氷帝カンタータ





番外編 Seiichi Yukimura×Spa&Swimming pool





「え?」

「ほら、バレンタインのお返しだと考えてくれればいいよ。」

「…い…い、いやいやいや…え…マジで、すか?」

「うん。都合悪い?」

「いえいえいえ!ぜっ、全然大丈夫!」

「良かった。じゃあ、今週末にね。集合場所はまたメールするよ。」

「はっ、はははははい!ありがとうございます、喜んで!!

「…っふふ、なんか店員さんみたい。じゃあね。」

「まっ、またね!」


ピッ



既に通話の途切れた携帯をずっと耳につけたまま、放心状態の私。
いつも通り、家に帰ってきて、ご飯を作って、お風呂からあがってそろそろ寝ようかという時だった。
布団の上に放り出していた携帯に着信があったことに気づき、確認するとその相手は幸村君。
滅多にかかってくることのない人物からの着信に、思わず奇声をあげてしまった。

一旦、心を落ち着けるためにベランダで深呼吸してから電話してみると
なんとその内容は


「………天は我を見離さなかった…。」


知り合いにもらったチケットがあるから、プールへ行こうというお誘いだった。
プールというのは、最近出来たばかりの巨大スパ&温水プール施設のことで
CMで見るたびに、がっくんに行こうと訴えては拒否され続けていた場所だった。

5種類以上のスライダーに、ギネス記録を更新したという長い長い流れるプール、
巨大な波が押し寄せるプールや、洞窟の中で楽しむ温浴プールまで…
とにかく今、激アツのアトラクションプール施設なのだ。

そこに行けるだけじゃなく、それが、幸村君とだなんて
レアもレア…激レアどころじゃない。
ナイトメア級激レアの当たりを引き当てたようなものだと思う。

指定された日程は、ホワイトデーの翌日。
…電話でも言ってたように、バレンタインのお返しと受け取っていいのだろうか。
でも、幸村君なんて跡部に負けず劣らず大量のチョコをもらっているだろうに、
1人1人にそんなお返ししてるのかな…。

ドライヤーで髪の毛を乾かしながら、ぼんやり考えていた時。
フと、ある考えが浮かんだ。



「……も、もしかして私一人じゃないのかな…。」



幸村君と愉快な仲間たち、的な感じでたくさんの女の子を引き連れて
「さぁ、好きにお遊び!俺の水着姿を存分に楽しんでね!」的な、
ドームツアーライブ形式のイベントなのだろうか。


「…ヤバイ、防水カメラ買いに行かないと。」


しかも、もし大人数だとすれば最前列で幸村君を拝むのは至難の業だろう。
…取り敢えず、何人ぐらい来るのか聞いておいたほうがいいのかな。

携帯を再び取り、ダイヤルをしようとして思いとどまる。
……ちょっと電話で話すのは緊張するな。
メールでいいか…。





To:幸村君
Sub:【至急】ライブの座席位置について
-------------------------------
ごめん、幸村君。
さっきの話なんだけど、
約何人ぐらいで行くのかな?

取り敢えず明日は防水カメラを
買ってきます。





PLLLLL.....



「うぉわっ!……で、電話だ…。」


床で不気味な音をたてて震える携帯を手に取り、通話ボタンを押すと
すぐに幸村君の、透き通った天使のようなささやきボイスが聞こえてきた。


「…さん?さっきのメールって…どういう意味?」

「え?あ、ゴメンね。さっき聞くの忘れてたなぁって…。
 ホワイトデーイベントってことは、他にも女の子とか来るのかなぁって…。」

「イベントって…ふふっ、何それ。……俺と2人じゃイヤ?」

「………………ふた、ふたり?」

「そう。……デートのつもりで誘ったんだけどな。」

「……………。」


デ……デート…!

やっぱり通話は良くない。
私の頭の中は、「デート」という単語だけで一瞬にしてパンク状態になり
口をパクパクするしか出来ない。耳元で不思議そうに声をかけてくれる幸村君に返事が出来ない。


さん?」

「……っ…あ、はい!」

「あと、防水カメラって?」

「…えっ!えと…あの、あ……何から聞いていいか…!
 あの、幸村君の水着姿の写真撮ってもいい!?」

「……………。」

「あっ、間違えた…ちがっ、違うの、あの…せめて首から下だけでもいいから撮ってもいい?!」

「変態だね、さん。」



クスクスと笑う声が耳元で聞こえる。
目の前に幸村君がいるわけじゃないのに、顔にどんどん熱が集まっていく。
……っく……、いいのかダメなのか結局どっちなんだろう…。


「じゃあ、俺もさんの水着姿、楽しみにしてるね。」

「え!!……あ…え、そうか私も水着なの?」

「当たり前じゃない。」

「…それは…考えてなかった…、ど、どうしよう。やっぱりあと1年待ってもらって…」

「チケットの期限切れちゃうよ。それじゃ、そういうことでよろしくね。おやすみなさい。」

「おっ…おやすみなさい…。」


そうか…。

頭の中には、【幸村君の半裸姿を拝むイベント】という認識しかなかった。
自分も水着姿…、そこまで考えて何だか無性に恥ずかしくなり
それをぶつける場所も見つからなくて、とりあえずベッドに飛び込んで
バタバタと暴れた。


