氷帝カンタータ





番外編 Yushi Oshitari×his room





「っていうかさ、今度の大阪遠征の時、丸一日自由時間あるじゃん?」

「あ!がっくん、それ私も言おうと思ってたの!榊先生マジリスペクトって思った、あの発表の瞬間!」

「だよな!でさ、俺思ったんだけど今から侑士の家で計画立てね?」

「うわー!!何で私の考えてることわかったの!?がっくん、マジで私たち以心伝心ニコイチだよ!!ね!」

「なんかそう言われるとやっぱり辞めたくなってきた。」

「ちょっ…さっきまでのテンションどこにフライアウェイ?」

「おい、勝手に人の家行く前提で話進めんなや。まだ俺何も言うてへんけど。」


あたりが段々と暗くなってきた夕暮れ時。
私たちは部活を終えて、近くのカフェにいた。

ズコズコとコーラを飲みほし、ストローを加えたまんまの天使の化身がっくんに、
その隣には飽きもせずに未だに一人でポケモンをプレイし続ける宍戸、
そして私の隣で、興味なさげに小難しそうな小説を読んでいる、活字は読めても空気は読めない男関西代表の忍足。

ダラダラと過ごしていたひと時が、がっくんの提案で一気にお祭りに変わった気がする。
事の発端は今日の部活が終わってから、直ぐだった。

榊先生から急遽伝えられた1か月後の関西遠征。
練習試合のためらしいけど、こちらから遠征するのはとても珍しい。

皆は面倒くさそうな顔をしつつも
一言先生から付け加えられた「一日自由時間」に手のひらを返したように喜んでいた。

私の予想では、この前大阪にできたばかりの関西一高いビルに上りたいんだと思う、先生が。
高いところが好きだから、先生。

テニス部で遠征するわけだから、きっと皆で行動することになるんだろうけど
ちゃんと計画を立てておかないと、結局何も見れずに
なんとなく私と跡部が喧嘩をして、一日終了、みたいなことになりかねない。

…うん、やっぱり計画は必要だと思う。


「よし!思い立ったら即行動!早速行こう!」

「お前、人の話聞いてんのか。アカンって、部屋散らかってるから。」

「えー、いいじゃん侑士!いつもそう言いながら綺麗だし。」

「あ、そういえば私忍足の家って行ったことないかも。」

「来んでええって。今日家誰もおらんし。」

「うわっ……。うわ、わかった。わかったよ、がっくん…。」


小説に目を落としながら、頑なに提案を拒否する忍足が発した一言。
これにピンときてしまった。
口元を押さえて、わなわなと震える私をがっくんが不思議そうな目で見る。


「え…なんだよ。」

「こい……こいつ…お、女の子連れ込もうとしてるんだよ、きっと…!」

「あー…そういう…。」

「ちゃうわ、おいやめろやその目。おい。岳人。」

「誰もいないからって、破廉恥だよね。やだやだ、私たちはちゃんと健全なお付き合いしようね。」

「何の話だよ、キモイ。」

「っち…。サブリミナル効果的な感じでがっくんの頭に刷り込むつもりだったのに…。」

「ああああああ!っく…っそー!あと一撃で倒せたのに!あー…っち、もう終わり終わり。」


急に奇声を上げた宍戸に軽く引く。
私とがっくんの目線に気づいたのか、宍戸がこちらを見て口を開いた。


「……何の話?」

「聞いてなかったのかよー、今から侑士の家で大阪遠征の計画立てるって話。」

「でもね、忍足が女の子を連れ込むつもりだから頑なに拒否するって話。」

「おい、捏造すんなや話を。……てか、ええやん。ここで。」


パタンと小説を閉じた忍足が、目の前のコーヒーに手を付ける。
熱いコーヒーにメガネがくもるのを見て、私達が手を叩いて大げさに笑うと
全員一発ずつ頭を叩かれた。だって面白いんだもん。


「…まぁ、確かにそうなんだけどこうなったら何かやっぱり行きたくなってきた。」

「だよな。もうこれは意地だぜ。」

「だから嫌やって。」

「あ、でもさ今日家に誰もいねぇんだろ?晩飯どうすんの?」


まさかの宍戸がナイスフォロー。
そうだよ…その手があったじゃん…!


「そ、そうだ!じゃあ私ご飯作るよ!」

「いいじゃんいいじゃん!俺、鍋食べたい!」

「……また鍋かいな。」

「おっしゃ、決まりだな。行こうぜ。」


颯爽と鞄をかついで立ち上がる宍戸が、今日だけはカッコよく見えるぜ…!
あれだけ頑なだった忍足に、強引かつナチュラルに承諾させるなんて…。

諦めた様子の忍足が上着を手に取りレジへと向かうのを見て、
私とがっくんは顔を合わせて笑いあった。



























「うわー、えー、ここが忍足の家かぁ。お邪魔します!」

「お邪魔しまーす!ほら、こっち!ここが侑士の部屋!」

「はしゃぐなはしゃぐな。」


靴を整えている隙にパタパタと廊下を走っていくがっくんは、どこか楽しそうで
頬がゆるんでしまう。パチンと廊下の電気をつけると、忍足もそれに続いて行ってしまった。


「……ね、っていうか…かなり金持ちだよね。」

「バカ、当たり前だろ。っつかこのマンションの外観からしてヤバかっただろ。」


2人が行ったのを見送り、玄関や廊下を隅々と見渡す。
………本当に、ガチで高級なマンションだこれ。
まず、廊下が輝いてるもん。普通のフローリングとかじゃない。白く輝く廊下。
そして、壁にかけられた趣味の良い絵画の数々。
まるで美術館の入り口のような玄関に、私はちょっとワクワクしていた。


