氷帝カンタータ
番外編 Keigo Atobe × TDS
何の変哲もない平日だと思っていたけど、そういえば今日は…
「ねぇねぇ、見てー。これね、田中君がホワイトデーに、ってくれたんだ。」
「へー、田中結構マメだな。」
「マメっていうか、がっくんが杜撰すぎるんだと思う。お返しは?」
「……あー…、忘れてた。」
「やっぱりそんなことだろうと思った!本当そういうところだからね。がっくんの人気がイマイチ伸び悩んでる理由は。」
「まぁまぁ、いいじゃん。帰りにシェイクおごってやるって。」
「ナゲットも追加ね。」
「本当そういうところだぞ、の人気が地を這うレベルまできてるのは。」
「言い過ぎだからね。……それにしてもさぁ。」
いつも通りの部室での雑談を繰り広げる私とがっくん。
今、ここにいる忍足に宍戸に跡部は、聞いてるのか聞いていないのか黙々と帰りの準備をしている。
…今日はホワイトデーだというのに、お返しをくれたのは2年生トリオのみ。
3年生はというと、みんな見て見ぬフリをしている。
そんな様子にわざとらしくため息をついてみると、気まずそうな宍戸が話しかけてきた。
「……田中から何もらったんだよ。」
「じゃじゃーん!ディズニープリンセスのハンカチ!めちゃくちゃ可愛いでしょ?」
「…何を思ってにプリンセスのプレゼントなんやろな。」
「私がディズニー大好きだからに決まってるじゃん。行ってみたい。」
「え、ディズニー好きなの?なんで?」
「なんで?っておかしくない?好きなものに理由なんかいるんですか。」
「…似合わなさすぎるやろ…。」
「うるさいわね、私は意外と夢の中に生きている乙女なんです。田中君はそれをわかってくれてるんです。」
相変わらず失礼なことを全員一丸となって考えやがる…!
ただ、今私の手の中にあるハンカチを見ているだけで…そんな荒ぶった心が癒されていく…。
ちゃん、好きだったよね
なんて。よく覚えててくれたな、田中君。
みんなが言うように私がディズニー好きだなんて…絶対似合わないだの、なんだの馬鹿にされるから
ほとんど言ったことなかったのに、やっぱり田中君はモテ男の鑑だと思う。
「…はー、行ってみたいな。ディズニー。」
「なんだよ、行ったことねぇの?」
「ランドはあるんだけどね。なんやかんやでシーの方は行ったことないの。」
「ふーん。」
ものすごく興味がないんだね、この話題に…!
いよいよ鞄から教科書とか取り出し始めたがっくんに、ほんのりイライラが募るけれど…
そんな時はこのハンカチを見て……!
「あ、そういえばシーに新しいアトラクションも出来てたよね。」
「何のアトラクション?」
「ほら。トイストーリーのさ!」
「……あー。なんかあったかもな。」
「え、宍戸行ったことあるの?」
DSを開きながらなんとなく答える宍戸に、食い気味に聞いてみると
やはり聞いてるのか聞いてないのかわからないような態度で。
「この前、友達に連れられていったけど、待ち時間の思い出しかない。」
「えー、トイストーリーの中身を教えてよー。」
「んー……ウッディが動いてた。」
ガタッ
宍戸が答えた瞬間、後方の机から音がした。
……今、あの机で作業をしているのは…
「…何。跡部、どうしたの。」
「……なんでもねぇ、椅子の調子が悪かっただけだ。」
「ふーん…。でさ、宍戸。やっぱりバズとかも出てきたの?」
「んー…あぁ、出てきたと思う。」
「へぇー…やっぱり行ってみた「どういうことだ、宍戸。」
「…は?」
いきなり会話に入ってきた跡部は、いつのまにか机を立ち
私のすぐ横にいた。質問の意図がわからなさすぎて宍戸もゲームから顔を上げていた。
「…バズがいたのか?」
「……え…あ、ああ。いたけど。」
「…跡部、この前トイストーリー鑑賞会した時、めっちゃバズのこと気に入ってたもんね。」
「…別にあんな子供向けの話…覚えてねぇよ。」
ちょっとニヤけながら聞いたのがいけなかったのか、
ものすごく嫌そうな顔をして、また机と戻った跡部。
私と宍戸は顔を見合わせて、やっぱりまた少し笑った。
……たまに可愛いところあるよね、跡部って。
・
・
・
ピーンポーン……
ピーンポーン…
ドンドンッ
ドンッ……
♪〜…♪〜…
「……ん…ぅ……なに……電話?……もしもし…。」
『あけろ』
「……………おかけになった電話番号は『ラストチャンスだ』
寝ぼけた思考が吹っ飛ぶような、跡部のマジトーンに
急いで玄関まで駆けつけた。
「何っなのよ!!……え……いや、誰?」
「おはようございます、様。坊ちゃんが下でお待ちですので、ご準備をお願いいたします。」
「いや…え、今日は別に何もなかったはず…。」
「…他校の調査に行くそうです。とにかくお急ぎください。」
勢いよく臨戦態勢のまま玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは跡部のお付のお兄さんだった。
見上げてみないと顔が見えない程の大男にちょっとビビったものの…、そんな予定はなかったはず。
しかし、跡部がもう来ているということはここでどれだけ駄々を捏ねようが
絶対に決行されるのだろう。「男の子はちょっと強引なくらいがいいよね★」なんて
クラスメイトの瑠璃ちゃん達と話していた昨日の自分は間違っていた。
大金持ちだろうが、イケメンだろうが…
「世界があんたの思い通りに回ってると思うんじゃないわよこのスーパーメガトン馬鹿野郎っ!」
ドスドスと足音を響かせながら、リムジンのドアを豪快に開けると
そこにいたのは、やけにめかし込んだ服装で、勘違い芸能人のようなサングラスをつけた跡部。
長い足を組んで、携帯を弄る姿に一瞬言葉につまってしまった。
「……おい。」
「…は?」
「…なんだそのジャージ。」
「…いや、他校の偵察に行くんでしょ?あんたこそ何でそんなご機嫌なスタイルで来てんのよ。」
「………………ジャージだとバレバレだろうが。着替えてこい、今すぐ。2秒で。」
「いやいや…いつも偵察の時ジャージで二人で行ってるじゃん!ってかこんな朝早くにどこの学校に行くの?」
起きたばかりで機嫌の悪い私に、どこか歯切れの悪い跡部。
…まぁ、跡部がわざわざ迎えに来るくらいだから何か事情があるのだろう。
いつもなら、大体学校あたりに集合させられるはずなのに。
「……わかった。着替えて来ればいいんでしょ?」
「…変な服はやめろよ。」
「跡部程の服は持ってないから安心しっ…ったいわね!ちょっ!」
精一杯の反撃を試みたものの、あろうことか女子を蹴りやがったこいつ…!
