if...??
Valentine's day with Yukimura
「よっすー。」
「お、。はい、チョコ。」
「俺も貰ってねぇ。早くくれよ。」
今年も朝から学園中がバレンタインフィーバーだった。
テニス部の面々はもちろん大量のチョコを抱えて校内を練り歩いていた。
なんとかそんな1日にも落ち着きが戻り始めてきた放課後。
部室へ行くと、机に大量のチョコを広げながらチョコパーティーを楽しむがっくん達。
当然のように私からもチョコを巻き上げようとする彼ら。
しかし、私はそんなカツアゲには屈しない。今年は違うんだ。
「皆、よく聞いて。…今年の私は一味違うの。」
「なんだよ。」
「義理チョコ制度にNO!!本命一本で頑張ります!」
「うわ、やめろよ。そういうのいらないから。」
高らかに宣言する私を、あからさまに嫌な表情で見つめる皆。
…別に、あんた達に本命チョコをあげようって訳じゃないんだから。
「…ということで、今年は氷帝の皆さんへのチョコはありません。」
「は?なんだよ、俺にくれるんじゃねぇの?」
「がっくんのその気持ちはありがたいんだけどね…ふふ、困っちゃうな「殴っていい?」
「落ち着いて。……そのー、あのー…ほら。ねぇ?」
「……あー、わかっちゃったC〜。」
ムクリとソファから起きあがったジロちゃん。
先程の会話は聞いていた様子で、ニヤニヤしながら私に近づいてくる。
「……幸村君でしょ?」
「は?!マジかよ、!やめとけって!」
「そうだぞ。お前が今しようとしてることは、男でありながら宝塚歌劇団のオーディションを受けようとしてるのと同レベルだ。」
バレンタインフィーバーの乙女に、遠まわしに0%を宣告する宍戸。
…ここ最近は、ちょっと仲良くなってきたんだから…。せめて可能性は1%ぐらいあると信じたい。
「で…でも、最近メールとかも返してくれるし。」
「そんなの、当たり前だろー。友達にでも返すっつーの。」
「…っ今度ご飯食べに行こうって言ったら、いいよって言ってくれた!」
「ッカー。これだからモテねぇ奴は。行く予定はいつなんだよ。」
「……まだ、決まってないけど。」
「でたー、社交辞令を真に受けて本気にする奴ー。」
頬杖をつきながら、チョコを口に放り込み、やる気なさげに笑うがっくん。
…っく…、でもあの感じはきっと社交辞令じゃない…はず!
「だ…だって、去年のバレンタインに≪来年は1番に渡しに来てね≫って言われたんだよ?」
「んなの、もう忘れてるっつーの。俺らでも何百個ともらってんだぜ?チョコなんかどれも一緒だよ。」
「…なんか、みんな冷たくない!?そんなに落ち込ませて楽しい!?」
「俺達心配してるんだC〜。ちゃんが、勘違いして突っ走るのはいつものことじゃん?」
「……った、確かにそうだけど…!」
「友達だからこそ忠告してやってんだよ。断言してやる、幸村はやめとけ。」
「そうだぞ。裸でサバンナの草原を走り回ってるようなもんだぞ。」
ドヤ顔でピンと来ない例えを突きつけ、私の肩を叩く宍戸。何となくムカついたので肩にグーパンチをいれてやった。
うずくまる宍戸を見下ろしながら、私の闘志はメラメラと燃え始めていた。
「…でも、幸村君と…ちょっとでも可能性がある限り頑張ってみたいの!」
「………0.00000000001%でも?」
意地悪な顔で、小学生みたいなことを言うがっくん。
…心配してくれてるんだろうけど…、やると決めたらやるんだ。