………水着、買いにいかないと。








































「ねぇねぇ、丸井先輩ー。これ行きましょうよー。」

「んー?…おお!それCMでやってるやつじゃん。」

「ああ、スーパーランドか。年中プール入れるんだったか?」

「そッス。ちょうど今週末部活休みじゃないッスか?みんなで行きましょうよー!」

「おっし、行くか!」


部室で、帰りの準備をしていると
赤也達の会話が聞こえてきた。

聞き覚えのある施設名に振り返ると、
ちょうどタイミングよく赤也と目が合う。


「あ!幸村部長も行きません?」

「………それって、温水プールの?」

「そうそう!幸村君も行こうぜー。」

「……そこのプール、今週末潰れるよ。」

「ええええ!!
いや…え、できたばっかッスよね?」

「…それに、出来たばかりで人も多いだろうしあまり魅力的じゃないね。」

「そ・れ・が!いいんじゃないッスかー。水着女いっぱいッスよ!」


楽しそうに笑う赤也。…これはとてもマズイ流れだ。
あくまで平静を装いながら、ロッカーの扉を閉じる。
今、この部室にいるのは赤也、ジャッカル、ブン太…と、仁王か。


「…そういう目的はあまり感心しないね。」

「へへっ、でもそれはオマケってだけで本当はこのスライダーとか乗りたいんスよ!」


赤也がテニスバックから取り出したチラシには
楽しそうにスライダーをすべる子供たちの写真。
…間違いなく、昨晩話題にあがったばかりのプールだ。

ニコニコと悪気なく言う赤也をどうしようかと考えていると、
隣からそのチラシを覗き込む人物がいた。


「……なんか不都合があるんか?」

「…いや、別にそういう訳じゃないよ。」

「じゃあ、いいじゃないッスか!きーまり!」

「ダメだよ、赤也。どうしても行くって言うなら、俺を倒してからにして。」

「なっ、なんでそんなラスボスっぽいこと言うんスか!?」


「…………赤也。プールはやめじゃ。この前出来た遊園地にするか。」

「えー……。まぁ、そこまで言うならあれッスけど…。」

「わかってくれて良かったよ。じゃあ、またね。みんな。」

「……うぃーす。」


かなり不自然になってしまったけれど、
……取り敢えずプール行きは阻止できて良かった。




バタン





「……怪しい。」

「え、何がッスか?」

「幸村じゃ。おかしすぎるじゃろ、アレは。

「…何だろうな、幸村らしくないとは俺も思ったけど…。」

「……なーんか、隠しとるな。」

「えええ!そうなんスか!?全然気づかなかった…。」

「幸村君にしては、だいぶ焦ってたもんな。…赤也、今週末はそのプールで決定な。」

「…バレたら怒るんじゃね?幸村。」

「バレねぇようにするんスよね!ひひっ、めっちゃ楽しみ!」



































「どうしよう、真子ちゃん!!」

「何よ、朝からうるさいな。」

「……こ、今週末デートに誘われた!」

「へー、おめでとう。誰に?」

「…真子ちゃん、知ってるかな。あのね、立海の幸村君っていう
 神様が真心込めすぎてお創りになった大天使がいるんだけどね。」

「何それ、怖い。」



朝目覚めても、まだ脳内が興奮状態だったため
とにかく誰かに伝えないと…ということで、既に授業の準備を始める
真面目な真子ちゃんに正面からぶつかっていくと、やっぱり嫌な顔をされた。


ちゃん、真子ちゃんおはよー。」

「あ、瑠璃ちゃんおはよ!華崎さんもおはよー。」

「おはよう。…何してんの?」

「なんか、がデートに誘われたらしいよ。」

「きゃー、何それ!え、誰に誰に?跡部君?」

「……跡部の100倍カッコよくて優しくて、暴力も振るわなくて
 しかも大人っぽくて、私の渾身のボケにも辛くあたったりしなくて、「わかった!わかったよ、ちゃんゴメンって!」


背中をさすりながらなぐさめてくれる瑠璃ちゃんに、
地雷を踏んだことがわかったのか、平謝りする華崎さん。

授業の始まる10分前だからなのか、
段々と教室にクラスメイトも集まってきてがやがやと煩くなり始めた。

目の前の真子ちゃんよりは、興味を抱いて質問をしてくれる瑠璃ちゃんや華崎さんに、
私はつい嬉しくなってペラペラと相談をしてしまう。


「あ、あのね!立海テニス部の……あ、ちょっと待って。写メあるかも。……この神様!」

「えー、何神様って大袈裟なぶわあぁああっ!……えっ…え、何超イケメンじゃん。」

「華崎さん、見せて見せて!……うわあ、すっごくカッコイイね!」

「どれどれ?…これは、確かに丹精込めて創られた人間だね。」

「でしょ!?こ…こっこここの神様と、ね、スーパーランドに行くことになったの。」

「えええええ!え!ちょ、羨ましすぎる!私同伴していい!?」


イケメン情報には猛犬の勢いで食いつくタイプの華崎さんに、ガクガクと揺さぶられながら
私はよくわからない優越感に浸っていた。フ…フフ、そうでしょうカッコイイでしょう…!
あのクールな真子ちゃんですら認めるイケメンでしょう!
別に彼氏でも何でもないけど、お近づきになれるだけでやっぱり……へへ、嬉しいよね。


「へっへっへ…。私、普段から掃除当番とかちゃんとやってるからご褒美もらえたんだろうなぁ…。」

「そっ、そんなの私もやってるのに!ズルイズルイー!」

「お、落ち着いて華崎さん…!クラスの皆に注目されてるよ!」

「それに…、普段部活動中に虐げられ蔑まれ、挙句の果てに拳と拳でぶつかり合う哀れな私への…プレゼントだよね…。」

ちゃん…遠い目、してるね。」

「…うん、何かちょっと可哀想な感じもするね。」

「で?その話してきたってことは何か相談事があったんじゃないの?」


授業開始まで残り5分。
段々と興奮も収束していく中、真子ちゃんが本来の目的を思い出させてくれた。


「そっ、そうなの!プールと言えば水着じゃない?その水着って…やっぱスク水かな?」

「ば、馬鹿じゃないの!ダメだよ!ビッキッニ!そーれっビ・キ・ニッ!」

「ちょ…華崎さん、ビキニコールはまずいよ!なんか後ろで一緒に手拍子してる男子もいるよ!

「ビキニ…いや、お腹が見えるデザインはパスの方向でお願いします…。」

「…別に、のお腹って気にするほどでもないんじゃない?」

「そうだよ!プールでデートするのに、スク水着てこられたら男子的には結構気まずいよな。」

「うん、まずナイな。」

「坂下君達もそう思うよねー。ほら、やっぱビキニだよ。」


授業が始まるため、自分の席に着き始めたのが災いしたのか
真子ちゃんの前の席、隣の席に座っている男の子達も、なんとなく議論に参加し始めてしまった。
……スク水は、ナイのか…。と、なるとやっぱり買いに行かなければ…。


「…よし!じゃあ放課後買いに行くから付き合ってよ!」

「よっしゃ!ラッキー!」

「バカ、男子はNGに決まってんでしょ。瑠璃も行くよね?」

「う、うん!アドバイスは出来ないかもしれないけど…。」

「ねぇねぇ、私もついて行っていい?」

「華崎さんも来てくれるの?わぁ、心強いな。何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」

「へへーん、任せてよ!悔しいけど、その神様を落とすために頑張っちゃうから!」

「べ、べべべ別に私はそういうつもりでは…」

「おーい、チャイムなってんぞー。」


ちょうど教室に先生が入ってきたところで、話し合いは終了となった。
水着選びとはいえ、皆と放課後に遊べるのは結構楽しみだな…。

幸村君の隣に居ても恥をかかないレベルの水着…
素材がコレだから、ある程度は仕方ないにしても…もちろん好みとかだってあると思うしさ…。

先生に言われるがままに、教科書を取り出しページを開くものの、
話は全く頭に入ってこない。……幸村君の、好みの水着…。


「…いやいや、違うって…!」


好みの水着を着ていたところで、自分が神様とどうこうなるわけじゃないのに…!
あくまで「バレンタインのお返し」としてのデートなんだから…。
皆に話す内に、なんとなく楽しくなって浮かれていた自分を戒めるように
ぴしゃりと太ももを叩いた。隣の席の佐竹君がびっくりした顔でこちらを見ていた。



































「これとかどうよ!」


真子ちゃんが、高らかに掲げる黒にラメが入った
ギラギラギャル系水着。絶対そんな水着良いと思ってないじゃん、真子ちゃん…!


