氷帝カンタータ





Chotaro Otori × at Kyoto





「榊先生、言われてた資料集めてきましたー。」

「ああ、助かった。」


部活に行く前に職員室へ立ち寄り、榊先生に資料を提出する。
先日の音楽の授業で、宿題として出された楽譜の譜読みプリント。
それを受け取ったのに、榊先生は何故かいつものGOサインを出してくれなかった。


「…アレ?先生?」

「なんだ。」

「いや、いつもの…いってよし!がないと行けないんですけど…。」


いつものポージングを真似してみると、一瞬先生の眉間に皺が寄った。
怒られるのは嫌なので、ニヘラと笑って流そうとすると
先生が、思い出したように口を開いた。

…あ、何を言うか忘れてたのかな、今。


。今週末、京都へ行く。」

「…………え、あ…?あ!ああ、はい!いってよし!

「違う。ふざけるのはやめなさい。
お前も一緒に行くんだ。」

「へ?!」


ふざけてるのは先生の方だと思う。
…一応、ここ職員室なのにそんな…そんな堂々と…
隣に、理科の森田先生だっているのに…


「わ…、私そういう不純な動機での生徒との過剰な交流はどうかと…」

「お前は一体いつも何を考えているのか全くわからない。…南禅中学の宝来先生を訪ねるだけだ。」

「えー…え、それ私関係あります?」

「宝来先生は、関西圏の中高生を中心に音楽指導をされてる方だ。ご挨拶をしておいて損はないだろう。」

「……マジッスかー、いやでも…今週末は折角の2連休…」

「元々はレッスンの予定だっただろう。それが変更になったと考えなさい。」

「うー…そ、そうなんですけどー…。」


マズイ、このままでは今週末は榊先生と行く♪馬の耳に念仏系歴史話語りツアーが慣行されてしまう。
興味ない話ばかり聞かされて、帰る頃には私、悟りとか開いてるかもしれない。

なんとかこの話を無かったことに出来ないか模索しているとき、
さらなる衝撃が私を襲った。


「次の日は、灘田中学の西堂先生とお話をすることになっている。」

「次の日!え…、泊まりってことですか?」

「そうだ。話は以上、詳細は追って連絡する。いってよ「まままま待ってください!いきませんよ!」

「…なんだ、職員室で騒がしくするのは止めなさい。みっともない。」

「っく…!」


めっちゃ暴れたい…!そんな一方的に、乙女の2連休の予定を決められて黙ってられる訳ないのに…!
何が哀しくて先生と京都旅行なんてしなきゃいけないんだ…!
絶対に頷くわけにはいかない、考えろ…考えるんだ、
今までの人生で切り抜けてきたピンチの思い出引き出しを全部開けまくって、解決策を探すんだ…!


ガラッ


「失礼します。あ、中垣先生。さっき言われてたプリント集めてきました。」



自分の人生のピンチを思い起こしてみたものの、
どれもこれも跡部に土に埋められそうになったとか、それを拳で語り合ったとか
暴力的な解決策しか見つからなくて絶望していた時。

職員室の入り口ドアから、まるで奇跡のような一筋の光が差し込んだ。



「………先生、わかりました。ただ、1つお願いがあるんです。」

「なんだ?」

「鳳君も一緒に行ってもらっていいですかね。」

「………鳳?何故だ。」


先生もちょたが職員室に入ってきたのを見ていたのか、
チラリと職員室入り口に視線をうつした。


「以前、彼と話していた時に…去年のお盆は京都にあるご先祖様のお墓にお参りできなかったと…。
 ほら、ちょうど練習試合入ってたじゃないですか?その時に、悲しそうに言ってたんです…。」

「…ふむ。鳳、こちらへ来なさい。」

「はい!?あ、先輩…え、っとはい!」


窓の外を眺めて必死に自分の心を落ち着ける。
大丈夫、大丈夫…!きっとちょたなら話を合わせてくれるはずだ。
今のところ、先生に疑われている様子はない。

中垣先生にぺこりとお辞儀をして、こちらに走ってきたちょたは
何がなんだかわからない、というような表情を浮かべていた。

腕を組んだまま、先生が尋問のように話し始める。


「鳳、去年のお盆にお墓参りへ行けなかったというのは、本当か?」

「あ…、はい。」

「…なるほど。…わかった、では鳳の同行も許可しよう。きちんとご先祖様にご挨拶するように。」

「……え?」

「あ、ありがとうございます、先生!え、ちょた何?お腹痛い?大変、早く保健室行かなきゃ!」

「いってよし。」

「えっと、監督、何のことか「あざまっした、失礼いたしやっす!!」




バタンッ





間一髪。

何とか、深く追求されずに済んだ…。
一か八かの作戦が上手くいったことにホっと一息つく私。

職員室の外で、座り込む私に優しい声が舞い降りた。


「……あの、先輩?また何か悪いことしたんですか?

「…………ちょた、ゴメン。悪い先輩は、可愛い後輩を…獄の道へと、道連れにしてしまいました。」

「なっ、何の話ですか?」

「…あのね、今週末先生と一緒に京都旅行に行くことになったからね。」

「え!?京都?なんでまた…。」

「京都の学校の先生…ピアノ関係だと思うんだけど、挨拶に行くんだって。」

「……俺、も行くんですか?」

「…ちょたがいなかったら、先生と私で2人なんだよ…。先生と2人でお泊りとか…朝から晩まで一緒とか耐えられない…!」

「…な、なるほど…。」


ちょたは、少し困った顔をしたけれど納得した様子で頷いてくれた。
私がちょたの立場なら、職員室の前で暴れるだろう…、本当にスーパーミラクル天使な後輩だ。


「ちょた、本当にごめん。お墓参りの話とか持ち出して。」

「え…ああ、なるほど。だから監督がご先祖の話してたんですね。」

「うん。ちょたのご先祖のお墓、普通に関東にあるのに…咄嗟に京都にあることにしちゃった。」

「あ、でも先生が勘違いしてるなら…京都でお墓参りしようってなったらどうします?」

「そ…その時は…ど、どうしよう。取り敢えず…なんか古墳とかに行けば…。

「古墳はさすがにバレるんじゃないですか?」


「大丈夫!ちょたのご先祖なら、きっと古墳建てられるレベルの高貴な方に違いないもん!」

先輩のピンチの切り抜け方が斜め上過ぎて、感心します、俺。」

「……ということなので、あの…これも人助けだと思ってなんとかお願いできませんでしょうか、この通り!」

「わっ、や、やめてくださいよ先輩!皆に見られてます!」


職員室の前の廊下で、後輩に土下座する私を見て、皆さん何を思うのでしょうか…。
でも、私が働いた悪事に比べれば土下座なんて…!
咄嗟の判断で後輩を巻き込んでしまうなんて、先輩失格だ。


「あの、本当に大丈夫ですから俺…。それに、京都行ってみたかったですし。」

「…………ちょたの心の広さは学校のプールの水深×8ぐらいだね…!」

「あんまりピンときませんけど…。」


ゆっくりと、私の手を取り立ち上がらせてくれるちょた。
さすが、氷帝の王子様ランキング上位保持者。
いつも1位は跡部だけれど、アレはただのまやかしに過ぎないと思う。
真の王子様は、絶対にこのちょただよ。


「…でも、先輩に頼ってもらえるなら頑張りますね。」


跡部なんか瞬殺で蹴散らせそうな、まばゆい光を纏ったこの笑顔。
そして、急に巻き込まれた面倒事にも関わらず、大人の余裕を感じさせるこの台詞。

自分のために後輩を巻き込む先輩よりも、数倍大人な後輩に
私はまたスライディング土下座をぶちかますのだった。
































「…お前たちの指定券は、これだ。」

「はーい…、うわっグリーン車…!すごい、私初めて乗る。」

「私と席は離れているが、ふざけてはしゃいだりしないように。」

「はい。ありがとうございます、監督。」

「いってよし。」

「わーい、ちょた駅弁いつ食べる?」

。お前はもう少し先輩としての自覚を持ちなさい。」

「……はい、すいません!」


週末。

新幹線のホームに集まった私達は、先生から新幹線の指定席を受け取った。
当然のようにグリーン車の車両前に並ぶ先生。……さすが。

泊まりだというのに、荷物もほとんどないこの先生は一体何者なのだろうか。
私とちょたはというと、小さなキャリーケースを持ってきていたけれど
やっぱり男の子だからなのか、ちょたのは少し小さかった。