「…それでも、言わないでウジウジして、いつの間にか距離がどんどん開いちゃうよりはマシだよ!」
「……ちゃん、燃えてるねー!」
「…そこまで言うんだったら止めねぇけどさ。その言葉、忘れんなよ。」
チョコをもぐもぐと頬張りながら、私を見つめるがっくん。
その瞳に嘘はつけなくて、もう後戻り出来ないんだと自覚させられた。
…大丈夫。昨日、何度も練習したんだから…。
1つ大きな深呼吸をすると、ジロちゃんがバチンと勢いよく背中を叩いてくれた。
笑顔で私を送り出す3人に、敬礼をして…戦場へと赴いた。
「……あーあ。ついにこの日が来ちゃったねー。」
「まぁ、遅かれ早かれこうなってただろ。」
「から告白するってのはちょっと意外だったけどな。」
「……あー、幸村の勝ち誇った顔が思い浮かぶわー。」
「あのドヤ顔な。なんとなく、ムカツクよなアレ。」
・
・
・
立海の校門前。
着いた時にはほとんど夕暮れで、赤い夕陽が眩しかった。
部活帰りの生徒達が通り過ぎていく。
氷帝の制服は目立ちすぎるのか、皆がこちらを振り返る。
ただ、今はそんな視線も気にならないぐらい心拍数が上がっていた。
ぶつぶつと練習してきたセリフを繰り返す。
……大丈夫、大丈夫。
バレンタインに告白をする少女漫画の話も何度も読んだ。
雑誌の告白特集もページのインクが擦り切れる程読み込んだ。
…まずは、校門で待ち伏せして、幸村君が出てきた瞬間に
ファミレスに誘って、軽く夕食を食べた後に、幸村君を家まで送って行って、
その別れ際にさりげなくチョコを渡して、こ、告白して……
何度も一人で頷きながら流れをシミュレーションする。
完璧だ。夜になればなるほど、ロマンティックセンサーは上がるらしいから
なるべく暗くなってから…。ほとんど闇討ちみたいな感じで一気に畳みかければ…!
「…あれ?さん?」
「へ……う、うぉあっ!ゆ、ゆゆ幸村君!…と弦一郎さんと柳君!」
「おまけ感満載だな。」
「か。氷帝の生徒がこんなところで何をしている?」
唐突に目の前に現れた3人に、一瞬思考が止まってしまう。
幸村君…だけじゃなくて、弦一郎さんも柳君も…!
ど、どどどどうしよう!どうしよう、あ、えっと…まずは…
「よ、良かったら一緒に晩御飯食べない!?」
……うわああああああやってしまった!!
いきなり挨拶もなしに、校門で待ち伏せしてた女が
ご飯に誘うとか、どこのシティガールだよ…!
今まで築き上げてきた予定がガラガラと頭の中で崩れていくのを感じた。
ヤ…ヤバイ、みんなポカンとした顔してる…!
はっ…!そ、それにこの流れだと3人とも誘っている感じになってしまってない!?
3人はマズイ…!全然告白の流れがつかめなくなる…!
一気に汗が噴き出し始める。
でも言ってしまった以上後に引けない。
もうこのまま逃げ去ってしまおうかと思ったその時だった。
柳君が、少しだけ口元を歪めて笑った。
……も、もしかして柳君レベルなら…!
私の意図が伝わって、「が精市と二人っきりになりたいと考えている確率…100%」
とかなんとか言って、さりげなくフェードアウトしてくれるんじゃ…!
期待を込めて、必死に眼力を送ってみると、
やはり想像していた通り、柳君が弦一郎さんに向かって口を開いた。
「…弦一郎。少し付き合って欲しいところがあるんだが。」
「すまんな、蓮二。たった今、先約が入ったところだ。」
そう言って、私の肩をポンと叩く弦一郎さん。
……っく…弦一郎さん特有の誠実さが今は辛い…!