「そんなの着られないよ!この!貧相な体で!」

「……ちゃんで貧相っていうなら私なんてゴミクズだね。

瑠璃ちゃん、違うの!別にバストの大きさの話じゃないの、ごめんなさい!」



真顔で私の肩に手を置く瑠璃ちゃんは、いつもの瑠璃ちゃんじゃありませんでした。
ファッションビルには、ちらほらと水着を売っている店もあって
数名の若い女性客に、ギャルの店員さんでにぎわっていた。

ラックから取り外し、色んな水着を探しては騒いでいた
私と瑠璃ちゃんと、真子ちゃん。
もう一人の華崎さんは、かなり真面目に選んでくれている様子で
私たちはしばらく遊び呆けた後、華崎さんに合流した。


「ゴメン、華崎さん!ちょっとはしゃいじゃってた。」

「………いいのよ、さん。それより、コレ。ちょっと試着してみて。」

「えー、結構地味っぽいけどなー。じゃあ、私はコレ!はい、。試着して。」

「…私はこの花柄がいいと思うなぁ…。はい、ちゃん。」

「みっ…みんな!私なんかのために真剣に選んでくれてありがとう…!試着してみるね!」


3人から渡された、全然タイプの違う水着。
真子ちゃんは、真っ黄色にゴールドのラメが入った派手なビキニ。
瑠璃ちゃんは、花柄のお洋服みたいな水着。タンキニって言うんだって。
そして、華崎さんが選んだのは、パステルボーダー柄で下がキュロットスカート風の形になってるビキニ。

……見た目の感じでは、瑠璃ちゃんのが可愛いなぁ。

ただ、折角みんなが選んでくれたんだから1度試着してみないと。












「じゃん!まずは真子ちゃんに選んでもらったの着てみました!」

「は…派手…だね!」

「…うん。なんか思ってた感じじゃないかも。」

「すいません!素材が悪くてすいません!」

「……なんかさんっぽくないんだよね。」






「じゃじゃん!次は瑠璃ちゃんの!コレ、可愛くない?」

「わぁ、可愛いよちゃん!」

「…………うーん。」

「な、何…真子ちゃん…!なんか怖いこと言おうとしてる顔だね。」

「可愛いんだけど…水着っぽくないよね。」

「なーんか、足りないよね。女同士で行くならいいんだけど。…取り敢えず、私が選んだのも着てみてよ。」

「わ、わかりました!」





「ど…どうかな?」

いよいよ最後の華崎さんチョイスビキニ。
試着室から出ると、3人とも無言。


「………華崎さんって、やっぱりスゴイ。」

「うん。なんか…、1番に似合ってる感じがする。」

「でしょ?さんって、ふわふわキュート女子って訳でもないし、もちろん
 ギラギラのナイスバディギャルでもないじゃん?」

「華崎さん、今私の精神面を土足で蹴り散らしてる自覚あるかな?」

「いや、でも華崎さんが言ってることは当たってると思う。
 確かにさっきの花柄水着も可愛いのに、違和感あったもんね。」

「うん…。なんか、可愛いメイド服着てるおじさん、みたいな違和感があったよね。」

「ねぇ、みんな言い過ぎじゃない!?女同士だと容赦ないね、本当!」


口々に紡ぎだされる爆弾発言により、HPを大幅に削り取られる。
そ…そんなに、私には「ガーリー」が似合わないのか…!
いいですよ、わかってましたよ!どうせ、部活で中途半端に日焼けした
(自制が聞かないという意味の)わがままボディな私には似合いませんよ…!


「でも、その水着はすごくちゃんっぽくて良いと思う!可愛い!」

「うん、それに肌の露出もある程度あって…。セクシーというよりは、健康的な感じでいいんじゃない?」

「ふっふっふ、どうやらこの勝負私の勝ちみたいね!どう?さん。それにする?」

「…そ、そんなに褒められると、へへへ。照れるなぁ…うん。これにしちゃおう!」


…やっぱり、皆に来てもらってよかった。
自分だけで来たら間違いなく≪可愛いメイド服着たおじさん≫状態になってたと思う。

そしてこの水着に似合うから、ということで
帰りに立ち寄ったアクセサリー屋さんで、みんなが可愛いネックレスをプレゼントしてくれた。
…本当にこんな天使のようなお友達がいて、私は幸せ者だ。


「ね、帰りにドーナツ屋さん寄ってこうよ。私、みんなに奢るからさ!」

「そんな、気遣わないでよちゃん。」

「そうよ。私たちも選ぶの楽しかったもんねぇ。」

「お願い!だって、本当に嬉しかったもん私。今週末、きっと楽しい1日になると思うし…。」


気を遣う皆に頼み込み、なんとかドーナツ屋さんの前まで
連れてくることに成功した。
渋々ながらも、みんなが商品を選んだところで私たちは席に着いた。


「…ふふ、そうだ。作戦会議しよっか、プールデートの。」

「え?何、作戦会議って。」

「いいじゃんいいじゃん。題して≪頑張れ★幸村君陥落作戦≫でどう?」

「サブタイトルは〜私の谷間に溺れちゃダメだZO★〜だね!」

「あっははは!瑠璃ちゃん、超ネーミングセンスあるね!コピーライターになるべきだよ絶対!」

「そうと決まったら早く考えよう!」


ゲラゲラと笑う女子4人組。
テーブルの上にあった紙ナフキンに、ボールペンですらすらと
題名を書く真子ちゃん。しかし、なんとなく楽しくて笑っているけれど
……作戦って何の?