宍戸とヒソヒソと話をしながら、廊下を抜けると
既にリビングのソファでくつろぐがっくんが目に飛び込んできた。
本当どこでも天使だな、と思いつつもそのリビングの広さに圧倒されてしまう。


「……っな…なに、このリビング…ヤバイ、忍足がこんなおしゃれ空間にいるのかと思うと腹立つ。」

「何がやねん、ほらスーパーの袋貸し。冷蔵庫入れるから。」

「う、うん…。うわっ!テレビもでかーーー!すごいよ、がっくん!これでスマブラしたら絶対楽しい!」

「ナイス発想!確かになー!」

「っつか三國無双も2人プレイしてても画面の小ささ気にならないんじゃね?」

「うわー!宍戸今日は発言にキレがあるね!確かに、それはあるよ!」

「……自分ら楽しそうやな。」


呆れたように笑う忍足に、興奮冷めやらぬ3人。
だって…友達の家っていうだけでも結構テンションあがるのに、
それがこんなモデルルームみたいなお家だったら…ねぇ!?


「あ…、そういえばご両親はなんでいないの?」

「なんやったかな、今日は学会かなんかで大阪や、2人とも。」

「姉ちゃんは?」

「サークルの春合宿とかなんか言うてたわ。」

「へぇ、忍足お姉ちゃんいるんだ!」

「なんや、俺のことなんも知らんねんな。」

「うん!興味があんまりない!」

「イラっとするわー。」


しかし、この家は羨ましい。
がっくんの隣に座ると、思った以上にソファがふかふかで体ごと沈んだ。

きゃっきゃとはしゃぐ私とがっくんを見て、
宍戸がうずうずしてるのも面白いし、メガネを光らせてる忍足はあと10秒でキレる寸前だ。
































「私は、絶対このたこ焼きミュージアムに行ってみたい!」

「あかんって、それ全然方向ちゃうやん。海遊館行くんやろ?」

「俺は通天閣行きたい!知ってるか?ビリケンさんの足の裏撫でるといいことあるんだぜ。」

「何それ、そういうパワースポット的なの大好きー!」

「んー……ほな、夕方からそっち方面行って晩飯は串カツとかでええんちゃう?」


買ってきた大阪の観光雑誌をパラパラとめくりながら、
ノートに書き留めていく忍足。
やっぱり大阪を知っている奴と相談するのが1番いいね。

私たちが行きたいと思ったところを、
サクサクとスケジューリングしてくれる。


ほくほくの鍋をつつきながら、作業はどんどん進んでいった。


「あとはー…そうだ!ほら、アレ見たくない?」

「なんだよ。」

「大阪といえば…ほら野球ファンの…関西タイガースの応援とかさ!」

「お前大阪でそんな発言したらどつきまわされんで。

「へ?」

「阪神タイガースやろが!!」


スパコーンと頭を叩かれた意味がわからない。
理不尽な攻撃に拳をパキパキと鳴らすと、宍戸に止められた。


「まぁまぁ…。、関西の人間にとってタイガースは、まぁなんていうか宗教みたいなもんらしい。」

「あんまり不用意な発言すると体に紐をくくりつけられて市中引き回しの刑らしいぞ。


真面目な顔で語る二人に、コクリと頷くと
忍足は満足気に「わかったら、ええんや」などと発言する。
……くっそ、悔しい…!