そうして追い出されるようにリムジンを後にした私は、
しぶしぶながらも服を着替え、不機嫌なまま未だに場所も知らぬ他校へと出発した。
「……ねぇ、跡部。」
「…なんだ。」
「そういえば、ホワイトデーのお返しもらってないよね。」
「……………。」
出発してからどれほど経っただろうか。なんとなく、跡部にムカついて
お互い一言も発しないまま車内は静まり返っていたけれど、
沈黙が得意じゃない私は、何とか跡部を攻めることの出来る材料を探していた。
昨日の部室での会話には、一切入ってこなかった跡部だけど
実際お返しとか…してるのだろうか。っていうか、アレだけもらってたら
まず難しいような気がするけど…。でも噂では、律儀にきちんと全員にお返しを渡している、とも聞いた。
跡部のことなので、もう何が本当で嘘か、わからない噂ばかりだけど、
せめてチロルチョコ1つでも貰わないとやってられない。
「言っとくけどね、義理チョコにきちんとお返ししないと社会に出たときに大変だと思うよ。
社会人になったら、部下である女子社員達が3人で1個とか、5人で1個のチョコを手渡してきて
お返し期待してま〜す★みたいなことを言っちゃうことが、ザラにあるんだよ。それを無視してたら
間違いなく社内での居心地は悪くなって、いくら跡部だろうと根も葉もない噂とか流されて
あっという間に島流しになるのがオチなんだからね。」
「………朝からうるせぇ。」
「うるさ…うるさいって…!もういい。ゲーム持ってきたからもういい。」
自分至上主義もここまで来ると呆れる。
会話すらする気がないなら、こっちにだって考えがあるんだから。
鞄から取り出したDSに電源を入れ、私は旅に出ることにした。
『あとべ は カメックス を くりだした!』
「………。おい…。」
「…ん?え、なに?」
「なんだ、あとべって。」
「は?…ああ、ライバルの名前。」
「…勝手に使ってんじゃねぇ。おこがましいんだよ、ごときがライバルになれる訳ねぇだろ。」
「もう、うるさいなぁ。勝手に見ないでよ。」
いつの間にか横にぴったりくっついて、ゲームの画面をのぞき込む跡部。
取り上げるように画面を見せないようにすると、腕をつかまれ掴み合いの形になった。
掴まれたその腕を振り払うように、必死にもがくと、跡部も必死で食らいついてくる。
二人とも無言で暴れすぎた結果、跡部が私の上に馬乗りになるような形になっていた。
なんでそんな意地になんのよ…!!
「…見せろ。」
「なんでよ、跡部ポケモン知らないじゃん!」
「知ってる。」
「…じゃあ、くさタイプに強いのは?」
「ほのおタイプ。」
「おっ。……じゃあ、ピカチュウは何タイプのポケモン?」
「でんきタイプだろうが、なめてんのか。」
「うおおおお!すごいじゃん、跡部どうしたの!1か月前はピカチュウのこと学校名か?とか言ってたのに!」
ふふん、と自慢げに腕組みをする跡部に何があったのだろうか。
いつも部室でポケモン対戦に興じる私やがっくんを呆れた目で見下していたくせに…!
……やっぱり本当は一緒に遊びたかったのかな。
「跡部、今DS持ってる?じゃあ対戦しようよ。」
「……いや、もう着くぞ。」
「へ?……えー…どこなの?これ……。」
スモークのかかった窓に顔をくっつけて外を見てみるけれど、イマイチ見えない。
やっとリムジンが停車したところで、ドアを開けようとすると、それより先にお付の方がドアを開けてくれた。
慣れない扱いに戸惑っていると
私の目に飛び込んできたのは
「……………嘘でしょ。」
「はっ。どうだ、ハンカチ一つよりよっぽど良い≪お返し≫だろうが。」
あれは間違いなくディズニーシーのシンボル。
行きたくて行きたくて、仕方なかった夢の国。
なんだか空気すら違ってたものに感じる。
「……………っ」
「……泣くほどのことかよ。」
「あ……あと…跡部、ありがとう…!もう、本当…だいすきぶふぅっ!」
「調子乗んなよ。」
この感動を、どう表現してよいのかわからず思わず跡部に抱き付こうとすると
光の速さでブロックされてしまった。地面に倒れ込みながらも、私の頬を伝うのは嬉し涙。
「……っああ、ダメだマジで頭が真っ白になりそう…!」
「早く行くぞ。」
「本当に本当にディズニーに来たんだね!行こう行こう!
ああー!っていうかこんなことなら、家からガイドブック持ってきたのに!
どうしよう、事前にしっかりシミュレーションして来たらよかった!!
大丈夫かなぁ、あ、跡部大丈夫だからね!私がちゃんとナビゲートしてあげるから
あんたはポカンと口を開けてこの夢の国に圧倒されてるがいいよ!」
「………っふ…、バカか。本当にうるせぇな。」
テンションが上がりすぎてテンパる私を見て、跡部が珍しく笑った。
・
・
・
「まずはね、ファストパスっていうのを取りにいかなきゃいけないみたい!」
「なんだそれ。」
「これを取ってると、待ち時間なしでアトラクションに乗れるんだよ。」
「なるほどな。いくらだ?何十枚あれば足りる?」
「うわー、怖い。夢の国だから、ここ。そういう金にものを言わせるスタイルは通用しないからね。」
当たり前のような感じで「買い占める」という発想が出てくるあたり、やっぱり跡部だと思う。
ファストパスの制度をしっかりとお話してあげたにも関わらず、腑に落ちない表情をしている跡部には
今日1日で、この夢の国が夢の国たる所以をしっかり教えてあげなければいけないな…!