「……ちなみにその作戦の最終ゴールは何なの?」

「もちろん、その幸村君と付き合うことでしょ。」

「いやいやいや!えっ!ちが、朝も言ったけど私そういうつもりはないよ!」

「何言ってんの、あんなイケメンに言い寄られてそんなこと言ってるのは逆に失礼だよ!」

「言い寄られてるわけじゃなくて!単に友達なんだって!幸村君もそんなつもりないと思うし!」

「それをその気にさせるための作戦だよ〜、大丈夫!ちゃんなら出来るよ!」


相変わらず、どうやったらそんな可愛いポーズ思いつくのか、というようなポーズで
全力で応援してくれる瑠璃ちゃん。……でも、本当にそういうんじゃないんだよなぁ。


。私たちがこれだけ協力してあげてるんだから、ちゃんとGETしてこないと罰ゲームだからね。」

「何そのミッション!難易度本能寺の変レベルじゃん!無理無理無理!」

「まぁ、さすがにそれは難しいんじゃない?真子。…んー、じゃあこれはどう?」


ニヤリと笑った華崎さんが、小さく手招きをする。
自然とテーブルの中央に顔を寄せる形になった私たち4人。


「デート中に、手をつなぐっていうのは?」

「………性の乱れ!若者の性の乱れがこんな身近で始まってるなんて!」

「大袈裟な。っていうか、そんなの楽勝すぎるんじゃない?」

「で、でもまだちゃんは付き合ってないわけだし…」

「そうだよね!瑠璃ちゃんが正しいよ!段階が違うんじゃないかってことよ!」


想像して恥ずかしいのと、あまりにも飛躍したミッションに
思わずバンバンと机を叩く。
そんな私を見て、白けた目線を送る華崎総長。


「…そういうボディタッチから恋は始まっていくのよ、さん。」

「華崎さんは肉食系過ぎるよ!ただの友達の男女が手を繋ぐってどんな状況なの!?」

「その状況を、作り出すのよ。ちゃんと後日報告してもらうからね。」

「あ、ちなみにちゃんがウソついてる時って、ものすごくわかりやすいからズルはできないと思うよ。」


ニコニコ笑いながらサラっと窮地に追い込む一言を付け加える瑠璃ちゃんに、
真子ちゃんと華崎さんが、ナイス!と言わんばかりにハイタッチしてる。

マジなやつだ、真子ちゃんの目がマジだ。

た…確かに、あの幸村君とプールでそんなカップルのような感じで
きゃっきゃうふふ出来るシチュエーションは、美味しすぎる。
乙女ゲームでいうと、ハッピーエンディングをクリアした後の、スペシャルハッピールートぐらいの
ご褒美シチュエーションに違いない。

しかし問題は、幸村君を攻略するにあたって、主人公が私では
あまりにも力量が足りなさ過ぎてバッドエンドしか想像できないところ。

乙女ゲームの主人公のように、可愛い発言も出来なければ
ましてやそれに相応しい容姿も持ち合わせていない。

武器装備0で突っ込んでいくラスボス戦みたいなミッションに
冷や汗を流す私に、3人はにっこりと微笑むだけだった。

……やっぱり、1人で買いに来ればよかった…。
































ホワイトデーイベント当日。
前日の夜から始めた準備は万端。
買ったばかりの水着も、下に着てきた。
浮き輪もゴーグルも全部装備した。
防水カメラは瑠璃ちゃんに借りてきた。

もちろん、皆からの願いが込められた元気玉(ネックレス)もつけてる。

さぁ、どこからでも来るがいい!
気合十分の私は、両頬をバチっと叩き、
仁王立ちのまま、スーパーランドの最寄り駅改札に待機する。
集合時間30分前だからか、まだ幸村君が到着する気配はない。


「……もう1回、復習しておくか。」

鞄から取り出した小さなノートに、箇条書きされた項目。
あのクレープ屋さんで、真子ちゃんたちが紙ナフキンに書いてくれたものを
きちんと清書したものだ。ミッションクリアの為に欠かせない重要事項。


「ええと…。まずは良い雰囲気作りをするために、今日を楽しみにしていたことを全力で表現する…。」


うん…。うん、これは出来ると思う。というか、楽しみすぎて寝れなかったぐらいなんだから
嫌でも全身から楽しみにしてましたオーラが噴出されてしまうと思うし…。


「で、2人乗りウォータースライダーで急接近と…。」

「わぁ、それもしかして今日の予定表?」

「ぶわあっ!…えっ…ゆ、幸村君だ…っ!」

「おはよう、ごめんね。お待たせ。」


後ろから覗き込むようにして現れた幸村君に、思わず飛び退く。
み…見られてないよね、中身…。すぐにノートを鞄にしまい込み、体勢を立て直す。

来るとはわかっていたけれど、あまりにも早い登場だな…。
目の前にいる幸村君は、いつもと違って私服。…か……


「…神様ありがとう……。」

「怖い。
どうしたの、さん。なに?」

「あ!ご、ごめん!ちょっと幸村君のオーラにあてられて…。」

「…フフ、相変わらず変だね。…じゃあ、行こっか。」

「うん!あのね、昨日楽しみすぎて7時間しか寝れなかったんだ!」

「…あ…うん、結構寝たんだね。

「え!普段は9時間ぐらい寝てる…んだよ…。」



失敗したああああ!!

…如何に楽しみにしていたかを表現するための具体的な数字がハズれた…!
7時間って…よく寝てるほうなのか…!しまった、会話の内容も華崎大先生にチェックしてもらっておけば良かった…!



「だからさんは子供っぽいのかな?ほら、赤ちゃんってよく寝るでしょ。」

「…今日から睡眠時間3時間にする。」

「ぶっ…、フフ、ごめんごめん。もう見えてきたよ。」

「わあ、結構大きいね!人もいっぱい…ゆ、幸村君早く行こ!混むかもしれないから!」

「…やっぱり子供みたいだね。」

「………だ、だって今日めちゃくちゃ…楽しみに、してた、からっ!」

「………。」

「…すいません、いえ、違うんです。特に変な意味で言ったわけではなくて、
 本当に純粋に楽しみにしていたという意味で、別に幸村君の半裸を拝めるとか、
 あわよくば写真に収められるかもとか、そういう意味じゃなくて…。」


「…俺も楽しみにしてたから、嬉しいな。」


自分で言ってすぐに恥ずかしくなって、土下座する勢いで謝ってみたものの
目の前にいる幸村君は、優しい笑顔だった。
…キラキラのオーラを纏った大天使様だ…。

何となく幸村君も私も恥ずかしかったのか、無言で歩き始める。
……楽しみにしてたことは伝わったはず。
そして、なんと幸村君も…楽しみにしてたらしい。


…やばい、ニヤける。
































「……………マジッスか、アレ。」

「やーっぱりな。でも意外じゃな、かアレ。」

「いや、もう…マジで…ええええええ!もうヤダ、俺!」

「赤也、まだデートは始まったばっかりだろぃ。尾行すんぞ!」

「くれぐれもバレないようにしような…相手がって…ヤバイ気がするわ。」


思いっきり幸村部長を弄ってやろうと、後をつけてみたら
なんと待ち合わせ場所に現れたのは、さんだった。
この時点で、俺の頭は放心状態。
持ってた浮き輪を落として立ち尽くす俺を、ジャッカル先輩が励ましてくれたけど…

……マジかよ、あの2人って…付き合ってたわけ?