「ふぁー…。俺そろそろ帰ろっと。」

「もう19時かよ。俺も帰ろ。」

「私も行くよ!忍足、ありがとね。」

「おー、気つけて帰りや。」


鍋の中もすっかり空になり、大阪旅行への妄想も存分に語った。
がっくんの一言で、荷物をまとめ始めたその時。

荷物の中で私の携帯が光っているのが見えた。


「え…あ、大家さんだ。」


ちょうど着信中で震える携帯。
通話ボタンを押してみると、相変わらず大きな声が耳をつんざいた。


『あ、ちゃん?あんた何回電話しても出ないんだから!』

「ごめんなさい、ちょっと友達の家でご飯食べてて。どうかしました?」

『あら、あんた外にいたんだね。良かったわ、心配しちゃったじゃない。』

「…ん?」

『今日、空き巣が入ったのよー、3階の天谷さん家。』

「えええ!!うそ…、大丈夫なんですか?」

『家の中めちゃめちゃになってたらしくてね。犯人はまだ捕まってないのよ。
 あんた今日は危ないからその友達の家に泊まりなさい。』

「いや…、それはちょっとまずいので帰ります。」

『ダメだって言ってんでしょ、わからない子だね!あんたなんか格好の餌食よ。わかったね、じゃ。』

「ちょ…!」




強引に切られた電話。
呆然とする私を見つめる3人。




「何、誰から?」

「…大家さん。あの…なんか今日うちの近所で空き巣があったみたいで…。」

「…犯人捕まったん?」

「まだらしくて…帰ってくるなって怒られた…。」

「まぁ、一人暮らしで危ねぇしな。」

「………がっくんの家泊まらせてくれない?」

「俺の家、家族いるもん。侑士の家でいいじゃん、都合よく誰もいねぇし。」


ニカっと忍足にアイコンタクトをとるがっくん。
……なぜ、今この状況で私が、あえてがっくんにお願いをしたのか理解していない様子です。
…っく、仕方ないこうなったらもう宍戸でもいいか!


「…ね、ねぇ宍戸の家は?」

「寝るとこねぇしなー。なんで忍足の家でいいじゃん。」

「……う…うーん……。」

「…なんだよ、何が不満なの?」


頭を抱える私に、首を傾げる3人。


……わからないんですか…、この場で言わないといけませんか。


「………忍足の家は、家族が不在じゃん?」

「…うん。だからいいじゃん。」

「いやいや…と、いうことはだよ?






















 





 お、襲われるかもしれ「どの口が言うとんねん、ふざけんな!」


「いっ、痛い痛い!!だって本心なんだもん!」


「…今のはが悪いぞ。な。」

「うん。侑士にもプライドってもんはあるんだぜ。


発言の途中で飛びかかり、腕ひしぎ十字固めを綺麗に決めた忍足。
苦痛に叫ぶ私を見て、冷静に有罪認定を下す2人。
皆、人間じゃない…人間の心ってもんがない…!


「っ…痛いっつってんでしょ!……はぁ…はぁ、ちょっと…言ってみただけじゃん…。」

「発言には気つけや、時にそれで凄惨な事件が起こることもあんねんで。」

「私じゃなくても、女子ならこんな状況になったらまず貞操の危機を想像するに決まってんでしょ!」

「女子じゃない奴に言われるのがイラっとくるんだよな。」


宍戸の発言に3人はギャハハと大声で笑った。
あっさりと帰りの準備を始めた2人に、必死ですがりついてみたけれど、
結局、状況が変わることはなく。


「…別にええねんで?俺は泊まってもらわんでも。」

「っぐ…。」

「そうだぞ、侑士の言葉に甘えとけって。」

「…………忍足の施しを受けるなんて、プライドが許さないっていうか…。」

「ぶふっ、なんだよそれ。もういいや、早く帰ろうぜ。」

「おう、んじゃな、侑士。喧嘩すんなよー。」


玄関まで2人を見送り、パタンとドアが閉まると
急に世界が静かになった。

………忍足の家で、忍足と、2人きり。



「……………。」

「………キモ、何緊張しとんねん。」

「す、するでしょ!そうでなくても色んな噂聞くのに…!」

「どんな噂やねん。」


背を向けて、リビングへと戻る忍足に続く。
喉まで出かかった言葉を、グっと抑えると
違和感に気づいたのか、奴がこちらを振り向いた。


「…だから、どんなんやねんって。」

「……そ…そ、そそのー…なんか…ちょっと……いやらしい系。」

「………。」


スタスタと真顔でこちらに迫りくる忍足に、反射的に頭をガードした。
が、特に危害を加えられることもなく。ちらりを見上げると、こちらを見下ろしているだけだった。


「な…なに…。」

「……逆になんかそういうの期待してるみたいに聞こえんで。」

「ちっ、違う違う違う!超心外なんですけど!」

「俺はお前の100倍心外やと思ってるけどな、いい加減殴るぞ。」

「いでっ!もう殴ってるじゃん!」


気を抜いた隙に、ゴツっと拳骨を落とされた。
………。うん、もうこうなった以上仕方ない。
大体、こうして泊めてくれること自体に感謝の意を述べていなかった気がする。
しかし変なプライドからなのか、忍足に素直になる=負ける、とインプットされている私は
それをうまく伝えられなかった。


「……ま、まぁ今日1日だけだし…。」

「……そんなに嫌なんやったら、俺が出ていったるわ。」

「へ!?い、いやいやいや…え、違うって…!」

「取りあえず色々揃ってるから、なんとかできるやろ。台所片づけ頼むで。」


少し怒ったような口調で、今来た道を引き帰し
ドアノブに手をかける忍足。

ヤ、ヤバイ、どうしよう、怒ってる。


「ごっ、ごめんってば!ごめんなさい、私帰るから!」

「……ええって。ほなな。」


掴んだ服の裾を振り払われ、バタンとドアが閉まった。


………ま、マジでキレちゃった感じ…?