先程、売店で買った駅弁が楽しみすぎてわくわくする私に
先生の前だからなのか緊張気味のちょた。
目の前に到着した新幹線に乗り込む際に、発した私の言葉に反応して
ぴしゃりと叱りつける先生。



「…じゃあ、ちょた。静かにしてようね、先生に怒られるからね。」

「……フフ、はい。先輩、窓側の席どうぞ。」

「え!いいの?窓の景色見たくないの?」

「…先輩、見たいでしょ?」

「……見たい。」

「だから俺はこっちでいいです。あ、キャリーケースあげておきますね。」


本当にどうやって育てたらこんなに出来た人間が出来上がるのでしょうか。
人類の奇跡を目の当たりにして感動するしかありません。

キャリーケースを軽々と持ち上げ、頭上の棚に収納してくれるちょたに
見惚れるしかない私。…本当、あの時職員室に来てくれたのがちょたで良かった。

あんなに嫌だった先生との旅行が、まさかこんなに楽しいものになるなんて。

深々としたグリーン車のシートに座り、早速ビニール袋からお菓子を取り出す。
大好きなオレオの袋を開けると、静かな車内に少し乱暴な音が響いた。


「はい、ちょた1個あげるね。」

「ありがとうございます。先輩、駅弁食べるんじゃなかったんですか?」

「まだ、もうちょっとしてからね。まだまだ先は長いから!」

「2時間ちょっとかかるんでしたっけ。」

「でも、こんなに快適な席なら全然大丈夫そうだね!」

「そういえば、京都を観光したりする時間ってあるんですかね?」

「……どうだろ。先生のことだから、どこか連れてってくれそうだけどなぁ…。」

「……先輩、お菓子食べるスピードめちゃくちゃ速いですね。」


あっという間に半分ぐらいになってしまったオレオ。
好きすぎて、パクパク食べてたもんだから全く気にしてなかった。


「あ、ゴメン!ちょたも欲しかったよね、はい。」

「大丈夫ですよ。宍戸さんが言ってました。お菓子食べてる先輩はダイソンの掃除機みたいだって。」

「誰が吸引力の変わらない唯一の掃除機や!
帰ったら宍戸一発殴る。」

「あはは。先輩たちは仲良しですね。」

「まぁ、そうなのかなー…。なんだかんだで、遊ぶと楽しいしねー。」

「趣味が似てますもんね。」

「うん。でも、宍戸は事あるごとにちょたの話してくるからね。」

「…へぇ、そうなんですか。」

「でも、私もちょたに関しての情報で負けるわけにはいかないから、いつもそれで喧嘩になる。」


ついに最後のオレオを食べ終えて、買っておいたお茶に手を付ける。
新幹線は相変わらずゆっくりと走っており、段々と車窓から見える景色が
変わっていくことに気づいた。


「どんな話するんですか?」

「んとね、例えばちょたが好きな映画は?とかいう話でね、盛り上がるの。」

「わ、わぁ…何か恥ずかしいですね。」

「でさ、宍戸がどや顔で≪マトリックスが好きって言ってたぜ≫とか言うんだけど、
 私はたぶん意表をついて、なにわ金融道だと思うの。男らしさに憧れる、的な。」

「ロード・オブ・ザ・リングですね。」

「え!?…そ、そっちか…!………後はね、これは本当完全に私が正しいんだけど
 宍戸が、ちょたの星座はてんびん座って言い張るからさ!違うでしょ、おひつじ座でしょってね。
 あの時は、結局確かにひつじっぽいってことで「みずがめ座ですね。」

「………私達、ちょたのこと大好きなんだよ。」


「わあ、説得力がない。」

「ほっ、本当だってば。…ゴメン。」

「フフ、いいですよ。先輩たちの記憶力って結構、可哀想ですもんね。」

「絶対怒ってるよね!?ゴメンってば!」

「せ、先輩…静かにしないと…あ、やっぱり。監督がめちゃくちゃ後ろ振り向いてますよ。


思わず大きな声を出してしまった私は、咄嗟に口を手で押さえる。
遅る遅る、5列前にいる先生を見るとどこの組の方かと思う程の鋭い眼光でこちらを見ていた。












「……かわいい。」


あれから約1時間。
マシンガンのように話し続ける私への相槌が段々少なくなってきたと思ったら、
いつの間にか隣で眠っていたちょた。コクコクと首を揺らす様子が
なんだか子供っぽくて、新鮮だ。

…まつげ長いなぁ、肌綺麗だなぁ。

これは好機と、携帯で散々写真を撮った後
意味があるかはわからないけれど、私の来ていたジャケットをかけてあげた。































「…先輩。先輩、起きて下さい。」

「……っふぇ…あ…うん、すぐに…プリキュアに変身するから…待って…。」

「ぶふっ!先輩、寝ぼけてる場合じゃないですよ。次おりますよー…。」

「……っ!……え、あ、ゴメン!もう駅過ぎた!?」

「いえ、大丈夫です。あと1分ぐらいで着きますから。」

「よ、良かった……。アレ、これ…。」

「ありがとうございました、かけてくれてたんですよね。」


いつの間にか、自分の身体にかけられたジャケット。
気を利かせてちょたにかけたあげたつもりだったのに、
私が寝ちゃってたから…。

にっこり笑って、キャリーケースを棚から降ろしてくれるちょた。
…なんだろう、この幸福感…。毎朝こんな風にちょたに起こしてもらえたらいいのにな。


「…ちょた、起こしてくれてありがと。」

「フフ、先輩ぐっすり寝てましたね。ずっと寝言言ってましたよ。」

「嘘!ゴメン、五月蝿かったよね!」

「いえ、面白かったですよ。必死に夢の中で、跡部さんと戦ってたみたいで…。」


私の知らない寝言を思い出したのか、ぶふっと吹き出すちょた。
……恥ずかしくてたまらないけれど、ちょたがこんなに楽しんでくれたのなら…まぁいいか。
ありがとう、夢の中の跡部。





新幹線を降りるとすぐに、駅前にタクシーが止めてあった。
榊先生を見ると、運転手さんが軽く会釈をして、私たちのキャリーケースを
トランクに積み込んでくれる。……さすが榊先生、なんか移動方法が大人だ…。

てっきり、みんなでわいわい歩いていくものだと思ってた私は
少し寂しかったけど、タクシーの中で色々と先生が話をしてくれた。

新幹線で一人だったから、誰かとしゃべりたかったのかな…。
京都の観光名所の話を色々してくれていたから、きっと今日終わったら連れて行ってくれるのだろう。
後部座席で、私とちょたは顔を見合わせて、密かにガッツポーズをした。



























「やぁ、榊先生。お久しぶりですねぇー!」

「こんにちは、ご無沙汰しております。」

「あら?そこのお二人は生徒さん?」

「はい、以前お話をさせていただいておりましたと、テニス部の鳳です。」

「あ…、こ、こんにちは です。」

「鳳 長太郎です。」

「まぁまぁ、そんなかしこまらんでもええねんで。さ、どうぞこちら座ってくださいね。」


びっくりした。
なんか勝手な想像で、男の先生かと思ってたけど
宝来先生は女性だった。気の良いおばちゃん先生で、あまり緊張しなくて良さそう。

うちの学校とは雰囲気も創りも違う校舎が珍しくて、きょろきょろしていると
隣にいたちょたに笑われてしまった。……なんだかこういう木造っぽい校舎もいいよね。

宝来先生に通された音楽室らしき教室で、しばらく大人の会話が続く。
こういう時、いつも私は退屈してしまうのだけれど、ちょたはというと
ぴしっと背筋を伸ばして、真面目に先生たちの会話に耳を傾けていた。