柳君は弦一郎さんの発言がよほど面白かったのか、
このどうしようもない状況に耐えられなくなったのか、
笑いをこらえるように、肩を揺らしている。
弦一郎さんは、乾いた笑いを繰り出す私に
「心配しなくても、飯ぐらい行ってやる」と言わんばかりの表情で微笑みかける。
ええ人や…ごっつええ人や…。
そして、幸村君はというと…
「フフ、いいね。じゃあ行こうか。」
…私はもう末期かもしれない。
その笑顔を見ただけで、色々と考えてたことが全部吹っ飛んでしまった。
いつものジャージではなく、制服姿なのも新鮮で素敵…。
しかし、フと目線を下げた時。
幸村君の手元には大量のチョコが入った紙袋。
それを見て、ハっと現実に引き戻される。
……きっとこのチョコと共に幸村君に告白した女の子もたくさんいたのだろう。
…も、もしかして、もう誰かと…
考えかけて、頭を大きく振った。
ダメだ、今はそんなこと考えちゃ…
とにかく自分の使命を全うする。それだけだ!
・
・
・
「、お前はこういうレストランによく来るのか?」
「うん、部活の帰りとかによくテニス部のみんなとねー。オススメは、このミラノ風ドリアだよ。」
「…少々安すぎる気がするが大丈夫なのか、この店の経営は。」
「侮るなかれだよ、弦一郎さん!安い上に美味しいんだから!私達学生の強い味方なんだよ、サイゼは!」
道を歩いているだけでも目立つ3人を引き連れて、取り敢えず私のホームグラウンドである
サイゼリア(いつもと店舗は違うけど)に入った。学校の近くにあるだけあって、
店内のほとんどは学生で占められている。
どうやら、弦一郎さんはここに来たのは初めてらしく
先程からメニューを見ながら、1つ1つの値段に驚いている。可愛い。
「じゃあ、俺はこれにしようかな。」
「あ!幸村君、私もそれ大好きなの!わー、なんか嬉しいなー。」
「そうなんだ、奇遇だね。」
目の前に座る幸村君が、スっと綺麗な指で指したメニューは
私も大好きなパスタだった。
…ああ、やっぱり私のホームグラウンド。
なんとなく、いつもの雰囲気を思い出して気持ちが自然と落ち着いてきた。
ちゃんと幸村君と目を合わせられるようにもなったし。
…出来ればこの調子で、緊張しすぎないまま…告白まで持ちこたえられるといいんだけど…。
急に頭に浮かんだ「告白」の2文字に、キュっと内臓が締め付けられるような気分になった。
…うう、やっぱりダメだ。絶対緊張する。
「…そういえば、。去年はバレンタインに立海に乗り込んできただろう。」
「あ、そ、そういえばそんなこともあったねー!」
ドリンクバーでコーヒーを取ってきた柳君がスっと幸村君の隣に座る。
なんとなく話題にあがったバレンタイン。
…去年のこと、まだ覚えてるんだ。
「今年は持ってきていないのか?」
「えっ!」
少し楽しげに微笑む柳君の意図がわからない。
…確かに今年は義理チョコは無しって決めたけど、そんなことを柳君が知ってる訳ないし
でも、馬鹿正直に本命だけなんだ!とか、幸村君を目の前にして言える訳ないし、
あと隣に座ってる弦一郎さんが私の頭部をぶち抜く勢いで睨んでるのも怖い。
…そういえば、弦一郎さんは去年もバレンタインなどに現を抜かすな、とか戦後のおじいちゃんみたいなこと言ってたな。
「…えーと、その…。」
「…俺が仕入れた情報では、今年のは「なになになに!え、なに!?何情報!?事務所通してくださいそういうの!」
「フフ、どうしたの?そんなに焦って。」
「い、いや…なんか柳君が言おうとしてたから…。」
ポケットから小さなノートを取り出し、ぱらっとページをめくった柳君。
まさかとは思うけど、私の本命をあろうことかこの場でバラそうとしてるんじゃ…!
焦って席から立ち上がってから、フと気づいた。
そんな私を見て微笑む幸村君だけど、逆に怪しく見えたかな…。
あー、でもなんて答えたらいいのか…!
皆が居る前でまさか告白なんて出来ないし…!