…確かに、突然家に泊めてくれと言ってきた相手が
「家はいいけど、お前とは嫌だ」なんて言ったら…うん、…うん、キレる。
しかも、何とも思っていない異性に「私のこと狙ってるんでしょっ!やめてよね!」なんて
激しい勘違い発言を、冗談でも繰り返されたら……




心臓がバクバクと鳴っている。



自分の所為で、友達を本気で怒らせてしまった。
あんなに怒ってる忍足、初めて見た。


…とりあえず何とか謝りたくて、携帯を手に取る。
通話ボタンを押すと、案外あっさりと繋がった。





『………なに?』

「あ、もしもし忍足?!ご…ごめん、本当に反省してる。」

『…………。』

「あのー…だ、だから一回帰ってきてくれない?その、鍵の場所がわからなくて帰ろうにも帰れなくて…」

『……帰らんでええって、危ないんやろ。』

「大丈夫!いざとなったら、ほら、叫ぶし。」

『…別に怒ってへんから。帰ったら怒るで。…とりあえずあとちょっとしたら帰る。』



途切れた携帯電話を見つめながら、ソファに身を投げた。

…………良かった、いつもの声だった。
もうすぐ帰るという言葉にホっと安心したからなのか、
少し泣きそうになる。……帰ってきたらちゃんと、謝って、お礼を言おう。
































「すいませんっしたぁぁああああ!!!」

「………。」


ガチャッとドアの開く音が聞こえたと同時に、長い廊下で助走をつけ
スライディング土下座を決め込む私。

何の反応も聞こえないけど、今顔を上げるわけにはいかない。


「あの…ほ、本当ゴメン。友達に変なこと言って…。」

「……顔上げぇや。」


ぶふっと吹き出すような声に顔を上げると、
そこには、近所のショッピングモールの袋を抱えて笑いを堪える忍足がいた。


「…あと、ありがと。泊めてくれて。」

「はいはい。」

「ねぇ、怒ってない?本当に?」

「怒ってへんて、うるさいな。」

「…良かった。」

「神経図太い癖に、やたらメンタル弱いなほんま。」

「つい忍足のこと…変態のイメージが強いから…、警戒しちゃって…。いくら私が可愛い女の子と言えど、
 私達、同じ部活の仲間だもんね。仲間にそんな性欲を向けるとか…ないよね!疑ってゴメン!」