「ねぇ、ちょた…あそこの肖像画見て。…モーツァルトの眉毛つながってる…。」

「え…ぶふぅっ!…せっ…先輩ダメですよ、お話し中に…。」


「あら、なんやゴメンなぁ。2人とも退屈やね。」

「いえ、お気遣いなく。、大人しくしていなさい。」


ついつい我慢できなくなった私に、榊先生が厳しい視線を向ける。
対して、宝来先生は温かい笑顔でお茶をすすっていた。


「あ、そや。さんこの前、榊先生んとこの演奏会で弾いてたやろ、ショパンのエチュード12番な。あれ、良かったで。」

「わ。聞いてて下さったんですか、ありがとうございます!」

「ちょっと〜革命〜っていうタイトルに引っ張られすぎてる感じやったけどなぁ。
 なんか、中学生の女の子にしては異常な、鬼気迫る演奏やったわ。」

「あの時期は、ちょうど所属しているテニス部で…私が後輩男子のタオルを盗んだという冤罪をかけられていた時期で…
 テニスコートで数人の男子に囲まれて正座させられてる自分の境遇を思い出して…
 冤罪なんてダメだ、こんな政治は間違ってる…しかし自分が弱いばかりに志半ばで革命をとげられない…

 というような気持ちを詰め込みました。」

「でも、結局先輩の鞄から、俺のタオルが見つかったんでしたよね!」

「ちょた。
さっきまで後輩なのに大人だなって感心してたのに、どうしてこういう時に急におっちょこちょいになるのかな。」

「あっはは!なんやの、あんた。そんなちっぽけな話であんだけ演奏できるんかいな。」

「…恥を知りなさい、全く。」

「ちょうどええわ。弾いてみ、ここで。」

「えっ、いいんですか!ちょっと気になってたんですよー、なんでこんな庶民的な創りの学校なのに
 ピアノがスタンウェイなんだろうって…。うちの学校でもスタンウェイとか無いですよ!」

「ふふ、ええやろ。私が買うたんや、いい音に触れさせて、少しでも音楽好きになってくれる子が増えてほしいしな。」


教室の椅子を、ピアノ前に並べ始めた宝来先生。
すぐにちょたが立ち上がって、3人分の椅子をセッティングした。

スタンウェイのピアノで弾けるのは、いつもコンクールとか演奏会の時だけ。
だから、こんな機会に演奏できるのは願ってもないことだった。

……ちょたが居るのが少し、気がかりだけれど。
というのも、何だか真剣に弾いてる姿を見られるのは、恥ずかしいからだ。
…まぁ、ちょたもピアノやってるし…。
がっくんや宍戸みたいに、私の真剣な顔を見てゲラゲラ笑ったりしないだろう。



































先輩、本当にカッコよかったです!俺、ショパン大好きなんで…感動しました。」

「あ、ありがとう…でもちょっと褒めすぎかなー…。」

「なんだ、そうやってすぐに照れて恥ずかしがるのは良くない癖だと言っただろう。」

「だって、先生とかに褒められるのはいいんですけど…なんか…ねぇ。私のキャラってもんがあるじゃないですか?」

「ピアノが弾けてカッコイイ先輩のキャラが100点だとすると、普段の先輩は2点ぐらいだと思います!」

「ちょ、ちょた…それは遠まわしに普段の私を痛烈に批判してるよね?


「あ、い、いやそういうことではなくて、ピアノ弾いてる先輩がとってもかっこいいってことです!」


宝来先生と別れてからも、ずっとこの調子で恥ずかしくなるような褒め言葉をかけてくれるちょた。
弾き終わった後も、誰よりも大きな拍手で、そのキラキラとした尊敬の眼差しが痛いぐらいだった。


「宝来先生にもお褒めいただいただろう。次回、中高生の演奏会がある際には呼んでくれるそうだぞ。」

「うわー、やったー。じゃあまた京都に来れるんですね。」

「スゴイです、先輩!あの、宍戸さん達も一緒に応援に行きますね!」

「絶対止めてね!!もう、本当絶対ふざけちゃいけない場面でふざけるから、がっくんとかジロちゃんとか!」


キャリーケースを引きながら、ガラガラと帰りの道を歩いていく私達。
少し先を歩く先生が、急に立ち止まったので何かと思うと携帯電話を手にして離れていってしまった。


「…なんだろ、電話かな。」

「ですね。…先輩、今度ピアノ教えて下さいよ。」

「な、何言ってんの!ちょたは有名な先生に教わってるじゃん。」

「あ、俺はヴァイオリンで一緒に演奏したりするのもいいですね。」

「…そ、それはちょっと興味あるけど…。」

「本当に、俺、こんなに先輩を尊敬したの初めてです!」

「長い付き合いなのに初めてなの?宍戸のこと尊敬するとか言ってるのに、私それ以下なの?」


後輩の爆弾発言に少しへこんでいると、電話を終えた様子の先生が帰ってきた。
なんだろう、いつもよりさらに無表情で、本当読めないな。


「……すまない、急な用事が出来てしまった。」

「え!…じゃあ東京に戻らないといけないんですか?」

「…ああ。明日訪問する予定だった西堂先生にはお詫びの電話をしておく。」


そっかぁ…。折角京都で遊べると思ったのにちょっと残念。
まぁ、榊先生の急な用事って言うぐらいだから本当に急なんだろう。

…宝来先生とも会えたし、ちょたを独り占め出来たし。


「仕方ないですね。また今度西堂先生に会いに来るときは観光しましょうね!」

「ああ、お前たちはここに残って良い。宿も取ってあるのに勿体ないだろう。」

「……………へ?」

「鳳のお墓参りも出来ていないだろう。私は帰るが、くれぐれも知らない人について行ったりしないように。」


まるで見当違いな注意を残して去ろうとする先生に驚愕する。
いやいや…、そんな幼稚園児でもわかるようなことより、
年頃の男女がお泊りしたりする方がよっぽど問題なんじゃないでしょうか。

そんな私の考えは、ちょたも同じだったようで
私たちは顔を少し顔を見合わせて、急いで先生の元へ駆け寄った。


「い、いやいや先生!マズイでしょ、それは!」

「そ、そうです監督!中学生2人が泊まるなんてそもそも出来るんですか?」

「ああ、その点は問題ない。馴染みの旅館だ、私から連絡を入れておこう。」

「でっ、でででででももしも何か間違いがあったりしたら…」

「……間違い?」


少し顔を赤らめる私に、気まずそうな苦笑を浮かべるちょた。
相変わらずの無表情を貫く榊先生は、教育者としてマジで何を考えているんだ。

どうやら私たちが言っている意味に、やっと気づいたのか
少し眉間に皺を寄せて考える素振りを見せる先生。
沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「………、先輩としてくれぐれも変な気は起こさないように。」

「先生合ってます?そのアドバイス、女子である私向けで合ってます?」

「宿の地図を渡しておく。それと明日の新幹線の切符だ。
 私は急ぐのですまないが、よろしく頼む。いってよし。」

「はいっ!」

「ちょ、ちょた、反射的に返事しちゃったでしょ今!い…いいの?」

「…折角京都まで来ましたし…、イヤです…か?」

「全然問題ありません、ありがとう先生!さようなら先生!


先生から地図や切符を受け取って、優しく微笑むちょたを見た瞬間に
私の心は決まった。うん、そうだよ。
こんな機会なんて、滅多にないことなんだから、とにかく今を楽しもう!




