「……許せねぇ。」

「許さないも何も、そういうことなんじゃろ。残念無念。」

「そんなの俺、聞いてないッスもん!」

「いやー、赤也にはまず言わないだろ。だって明らかに邪魔じゃん?幸村君にとって。」


ケラケラと笑いながら俺の肩を叩く先輩達。
…ダメだ、結構マジでショックと怒りが湧いてきた。

足元に落ちた浮き輪をもう一度拾い上げ、
入り口へと向かう部長とさんを睨み付ける。


「…あ、赤也。一応今日は尾行だからな。あんまり派手に邪魔するのはマズイぞ。」

「だな。ってかバレたら、絶対幸村君に目でヤられると思うぜ。」

「…お。そんなこと言うとる間に入って行った。行くぜよ。」


ついにはノリノリで、スキップしながら入り口へと向かう2人。
遠目に見えるさんも、心なしかいつもよりアホ面に見える。ヘラヘラしちゃってさ。


「……く…っそ!絶対いい雰囲気になんかさせるもんか…!」

「お前、結構好きだもんなー。俺は別にどっちでもいいから結構楽しいわ、今。」

「……知っとるか?あいつ結構ええ体しとるよ。」

「なっ!仁王先輩マジそういうの禁止ッスから!見ないでくださいね!」

「無理だろ、見る見る!あんな山賊みたいな奴なのに身体はエロいとかなんか面白いな!」

「あああああ、もうマジでやだ!なんでさんも、のこのこプールとか着いて来てんだよ、もう!」

「………取り敢えずさ、本当バレねぇようにしような…。」


俺の興奮を察したのかジャッカル先輩が、なんとか落ち着けようと宥める。
だけど…だけど、もうこうなったら仕方ない。
絶対にあの2人が公衆の面前でいちゃつき始めたりしないように…見張ってやる。


































幸村君と別れてロッカーへと向かい、ささっと準備をする。
良かった、水着は着けてたから早速プールに行ける。

用意してきたゴーグルと、浮き輪を持ち
プール入り口へと向かった。


「……だ…大丈夫、だよね。」


入り口付近にあった全身鏡に映る自分の水着姿。
……大丈夫、華崎さんを信じて…真子ちゃん、瑠璃ちゃん…私…、頑張るよ!
胸元に光るネックレスをギュっと握りしめ、3人から言い渡されたミッションの遂行を誓った。











「あ、さん。」

「ゆきむっぶわぁっ!……あ、あああ、ダメちょっと待って待って…!」

「え…、どうしたの?」

「ちょっとゴーグルつけるから。ダメだ、ナメてた。直視できない、眩しすぎて。」


入り口付近で、壁にもたれて待っていた幸村君は
男の子らしいモスグリーンの水着をさらりと着こなして、涼しげな表情で立っていた。
人が多いためか、通りがかる女の子たちがきゃあきゃあ言いながら遠巻きに見ている。
そんなのも慣れっこなのか、気にならない様子。


そして、ぼけーっと見惚れている私に気づいた幸村君。
まともに正面から彼を見た衝撃で、軽く記憶が飛んだ。

……ヤバイ、引き締まった男らしい体に甘いスイートフェイスの奇跡のコラボレーション…。

なんとか黒いゴーグルをつけることで、その衝撃を緩めることに成功した私は、
ゴーグルをつけたままで幸村君と対峙した。


「…ふう、ごめんなさい。おまたせ!」

「……っふ…あっははは!……ちょっと…ははっ…なんでゴーグル…」

「ゴメン、ちょっと、ほら、その嫌…でしょ?隣で、鼻血流されるの…。

「あはは…、いや…持ってきてることが……結構面白くて…ふっふふ…。」

「え!幸村君忘れちゃったの!あー、予備持ってくるべきだった、ゴメンね。」


目の前でおそらくお腹を抱えて笑い続けている幸村君。
いい感じに画面が真っ暗なので、結構落ち着いてきた私。
まわりできゃあきゃあ言っていた女の子たちの方をみると、
珍獣でも見るかのような目で私を見ていた。……っく…仕方ないじゃん。
私だってこんなに緊張するとは思わなかったんだ…!

別にロッカーで男子の半裸なんか見慣れているはずなのに、
幸村君と二人きりで、デ、デデデートに来ているというシチュエーションを加味すると
なんだかものすごく恥ずかしくなってしまって…。
こうしてふざけるぐらいしか、私には出来ない。深刻な経験値不足だ、仕方ない。
この分だと、手を繋ぐなんて絶対に達成できる気がしない。
さっき誓った3人への思いは、結構簡単に空の彼方へ消えていった。


「…フフ、まぁいっか。じゃ、浮き輪膨らませにいこう。」

「あ、うん!なんか自動の空気入れあるんだったよね!
 あのね、これこの前忍足たちとプール行ったときに買わされた浮き輪で…っでぇっ!」

「わっ、…大丈夫?」

「ごっ、ごめっん!」


ゴーグルで視界が狭く暗い為か、何もないところですべってしまう空気の読めない私。
地面に頭から突っ込むかと思いきや、幸村君が片腕でしっかりと身体を支えてくれていた。

うわー…もう本当ダサすぎる…。恥ずかしくて、一気に汗が噴き出す。


「…ねぇ、ゴーグル取ってたほうがいいんじゃない?」

「……で、でも…。」

「…さん、そんなに俺のこと見たくない?」

「見たいです!」


少し寂しげな幸村君の声。
その瞬間、ゴーグルをちぎり去る勢いではずしてしまった。
そんな私を見て、一瞬驚いた顔をしたけれどすぐにまたいつもの優しい笑顔。
……わぁ、カッコイイ。


「…あのね、さん。」

「は、はい。」

「…あんまり意識されると…、俺も結構恥ずかしい…かなって。」


フイと視線を外しながら、黙々と浮き輪に空気を入れる幸村君。
……そっか…、幸村君も…。そうだよね。
何を勝手に意識して、勝手に滑って迷惑かけていたんだろう。

きっと幸村君だって、このプールで遊べるのを楽しみいたはずなのに。
後ろを振り返ると、あふれんばかりの楽しそうなアトラクションプール。
無邪気な笑顔で楽しむ子供や、大人。
……そうだよ、こんなに緊張してたら楽しいものも楽しめない。