とりあえず園内MAPを広げてみると、さらにドキドキしてきた。
「ど…どうしよう、跡部。何乗りたい?って跡部知らないか…」
「トイストーリーだ。」
「……え?」
「…昨日、宍戸が言ってただろうが。バズがいるって。」
サングラスをかけたまま、周りをキョロキョロし始めた跡部。
その姿から放たれるオーラが半端じゃないからなのか、道行く皆が振り返っている。
……テンション上がりすぎてて忘れてたけど、跡部と二人でディズニーということは…
いわゆる、デートってことなのか……。
そう考えると、ちょっと緊張してしまう。
っていうか…昨日の話聞いててくれたんだ、跡部。
私と二人でこんなところに来るなんて、普段なら絶対嫌がるはずなのに
ホワイトデーのお返し…ってことなのかな。
絶対跡部には言いたくないけど、今までもらったどんなお返しより
…………嬉しいかもしれない。
「わかった、私も行きたかったんだ。トイストーリー。」
「早く行くぞ。」
「うん!行く途中にタワーオブテラーのファストパス取ってから行こ。」
私の話も聞かずにズンズンと間違った方向へ歩いていく跡部。
……なんとなく跡部もテンション上がってる気がする。やっぱりすごいな夢の国。
「わー、開園したばっかりなのにもう60分待ちだって。」
「………乗るまでに1時間かかるのか?」
「そうだよ。まだ少ないほうだよ、今日は。」
「っち…。仕方ねぇな。」
不満そうに腕組みをし、仕方なく列に並ぶ跡部。
早速前にいた女の子のグループが、きゃあきゃあと騒ぎ出している。
……1時間もこの状態で並ぶのかぁ…。
「…何か話そうよ。」
「何を。」
「…んー…。」
今さら、跡部と話すことなんて…
あ。そういえば気になってることがあった。
「この前、がっくんに聞いたけど彼女できたんでしょ?」
「もう別れた。」
「……1週間前に聞いたばっかりだけど。」
「勝手に噂してんじゃねぇよ。」
会話終了。
うわー!辛い!いくら夢の国といえども、私と跡部の間に
新たなロマンスが生まれることはないということなんですね!
このテンションであと60分はどう考えても辛すぎる…。
仕方ない、こうなったら「私がぴよちゃんさまに聞きたいことリスト」を
全然聞きたくないけど跡部に適用してやるか…。これでなんとか30分はもつでしょ。
集めた答えは、とりあえず跡部親衛隊の皆様に情報提供すれば…。
ガサゴソと鞄からメモを取り出すと、その第18ページ目を開いた。
「……えー、じゃあ今から質問をします。」
「……………。」
「もしも私と無人島に二人きりになったとしたら、結婚しますか。」
「それ聞いてどうするんだよ。」
「知らないわよ。私も、心の底から興味ない。」
「じゃあ聞くな。」
「……質問を間違えたわね。じゃあ…これかな。跡部が1番カッコイイと思うテニス部員は?」
「…アーン?」
「あ、他校でも構わないよ。同性ながらこいつカッコイイなーって人、いるでしょ?」
珍しく、少し考える素振りを見せる跡部。
腕を組んで悩む姿に、次は後ろに並んだカップルの彼女が軽く奇声をあげていた。
「……いねぇな。」
「えー。そう?ほら、手塚君とかカッコイイじゃない?」
「…基準が高いからな。」
「……もしかして、≪俺様が1番カッコイイに決まってんだろうがバーカ≫とでも思ってる?」
「はっ、わかってんじゃねぇか。」
「…やっぱり人生楽しそうだよね。」
「じゃあ、お前はどうなんだよ。」
「え?」
「誰が1番カッコイイんだよ。」
まさかの質問返しにちょっと嬉しくなった。
こんな類の質問を膨らませてくれるなんて、普段の跡部からは考えられないことだから。
「えー、それは本当に迷うなぁ…1番って言われると…んー!…あー…でもなぁ…」
「…………。」
「ジャッカル君も有力なんだけど、がっくんも…いや、まぁがっくんは別ジャンルだから…」
「………。」
「でも実は私、ダークホース的なところで乾君も中々すっいたたたいいたい痛い痛いって!」
「遅い。即答だろうが、普通。」
大真面目な顔で、アイアンクローをかましてくる跡部を
こんなに怖いと思ったことは初めてです。
公衆の面前で女子に暴力振るっちゃうその浅はかさにもだし、
即答を促すということは…つまり…
「…まさかとは思うけど、≪跡部≫とでもいえばよかったの?」
「逆にそれ以外の選択肢があるのかよ。」
「あるよ!むしろそれ以外の選択肢しかないよ!」
「…おい、そこの雌猫。」
「ひゃっ!は、はい!」
「ちょっと、やめなさいよ!人様に向かって雌猫ってあんた捕まるよ…!」
跡部の方をちらちらと振り返る女子グループに
何を思ったのか、跡部が話かける。
サングラスをゆっくりとはずすと、そこにはどや顔でばっちりキメ顔の跡部がこんにちは。
やめてください、こんなぶっ飛び電波男と知り合いだと思われるの恥ずかしいから本当やめてください。
「…俺よりカッコイイ奴なんていると思うか?アーン?」
「い、いいいいいいないと思います!いません!」
「怖いですよね、すいません!ほら、跡部ちゃんと謝って!ごめんなさい、この子ちょっとまだリハビリ中で…」
必死で跡部の頭を下げさせようとすると、思いっきり振り払われた。
もう…怖いよ、跡部と二人きりってこんなに大変なことだったんだ…樺地ってスゴイね…!