「しかし、これからどうしようか。」


取り敢えず、近くにあるという宿に荷物を預けたものの
全くノープランだった為に、どこへ行くべきかもわからない。

身軽になった私たちは、何となく京都観光をしてみたいということで
まずは本屋さんでガイドブックを買うことにした。


「…あ、あれ本屋さんですね。」

「お。入ろう入ろう。もう時間的にはお昼だし、行けるところも限られてるかもねー…。」


少し込み合う店内に入ると、入り口を入ってすぐのところに
所狭しと地域別の旅行雑誌が並べられていた。

デカデカと「京都のいろは」と書かれたド派手な雑誌を手に取り、
パラパラとページをめくっていると、隣からちょたが覗き込むようにして
あるページで指を止めた。


「…あ!俺、清水寺いってみたいです。」

「わぁ、いいね!飛び降りるやつだよね!」

「飛び降りたらダメですけどね、何だか京都って感じがしません?」

「よし、決まり!えーと…拝観時間は18時までだって!大丈夫そうだね。」

「はい!わぁ、楽しみだなー…。」


さっさと雑誌を購入して、店を後にする。
律儀なちょたがお金を払おうとしてくれたけれど、
これは自分へのお土産にするからと言うと、渋々納得してくれた。
……どこまで出来た後輩なんだ…。


「…なんかこうしてちょたと2人で出かけるのって珍しいよね。」

「そうですね、先輩はいつも先輩としか遊びませんもんね。」

「な…なんか棘のある言い方だね?」

「いいんです…俺は跡部先輩みたいに先輩とプロレスの相手も出来ませんし、
 でかくて向日先輩や、芥川先輩みたいに可愛くもないですし…忍足先輩みたいに面白いことも言えませんもんね。」

「落ち着いて、ちょた!色々言いたいことはあるけど、忍足の言うことは取り敢えず全然面白くないから大丈夫。」


フと、寂しそうな目で遠くを見つめるちょた。
……そんなこと思ってたんだ…。いや、だいぶ誤解というか、色々言いたいことがある。

まず、私は跡部にプロレスの相手をして欲しいなんて思ったことは一度もない。

あいつが勝手に、女子にプロレス技をかけることを生業としているイカレ野郎なだけで…。
それにがっくんやジロちゃんに負けない可愛さをちょたは持ってると思うし。


「私はもっとちょたと遊んだりしたいよ!でも、ほら、私が誘っちゃうとちょたが断れないでしょ?
 優しいから、言われたら来ると思うし…だけど、なんていうか強制はしたくないっていうか…。」

「…俺、断らないですよ。こうして京都まで来てるんですよ?」

「そっ、それも先輩に言われて仕方なく…みたいな感じだったら…と思うと、なんか申し訳なくて…。」

「……フフ、先輩は意地悪ですね。」

「え!?何が!?」

「……俺に、先輩ともっと遊びたいです、って言わそうとしてます?」

「ええ!そ、そうなの!?…ちょ、ちょたにそんなこと言われると毎日付きまとうけど大丈夫?」

「あはは、いいですよ。」


なんとなく、ちょたのこういうところはわからない。

なんだろう、天然で女の子をその気にさせる男の子ってこういう人のことなんだろうな。
危うく、変な勘違いをしてしまいそうな程の優しさというか、気遣いというか…。

本気で言ってるのか、合わせてくれるのかイマイチわからないような
その笑顔に、私は情けないことに照れたように笑うしかなかった。






























「うわーーー!ちょた、見て!めちゃくちゃ綺麗!」

「本当だ…京都が一望できるんですね。」


地図を見ながら、電車を乗り継ぎやっとたどり着いた清水寺。
さすがに京都の人気観光スポットなだけあって外国人も多い。


「ここさ、もうすぐ春の桜が満開になるんだろうねぇ…。」

「そうですね、まだちょっと早かったみたいですね…。」

「あ、でも見て。秋は紅葉が楽しめますって、本に書いてるよ。また秋に皆で来ようよ!」

「……みんなで…、そうですね。」

「その時は、私とちょたが皆を案内してあげないと。あいつら絶対さー、はしゃぎまくるもん。
 そのためにも今日は、清水寺マスターになれるように一緒に勉強しようね!」

「……はい!案内、してあげましょう。」

「さ、そろそろ次行こっか!ちゃんとはぐれないように、ついて来るんだよ。」


雑誌を握りしめて、人混みに突っ込んでいく私を見てちょたが楽しそうに笑った。









本堂をぐるりと見終わった後、境内の様々なスポットを巡った。
次に向かったのは「地主神社」というところで、なんでも縁結びの神様らしい。


「…なんだか、めちゃくちゃ賑わってるね。」

「縁結びの神様ですもんね。…あ、先輩見てください。ここ。こい、うらないのいし…ってアレですかね?」


雑誌を私に見せながら解説してくれるちょた。
指示してくれたページを見ると、人気スポットの「恋占いの石」のことらしかった。


「えー、なに?……目を閉じたまま、2つの石の間を歩ければ、恋がかなうと言われる。……マジで!?」

「へー…。あ、だから皆歩いてるんですね…。」

「ちょ、ちょた私コレやってみてもいい!?」

「いいですよ、じゃあ俺見ておきますね。」

「うん!あ、友人の声に、みちびかれて成功した場合、周囲に助けを借りて恋愛が成就するのだとか、って書いてる!」

「そうなんですね、じゃあ頑張ってサポートします!」

「が、がががが頑張る…!これ逆に失敗したら…叶わないってことなのかな…。」

「どうなんでしょうか…。………え、…あれ?先輩、ということは叶えたい恋があるってことですか?」

「まだ見ぬ、私の王子様との良縁を願って…ね!」


勢いよくちょたに敬礼をして、スタンバイする私。
ポカンとした表情のちょたは、段々と含み笑いになってきている。

……いいんだ、きっとそういう効能もあるはず。今はまだ恋がなくても…
大丈夫、このミッションをクリアすれば私には…王子様が現れる!


「よし!OK、じゃあちょたもよろしくね!」

「は、はい!大丈夫ですけど、クラウチングスタートの体勢でいいんですか?」

「神様に気合を見せるためにね!いきます!」


目を閉じ、スタートを切ろうとしたけれど、フと立ち止まる。
………前が見えないって結構怖い…。
途端にストップして、キョンシーのように腕を伸ばし、フラフラする私。

さっき見てた分には真っ直ぐの道だったのに…結構長く感じる。


先輩!そのまままっすぐで大丈夫です!」

「ほ、ほんと?……あとどのぐらい!?」

「そのまま…あと5mぐらいです!あ、危ない!もう少し右行ってください!」

「うわ!ほ、本当にこのままで大丈夫なの!?」


ざわざわと聞こえる周りの声や雑踏に、感覚が奪われていく。
ちょたの透き通るような天使の声だけが頼りの私は、
なんとか最後まで目を開けるもんかとフラフラ歩きを続けた。


「…あと5歩ぐらい、そのまま歩いてください!」

「う、うん……1・2・3・4……」


5歩、歩いたところで、両手が温かい何かに包まれた。
びっくりして反射的に目を開けると、ゴールの石、の横に立ったちょたが
にっこりとほほ笑んで、両手を握りしめていた。


「最後まで来れましたね!」

「あ…ありがとう!ちょたのおかげだよ!」

「途中でいきなり反復横跳びみたいな動作してたから、周りの人びっくりしてましたよ。」

「それは危ないって言われたから…!……あ、えと、ありがとうね。」

「いえ、先輩の願いがかなって良かったです。」


初めての2人の共同作業だね、なんて心の中で思いながら
天使のような後輩の笑顔をチラリと盗み見る。
私より随分背の高いちょたの顔は見上げないと見えないぐらいだ。

どちらかというと、ちょたの顔よりも
今、しっかりと握られている自分の両手の方に目線が近くて
何とも言い難い恥ずかしさに爆発しそうになった。

ちょたは、天然天使だから平気でこういうことが出来るのだろうけど
生まれたてのビギナー乙女には、中々刺激が強い。


「あ、そ、そろそろ手離しても…いいよ…。」

「え、あ、すいません。だから顔真っ赤なんですね、先輩。」


からかうように笑うちょたに、少しびっくりした。
…ちょたでも、こんな風に先輩をからかったりするんだ。

なんだか新鮮な年下男子らしい行動に、私はまた少し顔が赤くなった。


「そ、そーうだ!さっき読んだんだけど、お守りも売ってるらしいから行ってみよ!」

「はい、あそこの売店みたいですね。」


既に人でごった返している売店の最前列までようやくたどり着く。
そこには、様々な種類のお守りがあって、どれもデザインが可愛い。
ただ、大事なのは、どういうご利益があるか、ということだよね…。


「んー、ふたりの愛…。2つで1セット…の、お守りです。パートナーの方と……、なるほどひらめいた。」

「先輩、決まりましたか?」

「そ、そのさ…良かったらちょた…一緒にこのお守り持つっていうのはどうかな?旅行の記念にね!あくまで記念に!」

「え、どれですか?……え、≪ふたりの愛≫……。













 あ、でももし本当に御利益があった場合困るので遠慮しときますね。





「困る!!
こ、困るのね…いや、いいんだ。ちょたはそういう子だった。」


そうだよ、ちょたはいつだって甘いお菓子をたらふく食べさせてくれた後で、
「わぁ、俺太った豚は嫌いです」みたいなことを天使のような笑顔で言っちゃう子だった…!

