。





もしかして、私は大きな勘違いをしていたのかもしれない。




忍足が優しいのは、私だけじゃなくて…皆に優しい。
私だけだと思っていた、あのカフェでの出来事だって、
誰にも言ってないのに落ち込んでることに気付いてくれたあの日だって、


もしかして……




「……自惚れてた。」






























「………寒い。」



もう、バレンタインが半分以上終わりかけていた。
今日は忍足も跡部も部活に現れなかった。
きっと、たくさんのチョコをもらって、来ることが出来なかったのだろう。

他のみんなのブーイングを笑って抑えながら、部活はいつもより早めに終わった。
がっくん達がこれからチョコレートパーティーをするというので
誘われたけど、用事があると嘘をついて断ってしまった。

ぼんやりと帰路につきながら、なんとなくまだ家に帰りたくなかった。
たぶん、心のどこかでバレンタインを終わらせたくない気持ちがあったんだと思う。

かといって、今すぐ忍足の元へ走って行って、勢いに任せて告白
なんてことも出来ずに、ただなんとなく学校の近所にある公園のベンチに座っていた。


「…ちょっと甘すぎたかな。」


ベンチに座りながら、1人黙々とチョコケーキを食べる姿はよほど珍しかったのだろう。
公園で元気よく遊ぶ子供たちが、時折こちらを見ながらコソコソと話して笑っている。


「はぁ…何なんだろう、私…。」


さっきから何度も考えることは同じだった。
今日、告白するって決めたのに。
忍足の事が好きなはずなのに。

でも、あの女の子の話を聞いてしまった時から
急速に自信がなくなり、その代わりにどんどん恐怖心が膨らんでいった。
私も振られるかもしれない。
そうなったら、これからどんな風に部活に行けばいいんだろう。
そんなことばかり考えてしまった。

こんな風に、誰かのことを好きだと思うことは初めてだった。
忍足が他の誰か…好きな人と2人で笑いあう姿を想像するだけで
どうしようもない悲しさがこみあげてきた。

でも、あの子は頑張ったんだ。
振られるかもしれないリスクを背負って気持ちを伝えるのは
こんなに怖いことなのに、あの子は言ったんだ。

でも私は逃げてしまった。
…結局、私の気持ちはその程度だったのかと思うと、涙がこみあげてきそうだった。


その時、ポンと肩を叩かれた。


「わっ!……びっくりした…、ハギー…。」

「…何してんの、1人で。」


私が豪快に食べていたチョコケーキと、私の顔を交互に見ながら
何かを察したのか、ハギーが困ったように笑った。













「やっぱり出来なかったんだ。」

「…ごめん。」

「別に謝る必要ないんじゃない?その程度だったってことでしょ。」

「……っ……。」

「…はぁ、嘘だよ。そんな簡単じゃないことぐらい知ってるから。」


涙がこぼれないように精一杯目に力を入れてみたけど、
ハギーの優しい声を聞くともう堪え切れなかった。


「…でも、諦められるの?」

「……ずっと考えてみたけど…やっぱり…好きだよ。」

「俺が知ってるなら、その答えさえ出てれば突っ走っちゃいそうだけど。」

「…そうだよね。わかってるのに……怖い。」

「怖いって言うけど…たぶん、このまま言わないでずーっと気持ち隠してる方が辛いと思うよ。の性格だと。」


淡々と話すハギーの言葉に、少しずつ心が落ち着いてきた。
…確かにそうかもしれない。

このまま気持ちを隠して、いつか忍足が誰かと付き合うことになった時、
私は本当に後悔しないのかな。
…いや、きっとその時の方が今よりずっと辛いに違いない。
私の気持ちも知ってもらいたかったって思うだろう。