しかし、意外にも女の子たちには大ウケで
流れで握手なんかし始めてしまったもんだから、やっぱり跡部の人生は生まれた時からイージーモードだと思う。
・
・
・
「よし!ついに次だよ!…へぇー…3Dなんだ、スゴイなぁ。」
「…撃てば良いのか。」
「わー!見て、ポテトヘッドだよ跡部!」
「…!」
おもちゃの大きさになってしまった私達の目の前にあらわれたのは
映画と同様に軽快にしゃべるポテトヘッドだった。
それを見て、無言になりながらも身を乗り出すようにポテトヘッドを見つめる跡部の
自覚していない無駄な可愛さアピールに、不覚にもちょっと悶えてしまう。
「よーし、これ二人で点数対決しよ!勝ったほうが、お昼ご飯おごりね!」
「シューティングゲームで俺様に戦いを挑むとは…相変わらずバカだな。」
「私だって結構得意なんだからねー、ふふーんだ。」
やっぱりこういうゲームものって勝負がないと燃えないよね…!
私が提案をすると、案外跡部もノリノリで誘いに乗ってきた。
そしていよいよ私たちが乗り込む玩具に案内されると、
跡部がサングラスをはずし、3Dメガネのままキョロキョロと周りを見回し始めた。
「何してんの?もうすぐ始まるよ。」
「………ああ。」
動き始めた乗り物に、私のテンションも最高潮に近づいてくる。
シューティング用の機械を構えると、そこに出てきたのは
「ウッディだ!跡部、ほら打って打って!」
「おい、やめろ!お前が撃ってんのはウッディだぞ!」
「いや、だからこれ練習なんじゃないの!?ウッディのほら、あれ!盾めがけて!」
「ウッディを撃つなんてマネ出来るわけねぇだろ。」
「何、そのウッディに対する異常なまでの信仰心!知らないからね、私に負けても!」
「はっ、言ってろ。すぐに追いついてやる。」
真剣な目で3D画面を見つめながら、一発もウッディに発射しない跡部は
素直に馬鹿だと思った。しかし、これは好機!私の勝利に一歩近づいたわ…
その後、ついに跡部も狙える的が見えてきたと思ったら
そこには思わぬ罠が隠されていた。
「はーっはっはっは!逃げ惑おうが無駄だ!」
「ちょっ、どうしたどうした跡部!」
「1番点数が高い的が手に取るようにわかる…スケスケだぜ!」
「ぶふぅっ!ちょっ…あははっはっはっ、ちょっとやめてマジで!」
パタパタと動く的に対して、高らかに叫ぶ跡部。
笑いすぎて狙いを絞れない私の機械からは無駄玉ばかりが放たれる。
そして、跡部のテンションが異常値に達してから
3分ぐらいだっただろうか。その時だった。
≪無限の彼方へ……発射!≫
「…っ!おい!、バズだ!バズが……あ…!待ちやがれ!!」
「わ!びっくりした!あ、バズすぐ行っちゃったね。」
急に隣から肩をつかまれたと思ったら、やけに興奮気味の跡部。
………こんな子供みたいな跡部初めて見た。
バズが出てきたのはほんの一瞬だった為、随分肩を落としていたけど
普段見れない貴重な姿に、私は笑いをこらえることが出来なかった。
「あれは絶対ズルイよ!あんなの笑わない訳がないじゃん!」
「てめぇ、人が真剣にやってる最中にゲラゲラうるせぇんだよ!雑音がなけりゃ俺がキングだったんだぞ!」
「もう本当やめて、キングって何なの…!ひひっひ…≪今日のベストスコア≫のこと言ってるの?」
「…っち…。キングになったら…バズが来てたかもしれねぇだろうが。」
「来ない来ない!本当…やっぱ跡部…ふふっトイストーリー大好きなんじゃん。」
「……昼飯は奢れよ。」
あの興奮気味の跡部を思い出しては、笑い出していた私に
先程までの笑顔はどこへいったのか、凍てついた目線で睨みをきかせる跡部。
そうなのです。まさかの事態なのですが、私は跡部に負けてしまったのです。
明らかに打っている数が少ないにも関わらず、点数が高かったところを見ると
あの例のインサイト(スケスケだぜ)で的確に狙っていたのでしょう。
本人は至って真面目なんだけど、傍から見ればふざけ倒しているようにしか見えない人に
ボロッボロに負けたのが悔しすぎて、園内MAPを握りしめた。
「…っくそ…!…まぁ、約束は約束で仕方ないわね。何食べたい?」
次に乗る予定のタワーオブテラーのファストパスの時間までしばらくあるため、
ここでお昼ご飯を挟む。MAPを広げて跡部に聞いてみると、
近いところが良いということで、迷わず選んだのは豪華客船の中に位置するレストランだった。
私も初めてのディズニーシーなので、どんなレストランかはわからないけれど、
取りあえずお腹も空いたので、そちらへ向かった。
・
・
・
「…うわぁ…!えー、素敵ー!スゴイスゴイよ、跡部!」
「あぁ。中々の内装だな。」
「で…でも、跡部さん。あのー…ちょっともう少しラフなところで…」
「入るぞ。味もチェックしてやろうじぇねぇの。」
適当に選んでみたところが、まさかの高級レストラン。
どうやら跡部のお眼鏡にかなったらしく、意気揚々と店内へ進んでいく。
……ヤバイよー、こんなの絶対高いに決まってるのに…!
こっそりと鞄の中の財布を確認してみると、
……ギリギリ、お土産を諦めれば支払えるかもしれない金額がチラリと見えた。
…っく…!仕方ないか…負けた私が…悪いんだ…!!
歯を食いしばりながら第一歩を踏み出すと、既に店員さんからメニューを受け取った跡部が
楽しそうに手招きをしていた。
「このおすすめランチコースでいいな。」
「えー、ちょっと見せ……っ!!ほ、ほぉ〜…あー、そういう感じねぇー…」
確かに美味しそう。
テーマパーク内のレストランのレベルを超えているような
高級食材に、鮮やかな盛り付け。かなりそそられるけれど…
その値段を見て、目玉が飛び出るかと思った。
こいっつ…!奢ってもらえると思ってわざと…!?