頭がこんがらがって、自然と体の体温が上昇する。
立ったまま俯く私に、まさかの救世主が手を差し伸べた。
「、ドリンクバーというものを案内してくれ。」
「……え…う、うん!いこっ!弦一郎さんに特別なスペシャルブレンドドリンクをプレゼントするよ!」
「ふむ、それは楽しみだな。」
立ち上がり、ドリンクバーとは反対の方向へ歩いていった弦一郎さんを急いで追いかける。
…あー、助かった…!取り敢えず、バレンタインに関する質問は避けれたと思いたい。
「…蓮二、わかってるよね。」
「…あぁ。タイミングを見て実行するから、そう焦るな。」
「……あいつも蓮二ぐらい察しが良いと助かるんだけどな。」
・
・
・
「…。さすがマネージャーだな、このドリンクも中々いけるじゃないか。」
「ぶふぅっ!っく…げ、弦一郎さん…スゴイね、それ飲めるなんて…!」
「なに?どういう意味だ。」
「いや…フフ、あのね。いつもみんなで罰ゲームのとき、そのコーヒーとカルピス混ぜたドリンク飲まされるの。」
「全く罰ゲームになっていない気がするがな。」
「わー、ちょっと写真撮ってもいい?みんな絶対驚くと思う。」
「ああ、こうでいいか?」
「ぶふぉっ!あははは!いい!カッコイイ、弦一郎さん!青汁のCMみたい!」
「ねぇ、さっきから楽しそうだね。」
気づけば、すっかり目の前のお皿は空っぽ。
ご飯も食べ終えて、何となくダラダラとドリンクバーを楽しんでしまった。
その時の私は、目の前に幸村君がいるというのに
告白のことなんてすっかり頭から飛んでしまっていたような気がする。
い…いけない、こんなことしている間にも今日という1日が終わりへと向かってるんだから…!
幸村君の乾いた一言にフと、目線を前に戻した。
「あ…ゴメン、なんかみんなとファミレスに来るのが珍しくて浮かれちゃったね…。」
「みんな?もしかして、本当に誘いたかったのは真田なんじゃないの?」
「へ?!いや、え!?」
頬杖をついて、ニコっとほほ笑む幸村君は
さっきまで幸せそうにパスタを頬張っていたとは思えない目をしていた。
アレ…えっと、五月蝿かったかな…?
それとも、あんまりこういう場所で食べ終わった後にダラダラするの好きじゃないとか…?
「なに?そうだったのか、。」
「いや…っ、そ、そんなことはないと言ったら失礼になるけど、あのー…」
「それに今日はバレンタインだ。真田にチョコをあげに来たんじゃないの?」
「え!いや…」
何だろう、何か答えれば弦一郎さんを傷つけそうで何も言えない。
隣の弦一郎さんはと言えば、クソマズイドリンクを飲みながら
よくわかっていないような顔をしているし、柳君は何故かこめかみを抑えている。
なんですか、何か私ヤバイことしましたか、助けてほしいのにこっち向いてください。
「…俺は、たくさんもらったからもういらないけど、真田はそうじゃないし、さんからあげれば?」
「俺はそんなものいらんと言っているだろう。」
「な、何気に弦一郎さんヒドイこと言われてるよ…?」
「それに、今日は色んな所に呼び出されて少し疲れちゃったしね。」
「…よ、呼び出されたというのは…えーと、ちょっと表でろや的な?感じのアレ?」
「まさか。女の子だよ。」
静かに笑う幸村君を見て、口元が引きつる。
呼び出しってそれ…バレンタインに呼び出しって…絶対告白だよね。
…ま、まぁそれは想定の範囲内だ!幸村君レベルになれば告白の2つや3つあってもおかしくない。
「へ…へー…。もしかして告白とか?」
「まぁね。さんは俺の事なんか興味ないだろうけど。」
「っえー、なんで?普通に興味あるよー…そ、その…もしかして、彼女とか…出来た?」
手元でクルクルとストローをかき回す幸村君。
その度に、コップの中で氷がカランカランと音を立てる。
私は平静を装うのに必死で、その氷だけを見つめていた。
「……好きな人がいるから…断ったよ。」
「えっ!」
彼女はまだ出来ていないという報告につい口元が緩む。
反射的に笑顔になってしまったのを、なんとか戻そうと表情筋に力を込めた。
ちょっと心配になるぐらいのポジティブシンキングと、真子ちゃんに言わしめた私は