勘違いするんじゃない、…!この子は天然なんだ…、無菌室で純粋培養された天使なんだ…!


「あれ、先輩買わないんですか?」

「っく…こ、これにします…良縁にめぐまれるお守り…!私、これで掴んでみせるよ…!」

「もし、それで先輩に良縁がめぐってきたら…この神社の御利益ってとてつもなくスゴイってことですよね!」

「ねぇ、もうわざとなのかな?そこまで言うのは、もうわざとだよね?」

「えっ!す、すいません…俺、思ったことを言ってしまって…何か失礼でしたかね…!」

「………ちょたが、跡部なら神様の前で無用な殺生をしてしまうところだったわよ…命拾いしたね…。」


オロオロと私の顔色を見るちょたに、段々と笑いが込み上げてくる。
……本当、あの氷帝テニス部という悪魔の巣窟で、下手すると1番強いんじゃないかとすら思う、そのスキル。






























清水寺を後にし、産寧坂と呼ばれるみやげ店が並ぶ通りに着いた時
既に時間は夕方の16時をまわっていた。
少し小腹が減ったので甘味処で休憩をする私達。

おはぎと温かいお茶を楽しみながら、道行く人々を眺めるゆったりとした時間。
……楽しい1日って過ぎるのが早いんだな。


「…はぁ、美味しかった。なんか結構お腹膨れたね。」

「先輩、おはぎ4つも食べたましたもんね。」

「……美味しかったからいいもん。」

「美味しかったですね、俺も4つ食べちゃいました。」


ずずっとお茶をすすりながら、私と同じように景色を眺めるちょた。
ふう、これからどうしようかな。


「………なんか着物着てる人多いねー。何かお祭りとかあるのかな?綺麗…。」

「あ、さっき雑誌に載ってましたけど近くにレンタル出来るお店があるみたいです。」

「え!!…え、レンタルなの?アレ…。へぇー…、いいなぁ…。」


先程からよく見かける華やかで綺麗な着物で練り歩くカップル達。
私はともかくとして…、ちょたの着物姿は絶対に美しいよね…。
背も高いし、モデルさんみたいになってたくさん外国人に声かけられたりして…。

ちょたが着るならどんな色がいいかな…ベーシックな紺色とかが似合いそうだよね。
ああ、その様子を動画に収めたいな。家に帰ったら編集して
〜鳳 長太郎のぶらり京散歩〜ってタイトルでビデオを作りたい。
ただひたすら、京都の街並みをちょたが練り歩くビデオなんだけど、
設定は乙女ゲー仕様で、時折「…綺麗な町並みだね…」とか声をかけてくれるっていう…!

い、いいじゃんいいじゃんソレ!
下手するとこれは売り物になるかもしれない、いや、絶対なる!


「…先輩、行ってみますか?」

「…でも、やっぱりそうなると何かイベントが欲しいところ…。」

「……先輩?」

「はい!?…あ、ゴメン。何?」

「……フフ、着てみたいんじゃないですか?着物。」

「…………え、着てくれるの?」

「……?あ、俺もですか。」

「どちらかというと、ちょたメインでお願いします。有り金全部出してもいいよ。

「なんか真顔で言われると怖いです。
……じゃあ、行ってみましょう。」


先払いだった甘味処を後にし、また雑誌を見ながらお店を探す。
い、今からちょたの着物姿が拝めるのかと思うとソワソワしてしまう…。
どうしよう、着物選ばせてもらっていいのかな?あ、ちょたのヘアセットとかもしてくれるんだろうか。
いや、まぁそのままでも十分素敵になるはずなんだけど…。

自然と、卑しい笑みが漏れ出ていたのか
時折、私の表情を見て真顔になるちょたが印象的だった。



































「じゃじゃーん!着物って結構動きにくいんだねー!」

「わぁ、先輩素敵ですね。」

「え、そう?へへへ、ちょたはこの世にまたとない人類の宝みたいな仕上がりだね。」

「ほ、褒められてるんですかね?」

「いやー、お兄さんめっちゃカッコええわー。なあ?彼女さんも嬉しいなあ?」

「ふへっ、彼女に、ふへへ見えちゃいますかね、やっぱり。」

先輩、可哀想な顔になってますよ!」


試着室から出ると、既に着替えを終えたちょたが待っていた。
スラっとした長身に、紺色の着物がとてもよく映える。
私はというと、お店のお姉さんに半ば強引に決められたピンクと赤を基調としたポップな着物。
ヘアセットとメイクもしてもらって、少しはちょたと歩いても恥ずかしくない感じになったかもしれない、
なんて思っていたけれど、目の前にいるちょたを見て、如何に自分の考えがおこがましかったか痛感した。

半端ない。ジャ○ーズも裸足で逃げ出す爽やかオーラだ。


「じゃあ、行きましょうか。」

「うん!考えたんだけど、テニス部にお土産買わないとね。」

「あ、いいですね。さっきオシャレな京菓子や雑貨を売ってる店がありましたよ。」

「お、早速行ってみようよ!」


店員さんに帰る時間の約束をして、店を後にする。
通りには、たくさんの人がいてやっぱり目立つのかジロジロとみられている気がした。

みんなが振り返る理由は、間違いなく隣でにこにこしているちょただ。
雑誌の地図を見ながら道案内してくれる天使は、特にその視線も気にならないようで
…やっぱり、慣れてるんだなぁ。

私は、段々と視線の嵐に疲れてきて、隣がちょただというプレッシャーもあるのだろうけど
自然と俯きがちになってしまう。


「…先輩、どうしたんですか?足、痛いですか?」

「いや、大丈夫!ゴメン、ちょっと来世で自分がアンジェリーナジョリーになれたらっていう妄想してた。」

「なんでですか!?い、いきなりですね…。」

「…ちょたと釣り合うレベルの風貌って考えると…、そこぐらいかなって…。」

「……っははは、何言ってるんですか。先輩、可愛いですよ。」

「…ありがとう…、お母さんはちょたがきちんとお世辞を言える子供に育って嬉しいです…。」

「お世辞じゃないです!本当に…いつもの先輩からはとても考えられないぐらい、おしとやかに見えて…
 着物の力ってスゴイなって、先輩を見た瞬間思いました!

「ちょたのすごいところは、テンション的にはフォローしてる風な感じなんだけど
 よくよく内容に耳を傾けると、ライフポイントを削り取られること平気で言ってるところだよね。」


「ち、ちがっ……す、すいません。なんか、あの上手く言えなくて…。」


遠い目をする私に、少し頬を赤らめて焦るちょた。
…良いのです。普段、私がちょたにしてもらってる善行と、今の発言を天秤にかけたところで
圧倒的に善行の方が勝るのですから。何言われたって怒ったりしないよ、私。


「…ふふ、ゴメン!なんかちょっと落ち込んじゃったけど、大丈夫!来世があるさ!