なんて思いつつも、店員さんが見ている手前何も言えなかった。
「あ、あー…でも私そんなにお腹空いてないから、このオードブルだけで…」
「オードブルの意味知ってんのか。そんなもんで足りるわけねぇだろ、毎日どか食い「個人情報の漏えいはやめて!」
「………このコース、二人分で良い。」
「はい、かしこまりました。」
「あっ!……あー、…っく…!鬼…!!」
店員さんが持って行ってしまったメニューを、見る隙もなく
さっさと注文をしてしまった跡部。
店内の豪華絢爛な内装が、似合いすぎるこの男にギリリと唇を噛みしめた。
「はぁー!めちゃくちゃ美味しかったね!」
「…まぁ、中々じゃねぇの。」
「いやー、こんな美味しいランチ食べれただけで幸せだ…。あっ!」
次々と運ばれてくる、美しい料理達に舌鼓をうったのもつかの間。
すっかり幸せで忘れてたけど、お会計…どえらいことになってるんだろうなぁ…。
こっそり伝票に手を伸ばそうとしたその時。
PLLLLLL......
「…ん?ちょっとゴメン。大家さんだ。」
ポケットで震えた携帯を取り出すと、ディスプレイに表示された珍しい文字。
跡部は軽く手を挙げてくれたので、少し店外に出ることにした。
「おまたせー。ごめんごめん、何か勘違いだったみたい。」
開口一番、家賃を滞納している!と怒鳴られたものの、
それは私の隣のお部屋のことだったらしく、随分と謝られた。
大家さんがこの手の間違いを犯すことは日常茶飯事だったので
ほとんど気にしていないものの、少し時間をとられてしまったことが悔やまれる。
…早くしないと、ファストパスの時間が…!
急いでお会計を済ませようと、机の上にあった伝票を確認すると
「……あれ?伝票は?」
その質問に答えはなく、スタスタと出口へ向かう跡部。
店員さんが持って行ったのかと思い、レジ前で立ち止まると
にっこり微笑まれて「ありがとうございました!」と元気な声で送り出された。
へ……?
「…跡部、ちょっと待って!あの、会計がなんか…勘違いされてるっぽい…」
「…………行くぞ。」
「え?いや、だから…」
「…もう済ませてんだよ。」
「へ?跡部が?私のおごりだったんじゃ…」
「…うるせぇな。だったらさっき言ってた、うきわまんでいい。」
「…………。」
おかしい。
いや…なんていうか、跡部が…なんだろう、この違和感…。
ちょっと、いつも見てるあのアホの跡部と違って、大人すぎるというか
スマートすぎる対応に、少し怖くなってきた。
だって…跡部が私に優しくする理由が見当たらないし、
そもそもホワイトデーのお返しに、こんなディズニーなんかに…連れてきてくれるなんて…
ま…さか……
・
・
・
「ね、ねぇ跡部。」
「なんだよ。……ここじゃねぇのか?」
「う、うん。確かにこれはタワーオブテラーなんだけど、その前に…さ…」
「なんだ。」
私の前方をスタスタと歩いていく跡部の腕をやっとの思いで掴むと
相変わらず、不機嫌そうな顔で対応をされた。
…でも、今私は自分の中に芽生えつつある違和感を処理しないことには
タワーオブテラーを素直に楽しめない気がするから…。
中々言い出せずにもじもじする私に、しびれを切らしたのか
再度跡部からの声が飛んだ。
「…早く言え。」
「…わ、わかった。…あ、あのさぁ…さっきは…ご飯おごってくれてありがと。」
「…………。」
「でさ…、あのー…あんまり私こういうのって…慣れてないから…。」
「………。」
「…その、初めてのことでちょっと…戸惑いもあるんだけど……。」
「………。」
「…わ、私は跡部のこと良い友達だと思ってるけど、そのやっぱりまだ恋人っていう話は「なんの話だ、殴るぞ。」
「いでっ!いたっ、ちょ、もう殴ってるじゃん!やめ…やめろ!」
私が精一杯の勇気を振り絞って話している最中に、
真顔でボディーブローを打ち込んでくる跡部に、必死に防御を続ける私。
でも……でも、だって…!