幸村君の含みを持たせた発言に、持ち前の才能を発揮させ始めていた。
…も、もしかして好きな人って…わ…私…
そこまで考えて、完全にニヤついていることに気づく。
ハっとした時にはもう遅くて、頭をあげると
三者三様の表情で私のだらしない顔を見つめていた。
マズイ、なんとか誤魔化さないと、もし勘違いだった場合恥ずかしすぎて二度とサイゼに入店できない。
「そ、そそそうなんだー!え、でも断るのとか大変だったんじゃない?」
「…まぁ、確かに聞く子はいたね。それってどんな子なの?とか…。」
ゴクリと喉を鳴らしてしまった。…こ、こんな場所で、皆もいるのに…
「…ちなみに、どんな子なの?」
「……可愛くて、素直で…女の子らしい人…かな。」
少し照れたように言う幸村君を見て、頭を鈍器でガツンと殴られたような気がした。
数分前の浮かれた自分をこの窓から放り投げてやりたい。
それと共に、あれだけ強く決意したはずだった思いが
まるで穴が開いた風船のように急速に萎んでいくのがわかった。
「………あの、ちょっとトイレ行ってくる。」
「そこの角を曲がったところにあるぞ。」
弦一郎さんが先程と変わらぬトーンではっきりと指示を出してくれる。
面白いはずなのに、今は上手く笑えなかった。
「…ちょっとストレートすぎたかな…。どう思う?蓮二。」
「………間違いなく、言葉の選択ミスだな。」
「そんなことないよ。蓮二は知らないと思うけど、さんは信じられない程ポジティブだからね。
今頃、真田のことなんて記憶の彼方に飛んでいったんじゃない?」
「先程から何の話をしている?」
「…別に。さんといちゃいちゃして楽しかった?俺は心底不愉快だったよ。」
「なっ、いちゃ…そんなことしとらんだろう!」
「どうだか。楽しそうにしてたじゃない。」
「その辺にしておいてやれ、精市。…しかし、そう上手く事が運べばいいがな。弦一郎、そろそろ行くか。」
「ああ、しかしがまだ…」
「いいんだ、俺が待ってるから。」
「…そ、そうか、では頼んだぞ。」
「…なんで真田に頼まれないといけないのかな?まるで自分のモノみたいに「れ、蓮二!行くぞ。」
「精市、の言う≪カッコイイ幸村君≫じゃなくなってきているぞ。」
「……うるさい。」
・
・
・
「?なんだよ。」
「………がっくん、ちょっと質問していい?」
「…そういうの大好きだ!」
「いや、今そういうテンションじゃないから真面目に聞いてもらっていい?」
「なんだよ、暗いな。」
フラフラとした足取りでトイレの個室に入ると、
すぐさま携帯を取り出した。とにかく、今は誰かに話を聞いて欲しかった。
切羽詰まっていた私は、がっくんのアナ雪ネタに反応することも出来ずため息をつくばかりだった。
「……私って可愛い?」
「冗談だろ。」
「……じゃあ、素直だと思う?」
「ひねくれてんの通り越して、ねじれてるよ。」
「……まさかとは思うけど、女の子らしい?」
「なぁ、何なのさっきから。とんち的な話なの?」
「とんち、て…!っう…、あのさ…やっぱりダメかもしれない。」
「は?何が。」
まだ部室にいるのであろうがっくんの後ろで、ジロちゃんの明るい声が響いてる。
その楽しそうな様子が、また今の自分の惨めさを際立たせる気がした。
「…幸村君、いっぱいチョコもらって、いっぱい告白されたって。」
「んなの、わかりきってたことだろ。」
「……それで…、好きな人がいるって…。」
「………なぁ、さっきから何グダグダ言ってんのか知らねぇけどさ」
少しイライラしたような声で、がっくんが語気を強めた。
「お前、部室飛び出していく時言った言葉忘れたの?」
「…………忘れてない。」
「じゃあ、強気でいけよ。馬鹿みたいに明るいのだけが取り柄の癖に、それがなくなったらなんて
ただの凶暴なメスゴリラなんだぞ。余計なことは考えるな。愚痴は帰ってきたら聞いてやる。」
「……っう…男前すぎるよ、がっくん…!」
「ほら、早く行って来い!トイレにずっといたら、幸村にうんこしてると思われんぞ!」
「す、すすすぐ出る!ありがと!行ってきます!」