「そ、底抜けにポジティブな発言ですね…!」

「あ、もしかしてさっき言ってたのってあのお店じゃない?」

「えーと…はい!そうです!」


少し和風な店構えに対して、店内は今風のおしゃれなカフェっぽい作りのそのお店は
若い女性客で賑わっていた。早速中に入ってみると、小さなお土産サイズの京菓子や、雑貨が
所狭しと並べられていた。

「う…わぁ、可愛いね!」

「ですねー、ここならお土産も見つかりそうです。」

「うんうん!じゃあ私、皆へのお土産買うから、ちょたは先生の探してあげて。」

「監督ですか?」

「そう。先生、顔には出してないけどたぶんめちゃくちゃ寂しがってると思うから…。」

「…ふふ、よく監督のことわかるんですね。わかりました。」


帰り際に、先生が見せたいってよしは、当社比5割減の威力だったからなぁ。
きっとお土産買っていったら喜ぶはず。そしてあわよくば、来週のレッスンを無しにしてもらおう。
ちょたには悪いけれど、大人な先輩はこっそり悪いことを考えているのよ…フフ。




店内を見ていると、お土産よりも自分に買いたいものばかりが見つかってしまう。


「…わ、このバレッタ可愛い…。」

「…ちりめん柄になってるんですね。」

「うん…。この飾りの梅がゆらゆらしてるのも可愛いね…。」

「買わないんですか?」

「うーん…、どうしよう。何か自分にも欲しいんだけど…。」

「いいと思いますよ?」

「………いや、やめとこう。あんまり可愛いの似合わないし。」

「………。」

「あ、ちょたは見つけた?」

「…はい、この和柄のネクタイどうですか?」

「うわー!スゴイね、よく見つけたね!絶対これ先生気に入るよー、素敵!」


店内をブラブラとしながら、ちょたの持つネクタイを見る。
先生、結構ネクタイ集めるの趣味だから喜ぶと思うなぁ…。

私は先程から目をつけていたミニタイプの京菓子セットを、人数分持ってレジへ向かう。
うん、皆はきっと食べ物のほうが喜ぶはずだから。
結局、自分へのお土産は買わなかったけれど、この着物の思い出の方が何倍も嬉しいし…いいか。



























「はい!チーズ!」


着物のレンタルが終了し、お店に戻ると
丁度京都っぽい通りの前で写真を撮ってくれた。
私が、ちょたを盗撮した写真は何十枚もあったけれど
2人で映った着物写真はなかったから良かった!

カメラを確認すると、美男と珍獣のようなデコボコな二人が写っていた。
……でも、楽しそうな顔で、なんだか嬉しいな。


そのあとは、着物を返してまたぶらぶらと雑誌を見ながら付近を散策した。
そろそろ晩御飯の時間ということで、店を探してみたのだけれど
どこも満席らしく、中々見つからない。

いつのまにか通りを抜けて、車も人も多い大通りに出ていた。


「…先輩、すいません。少しそこのコンビニに立ち寄ってもいいでしょうか。」

「あ、うん。お手洗い?」

「…すいません。」

「全然大丈夫!じゃあ前で待ってるね。」



申し訳なさそうにコンビニへと走るちょた。
雑誌を預かり、この辺で良いお店はないものかと探していた時。

コンビニの前で、ちょうど同い年ぐらいの子が携帯を弄っているのが見えた。
……そうだ、地元の人に美味しい店を聞くのも、アリだよね。
地元民しか知らない穴場の店を聞く→ちょたに喜ばれる→「先輩、スゴイです!尊敬しちゃいます!」

……よし、この流れだ。

決心をした私は、思い切って話しかけてみた。


「…あ、あのー。すいません、京都の人ですかね?」

「………え、あー…?」

「この辺で美味しいご飯食べれるお店ってないですかね?どこも満席で…。」

「………えーっと…。」


辺りが段々薄暗くなってきてきていたから気付かなかったけど、
この人…めちゃくちゃイケメンだ。
ただ、なんとなく歯切れが悪いというか…、少し迷惑そうな顔をされてしまい
元々コミュニケーション能力に長けていない私は、もう今更引き下がることも出来ず
気まずい沈黙のまま、彼の返答を待つしかなかった。

どこかで見たことのあるようなそのイケメンは…、芸能人に似てるのだろうか。
少し間をおいて、何も言わずに携帯を見始めた。

何か検索してくれているのかと思いしばらく、待っていると
コンビニのドアが開く音が聞こえた。
ちょたが出てきたのかと思い、振り向くと







「…白石すまんすまん。待たせたなー。」

「謙也さん遅すぎッスわ。俺、マガジン全部読み切りましたよ。」


軽快な関西弁と共に、店内から出てきた2人。
薄暗いながらも、かろうじて見えたその顔に何だか妙に見覚えがあった。

ぽかんと口を開けていると、その一人が私に気づく。


「アレ?………、うわー!誰やったっけ!見たことある、俺!」

「あああ!えっと、私も…あ、あの忍足の…!」

「…氷帝のマネージャーッスわ。何してるん、こんなとこで。」

「え!?財前知り合いなんか!うわー、良かったー。」


私が最初に声をかけた人は、2人と知り合いだったらしく
何故か彼らと合流した途端に安堵のため息をもらした。


「……えと…。」

「あー…、ゴメン。俺、逆ナンか思って…。」

「逆ナン…ッ!な、なるほど…失礼しました…。」

「いやいや、ゴメン!勝手に勘違いしてもうて!あと、ゴメンやけど京都もあんま知らんねん!」

「ってゆうかほんま何してるん?旅行か?」


急に賑やかになったのと、相変わらずの関西弁の波動というか威力に押されて
焦っていると、またコンビニの自動ドアが開いた。

今度こそ出てきたのはちょたで、私も目の前のイケメン同様、安堵のため息をもらした。


「お待たせしまし…た……、アレ?」

「………鳳や。」

「あ、四天宝寺中学の…。え?先輩知り合いなんですか?」

「ちょ、ちょっと以前会ったことがね…!偶然にも。」

「え、めっちゃスゴない?俺ら、今日3人で買い物来ててん。」

「私たちも、ちょっとした用事で来ることになって…あはは、偶然だね。」


以前会った時と同じように、軽快なテンションの忍足君(金髪)と、
何か身内に不幸でもあったのかと思う程、低いテンションのコルクボードの妖精こと、財前君。

そして、逆ナンが日常茶飯事だと思われる発言をしたイケメンは、確か白石と呼ばれていた。


「白石部長、ですよね。」

「うわ、鳳君すごいなぁ。俺のことまで覚えてるんや。」

「そ、それはもちろんです!」

「あ、ゴメンな。俺は皆と同じテニス部で部長やってる白石や。」

「白石、このマネージャーな。女に見えるやろ?」

「え、男なん?」

「せや。めっちゃ力強いんやで。」

「えー…あ…、でもなんかほんまや。そう言われると…「360度どこから見ても、都会派洗練ガールでしょ!」


真顔で私の腕の辺りを見つめた白石君も、敵認定です。
関西特有の、この取り敢えずなんでもイジったもん勝ちや!みたいな雰囲気苦手なんです、都会派だから。首都圏だから。


「………さん、中々ええ腕もってるやん。」

「洗練ガール、ゆう面(つら)ちゃいますけどね。」

「な、結構おもろいやろ!侑士がよう電話で話してんねん。」

「ちょ、ちょたそろそろ退散しましょうね…。私、これ以上ここにいるとダークサイドに堕ちそうだからね、心がね。


ゲラゲラと笑う3人の、独特の会話のリズム感が怖い。
この≪会話の空気読みや、おもんないこと言うなよ≫っていう感じが、プレッシャー過ぎて…!
いや、そんなこと考える私が気にしすぎなのかもしれないけど…なんか毎回面接みたいに感じてしまって…!

ポカンとするちょたの背中を押そうとした時、白石君に呼び止められる。


「あ、待ってや。さっき店探してる言うてたやんな?」

「…そうなんスか?ほな、一緒に行ったらええわ。」

「おお!人数多い方がおもろいしな。行こや、鳳。マネージャー。」


固まる私とちょたに、気さくに笑いかけるイケメンと、忍足(金髪)。
そして現代っ子代表みたいな財前君は、スマートフォンをバチバチとタップして
お店らしきところへ、人数変更の電話をしていた。

……だから、このスピード感が怖いんだって!!