「だ、だっておかしいじゃん跡部!なんでそんなに私が喜ぶことしてくれるの?」
「お前を喜ばせようと思ったことなんて、今まで生きてきてただの一度もねぇよ。」
「わ…私がディズニー行きたいって部室で言ってたから連れてきてくれたんでしょ?」
「……。」
「それに…あんな高級なレストランでおごってもらって…!真子ちゃんが言ってたもん!」
「……何を。」
「お、男の子は、好きな女の子にはお金を出させないもんだよ、って!」
言った。確かに言ってたもん。
あれは、私ががっくんや宍戸に頻繁に奢らされるけれど、それは愛情の裏返しで
結局私と一緒にいたいがための口実だと思うんだよねぇ
とポシティブ解釈持論を展開したときの話だった。
やけに真剣なまなざしで、「あんた将来騙されそうだから言っとく」と
真子ちゃんが助言してくれた言葉だから、忘れるはずがない。
「……モテない奴らの思考回路がよくわかった。」
「モテ…少なくとも真子ちゃんはモテるもん!」
「わかった。じゃあ支払え。」
「えっ!」
「お前がこれ見よがしにに、MAPの裏に載ってるクマだかなんだかのグッズに丸つけて、
散々帰りに買う土産の話もしてただろうが!飯食ってる時も、俺がドリンクを頼むたびに
いちいち財布の中覗き込んでは震えてたのを見て、気を遣ってやったのに…」
「うっ……ま、まぁちょっとは気にしてたかもしれないけど…」
「ちょっとどころじゃねぇだろ。…その気を遣った結果がこれだ。
どこをどう勘違いしたら、俺がお前を落としたくて奢ってやったと解釈できるんだ。」
「………。」
「。言っとくがてめぇの価値をさっきのコース内の料理で換算するなら……そうだな…
肉の付け合わせのサラダの中にあったコーンぐらいの価値しかないだろ。」
「…………。」
「ちょっと奢られただけでその勘違いっぷりなら、さぞ人生楽しいんだろうな。」
高らかに笑いながら、タワーオブテラーの待機列へ並ぼうとする跡部に
恥ずかしさからなのか、怒りからなのか、私の体はもう止まらなかった。
「…待ちなさいよ。」
「アーン?」
「そういう言い方はないでしょ?奢ってくれたことに対して感謝はしてるんだから、素直になればいいじゃん。」
「てめぇが、いちいち屈辱的な解釈をするからだろうが。」
「く…屈辱って…あ…あー、本当カッコよくない!なんでそうやって何でも喧嘩に持ち込むのかな、あんたって。」
「カッコよくなくて結構。誰もお前にそんなもん求めてねぇよ。」
「だっ…から、そうやって何もかもに必死に全力で否定するところが逆に怪しいんですけど!」
「……あ?」
「そうだよ…。別に、私が奢られたことに対して勘違いしてたとしても、適当にスルーすればいいのに
いちいち≪違うに決まってるだろ!お前のことなんかす…好きじゃねぇよ!≫みたいなバレバレの
ツンデレテンプレートみたいな反応されたら……気色悪いって思うじゃない!」
「よし、もう容赦しねぇからな。」
あ、言ってしまったと思った時にはもう遅くて。
2m程離れたところにいた跡部が、綺麗なクラウチングスタートを切ったところで
私の中の危険察知システムが緊急稼働した。
しかし、怒り狂った跡部の速さに敵うはずもなく
目の前に迫る奴に、何の対策もとれずに立ち尽くしていたその時
「あ?……なんだ、てめぇ…」
「………え?」
取りあえず、いつもの習性から顔だけは守ろうと頭を押さえる私に
予定されていた衝撃がこないことを不思議に思い、顔をあげてみると
私の前に立ちはだかったのは……
「う…うそ……ミ、ミッキーさんだぁぁあ!!」
「…アーン?」
いつも通りの笑顔で、口元を押さえこれでもかというほど可愛い仕草をする
ディズニーランドのキング、ミッキーさん。
まさか、こんな普通の広場に、普通に現れるとは思わないし、
さらにこんなお恥ずかしい場面に乱入してきてくれるとは……
「…てめぇが……、キングか。」
さすがにミッキーさんに殴りかかることはできないと思ったのか、
ミッキーさんの下から上までを見ながら、不敵に微笑む跡部。
そして、そのアホみたいな発言にも寛容に微笑む大人なミッキーさん。
「あ、あああ跡部!こっち向いて!写真撮ってあげるよ!」
「写真?なんでだ。」
「ミ、ミッキーさんがあんたなんかに構ってくれるなんてスゴイことなんだから!ほ、ほら!」
急いで鞄からデジカメを取り出すと、サっと跡部と肩を組むミッキーさん。
いつの間にか出来上がっていたギャラリーからの歓声を
自分のものと勘違いしたのか、ご満悦な表情でミッキーさんと畏れ多くも肩を組んじゃう跡部。
しかし、フと皆を見てみると見ず知らずの跡部とミッキーの写真に
何度もシャッターを押している。……勘違いじゃなく、本当に跡部の写真を撮ってるんだ。
デジカメの画面を見てみると、確かにシュールで面白い画像が収まっていた。
「…てめぇの王国…中々のもんじゃねぇか。」
「なんだ、しゃべれねぇのか?」
「…フン、まぁいい。楽しませてもらうぜ。」
ヤバイ、めっちゃ面白い。
腕を組み、楽しそうに話しかける跡部に、
いつも通りクソ可愛いしぐさでその場を取り繕うミッキーさん。
なんだか、ちょっとずつ跡部から離れようとしているところがまた面白い。
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「…あ、よく見るとファストパスの時間までと15分あるから入れないや。」
「…っち、ちゃんと見てろよ。」
「ゴメンってば。うーん、どうしよっか。取り和えずここで待ってよ。」
仕方なくタワーオブテラーの前で待機する私たち。
建物の壁にもたれかかりながら、道行く人を観察していると
皆、笑顔で幸せそうで…やっぱりディズニーっていいな。
「……おい、。」
「んー?」
「なんで全員、耳をつけてるんだ。」
「…え、あ…ああ。アレね、売店で売ってるんだ。ディズニーだけで許される盛大なおちゃらけアイテムだよね。」
「…っ、今歩いて行った奴…ミッキーの耳つけてた。」
「うん、ベーシックアイテムだよね。私もさ、これがぴよちゃんさまとかがっくんなら、迷わず
買いに行こうよ!つけてみてよ、写真撮らせてよ、きゃわわ〜★ってなるんだけど跡部には「行くぞ。」
「………え?」
私の前を横切り、いきなり歩き始めた跡部。
……ん?
「え、なに跡部。どこ行くの?」
「…俺も買う。」
「…え!え、耳を!?なんで!?だ、だって全然可愛くな「どんな王国でも。」
話をぶった切って、真面目なトーンで話始めた跡部。
「…どんな王国でも、その統治下にいる民は…王を称えるために様々なグッズを持つもんだ。」
「………ん?」
「王をモチーフにした、金貨…。ステンドグラス…色々あるだろうが。」
「…はい。」
「…それが、この王国ではあの耳…ってわけだ。行くぞ!」
「ちょっ!」
嬉しそうに走り出した跡部をもう止めることなんて出来なかった。
本当に真面目にバカなんだな、って思うと堪えきれない笑いが出てくる。
…跡部と二人でディズニーなんて楽しめないって思ってたけど、
なんだよ、めちゃくちゃ楽しいじゃん。
「…買ったねー…。」
「…そのクマは…違うだろ。」
「ダッフィーは立派なディズニーの人気キャラクターだよ!」
ミッキーさんの耳、首からぶら下げたミッキーさん仕様のポップコーンの籠。
私は、念願だったダッフィーをリュックに入れて、跡部につられてミニーさんの耳を買ってしまった。
傍から見れば、ディズニーを全力で楽しむ一般的な男女に見えると思う。
「…なんか、今さらになってものすごく恥ずかしくなってきた。」
「…耳が、違うからなのか…?」
「ねぇ、なにさっきからブツブツ言ってんの?」
「……まわりの雌猫どもには馴染んでるのに…、なんでお前にはその耳がそんなにも似合わねぇんだよ。」
「はぁ!?に、似合ってますけどー!めっちゃ可愛いですけどー!そんなの跡部なんか私の2千倍似合ってないからね!」
「バーカ、見てみろよ。道行く奴ら全員振り返って見とれてるだろうが。」
どや顔で、そういう跡部。確かに…さっきから、まわりの女の子の
「かわい〜」「カッコイイ〜」の声がさわさわと聞こえてきている気がする…。
く…悔しすぎる…!男の子のくせに…!