「ヤバイわ、全く反省の色なしやん。部活の仲間やからとかそんな理由ちゃうねんけど。ほんま頭ぶっ飛んどるな。」



靴を脱ぎ終えた忍足に促されるままリビングへ向かう。
つけっぱなしにしていたテレビには、今流行りのドラマが流れていた。


忍足がもう怒っていないとわかった今。
反省した後は、結構すぐに立ち直る主義の私は
気兼ねなくソファに横たえ、そのドラマの続きを楽しんでいる。


……なるほど、確かに神経は図太いと自分でも思う。



チラっと台所を確認すると、袋から取り出したものを冷蔵庫に入れる忍足。
手元はよく見えないけど、明日の朝ごはんか何かだろうか。



「…せや。先風呂入りーや、。」

「あ、いいの?………………あ、ヤバイ。」

「なに?」

「………泊まる準備してきてないから…、ほら。」


下着とかないじゃん。


身振り手振りでなんとかオブラートに包んで伝えようとしたことが
忍足に伝わったらしく、「ああ。」と一言呟いた。


まぁ、近所のコンビニで買えばいいか。
鞄の中から財布を取り出し、出かけようとしたところに
忍足が立ちはだかった。



「…あ、ちょっとコンビニ行ってくるわ。」

「ええって。これ、ホワイトデーのお返しな。」






どや顔で、先程まで持っていたショッピングモールの袋に手を突っ込む忍足。
大きな袋の中から、どこか見慣れたロゴが入った袋が出てきた。

おもむろにそれを開封し、これまた見慣れた薄いオレンジ色の紙を
私の目の前でバリバリと破り始める。


何の違和感もない、というような顔で淡々とその作業を進めるその姿。



もう、このあたりで私は完全に硬直していた。



…確かに、さっきまでは忍足に対して申し訳ない気持ちしかなかった。
自分の失礼な発言で、折角の好意を踏みにじったことを反省もした。


だけど、やっぱり
















「……っな……何…そ、れ…。」

「は?見てわかるやろ、下着やん。気遣いや、気遣い。ほら、はよ風呂入ってこい。」







見たことないような爽やかな笑顔で、


見たこともないような真っ赤な下着(ご丁寧に上下セット)を手渡す忍足。

















ヤッパリ、コイツハ、アタマガ、オカシイ





「い…っ、いやいやいやいや!何!?どうしよう何から言えばいいのかわからないけど、
 まず…っまず何なのこの色!?」


の下着はしょっぼいババアみたいな色ばっかりやからな。勝負下着買ってきたったんや。」

「ねぇ、何なのその思考回路!?なんで下着なの?そしてなんで私の下着の色を把握してんの!?」

「お前のすっからかんな頭で考え付くことの常に先をいってんねん。急に泊まるとなったら要るやろ、もちろん。」

「そうだけど…そうだけどさ…!」

「おい、さっきから何後ずさってんの?ちょっと前に反省したとこちゃうんか。」

「やっぱり私の直感は正しかったよ!あ…ああああ、あんたその下着を私につけさせて
 あわよくば悪戯してやろうとでも思ってんでしょ助けて下さい榊先生ーーー!」


「泣こうが喚こうがここには誰もけえへん。」

「うわぁぁあああ!悪役のテンプレートセリフを一言一句間違えずに言いやがったー!」


部屋の隅に追いやられた私を見下ろし、邪悪な顔でニヤつく忍足。
手に持った真っ赤なフリフリ下着が妙に似合いすぎて怖い。

い…いやだいやだあんな下着絶対嫌だ!!!



「……また友達を疑うんか。」

「疑いたくもなるでしょ!っていうかどんな顔してそれ買ってきたの?!」

「普通に店員のお姉さんに選んでもろたけど。」

「半端ない!!メンタル面半端ないな、あんた!」

「…ええから、はよ入ってこいや。もう9時やで。」

「………っ……と、とりあえずそれはあの、遠慮するので…パ、パジャマ代わりのジャージだけ貸してくれない?」

「アカン、これもセットや。」

「マジで嫌。特にそのパンツのフリフリの部分が、絶対かゆくなるからヤダ。」

「そんなんやからお前は≪氷帝男子が選ぶ★どうしても欲情できないガッカリ系女子NO.1≫ディフェンディングチャンピオンやねんぞ。

「初めて聞いた。何それ、私明日絶対校長先生に訴えるから。イジメってそういうところからだよ。」

「風呂はこっちや、ほんでシャンプーは青いほうのボトルで…」

「ヤダー!ヤダヤダヤダヤダ!」


いよいよイラついてきたのか、忍足は私の両足を掴み引きずるようにして風呂場へと連行した。
嫌がる私に、淡々と風呂場の説明を続ける人間性がわからない。もう、怖いよ…!!

しかし、ここで歯向かっても忍足が決めたことは絶対覆らないことも知ってる。
意外と頑固なところがあるから、口喧嘩なんかした日には意地でも説き伏せてくるから
下手すると跡部より面倒くさい。

……取りあえず、ここは従うしかないか。



「……わかった。そのプレゼントはお返しとして受け取る。」

「それでええんや。プレゼント突き返される気持ちになってみ?」

「………でっ、でもそのプレゼントと引き換えにこの下着をつけた私の下着姿を見たいだなんて要求は受け入れられなぶふぉっ!
 い…いったいわね、何で今ビンタしたの!?」


「侮辱されたからや、誰が見たいねんそんなもん!」

「…私の下着姿想像しながら選んだんでしょ?」

「可愛い店員さんが≪私も持ってます〜★≫言うてオススメしてくれたからや!どっちかというとその店員さんの方想像しながら買ったわ!」

「に、逃げて店員さん!!」

「やかましい、はよ入れ!」



バタンッ


勢いよく閉められたドア。
すぐさま鍵をかけると、ドアの外から「何警戒しとんねん!!」と
理不尽な怒鳴り声が聞こえた。



































考えてみると、こうやって自分の家に友達が泊まりに来たのは初めてかもしれん。

よく、岳人とかジローの家に泊まりに行くことはあっても
俺の家ってのは、ない。

だからなのか、今聞こえてくるシャワーの音も
そこに放り出してる女物の鞄も、なんか新鮮に感じる。

ただ、特にそれに対して興奮するわけでもないのは、
相手がやから。

でも、なんというか、≪夜中に自分の家に友達がおる≫
っていうワクワク感みたいなのは、あった。

今日、急に泊まることになった時、内心ちょっと嬉しかったし。
が、岳人や宍戸の家に泊まりに行ったりすることは聞いてたから
今さら男女がどうとか、そういう話にはならんと思とった。

だから、露骨にが拒否したことにイラっときた。
そういうつもりやったら、とことん嫌がらせしてやろうと
ホワイトデーのお返しがてら下着を買ってきてみたけど、
思った以上の反応があって、めっちゃおもろかった。

もちろん嫌がるを見るのも、面白いけど


「……絶対、アホみたいに喜ぶやろな。」



あいつが風呂から上がってくる前に、テーブルに置いた2つのシュークリーム。
噂には聞いてた友達とのお泊り会に、柄にもなくちょっと浮かれてる俺は、まぁキモイと思う。

ただ、俺がはしゃいでるとかちょっとキャラに合わんし
何とか平常心を保とうと、ボーっとつまらんテレビを見てると
急に風呂場の方から悲鳴…というか、叫び声が聞こえた。