相手が、友達である私を振る時の辛い気持ちとか、
その気がないのに告白されたときの戸惑いとか、
そんなことに気がまわる程、私は大人じゃない。

ただ今日という日を後悔しないように、好きであることを伝えたい。
ハギーに言われて、自分の気持ちに少しずつ気付くことが出来た。


「…やっぱり私、頑張ってみる。」

「……そう。頑張りなよ。」

「…そうだよね。後悔する方が辛いかもしれない。なんか今、何がそんなに怖かったんだろうってぐらい…スッキリした気持ちだよ。」

「単純でいいね。」

「ハギーは本当にスゴイね!ありがとう、元気出てきた!」


本格的にハギーは宗教家になるのが人類のためかもしれない、と思い始めたその時。
後ろからグっと腕を引かれた。


「うわっ……え………。」

「………行くで。」

「え?どこに…」

「滝、すまんけど借りていくで。」

「…全然"すまんけど"って顔じゃないね。」


クスクスと笑いながら、ハギーが私達に手を振る。
私はというと、突然現れた忍足に手を引かれて、
さっきやっと落ち着いた心臓がまた動き始めるのを感じていた。

ただ、忍足の表情は暗かった。

























「忍足…あのー…どこに向かってる?」

「…………。」

「…こ、っここの今入ろうとしてるマンションって…忍足の家だよね?」

「……今誰もおらんし、ええやろ。」

「そ、そうなんだ。わかった。」


目の前にそびえたつ豪華なマンションは、一度だけみんなで来たことがあった。
明らかにお金持ちが住んでそうなマンションは、エレベーターからして豪華だ。
なんで家に連れてきてくれたのかはわからなかったけど、
その時の私は、忍足の怒っているような表情が気になって、
何も聞くことができなかった。




「入って。」

「お、お邪魔しまーす…。広いね相変わらず…。」

「…こっち。」

「うん。」


やっぱり綺麗な忍足の家に興味が出てしまって
辺りを見回していると、それを咎めるように鋭い声が響いた。

扉を開けて、部屋の中へと促す忍足。
慣れない空間に、少し緊張していると
パタンと部屋の扉が閉められた。

ここが忍足の部屋…。
全ての小物が綺麗に整頓されていて
生活感のあまり感じられない部屋。
その中で、シンプルな写真立てに飾られた
テニス部の皆で撮った写真がやけに目立っていた。

自分の家にも飾ってる見慣れた写真が嬉しくて、
思わず触ろうとしたその瞬間、
視界が激しく揺れた。







「……え……あの……」


目の前には、忍足の顔があって
背中に感じるのは柔らかいベッドの感触だった。
グっと押さえつけられた両手首に少し痛みを感じたその時、
忍足の表情が今にも泣きだしそうな表情に、一瞬変わった気がした。


「忍足、…ど、どうしたの?」

「………黙って。」


段々と混乱する頭の中で、
なんとか状況を理解しようと色々考えてみたけど
全くもって何が起こっているのかわからない。

そして、さらに混乱を招く事態が訪れた。





「え……っん…!」







私が何か言うより先に塞がれた口。
感じたことのない温かい感触に、思わず手が出た。


っぶふぇっ!な、何してんの!!」

「っ……いった…。」


渾身の力で振り切った腕がボディブローのように忍足に当たってしまったらしく、
しばらくベッドでうずくまっていた。

私は、気が動転しながらもここにいるのは危ないと判断し
ベッドから飛び起きて部屋の出口へと走った。


「待って。」

「…っ……な、なんか変だよ忍足…。どうしたの…。」

「……ごめん。」


こんな風に力なく謝る忍足を私は見たことが無い。
まだ唇に残る感触も、押し倒されたときの衝撃も、
気になることはいっぱいあったけど、
今はとにかく、いつもと違う忍足のことが気になって仕方なかった。