うんこ女と思われるのはさすがに辛すぎる。
せめて…幸村君の好きな人が私じゃなかったとしても、
少しでも女の子らしく…ってのは今更すぎるか。
がっくんに話せたことで、少し頭の中が落ち着いた。
…最初から可能性がほとんどないことはみんなからも何度も言われてた。
それでも頑張りたいって言ったのは自分なんだ。
…よし。
「おまたせ!…あれ?弦一郎さん達は?」
「…あぁ、ちょっと用事があるみたいで帰ったよ。」
「そ、そっか…。」
席に戻ると、1人でアイスティーを飲む幸村君がいた。
いきなり2人きりとは思わなかったから、少し緊張してしまう。
「…真田がいなくなって残念?」
「え、そ…それはそうだけど…あのさ、私達も出ようか。」
「…わかった。」
少し棘のある言い方に、心が折れそうになったけど
ここですごすご引き下がるようじゃダメだ。
鞄の中で出番を今か今かと待ち続けるプレゼントをチラリと覗き見て、
見つからないように小さく拳を握りしめた。
・
・
・
「ファミレスなんて久しぶりに行ったから、楽しかったな。また誘ってね。」
「……うん。私も楽しかったよ。」
「……さん、どうかした?」
店を出て、駅の方向へと歩く内に辺りは少し暗くなり始めていた。
こうして幸村君と二人で歩いているというのに、心の中は不思議な程落ち着いていて
あれほど緊張していたのがウソみたいだった。
「あ…、幸村君。少しそこの公園に行かない?」
「…いいよ。座ろうか。」
いつもと変わらない優しい微笑みを見ると、チクリと心が痛んだ。
……でも、もう言うって決めたんだ。
幸村君にとっては、迷惑だろうけど最後のワガママだと思って許してほしい。
「…懐かしいな、この公園。」
「来たことあるの?」
「通学路に近いからね。寄り道したりしてたんだ。」
「…そっか。」
「……どうしたの?」
「………あのね、幸村君。覚えてないかもしれないけど、コレ…。」
少し震える手を抑えて、鞄からケーキを取り出した。
昨日までの浮かれた気分を象徴するような派手なラッピング。
驚いたような表情でそれを見つめる幸村君に、静かにそれを手渡した。
「今年は1番に幸村君に渡そうって、思ってたんだ。」
「……覚えててくれたんだね、嬉しいよ。」
思わぬ言葉に、頭をあげると柔らかく微笑む幸村君。
…幸村君こそ…、覚えててくれたんだ。
「それと…あの、なんで幸村君に渡そうって思ったかって言うと…
その…幸村君の事が、好き、だからです。」
「…………。」
「…………あ、でも、だからどうこうって訳じゃなくて…。
出来ればこれからも、学校は違うけど幸村君のことを応援したいな、と思って。」
「……さ「あの、本当に気にしないで!ゴメンね、私が伝えたかっただけなんだ!」
口を開けようとする幸村君を遮るように立ち上がる。
…なんとか気持ちを伝えることは出来た。
今にも心臓がどこかへ飛び出していくんじゃないかという程、ドキドキしている。
言ってから手足が小刻みに震えはじめた。
「っそ、それじゃ!私はこれで!またね!」
我ながらズルイ。
はっきりと幸村君の口から振られるのが怖くて、逃げ出した。
こんなのは卑怯だと思うけど、今の私にはその衝撃に耐えられる自信がどうしても無かった。
振られて、涙でもこぼそうもんならますます幸村君を困らせるに違いないから。
幸村君の引き留める声にも振り向かず、ただただ走った。
・
・
・
「…っはぁ…っ、ま、まだ追いかけてくるか…!」
あれから1時間。
私が予想していた展開とは全然違う状況に、さっきとは違う意味で心拍数が上昇していた。
脳内では、少女漫画のように涙をこらえながら、春風の匂いを残してソっと立ち去るイメージだったのに、
何で今、私は髪の毛もスカートも振り乱しながら、全速力で鬼ごっこをしているのでしょうか。
必死で逃げる私を、決して距離を縮めない速さで黙々と、何も言わず追いかけてくる幸村君。
こ…怖すぎる…な、なんなんだろう、てめぇ、胸糞悪いいい逃げしやがって、
地の果てまで追いつめてやるぞっていうことなのか?薄ら笑顔でそんな怖いこと考えてるのか?