「う…うわああああああ!」


思った以上に立ち上がるのが早くて自分でもびっくりした。
生意気にも鍵かけとるから、扉は開かん。
ドンドンとノックをしてみると、反応があった。


「なんや、なんか出たんか?」

「……い……いや…、ちょっと…。」

「なんやねん、ここ開けろ!」

「ちょっ、まだ着替えてるから無理!!」

「……はぁ、何もないんやったら叫ぶなや、びっくりするやろ。」


取りあえず、ドアの前で座って待ってると
3分ぐらいで出てきた、俺のジャージをぶっかぶかに着てる
眉間にしわを寄せて、俺を睨み付けてる。


「…なんやねん。」

「……こ、これなんで…なんでサイズぴったりなの!?」

「はぁ?」

「恐怖で腰抜かしそうになったんだよ!?なんでサイズ把握してんの!?」

「……なんやねん、しょーもない…。デカイ声だすなや、夜中に!」

「しょーもないって何よ!だっ、だからなんで知ってんの?!」

「そんなん見てたら大体わかるわ。ほら、はよ行くで。」

「もう怖い!なんでそんな真顔で言えんの?!」


ぎゃあぎゃあ喚く
聞きなれたうっとうしい声やけど、なんか
こんな普通のやりとりも、楽しく感じる。


……お泊り会、中々ええな。




「ねぇ、ちょっと本当これ以上私のパーソナルスペースに……え…あれ?何これ…!」


リビングに入った瞬間、予想通りの動きをするにいよいよ笑いが堪えられへん。
そんな俺に気づく様子もなく、アホみたいな顔で俺に向き直るその表情が
風呂上りやからか、なんとなくいつもより子供に見えた。


「こ、これ…私の大好きな……!」

「ビアードママやろ。ホワイトデーは明日やけど、サービスや。」

「うわあ!やったやった!!え、本当にいいの!?ありがと、忍足!」


やっぱり想像通りはしゃぎまわる
そそくさとテーブル前に座り、でかい口開けてシュークリームにかぶりつく。


「……うまいか?」

「うん!おいひい!んぐっ…、さっきのプレゼントは嫌がらせとしか思えなかったけど…ちゃんとお返し買ってくれてたんだ!」

「…ようこの時間に甘いもん食えるな。」


なんとなく、があまりにもおいしそうに食べるもんやから
一口食べてみたけど、やっぱり甘すぎて、それを一旦皿に置いた。


「……はぁ!美味しかった!ねぇ、飲み物もらっていい?」

「冷蔵庫の中のもんやったらなんでも飲んだらええわ。」

「わーい、じゃあちょっとお邪魔します。」


長いズボンを引きずりながら台所へ向かう
食べ終わるの早すぎやろ。

自分の分はどうしようかと、流れるテレビCMを見ながら考えていると
台所の方から声が聞こえた。


「わー…さすが、おしゃれなだけあって色々あるわね…。」

「…別にそんなにないやろ。」

「え、これだけあると迷うな…!んー……あ、これ美味しそう。ピーチ味かな。」


缶を開ける音が聞こえる中、意を決してもう一口シュークリームにかぶりついた。
やっぱりクリームは甘かったけど、それにも段々慣れてくる。


「…、俺ペプシ持ってきて……」



フと、台所に目を向けると冷蔵庫の前で
腰に手を当てながらゴクゴクと喉を鳴らす

その手にあった缶には、見覚えがあった。



「あ…っほ!お前何飲んでんねん!」

「へ?!え…え、飲んじゃダメだった!?」

「それ酒やろが!」


急いでの手から取り上げるた缶を確認すると
大きな桃の絵とかわいらしいピンクのパッケージの
下の方に「お酒」と表記されている。

完全に気づいてなかった様子のは、あたふたしている。









……一度だけ、こいつが酒飲んだのを見たとき。







誰彼かまわずキスをし始める、史上最悪の生物兵器となったことを瞬時に思い出した。




幸い、目の前で謝るにまだ異変はない。
しかし、半分ぐらい飲んでるから…アルコール度数は高くないけれど、
もしかしてあの時のように豹変する可能性もあるかもしれん。

血の気が引くような感覚に襲われる。



「…っ、!このマスクつけろ!」

「へ?マスク?なんで?」

「対策や!ほんで、こっち!この部屋から絶対に出てくんな!」


の腕をつかみ、急いで部屋の中に放り込む。
ドアを閉め、ドアノブを押さえつけるようにすると、中から抗議の声が聞こえてきた。



「な、何!?これお姉さんの部屋じゃないの!?」

「ええから!明日の朝まで出てくんなよ!わかったな!」

「わ、わかった!ここで寝ていいの?」

「おう、もう寝ろ!頑張って寝ろ!」

「お…おやすみなさい…。」


ドアに耳を当ててみると、確かにベッドに入ったようで。
と……とりあえず、最悪の事態は免れたと思う。
2人きりという状況で、酒に酔ったが迫ってきたら……
考えるだけで、恐怖。初めて俺は友達を本気で殴るかもしれん。