「え、え…あの、でも…」

「なんや、行くところあったん?」

「いえ…、俺たちも探してて…。」

「ほな丁度ええやん!財前、行けそうか?」

「大丈夫ッスわ。謙也さんは入れそうにないオシャレなイタリアンやけど…ええやんな?」

「お前、先輩になんちゅー失礼な…!」


オシャレなイタリアンという単語が、やけに似合うサブカルっぽい雰囲気をまとった財前君。
私達の方を見て、同意を促してきたけれど、もうこれ断れる可能性0ですよね。外堀埋める早さが半端ない。


「「あ…ありがとうございます。」」

「よっしゃ、ほな行こか。」


ちょたに負けず劣らず爽やかな笑顔で、先導してくれる白石君。
私とちょたは、あまりのスピード展開に苦笑するしかなかった。































「何するー?取り敢えず飲み物な。」

「俺、コーラ!」

「じゃあ、私ウーロン茶で。」

「俺もコーラでええッスわ。部長は?」

「俺も。鳳君は?」

「あ、じゃあアイスティーで…。」

「うわ、めっちゃオシャレやな、自分。」


オシャレなイタリアン、と言われていたお店は本当にオシャレなところで
ただ、堅苦しい感じもない良いレストランだった。
……偶然だったけど、こんなところに来られて良かったかも。

私達5人は、まるで面接のように3:2で向かい合って座る形になっている。
目の前には、噂のイケメン部長。……見れば見るほど、キレイな顔だ。

率先してみんなの注文を通してくれているのも、なんだか大人っぽく見えるし…。


「…先輩、大丈夫ですか?何かボーっとして…。」

「え、あ…ゴメン。……もしかしてさ、これって早速今日のお守りの効果が出たのかなって。」

「……えっ…。」

「ほら、これも1つのご縁ってやつじゃない?そう考えたら面白くって。」


ガヤガヤと楽しそうな3人を前に、少し声を潜めて私を気遣ってくれるちょた。
なんとなく、私のお守りの効果について話したところとても、驚いた顔をしていた。



「……何こそこそ話してんスかー。乾杯しますよ。」

「あ、ゴメン!はい、では!かんぱーい!」

「「「「かんぱーい!」」」」


ソフトドリンクで健康的に乾杯をした私たちは、次々と運ばれてくるコース料理に
感嘆の声を上げるばかりだった。


「うわー、このピザ美味しそうだね!」

さん、俺が無駄の無いようにカットしたるからちょっと待ちや。」

「でた。部長、ほんま几帳面ッスわ。」

「せや、鳳って財前と同い年やんな?」

「あ、はい。そうです、2年です。」

「…何スか、謙也さん。」

「いや、大人っぽいなー思ってな。めっちゃ落ち着いてるやん。」

「あはは…、そうですかね?」


照れたように笑うちょたを横目に、私は白石君が何かを呟きながら、
あれでもない、これでもないとピザと睨めっこしているのを観察していた。

……なんか、まだ白石君のことあんまり知らないけど…
たぶん、これはアレだ。跡部と同じパターンで…


「……白石君って、よく変わってるって言われない?」

「………俺も、さんには同じ匂い感じててん。」

「いや、私はあんまり言われないよ?」

「嘘つきなや、侑士いっつものこと千年に一人の天才プロレスラーや言うてんで。」

「アレは、めっちゃキツかったからなぁ…。」

「ちょ…、変なこと思い出さなくていいよ!」

「……何の話ですか?」


にこにこと話を聞いてくれるちょたには出来れば伝えたくない。
私が、この財前君にプロレス技をお見舞いしてしまった過去なんて。
しかし、そんな思いはかなうはずもなく忍足君の「すべらない話」として展開されるのだった。











コースも終盤に差し掛かり、段々と仲も打ち解けてきた頃。

私は、タイミングを見計らっていた。
いつ言おうか、いつ言えるか…。
忍足(メガネ)先生からいつも口を酸っぱくして言われている
「お前は、取り敢えず話題放り込むタイミングについて10年かけて勉強してこい」というお言葉。
本場関西で、話のタイミングを間違えたりすれば、間違いなく道頓堀に投げ込まれる。
それほど、ここが危険な戦場だということは理解していた。

ただ、タイミングを気にするあまり口数が減っていたことを不審に思ったのか、
財前君が、声をかけてくれた。


「…さっきから何黙ってんスか。」

「……いや、……あの、ちょっと…お願いがあって。」

「ん?なんや?」


皆が私に注目する。冷や汗が流れる、しかしこれは好機。


「あ、あのさ…私、昔みんなのテニスをビデオで見たって話…したじゃん。」

「ああ、言うてたな。テニス部でやろ?」

「そういえば、跡部さんのシアタールームで見ましたね。」

「なんやねん、シアタールームって!」

「……でね、その時に…あのー…ほら、白石君…さ。」

「ん?俺?」

「うん…。言ってたじゃん、キメ台詞。…………言ってくれないかな。」





訪れる沈黙。

固まる皆。

何故だかわからない沈黙に次第に、血流が顔に集中する私。





「…っふ……あははは!なんや思ったら…!アレやろ?」

「……アレしかないでしょ。部長の。」

「……さん、あれはほら…。試合のテンションやから言えるもんであって…」

「私ね!感動したの!今まで…なんだかんだで、中学テニス界では、うちの氷帝を超える
 コミカル集団はいないと思ってたんだ…、ほら、跡部を筆頭にね。
 でも、あのビデオを見て…≪エクスタシー≫なんていう、反則ギリギリのNGワードをチョイスして
 しかもそれをカッコよく言える、そのポテンシャルが、スゴイって!
 あれ見たとき、たぶん跡部もびっくりしたと思うよ!悔しそうにしてたもん!」



思いの丈を、必死に語る私を見てゲラゲラと笑う忍足君、財前君。
何だか居心地が悪そうに苦笑いをするエクスタシー白石さん。

そして、ぽかんとした顔で私を見つめるちょた。


「…それで、今日ずっと部長見つめとったんスか?」

「え!い、いや見つめて…た?」

「こっちの席からやったら丸わかりッスわ。」

「ご、ごめん。エクスタシーっていう単語を習って、どういう経緯があって、どういう家庭環境があって
 ≪よし★これをテニスの時に使ってみよう!≫ってなったのかが気になってたまらなくって…。」

さん、もしかせんでもだいぶ馬鹿にしてるよな?」


「ごめん!違うの、バカにしてるんじゃなくて不思議に思ってる!」

「どっちも大差ないわ!……はは、また今度練習試合した時、見ててや。俺の試合。」


パチっとウインクをした白石君に、心の底から熱がこみあげてくるようだった。
……こ、こういうの出来ちゃうのはスゴイ。


カシャッ!


そんな私の顔を見て、財前君がおもむろに携帯で写真を撮った。


「ちょ…、え、今撮った?」

「うわ、めっちゃ不細工や。ブログにアップしよ。」

「現代っ子のその感覚怖い!ちょ、やめてよ!訴訟も辞さないからね!」

「相変わらずうるさいなぁ、ほんま!鳳、苦労してるんちゃうん?」

「……え?……あ、はい。

「ちょた!?」


また、楽しそうに笑う皆。

とは対照的に、何だか浮かない顔をしているちょたが気になった。




























「よーっしゃ、今からカラオケ行こうや!」

「謙也さん、マイク独り占めせんといてくださいね。」


レストランを出ると、少し肌寒いような風が吹き抜けた。
まだまだ元気な皆は、次にカラオケへと向かうようだった。

……もしかしたら、カラオケのテンションなら
白石君のエクスタシーが聞けるのかな…。

そんなことをフと思いながら、先程気になっていたちょたを見ると
やはり少し浮かない表情だった。


「あ、でも自分らもう帰るんちゃうん?」

「いや、今日は宿に泊まりなんだ。」

「……うーわ、ヤラシー。」

「ほな、今から2人でしっぽりランデブーか〜?」


ニヤニヤと、私の肩をつつく忍足君。
変な勘違いをされて、また忍足(氷帝突っ込み部長)に密告されては困るので、
訂正しようと、前に出た時。


後ろから、肩をグイッと引っ張られた。











「………そうなんです。これからゆっくり楽しみたいので、お先に失礼しますね。」










私の肩を抱くようにして、微笑みながら何だか理解の出来ない言葉を放つちょた。

冷やかしていた3人は、ほとんど固まってしまっていた。
ずんずんと私を引き連れていくちょたに驚きつつも、
取り敢えず今日のお礼と、お別れの言葉だけを叫んだ。




「……東京モンは、あんなことがサラっと出来るんやな…。」

「……なんか同い年に見えへん笑顔でしたわ。」

「…鳳君、めっちゃ男前やん…。」










































「じゃあ、先輩はこっちの203号室で。俺は隣の202号室です。」

「う、うん…。あ、あのちょた…何か怒ってる?」


あの後、タクシーで宿まで向かった私達。車内ではほとんど無言で
よくわからない重い空気が漂っていた。

…何か、嫌なことをしてしまったのだろうか。

考え出せばキリがない程、自分の行動に反省点がありすぎて
迂闊に声をかけられなかった。あっという間に宿について、今、
チェックインを済ませたちょたから鍵を預かっている。