気づけば、もう全く知らない道だった。
段々と人通りも少なくなっていき、道幅も狭くなる。
可愛らしい家の立ち並ぶ住宅街。
曲がり角も多いので、このあたりで…撒くしかないか…!
10分ほど前に、何度かぐるぐると走り回ったこのあたり。
その際に目星をつけておいた、隠れられそうな場所を目指して、作戦を実行した。
幸村君が、相変わらず5m程後ろで軽快に走っているのを確認して、
サっと曲がり角を曲がる。そして、曲がった先でさらに細い路地裏へと入る。
そして、女子の身体1つぐらいならねじ込めそうな塀と塀の間に滑り込んだ。
これは完全に撒いただろう。光の差し込まないジメっとした空間で必死に息をひそめた。
しばらくすると、足音が近づいてきた。
…さすがに、ここまでは追いかけてきたか…。
ただ、まさかこんな場所に潜んでるとは思うまい。
細い隙間から見える道路を見つめていると、
幸村君が走り去る様子が見えた。
…なんとか乗り切った。
ホっと一息ついて、隙間から身体をひねり出そうとしたその時。
「さん、見つけた。」
「うおおおおわあああああっ!ちょっ、あれっ、今…!」
ひょこっと塀と塀の間をのぞき込むように顔を出した幸村君。
軽くホラーだった。鼻水出た。こ…怖いよ!なんでわかったの!?
思わずズリズリと塀の間で後ずさる私に、笑顔で幸村君が宣告する。
「それ以上行くと行き止まりだよ。塀と塀に挟まれたまま一生を終えたくなかったら、出ておいで。」
「何その怖い未来。……でも、あの…。」
「…ほら、俺の手を掴んで。」
スっと入り込んできたその手。
……もう、腹をくくるしかないか。
観念した私は、その手を掴みあえなく御用となった。
・
・
・
「さん、1ついいかな?」
「………はい。」
「逃げすぎだよね。」
「…だって追いかけてくるから…途中から、何か恐怖心に支配されて…。」
「…俺も途中から、万引き犯を追いかけてるような気持ちになっちゃって…怖い顔してたかも。ごめんね。」
フフ、と笑う幸村君は怒っている様子ではなかったけど
この優しい笑顔から、どんな残酷な結果が宣告されるのかと考えると、私は一緒に笑うことが出来なかった。
強制的に連れ戻された先程の公園。すっかり辺りは真っ暗で、
壊れかけの街灯の光が何だか寒々しく感じた。
キィキィと乾いた音を鳴らすブランコに私たちは座っていた。
ゆらゆらと体ごと揺らされる感覚に色々な思いが余計にこんがらがる。
「……………。」
「……さん。」
「……はい。」
「…抱きしめてもいいかな。」
「…はい。……へっ?!」
隣のブランコから立ち上がり、私の目の前に立った幸村君。
私を見下ろすその視線は、どうやらふざけてるわけじゃなさそうだった。
いやいや…どういうことなんだ…
普通そういうのって、好きな人と…
はっ!!も、もしかして、私が幸村君を好きだという気持ちをいいように利用して、
軽く手ごめにしてやろうってことなんじゃ…いや違う!幸村君はそんな人じゃない!