「……あの…何かあった…?」

「……滝と何してたん。」

「え?ハギー……と…あ、ちょっと…うん。話をしてた。」

「…話って…何の話?」

「別に…大したことない話だけど…。」

「…滝には出来て、俺には出来へん話か。」

「そ、そう言う訳じゃないけど…。ねぇ、本当にどうしたの…。」

「……が悪いんやろ。」


そう言って、真っ直ぐ私を見る忍足の目はなんだか怒っているように感じた。
私は、言われていることの意味がわからず、ただただ忍足の顔を見つめることしか出来ない。


「…なんでそうやって…誰にでも尻尾ふるねん。」

「尻尾を振る…?」

「いつも…いつもそうやってが頼るのは俺以外の誰かや。」

「………。」

「俺がどんだけ優しくても、目離したらすぐ別の奴のとこに行ってる。」


さっきまで泣きそうな顔をしていた忍足が、
今は心底嫌そうな顔で、文句を言っている。

私はそれを聞くことしか出来なかったけど、
段々と自分の中にも沸々と怒りなのか何なのかわからない感情が芽生え始めた。


「……人のことすぐ誰にでもついていく鳥頭みたいに言うけど…お、忍足だって八方美人だよね!」

「……は?」

「だ、だって忍足だって誰にでも優しくするじゃん!そういうのズルイよ!」

「………。」

「…あの時だって…、私が落ち込んでた時だって誰も気づかないのに忍足だけは気づいてくれて、
 さりげなく励ましてくれたりして…なんかそういうの嬉しかったから…たぶん気づかない内に
 段々そういう優しいところとか好きになっちゃって…」


自分でも何を言ってるのかわからない。
何に怒ってるのかも、忍足に何を伝えたいのかもわからない。
だけど、一度言葉が飛び出したらもう止まらなかった。


「それに、あの…カ、カフェでもさ!あんな話の流れで抱きしめられたりしたら…
 そんなの…そんなの勘違いするに決まってるじゃん!めっちゃドキドキして…
 その日から忍足の顔なんか見られないぐらいバカみたいに意識してた。」

「………。」

「でも、その優しさは自分だけじゃないんだって思ったら…悲しかった。
 女の子と食事なんて普通に行くんだって…あのおしゃれカフェだって忍足御用達なんだよね。
 でも…正直あんな…カフェであんな露骨なイベント起こされたら
 絶対私のこと好きなんだって思うじゃん!だ、だから浮かれてたのに
 それもただの勘違いだってわかったら…こ、怖くて…振られるのとか普通に嫌で…」

「…………。」

「今日だって本当はもっと少女漫画みたいに、バレンタインデーに告白したかったのに!
 振られるのが怖くて怖気づいて逃げてきた自分がムカついて…
 その勢いで頑張って作ったチョコケーキも全部食べちゃって……、もう最悪だよ!
 し、しかもなんか…忍足は様子が変だし…わけわかんないよ!」


はぁ、はぁと息切れするぐらいの声量で喚き散らしたら
自然と目から涙がこぼれてしまった。
自分の気持ちがぐちゃぐちゃで、伝えたいことも上手く伝えられなくて
それがもどかしかった。


「……俺が優しいのなんて、皆知ってるわ。」

「……へ…?」

「お前が中学の時から全く俺に興味がなかったから知らんだけで、俺はずっと、女の子には平等に優しいわ。」

「………なるほど…。」

「でも、その女の子たち全員に、落ち込んでるから言うてわざわざ料理作りに行くと思うか?」


はぁ、と深いため息をつきながらベッドから起きあがる忍足。
そして私が何か言おうとする前に、また口を開いた。


「…それと…、どこの男子高校生があんなオシャレすぎるカフェの常連やねん。
 あんなとこ行ったん初めてに決まってるやろ。」

「…で、でも他の女の子がカフェで相談に乗ってくれたって…」

「泣きそうな顔で相談したいことがある言われて、断る訳にもいかんやろ。
 あと、どの女の子か知らんけどあんな勘違いされるようなカフェに連れて行かんわ。」

「………。」

「普通わかるやろ、あんなとこ連れていかれたら。そう言う雰囲気になるやろ、普通は。
 それやのに、飢餓状態の豚みたいに肉とパスタばっかり食いやがって。雰囲気もへったくれもあらへんわ。
 人がどんだけ恥ずかしい思いしてあんな…いかにもなカフェ予約したと思ってんねん。」