「ごめんなさい、幸村君!私を一発殴って下さい!」

あ、一旦落ち着こっか。あの、俺達まだ中学生だから、あんまり誤解を招く発言は…」

「ごめん…。私、1人で幸村君の身体に興奮して…、色々妄想して、勝手に焦って…」

「な…っふ…ふふっ…なんか、そんな真面目に言われると結構びっくりするね。

「でももう大丈夫だから!一緒に…プールを楽しもう!」

「……うん、そうしよう。はい、浮き輪。」

「うわ、ありがと!早いね、空気入るの!じゃあ、早速あの流れるプール行ってみよ!」


私とは違い、余裕の笑顔を見せる幸村君。
なんだか正直に言ったからなのか、だいぶ気が楽になった。
さっきまではあんなに緊張してたのに、今は目の前のプールで早く遊びたくて仕方ない。

幸村君、人をリラックスさせるのが上手だなぁ。
なんかマイナスイオンとか、そういうのが体内から自然発生してるんだろうなぁ。

































「うわ、見ろよ。あのでっかいスライダー楽しそうじゃね?!」

「あ!アレ、広告に載ってたやつッスよ!乗りたい乗りたい!」

「待ちんしゃい。今はダメじゃ、ほら。あいつら流れるプールに行こうとしてるから。」

「…あー、確かに待機列と近いもんな。バレるかもしれねぇし。」

「…………さん、なんで首からゴーグルかけてんだろ。

「ぎゃはは!何あいつ、ガチで泳ぐつもりじゃん。」


幸村部長と仲良く浮き輪を持って、流れるプールへと向かっているさんを見て
心がざわついた。…なんで部長はさんと楽しそうにデートしてるのに、
俺はむさくるしい男の先輩達とこんなカップルだらけのプールに来ているんだろう。


「……赤也、今失礼なこと考えてんだろ。お前。」

「だって!……くそっ、行きましょう。」

「ちょっと待てよ、どこ行くんだよ赤也。」

「俺たちも流れるプールで流れましょうよ!」

「バッカ、絶対見つかるって!ジャッカルいるんだぜ?」

なんか…ゴメンな…。


「まぁ、そんな焦りなさんなって。」

「そーそー。お、見ろよ。結構可愛い奴いた、今。」


…なんか焦ってるのは俺だけで、先輩たちは…気にならないのかよ。
幸村部長達から離れて、波が押し寄せるプールへ向かう先輩達。
浮き輪をぎゅっと握りしめて、仕方なく着いていくことにした。

































「うおー!結構水流早くない?これ!」

「……うん、そうだね。」

「ふふ、もっと早くしてあげるね!」

「ちょっ、さん…」

「いきまーす!」


浮き輪の中にいる幸村君。
流れるプールの水流に合わせて、浮き輪についた紐を掴みながら
しっかりとゴーグルをして、クロールで懸命に引っ張る私。

今の私はさながら、シンデレラを乗せたかぼちゃの馬車を引っ張る馬…!

幸村君に楽しんで欲しくて、張り切って10m程泳いだところで
急にお腹周りを持ち上げられる感触があった。


「ぶふぁっ!び…びっくりした!え…ど、どどどどうかした?」

「いや…ぶふっ…!…ご、ごめんちょっと…。」


立ち止まろうにも、ゆらゆらと水流に流されていく私たち。
馬を止めた幸村君はというと、私から顔を背けてむせるぐらい笑っている。
………何か仕出かしたのかな、私。


「あ…あのー、幸村君?」

「ごほっ…ごっ、ごめんね…ちょっとほら、周りからの視線が恥ずかしくて…。」

「え!」

「途中からなんか必死に泳ぐさんが屈強なライフセーバーに見えてきたしね…。」

「ええ!」

「そ、れに…。あの、男が女の子に引っ張ってもらってるのもちょっと…恥ずかしくて、ゴメンね。」


照れくさそうに笑う幸村君に、顔面蒼白の私。
な…ななななんて事をしてしまったんだ…。
あろうことか、幸村君に恥ずかしい思いをさせてしまうなんて…。
よく見ると、確かに周りを見渡してみても
ゴーグルつけて頭からずぶ濡れになってる女なんて私ぐらいだ。

あまりにもデートというものに慣れてなさ過ぎて、
段々と恥ずかしくなってきた私は幸村君の浮き輪にしがみついて
真っ赤な顔を隠すしかなかった。すぐ傍で聞こえる、幸村君の優しい笑い声だけが救い…。


「…本当に、さんってとんでもない行動に出るよね。

「すっ、すいませんっした!!あの、ちょっと…テンション上がっちゃって張り切って…本当…ごめん!」

「あ、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないよ。軽々と想像を超えてくるなぁ、って。」


そう言って笑う幸村君の顔が、想像以上に近くて少し恥ずかしくなる。
……眼福ってこういうことを言うのか…。なんか、神々しすぎてご利益とかありそう…。

まじまじと幸村君を見つめる私の顔が可笑しかったのか、
また顔を背けてむせるように笑い始めた幸村君に、私もつられて笑った。


「ねぇ、次はあのスライダー行ってみよっか。」

「いいね!あの、タワーズロックっていうのが人気みたいだよ!」

「へぇ、楽しそう。」

「なんかね、2人でゴムボートに乗って、水洗トイレみたいにくるくる回って落ちるんだって。
 そうそう。がっくんとそれ見て、なんか、うん……げっほんごほんっ、ごめん、なんでもない忘れてください。」

「例えがさすがだね、さん。」





























「よっしゃ、次アレ行こうぜ!スライダー!」

「でも幸村たちに…」

「はっ!やべぇ、楽しすぎて部長たち見張るの忘れてた!」

「俺さっき女子たちに聞いたけど、あの流れるプール1周30分かかるらしいから大丈夫だろぃ。」

「この定期的にくる波にも飽きたしのー…。行くか。」


砂浜に見立てたプールで、遊び疲れた俺たち。
しかし、この4人でいると主に仁王先輩とか、丸井先輩のおかげで
びっくりするほど女たちに声をかけられる。
水着マジックっていうか、結構可愛い子とかもいてうっかり楽しんでしまったけど
急に思い出した部長たちのことが気になって仕方ない。

取り敢えず、スライダーに並びながら部長たちを見張ることにしよう。
入り口で、ゴムボートを受け取り係員からの説明を大人しく受ける。


「タワーズロックは、2つのスライダーに分かれております。
 ぐるぐるまわるコブラツイスターか、急傾斜を上って降りるバックドロッパー、どちらにしますか?」

「うえー、何それめっちゃ楽しそう!どうします?」

「んーじゃ、まずはバックドロッパーから行こうぜ!」

「では、こちらの列からお並びください。」


案内された待機列は、橋のような形になってて、流れるプールを上から見れる位置だった。
ラッキー、幸村部長達はどこかなーっと…。


「結構あっちのコブラツイスターも人気みたいだな。」

「そッスねー、後であっち行きましょ。」


こちらの待機列と並列するようにかかった橋にも長い待機列が出来ていた。
30mぐらい離れてるその橋にちらりと目線を送り、すぐさま橋の下の流れるプールに視線を戻した。

……けど、アレ?なんか違和感あったな。


フと、なんとなくもう一度、向かいの端に目をやると


「うっ…うわああああああ!」

「うわっ!なんだよ、赤也うるせぇ。」

「ヤバイっす、ヤバイヤバイヤバイ!!」


心臓があり得ないぐらい飛び跳ねた。喉から飛び出そう。
その場にうずくまった俺に、心配そうに声をかける先輩達。


「何がヤバイんだよ、おい。どうした?」

「………あ、あああああっちの橋に…ぶ、ちょうが…!」

「……へ?う…うっわ、ヤベェ幸村君めっちゃこっち見てんじゃん!