「ぐっ……た、確かに振り返ってるけどそれはあまりにも跡部とそのミッキーさんがミスマッチだからだよ!」
「おい、それより時間は大丈夫なのか?」
「あ!マジだ、早く行こ!」
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≪シリキウトゥンドゥの呪いは本物だ…これ以上先に行ってはならん…≫
≪私と同じ運命になるぞ……私の忠告を聞け…!呪いは本物だ……!≫
≪シリキウトゥンドゥの…目が!…うわああああああ!≫
「…っ!あ、ああああ跡部!見て、目が動いて…」
「ああ…。やっぱり…本物みてぇだな…。」
通された大きな部屋で、私たちは1番前の柵に乗り出して
大富豪ハイタワーさんの話に耳を傾けていた。
その瞬間、シリキウトゥンドゥの目が緑色に光り始め
まるで生きているかのように、ニヤっと…笑ったのだった…。
そして……
「え…えっ、ちょっと待って…!き、消えてる!?」
「……どういうことだ…。」
「い…いなくなっちゃった……。」
不気味な笑い声とともに消えた、シリキウトゥンドゥの像。
……これは…、このアトラクションはまさか…ホラー系なのか…?
真子ちゃんに、絶対面白いから、と勧められるがままに来てみたけど…
もしや、騙された…!?
無意識に跡部の腕を掴み、あたりを見回していると
気の抜けるようなメイドさんの声が響いた。
「それでは、ご案内いたしますので先にお進みくださ〜い」
「え…案内って…、え、大丈夫なのかな…あの呪いの像が消失してるのに…」
「……入っちまったもんは仕方ねぇだろ…。覚悟決めろ。」
「いやいやいや!だ…だって、今ハイタワーさんが忠告してくれてたじゃん!」
「はっ!上等じゃねぇの、呪いがなんだ…受けて立ってやるぜ!」
「うわああああ!それ、さっきのハイタワーさんと全く同じセリフやあああ!死亡フラグびんびんだよ!」
「…っていうか、いつまでしがみついてんだ、気持ち悪いな。」
「何、そのテンション落差!ちょ…ちょっとぐらい許してよ、あ、ほら!もう案内されるから!」
「…………。」
そして案内されたのは、明らかにエレベーターだった。
いくつかの椅子が用意されたそこに、私と跡部は恐る恐る座る。
シートベルトをつけるように指示されたあたりで
私は一つの不安を覚える。……ホラータイプのアトラクションにしては…
外から見たときに、この大きさの乗り物がそこらじゅうをトロッコのように動き回れる形状じゃなかった。
もともと、ディズニーランドの方にある「ホーンテッドマンション」的なものを
想像していた私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。
「おい…、こんなガキを連れてきていいのか?」
「え?」
「お兄ちゃん、怖いのー?」
フと隣を見てみると、何故か隣の隣に座る若いお母さんに
話しかけている跡部。
「ちょ、ちょっと何知らない人に迷惑かけてるの。」
「見ろよ、こんなガキを危険な目に合わせようとしてるんだぞ。」
「アハハ、お兄ちゃんおもしろーい!」
「…っち、遊びじゃねぇんだぞ!…おい、ガキ。何かあったら俺の後ろに隠れとけよ!」
「あ、跡部よかったら私も…」
「てめぇは自分で何とかできるだろ。」
「ひっ、ひどい…!こんなか弱い女の子捕まえてそんな…」
クスクスとお母さんと子どもに笑われているのも気にならないぐらい、
私の心拍数は上がっていく。なりふり構っていられないからなのか、
ギュっと跡部の手を無意識に握ってしまう自分が恐ろしい。
ガシャンッ
無情にもエレベーターの扉が閉ざされると、あたりは暗闇に包まれた。
≪なぜ忠告を聞かなかった………≫
ハイタワーさんの振り絞るような声に、思わず跡部の腕にしがみつく。
暗闇で跡部の顔を見ることもできないけれど、いつものようにふり払われることもなかった。
≪1番愚かだったのは…この私だ……≫
「え…っ、や…っちょっ…の、のぼってる!エレベーターが…!!」
「っち…!」
ぐんぐんと浮上するエレベーター。
一瞬止まったかと思うと、目の前にハイタワーさんに何が起こったのか…
それを物語るような映像があらわれた。
「シ…シリキウトゥンドゥが…こっち向いた…!!!」
いよいよこのアトラクションが、何なのか…わかり始めた時にはもう遅かった。
チンッ、という軽快なエレベーターの停止音とともに、開いたその扉の先には
鑑のようなものが。
≪さぁ…手を振って、この世の自分に別れを告げろ…≫
やっと見えた、自分の姿に思わずびっくりする。
必死に跡部にしがみつくその姿に、恥ずかしくなって
何とか離れようとしたその時。
「おい…、これ…俺たちの姿が緑になってるのは…シリキウトゥンドゥの呪いが……」
いつものように、私をからかうこともなく真面目に語り始めた跡部。
言っていることの意味が、やっと理解できた時にはもう遅かった。
ギャハギャハと不気味に笑うシリキウトゥンドゥに悲鳴を上げようとしたとき。
急上昇するエレベーターに私は、大声をあげながら跡部にしがみつくしかなかった。
チンッ
急な眩しい光に思わず目を細める。
だけど…その先に見えた光景に、私の心臓は止まりそうになった。
「……これ…タワーのてっぺんなんじゃ……」
話す暇もなく、激しいみんなの悲鳴と共に急降下するエレベーター。
もちろん私も、怖さを紛らわせるように必死に叫び続けた。
「ま、また昇って…これ私たちシリキウトゥンドゥに弄ばれてっぇえええええぁああああああ!」