「……いえ、すいません。なんでもないんです。おやすみなさい。」


寂しげな笑顔で、部屋へと入っていったちょたに声をかけることが出来なかった。
…謝るタイミングすらなかった。

……折角楽しい旅行だったのに、私の所為で嫌な思いさせてしまったのなら…謝りたいのに。


パタンと閉ざされた扉を見つめながら、ため息をついた。









































コン   コン




「……ん!?……はい!」

「……先輩、すいません。少しいいですか?」

「ちょ、ちょた!?…は、はははははい!どうぞ!」


布団を敷いて、そろそろ寝ようかという時。
扉を開けてみると、そこには同じように浴衣を着たちょたが立っていた。


「ど、どどどどうしたの!?」

「……部屋、入ってもいいですか?」

「う……うん。」

「…お邪魔します。」


先程とは打って変わって、なんだか落ち込んだ様子のちょた。
部屋に入ってすぐの座敷に、座ったかと思うとまっすぐこちらに視線を向けた。


「……先輩、すいませんでした。」

「…え、…えっと…?」

「…俺、あの…さっき…やっぱり、怒ってました。」

「や、やっぱり?!ゴ、ゴメン…。たぶん私が何かしたんだよね…。」

「いえ…、ふう…。あの、ちょっと待ってくださいね。」


大きく深呼吸しながら、何かを言おうとするちょた。
私も自然と緊張してきて、布団の上で正座をする。


「…先輩、すいません。俺…たぶん、ヤキモチ妬いてた…んだと、思い、ます。」

「……………ん?」


両手で顔を覆いながら、耳まで真っ赤にして謝るちょた。
しばらく頭の整理が追いつかなくて、ポカンと口を開けたままの私。


「えー…と?」

「………あの…なんか……よく考えたら…先輩が、四天宝寺中の人たちと話し始めたときから…
 なんとなく、モヤモヤしてて…。白石さんにも興味津々で、縁結びのお守りが効いたとか…
 先輩が嬉しそうに話すから…。」

「あ、アレはそういう意味じゃなくって…また再会できたのを≪ご縁≫って言っただけで…!」

「そ、それに!……今回は、俺と…その、2人で…。来たのに、なんか…
 やっぱり最後は、誰かが…入ってくるんだなぁとか考えると、普段の境遇と…ダブって見えてしまって…。
 ちょっと、寂しくなったと…いうか。………簡単に言うと、拗ねてしまって、すいませんでした。」


今日1日、あんなに大人で優しくて、気が遣えて天使のようだったちょたが、
今私の目の前で言っている言葉は、信じられない程に可愛い告白だった。

そんなことを素直に言われて、私が悶えないはずもなく
顔は暑いし、汗が流れるし、体は震えるし、今にもちょたに飛びついてしまいそうになる衝動を
抑えることだけで必死だった。


そんな私の衝動にも気づかず、ぺこぺこと頭を下げるちょた。

………落ち着くのよ、。ここで間違いを起こしてしまったら、私は島流しの刑に処される。
二度と氷帝の敷居を跨げなくなるんだ…我慢だ…、大人になるのよ…!



「…ちょた、ありがと。…その、話してくれて嬉しいのと…なんか、空気読めてなくてゴメン。」

「そ、そんな!先輩は悪くないんです!」

「いや、後輩がそんな風に思ってくれてることに気づかなかった私は、宍戸以下だよ。」

「……すいません。」

「……そんな風に思ってくれてたなんて、すごく嬉しい。私も…、今日はちょたと2人で
 たくさん思い出作れて…楽しかったから、さ。」

先輩…。」

「ふふ、ね!だから、この話はおしまい!また明日、朝ごはんを元気に食べよう!」


座敷と布団には少し距離があったから、なんとか自分の理性を保つことが出来た。
この自制心を褒めて欲しい、忍足とかがっくんに見てもらいたい。私の成長を。

しかし、もう限界も近かったのでそろそろ寝ようかなと提案したところ
何故か、まだ動こうとしないちょた。


「……ま、まだ何かあったかな?」






「…先輩。










 目を閉じてもらえませんか?」






















それは





つまり
















「ちょ、ちょちょっちょちょっちょた!?あ…あああの、それはまだ…」


「お…お願いします。」

「いや…いやいやいや、だ大丈夫かなぁ?えっと…一応私達先輩と後輩だし…。」


立ち上がって、段々と近づいてくるちょたに、豪快に後ずさる私。
だって…だって、この状況でそのセリフは…
少女漫画や乙女ゲームで鍛えられた私の乙女センサーは反応しちゃう…じゃない?


「……先輩。」

「…っ…!」


ついに追い詰められた私に、少し頬を赤らめて近づくちょた。
しっかりと両肩を掴まれた時点で、私の中の何かが音をたてて切れた
















「ふ…ふつつかものですがよろしくおねがいしやっす!!」




もうこうなったらどうにでもなれ。

今この目の前で起こっている、スーパーラッキーイベントを逃したら

もう今後の人生でこんなフィーバータイムはないだろう。


思い切って目を閉じた私に、少しだけちょたの声が近くなる。










































パチン






















「…………はい、いいですよ。」

「……?」


突き出した唇がいい加減に気まずくなってきたその時、
先程までとは違って、随分楽しそうなちょたの声が聞こえた。


まさか、私が感触を逃してしまっただけなのか?

恐る恐る目を開けてみると、目の前にはにっこりと嬉しそうな天使の笑顔。
先程聞こえた、妙な音。


「……え?」

「鏡、見てみてください。」


壁にかかっている全身鏡を指さすちょたに、釣られて視線を移すと


「…わ…あ!こ…コレ!」

「…あの、明日…ホワイトデー…だと思うので。今日買ったもので申し訳ないですけど…。」

「う…うそ…!あの時、買ってくれてたんだ!」


右のこめかみあたりにつけられた、和柄のバレッタは、
今日私たちが立ち寄った雑貨屋で見たものだった。


「…先輩はああ言ってましたけど、俺は…似合うと、思ったので。」

「…っ!…あ、ありがとうちょた…!すっごく嬉しい!」

「……可愛いですよ、先輩。」



バレッタをつけた髪の毛を少し撫でながら、
笑顔でそんなことを言われたら、

さすがにこれは勘違いしてもおかしくないですよね。


しかし、ちょたのことだ。
全くそういう気はないのはわかっているだけに、
勝手に変な妄想をしてしまう自分が恥ずかしい。

我慢できなくなって、うずくまる私に追い打ちをかけるように続ける。





「…そういえば、先輩。さっき…何してたんですか?」

「……へ?」

「…目を閉じてくださいって言った時…、フフ、可愛い顔、してましたね。」

「やめてえええええええ!!ここで私を葬ってえええええ!!」


「あはは、写真撮っておけば良かったです。」







転げまわる私を見て、楽しそうに笑うちょた。


こんな素敵なホワイトデーのプレゼントをもらっておいてなんだけど、


私には、そのちょたの笑顔が何より嬉しい。


また少し、距離が縮まった気がしたそんな夜だった。









Chotaro Otori × at Kyoto


fin.