「………飢餓状態の豚…。」

「仕方ないから、恋バナの相談とかいうダイレクトな話題でくっさい演技してんのに
 アホみたいに少女漫画レベルの知識で微妙に的外れなアドバイスしやがって。」

「え、演技だったの?!」

「…悩んどったんは、半分ホンマやけどな。がニブすぎて。」


仁王立ちで私を見降ろしながら、好き放題文句を言う忍足。
そこからは、もう先程のような弱弱しい雰囲気は感じられなかった。
ここぞとばかりに言ってやる、と忍足の攻撃は止まらない。


「このままやと何年経っても気付かんやろから、抱きしめてみたら…
 ええ感じに意識し始めて、部活でも挙動不審やし、案外可愛いとこあるやんと思とったら、
 これや。バレンタインにチョコも渡さず下校や、信じられるか?

「いや……まぁ……。」

「挙句の果てに…他の男と密会や。さすがにもうどうしたらええんかわからんかった。イライラして、
 嫌でも気づかせたろうと思って無理矢理押さえつけてみても、馬鹿力で振りほどくし…。
 しかもお前…お前さっきぶふぇえっとか言いながら口拭いたやろ。

「び、びっくりしたんだもん!」

「……ほんまムカつく。」


言いたいことは言い切ったのか、はぁと小さくため息をついて忍足がソファに座った。
…な、なんか色々言われて…頭の中を整理するのに時間がかかってるけど…


「…や、やっぱり忍足は…私の事が好きなの?」

「やっぱりってなんやねん、ムカツクわ。」

「…いや、なんかいきなりでびっくりして…。」

「いきなりって……もうずっと前から岳人にも宍戸にすらバレるレベルで特別扱いしてるやろ…。」


今度は、ガクっと項垂れて頭を抱える忍足。
衝撃の事実にじわりじわりと体の中から熱いものがこみあげてきた。
そ…そんなに前からって…気づかなかった。


「もうええ。ほんまにもう面倒くさい。」


鞄を抱きしめたままボーっと立ち尽くす私の前に立ち、
少し怒ったような顔でそのままふわりと抱きしめた。


「……ええからはよ言え。」

「い、言えって……。」

「…それ言わせるために今まで「好き!」





「……いや、…うん…まぁ…」


「な、何なの?言ったのにその歯切れの悪い感じ…。」

「…なんかもっと…あるやん、いつもクソ生意気ながしおらしくモジモジしながら言うのがええんやん、征服感があって…。
 それをそんな…そんな投げやりに…。

「………。」

「……よし、もう1回やり直しや。次は頑張れよ。

「い、嫌に決まってんでしょ!もう何なの!からかってるんだったら帰るから!」


人が…体中の勇気を振り絞って言った言葉に、まさか文句をつけてくるとは。
恥ずかしさと悔しさが入り混じってますます赤くなった私は、
そのまま部屋のドアに手をかける。それと同時にぐいっと体を引っ張られ、
また私は忍足の腕の中におさまっていた。

後ろから抱きしめられる形で、表情は見えないけど
耳元で聞こえる声はいつものふざけた雰囲気ではなかった。


「……やっと俺の方振り向いた。」

「………。」

「…嬉しいわ。」


聞いたことないような優しい声でそう言って、小さく笑う忍足。
忍足らしくない子供っぽい素直なその言葉に、なんだかくすぐったいような気持ちになった。


何より、そんな風に自分の事を思ってくれていたんだということを知って
単純かもしれないけど…ますます嬉しい気持ちが強くなった。

























「…で、チョコは?」

「…だからさっき食べたって…。」


なんとなく恥ずかしい雰囲気が流れ、気づけばお互い離れて座っていた。
ベッドに座る忍足と、ソファに座る私。
沈黙に耐えかねたのか、先に口を開いたのは忍足だった。


「…ほな他のもんもらうしかないな。」

「他って言っても…、あ、鞄の中に一昨日買った潰れたクリームパンはあるけど「ぶっ飛ばすぞ。」

「ごめんなさい。」

「ちゃうやろ…。そこはどう考えても、可愛くチューとかするところやろ…。」

「い、いきなりハードモード要求するのやめてよ…!」


心底失望しました、みたいな顔で見つめられるのが本当にムカツク。
だ、大体さっきお互いの気持ちがやっとわかって安心したところで
いきなりそんな女子ポテンシャルマックスな解答出せる訳ないじゃん…。
そんな…どういう風に、どこから近づけばいいのかもわからないし…