≪二度と戻って…くるな……≫
「それでは、こちらへどうぞー」
あまりの浮遊感に若干気を失いそうになっている私。
そして、隣には真顔で静止する跡部。
「…お兄ちゃん?……ねぇ、お兄ちゃん、おててはなしてー。」
「………。」
「フフ…あの…フフ、うちの子を守ってくれてありがとうございまブフゥゥ!」
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「あっはっはははは!…あー、もう本当跡部って……おもしろぶふふぅっ!」
「うるせぇ!いつまで笑ってんだよ!」
「だって…だって、あんな小さな男の子でも平気だったのに…固まるぐらい怖がって…あははは!」
「だって、馬鹿みてぇに必死にしがみついてただろうが。」
「ま、まぁそれはそうなんだけど、でも跡部が…ぶふっ、ヤバイ本当…あはははっで!いっ!痛い痛い痛いから!!」
あまりにも笑いすぎて、その場から歩けなくなった私を見下しながら
凍てついた目でアイアンクローを仕掛ける跡部は、やっぱりいつもより迫力がなかった。
ミッキーさんの耳をつけた跡部に、またしても笑いがこみあげてくると
ついに禁断のボディーブローを入れられてしまう。……ここ…夢の国やで……。
・
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「……はぁ…。もうこんな時間か…。」
「……そろそろ帰るか。」
タワーオブテラーの後は、センターオブジアースで、またもや盛大に騒いだり
アリエルのショーに、二人してテンションをあげてみたり。
跡部が特に面白かったのは、インディージョーンズのアトラクションだった。
トロッコに乗るタイプのアトラクションが好きなので、純粋に楽しんでいると
急に跡部が、あの跡部が、私に抱き付いてきた。
想像もしていなかった至近距離の跡部に不覚にもドギマギしてしまったのは一生悔やまれる。
何があったのか聞いても答えてくれなかったけど…たぶん、私の推理では、
壁に一瞬移った虫たちに驚いたんだと思う。
子供のようにしがみつく跡部にゲラゲラと笑い飛ばしてやると
アトラクションを出た後で、思いっきり殴られた。理不尽だと思う。
そして夜。
パレードにひとしきり感動して、跡部と二人きりとは思えないほどの
穏やかな、満ち足りた気持ちでディズニーを後にした。
静かなリムジンの中で、未だに耳をつけたままの私たちは
その余韻に浸っていた。
「……楽しかったなぁ…。」
「………。」
「…こんなに豪華なホワイトデーのお返しなんて…初めてだよ。ありがと、跡部。」
「………素直だと…逆に気持ち悪さ倍増だな…。」
「本当にムードクラッシャーだよね、あんたって。」
ミッキーさんの耳をつけたまま、窓の外をボーっと眺める跡部に
私の声が届いているのかどうかは、わからないけど
あまりにもシュールなその姿に、段々と笑いが込み上げてきた。
「…ふふっ…跡部さぁ、ミッキーさんのビッグバンドビート観てた時、超興奮してたよね。」
「……あいつ…ドラムプレイが神がかってただろ…。」
あの時隣で、真剣にミッキーさんを見つめながら≪……負けた≫って呟いてた跡部見て、
やっぱりバカなんだなって思ったことは言わないでおこう。
思い出せば、フとした色々なタイミングで笑わせてもらった気がする。
夢の国効果なのか、何なのかわからないけど
私は、そんな跡部とまた一緒にディズニーに行ってみたい、と思っていた。
「…あ、そうだ。跡部、はい。コレ。」
「……なんだこれ。」
「跡部はウッディのストラップでね、私はジェシー。可愛いよね、コレ。買っちゃった。」
「……………。」
「早速携帯につけちゃおーっと。ほら、跡部も早くつけ「おい、やめろ。」
「……え?」
「俺が携帯につけるから、お前はつけるなよ。」
「なんでよ!一緒につければいいじゃん!」
「…………マジで言ってんのか。」
「…ゴメン、何が問題なのか全然わからない。」
「何が哀しくてとおそろいのストラップつけてなきゃならねぇんだよ、察しろよ!」
「は、はぁ!?別にいいじゃん、そんなの!私だってつけたいもん!」
つまり跡部の言いたいことはこうだ。
≪お前が俺様とおそろいのグッズなんてつけようなんて100万年早い≫
それに、まわりの皆に気づかれたときに「とディズニー行ったのかよ〜」
とからかわれることが、何より嫌だそうだ。そんなことになったら、
罪なきウッディのストラップを川に放り込んでしまうかもしれない程、
自分を抑えられる自信がないのだそうだ。どんだけだよ。
っていうか…私が買ったストラップなんだから、もしおそろいが嫌なら
あんたが諦めるべきでしょ!
折角良い気分だったにも関わらず、私たちはいつもどおり
リムジンの中で取っ組み合いの喧嘩をしながら帰ってきたのだった。
・
・
・
その翌日。
部活終了後の部室にて。
「あれ?なんや跡部。テニスバッグに…そんなんつけてたか?」
「………。」
「なになに?あ、本当だー。ウッディ可愛E〜!これもらったのー?」
「…うるせぇ。」
「あ、わかった。跡部、ディズニー行ってきたんだろ?」
「……ああ。」
「そうなんですか?なんかちょっと意外です。楽しかったですか?」
「…………まぁな。」
「ふーん…。誰と行ってきたん?」
「誰でもいいだろ。」
「あー。新しい彼女でしょー、何嬉しそうな顔してんのー。」
「…してねぇよ、バーカ。」
Keigo Atobe×TDS
fin.