「…アレは、完全にこっちに気づいとるな。」

「うわー…かなり…え、アレ絶対睨んでるよな…?」

「ヤ…ヤバイっすよ、絶対怒ってる!怖い怖い怖い!!」

「………よし、知らんぷりしよう!」


能天気に何を言ってんだ、と思って丸井先輩の顔を見上げると
その言葉とは裏腹にありえないぐらい汗をだらだら流していた。


「…まぁ、それしかないじゃろ。見つかってしもうたもんはしょうがない。」

「た…たぶん、幸村からも接触してこねぇだろうしな。」

「明日絶対怒られるだろうけど…赤也、頑張れよ。」

「絶対イヤっすよ!何逃げようとしてんスか!」


「赤也の提案で仕方なくついてきてやった優しい先輩を守るのは当然じゃ。」

「うわ、最低だ!ま…まだ、部長睨んでます?」

「…い、いや。もうこっち見てないみたいだぞ。」


ジャッカル先輩に確認して、なんとか立ち上がる。
チラっと向かいの橋を見てみると、もうこっちは見ていなかった。
さんと楽しそうに談笑する幸村部長。…さっきはあんなに怖かったのに。
軽く漏らしそうになるレベルの睨みだった、アレは…。


ガタガタと震え、涙目になる俺を励ます先輩たちは
完全に俺に責任を押し付けるつもりだ、冗談じゃない。


「……でも、見つかっちまったもんは仕方ないッスよね…。」

「おう…。帰るわけにも行かないだろぃ。」

「…幸村の逆鱗に触れん程度にこっそりひっそりするしかないのう。」

「もう逆鱗破壊してると思うけどな。」

































「…………。」

「でね、その時真子ちゃんに、あんた泥人形に似てるって言われて………ん?何見てるの?」


ゴムボートを持ちながら、ぼーっとしている幸村君。
視線の先に何があるのかと振り向いた瞬間、


「ぎゃっ!えっ…ど、どうしたの?」

「…あ、ごめんね。その髪型、可愛いなと思って。」


ポニーテールを引っ張られ、強制的に視線を戻された。
か……かかか、可愛いって…


「あ、ありがとう。幸村君もそんなイタズラするんだね。」

「……ふふ、うん…。そうだ、例えばこのスライダーにゴムボート無しで人間を放り込んだらどうなるのかな。」

「どうしたの!?結構ブラックなこと考えるんだね!えー…どうだろう、腰強打してヤバイんじゃない?」

「そっか…、その程度じゃダメだな…。」

「何が!?ご…ごめん、私またなんか変なこと…言った?」

「いや、そんなんじゃないよ。ゴメン。……まぁ、いいか。」


いきなり雰囲気の変わった幸村君に、少し不安になる。
わ…私がまた、自分だけが楽しくて他人にとっては念仏とどっこいレベルぐらいの面白くない話(宍戸談)を
延々としてしまったから…機嫌が悪くなったのかな…。

私より少し高い位置にある幸村君の表情を盗み見てみると、
また優しい笑顔に戻っていた。……勘違いか…。


「次の方どうぞー。」

「やった!ど、どうする?幸村君、前に乗る?」

「どうぞ、さんが乗って?」

「わかった!じゃあ、はい!」

「はーい、準備いいですねー。いきまーす。」


係員のお兄さんがゆっくりとゴムボートを押す。
実際に乗ってみると、目の前の真っ暗なトンネルがやけに急傾斜に感じられて
少しだけ、怖くなってしまうけれどもう後戻りはできない。


「ちょ…あ、ままままっま…うわあああああ!」

「あ、さん掴まってないと危ないよ。」

「わっ、わかったああああああああ流されるーーーー!!」






















「……お、出てきた。」

「ぎゃはは、ボートから転がり落ちてんじゃん。」

「…あ、なんかバタバタしてる。」

「……え、うわ!ちょっと!幸村部長普通に、さ、触ってんじゃないッスか!」

「触ってるって、抱き上げてるだけだろぃ?」

「ははっ、取り乱しすぎだな。」

「あああああああ!なんかさんも抱き付いてるし!」

「…アレは結構羨ましいのぉ…。」


































「ゆ、幸村君本当にごめん!」

「あはは、いいよ。目が回っちゃったんでしょ?」

「なんかいつ落ちるのかがわからなくて、焦ってしまい…。気付いたらバックドロップスタイルで落ちてたから鼻に水が…。」


スライダーから落ちた後、前後がわからなくなりすぎて
焦り、ばしゃばしゃと暴れる私を優しく抱き上げてくれた幸村君。
つい勢いで抱き付いてしまったものの、その時は動機と息切れが激しくて記憶があんまりない。

今になって思えば…随分ともったいないことをした…。
こうなったら、もう一度スライダーに誘ってわざと…いやいや、それは露骨すぎるし…


さん、目がスナイパーみたいになってるよ。」

「はっ!ごめん、違うの!あわよくばもう一度とか考えてたんじゃないよ!」

「…また抱き付いてもらえるなら…もう1回乗ってもいいかな。」


首を少し傾けて、いたずらっ子のような笑顔で微笑む幸村君に
私の身体が堪え切れるはずもなく、よろけて上がったばかりのプールに落ちてしまった。
係員さんに注意されて落ち込む私を見て、幸村君が笑ってくれたから…まぁ、良かった。


「あ、そうだそろそろご飯食べる?」

「いいね。さっきプールサイドに軽食食べれそうなところがあったよ。」

「じゃあ行こっかー、なんかちょっと温かいものが食べたいね。」

「大丈夫?寒くなった?」

「………っ…だ、大丈夫です…!」

「どうしたの?」

「いや……なんか…、自分のことをこんなに心配してくれるなんて…うっ…女子って楽しい生活なんだなって…。」


絶対に、がっくん達と来てたらこんなに穏やかな時間は過ごせていないと思う。
たぶん吐くぐらいまであのスライダーに乗らされて、ご飯を食べる時間になれば
私の意見なんか通らず、下手するとかき氷とか食わされるかもしれない…。