テーブルの上に、ぽつんと置かれたシュークリームの残りを冷蔵庫に入れ、電気を消す。
自分の部屋へと戻り、ベッドに入ると思ってたより体が疲れていたようですぐに睡魔が襲ってきた。


……お泊り会はあっけなく終わってしもたけど、
まぁ…なんか楽しかったな。なんて思いながら。








































「ん……」

「フフ……」

「……ーん……っ…!?な、なんや!?」

「あー、忍足起きたー、あははは。」

「ひっ……!な…ど、どうやってこの部屋入って…!」


暗闇の中、どこからか聞こえた笑い声。
うとうとと微睡んでいたところだった。
なんとなく目を開けると、すぐ目の前にドアップで映る


あまりにも驚きすぎて軽く心臓が止まりそうになった。
真っ青になる俺に対し、ケラケラと笑い続ける
マスクをしているから、目元しか見えないだけに怖さが倍増してる。


「鍵開いてたもーん、ね。一緒に寝よー。」

「は?嫌や。」

「……むぅっ!寝る!」

「ちょ、入ってくんなや!何やねんそのぶりっ子キャラ、めっちゃイラつく!

「えへへー、まぁまぁー!あったかい…。」



強引に布団の中に侵攻してきたに対して、咄嗟に両腕を上にあげる。
……なんとなくやけど、この状況でこの状態のを触るのは、アカンと思った。

しかし、そんな努力もむなしく
何が嬉しいのかヘラヘラとアホみたいな笑顔で、
俺の胴体に遠慮なく抱き付く


密着する体に、嫌でも女を感じる。
………友達に対して、よりにもよってに対して
少しでも反応してしまったのが悔しすぎて、逆に冷静になってきた。



「…おい、離れろや。」

「…眠い、からなぁ…あったかい……。」

「なぁ、ほんまもうええって。蹴り落としていい?」



俺の胸元に顔を擦り付けて、寝る体制に入ってる
ヤバイ、これ、ほんまに寝よる。

取りあえず、前のように無差別接吻攻撃を加える様子はないので
酔いは段々と冷めてきているのだろう。
ただ、夜中の間ずっとこの体制で、この密着度合いは
さすがにヤバイことはわかる。

なんとか引きはがそうと、遠慮なく肩に手をかけたその時。



「……ふふ、ね、忍足…。」

「なに?寝ぼけてんか?」

「シュークリーム…美味しかったねぇ。」

「………そうか。」

「…私、知ってるよ。忍足はなんだかんだ…いつもね、優しいね…。」

「…やっぱ寝ぼけてるわ。」


依然として、抱き付いたまま顔を埋める
体に回された腕から、少しづつ力が抜けてきているのは、
いよいよ本格的にこの体制のまま寝ようとしているからだろう。


……いくらでも、このままは、キツイ。


自分が買い与えたアイテムが災いし、妙にその感触が伝わってくる。
両腕はあげたまま頭を抱える。………跳ね除けることも出来るけど。



「……フフ、忍足…は、………。」

「………なんやねん。」

「……この前…お店の前通った時、食べたい……って言ってたの……」

「……………。」

「……覚えてくれてたんだね……えへへ……。」

「……別に、たまたまやし。」

「……嬉しい。」


寝そうになった瞬間、たたき起こしてやろうと
注意深くの表情を観察していたその時。

急に顔をこちらに向けたが放った笑顔は、
薄暗くてよく見えなかったけど、まぁ、なんというか、

一生の不覚やった。


…なんとなく、友達を喜ばせたくて、わざわざイオンモールまで足を延ばしたこととか、
は絶対に気づかんし、気にもせんと思ってた。

別に見返りを求めてたわけでもないし、いいんやけど、
体より先に食い意地が生まれたみたいな奴に、
まぁ、酔ってたのと眠いのもあるかもしれんけど、

ここまで素直に感謝されると、普段とのギャップもあって柄にもなく照れてしまう。




「…………わかったから、もう寝ろ。」

「…うん…明日…、楽しみだね………海上保安庁…の…サタデーナイト…フィーバー……」

寝ぼけてるどころの騒ぎちゃうな、気になるやんけ、おい。起きろ。」





ダイイングメッセージ並の波紋を残しながら、眠りの世界へと旅立った。
その突拍子もない発言に、笑うと、それにつられたのか、
目を閉じたままも笑った。


……もともと抱き付いてきてるんは、やし。


…まぁ、別にたたき起こしてまで引きはがす必要もないか、と。
普段の自分なら、絶対に下さないような判断をしてしまうあたり、
自分に対しても段々と睡魔が襲ってきているのだろう。