でも、じゃあ、どうやって返答したら……
そんなことを考えている内に、いつの間にか暖かい感触に包まれていた。
「…っちょ…ゆ、幸村く…」
「……なんで逃げたの。」
少し低い声でそう問いかける幸村君だったけど、
正直、今の私の頭の中はそれどころじゃない。
まだ2月だというのに、汗がだらだらと流れ始めていた。
ギュっと握りしめたブランコの鎖が、手に食い込んでくる。
「……えっと…、あの、こういう…のはちょっと…。」
「…俺のことが…、好きなんじゃないの?」
「そ、それは…私はそうだけど!」
「じゃあ、いいんじゃないかな。」
「……っ、幸村君は好きな人がいるんでしょう!」
思ったよりも大きい声が出てしまった。
勢いでドンと突き飛ばすと、幸村君が驚いたような表情で固まった。
「…………だ、ダメだよ。そういうの。ちゃんと…」
「さん…まさかと思うけど…、俺の好きな人って…誰だと思ってる?」
「し、知らないよ。だけど私じゃない誰かだってことは、わかる。」
「………………驚いた。蓮二の言う通りだ。」
「…なに?」
「…さん、ゴメン。はっきりと言わなかった俺が悪いんだ。
俺はさんが好きだよ。」
「……そ、そんな取ってつけたように…」
「そんなことない。さっき、レストランにいた時だって
その、俺なりにわかりやすいアピールしたつもりだったんだけど…。」
「………いや…可愛くて素直で…女の子らしくて…」
「ほら、さんのことじゃないか。」
「い、いやいやいや…満場一致で私とは住む星の違う人だって結論に至ったよ!」
幸村君に好きだと言われて、こんな気持ちになるだなんて想像もしてなかった。
何だろうこの釈然としない気持ちは…!
素直に信じられないというか…、だ、だってあの≪可愛くて素直な女の子≫って特徴は
あまりにも私とかけ離れすぎているというか…未だにピンとこない。
混乱する私を見て、なぜかツボに入った様子の幸村君は
肩を揺らして笑っていた。……なんだ、この状況…。
「だ、大体普段あれだけ皆に男だゴリラだとからかわれてる私に対して
≪女の子らしい≫っていう言葉は1番の鬼門っていうか、もはや嫌味というか…」
「……そうかな?だって、ほら…」
笑いすぎて涙が出たのか、指で目元を拭いながら幸村君が私に近づいてきた。
ブランコに座り、間抜け面で幸村君を見上げる私の頬に暖かい手が重ねられた。
そのあまりの顔の近さに反応できずに、とにかく息を止める事だけに集中していると
その距離がさらに縮まりそうになった。思わず後ろに転げ落ちた。
「おっ…うぉわっ!…な、なななな…え…何しようと…?」
「…フフ、そうやってすぐ真っ赤になるところなんか、女の子らしくて可愛いよ。」
咄嗟に受け身を取り、制服を土まみれにして身構える私に
また大笑いしながら、とんでもなく恥ずかしいことを言い放つ幸村君。
……ま、まさか……本当に、あの幸村君が、私の事を…?
「だ、ダメだ…頭が混乱してる…。」
「…混乱することなんて何もないさ。…よく聞いて。」
「………。」
地面に座り込む私の前でしゃがみ込んだ幸村君。
真っ直ぐ私を見つめる視線に貫かれそうな気がした。
「…例えばさんが、ちょっと他の奴と楽しそうに笑ってたりするだけで我慢できないんだ。
子供みたいに意地悪なこと言ってしまうのを、自分で抑えられないぐらい…
そのぐらい、俺はさんのことが…、大好きだよ。」
そう言って、少し顔を傾けて笑う幸村君。
あまりの強い衝撃に動けないでいると、チュッと軽い音を立てて
幸村君が私の頬にチューをした。私は制服であることも、スカートであることも
何もかも忘れてその場で吹っ飛んだ。
土だらけで悶える私を見て、幸村君が照れたように笑う。
少し頬が赤くなった彼を見て、きっと、これは夢じゃないんだと思った。
そう考えたら抑えきれなくて、私もつられて真っ赤になった。
fin.