想像しただけで爆発しそうなほど恥ずかしい。
それが表情に出ていたのか、汗を流して難しい顔をする私を見て
忍足がニヤリと笑っていた。


「…な、何。」

「いや、そんなこと言いながらもは頑張ってしてくれるんやろなぁと思って。」

「…っしないよ!」

「…あーあ。好きな奴からチョコ貰われへんバレンタインとか悲しいわ…。」

「………。」

「めっちゃ期待しとったのに…自分で食べたとか、野生動物か…。

「………っく…。」

「まぁ、チョコよりも嬉しいもん貰えたらそれでええねんけどなぁ…。」


チラチラと私を見ながら、楽しそうに笑う忍足に
いい加減恥ずかしさで右拳を繰り出してしまいそうだ。

…でも、チョコをあげられなかったのは事実。
も、もし…もしその代わりに何か出来るなら……

その時の私は、色んな事が嬉しくて浮かれていたのかもしれない。
きっと普段の私ならそのままドアを蹴破って出て行ってるところだけど、
気付けば、ベッドに座る忍足の前に立っていた。


「……め、目閉じて。」

「はいはい。」

「…っ…絶対あけないでよ!」

「わかってるて。」


ご丁寧に眼鏡まで外して目を閉じる忍足。
忍足の顔をこうして上から見下ろすことなんて初めてだ。
よく見ると綺麗に伸びた睫毛とか、男子高校生にしては綺麗すぎる肌とか…
あんまり見てると恥ずかしくなりそうで、私は軽く目を閉じて深呼吸をした。


「……い、いくよ。」

「………え…。」


忍足の顎に手をかけ、少しその口を開く。
その瞬間、忍足が目を開けようとしたので咄嗟に左手で奴の目を覆った。


「ちょ、ちょお待って。お前…そんないきなりレベル高いことしようと…。」

「い、いいから黙ってて!」

「………。」


口を半開きにしたまま硬直する忍足。
顎にかけた手の力は緩めないまま、そのまま一気に勝負をかけた。















「ぶふぉっ!」



「ぶっ!あはは!引っかかった!ハッピーバレンタイン!!」

「………ふぉまへ……。」



だって、なんか悔しかったんだ。私が恥ずかしがる反応を楽しむような、
いつもの忍足じゃないみたいな優しい視線に胸がざわざわして仕方なった。


クリームパンを口に入れたまま、ギロリとこちらを睨む忍足。
その姿が間抜けすぎて私は笑いが止まらなかった。


それからはあっという間だった。


笑う私とは対照的に、完全に目がマジの忍足。
あ、これはガチでダメなパターンだと気づいた時にはもう遅かった。


壁際に追い詰められる私が、せめてもの言い訳として
「賞味期限は一応今日までだったからセーフ」と訴えたのが悪かったのかもしれない。
瞬く間にフェイスロックに持ち込まれ、私はただギブギブと叫ぶことしか出来なかった。


お互いに疲れ果て、ゴロンとその場に倒れ込む。
フとその時の忍足の顔を見ると、まだ不貞腐れているようだった。


「……は鬼や。」


そう言ってプイっとそっぽを向く様子に、
不覚にもキュンとしてしまってどうしようもなかった。


じわじわと全身に広がる体温に耐えながら、ゆっくりと近づく。


自分を奮い立たせながら、静かに頬へと唇を寄せる。




その時に見た忍足の嬉しそうな、柔らかい笑顔が、しばらく頭の中から離れなかった。








fin.