無意識に、の頭を撫でながら
いつのまにか、眠っていたようだった。

































「っと……!さいっ…よっ……!」

「………ん……。……?」

「お、おおおお起きなさいってば!何してんの、マジで!」

「……うるっさいねん、朝から……。」

「うるさいとかじゃないわよ!何?なんであんたがベッドに入り込んでんの!?」


いつのまにか窓から差し込んでいた明るい光に、
段々と頭が冴えてくる。と、同時に耳に入ってくる五月蝿すぎる叫び声に
耳を傾けることもできるようになった。


「…………お前……。」

「いっ、いいから…と、とりあえず離れてよ!」

「…ふざけんなや、お前が昨日無理矢理俺のベッドに忍び込んだんやろ、スケベ。」

「ススススっスケベとかちゃうわ!あ、あんたこそなんっ、なんで抱きしめてんのよ!」

「…………。」


フと、我に返る。
確かに、目線を少し下げると、自分の腕の中にスッポリ収まる
ジタジタと動くのがさっきから鬱陶しいと思ってた。

電気をつけなくても明るい部屋の中では、
昨日と違って表情もよく見える。
耳まで真っ赤にして怒るは、怒ってるからだけ、じゃなくて


「……恥ずかしいんか。」

「恥ずかしいとかじゃないから!!こっ、こういうのはなんか友達だとしてもダメだと思います破廉恥だと思います!」

「………はぁ。」

「…な、何?」

「……………昨夜の自分を鋭利な刃物で切り付けたいぐらい後悔してる。

「そんなに!?犯行動機もしかして、私!?」

「……例えば、無人島に行ったとしてどうしても人恋しくて豚を恋人にする……そんな感じや。

「どんな感じよ、例えひどすぎるだろ!
そっ、そんなこと言う前に…はっなしなさいよ!」


無理矢理俺の腕を振り払い、ベッドから転げ落ちる
咄嗟に受け身をとったようで、ゴロゴロとそのままリビングへと転がって行った。


心なしか、手元が寂しくなったように感じた。



























「…んじゃ、とりあえずお世話になりました。」

「ん。ほなな。」


朝になって携帯に、大家さんからのメールが入っていた。
無事犯人は捕まったそうで、帰宅許可命令が出たのだ。


荷物をまとめて、玄関先に向かうと
忍足が律儀に見送りに来てくれた。


朝は、何か色々とあって結局最終的には
昨晩は私に、霊が乗り移っていただけであって私の意志ではない、ということで押し通した。
くれぐれも口外しないように念押ししたものの、ニヤニヤしていた忍足は絶対言うと思う。
言ったら最後、その日がお前の命日だ、と告げるとより一層ニヤついてたのが本当ムカつく。


「…あんた絶対言わないでね、本当。」

「…どうしよかな。……あんなに甘えてなぁ…抱き付いてきて「本当それ以上言ったらここで命絶つよ!ご近所に噂流れるからね!?」

「………顔、真っ赤やん。」

「…っ!…も、もう絶対来ないから!」


馬鹿にしたように笑う忍足。
恥ずかしいやらムカつくやらで、急いで玄関を走り去ろうとすると
腕をつかまれたらしく、体ごと後ろに引き戻された。


「うわっ!…なに?」

「………まぁ…なんやろな……。」

「な…、あんたまさかこのネタを元に一生私をユスろうとか思ってんじゃ…」

「…岳人の家とか、ジローの家には普通に泊まりに行ってるんやろ。」

「………うん?」


いきなり話が見えなくなった。


何故か私の腕をつかんだまま、伏し目がちに語る忍足が何だか怖い。
……何を言い出すつもりだ。


「…でも、俺の家の方が快適ちゃう?広いし。」

「が…が、がっくん達だって小さいながらも慎ましい幸せな家庭を築いてるよ!金持ちがそんなに偉いのか!

「……ちゃうって。……だから、











 

 ……また泊まりに来てもええで。」





チラっとこっちを見ながら、なんとなく恥ずかしそうな表情で
ものすごく意外すぎる言葉を放った忍足。


…………きっと、こんなセリフ忍足以外の誰かに言われたら
なんとなくトキめく場面なんだろうけど……






「……あ、遠慮しときます。」



「なんでやねん!」


「だって次こそは絶対、あんた私の寝こみを襲う気でしょ!」

「だからそれはお前が勝手に入ってきたからやろ!それ法廷で争ったら俺の圧勝やからな!

「ええい、言い訳をするな!っていうかあんたね…私の気持ちにもなってみなさいよ!
 朝起きたら目の前に忍足の顔があって、しかもギュってされてたら、そんなの…めちゃくちゃ……」

「………なんやねん。」






……朝の出来事を思い出す。

目を開けるとそこにはドアップの忍足がいた。

驚いて飛びのこうとしたけれど、がっちりと両腕でホールドされていて

動けば動くほど、引き寄せられるように力を込められた。

まるで抱き枕状態だった私は、忍足なんかを相手に心拍数があがっていくことに

今までにない屈辱を覚えた。もしあの時忍足が目を開けていたらと思うとゾッとするぐらいに

私の顔は真っ赤で、ドキドキは止まらなかった。













「……っ、はっ…はははは恥ずかしいに決まってんでしょ!!」









言い逃げるように走り去った私の耳に届いたのは、

今頃玄関先で腹を抱えて笑っているであろう忍足の楽しそうな笑い声だった。











Yushi Oshitari × his room

fin.