そんなもう一つの未来を思い浮かべると、今のこの状況は本当…天国だ。
優しい幸村君。髪から滴り落ちる滴は、さながらエデンに広がるオアシスの恵み…。
うっとりと見つめる私の視線には気づかない幸村君が、売店までの道を進んでいく。


「やだ〜、タロウ君ったらー。」

「えへへ、ご飯食べたらまた流れるプール行こうね。」

「うん!行こうねーっ!」


私を隣から追い抜いて行ったカップル。
幸せさで言えば、私も負けてないけど、
やっぱり手を繋いで楽しそうなカップルはうらやまし……

手を繋いで…


「…忘れてた。」


真子ちゃん達との血の掟を忘れていた…。
ぽかぽかしていた脳が、一瞬にして冷や水を浴びせられたように冷静になる。
どうしよう…、そうだよもう時間的にも後半戦…。
手を繋ぐタイミングなんて、見つけようともしていなかった!

少し前を歩く幸村君、売店前のテーブルの空き状況を見てくれているようだ。
…も、もももし手を繋ぐなら今かな?このタイミングかな?

例えば売店で商品を頼むのを待ってる時に…
いやいやいやいや不自然すぎるよね、それは!
正攻法でいくにはあまりにもタイミングが少なすぎる…
どうしようか、ここはハプニングに任せて…


さん、席ここでいいかな?」

「え…あ、はい!うん、ありがとう!」

「じゃあ、俺買ってくるよ。何がいい?」

「悪いよ、一緒に行くよ?」

「ううん、座ってて。」

「…わかった、じゃあうどんでお願いします!」


…同い年でこんなにスマートな男の子がいるんだなぁ。
鉄製のベンチに座り、周りを見渡すとお昼時だからなのか結構込み合っていた。


「……あれ?今の…って…。」


人ごみの中にチラリと見えた目立つ髪色の人物。
がっくん…に見えたけど…。
席から少し立ち上がり、もう一度目を凝らして見た時には、もう既に思い当たる人物はいなかった。

…見間違いだよね。がっくん、今日地元の友達と草野球って言ってたし。






























スライダーに3回ほど乗りまくってる間に、部長たちを見失ってしまった俺たち。
まぁ、もう見つかっちゃってるし。どうしようもない、ということで
このプールを思いっきり楽しむことになった。

そして、はしゃぎすぎてお腹が空いたということで
先輩たちに連れてこられたのは売店だった。
俺とジャッカル先輩が買い出し係で、仁王先輩たちが席を取ってくれてる。


「どうしよっかなー、ジャッカル先輩何にしますー?」

「やぁ、赤也。偶然だね。」

「えー、何言って………」










一瞬で体が硬直する。











…やべぇ、振り向けない。
俺の肩に直に伝わってくる体温。心なしか、ぎりぎりと力が強くなっていってる気がする。

今、振り返ったら俺は間違いなく終わりだ。
ど、どどどどどどうしようどうしようどうしよう


「おわ、幸村。」

「……ジャッカル。」

「あちゃー、見つかっちまったのか。…おい、赤也。赤也?」

「……す…すすすすすすすいませんでしたあああ!俺マジでなんでもしますから命だけは!

「あはは、赤也の命なんかでどうにかなると思ってるのかな。」


「ジャッカル先輩!!助けてくださいっ!」

「あ、…あー、まぁ…その、スマン幸村。許してやってくれよ。」


発言も笑顔も怖すぎて、急いでジャッカル先輩の後ろに隠れる俺。
…やっぱり怒ってる。今、ここにジャッカル先輩がいなかったら間違いなくプールの底が俺の墓になっていた。

なんとか宥めようとしてくれるジャッカル先輩に…望みを託すしかない…!


「…別に怒ってないよ、邪魔しないなら、ね。」

「絶対しません!あ、でもあんまり変なこと「邪魔しないなら、ね。」

「しません。すいません。」


「まぁ、俺たちも邪魔しないように適当に遊んでるから、さ。」

「…まぁ、覗きたいなら覗いてもいいけど…後悔するかもね。」

「へ…それってどういう…」


「はい、うどん2つお待ちのかたお待たせしましたー!」


「…あ、俺だ。…じゃあ、行くね。仁王とブン太にもよろしく。」


意味深な言葉を残して去っていく幸村部長。
やっとジャッカル先輩の後ろから出て行くことが出来た俺に、
タイミングを見計らったように仁王先輩たちが駆け寄る。


「おい、赤也大丈夫かよ。」

「…だ、大丈夫な訳ないじゃないっスか!なんで助けに来てくれなかったんですかー!」

「プリッ。」

「でも、取り敢えず邪魔さえしなければ大丈夫そうだし…。」

「……でも、なんか変なこと言ってましたよね。」

「なになに?」


自分が嵐を免れたと思って、能天気な顔で肩を組んでくる丸井先輩。
仁王先輩も完全にニヤけて…絶対面白がってる。


「…覗いてもいいけど…後悔するかもって…。」

「なんじゃそりゃ。別に気にしなくていいんじゃねぇの?」

「……取り敢えず、飯じゃ。」














「おーい、赤也!ジャッカル!こっちこっち。」

「もー、どこに席取ってんスか。めちゃ遠い……って……。」

「ん?どうした、赤也?」


席に着いた瞬間、目に入った。
幸村部長とテーブルを挟んでうどんを食べる、先輩。


「あ…あれ…。」

「え……、うわ、幸村君じゃん。全然気づかなかった。」

「気づかれたらマズイかな、席変える?」

「……いや、ここでいいッス。」


よく考えたら、抜け駆けしてずるいのは部長の方なんだから…。
俺だって、水着のさんと…。
そこまで考えて、ようやく覚悟が決まった。


「…さんは渡さねぇ。」

「赤也、お前本当命知らずだな。」

「アホじゃ、アホ。」


ラーメンをすすりながら宣言する俺を先輩たちが冷やかした。































「ふぅ、おいしかった!ちょっと体温まったね。」

「それは良かった。もうお腹いっぱいになった?」

「うーん…ちょっとデザートとか欲しいね。私、何か見てこよっかな。」

「じゃあ、ここで待ってるよ。」

「うん!あ、これも片づけてくるね。」

「ありがとう。」


あ、幸村君何が欲しいか聞くのを忘れてしまった。
まぁいっか。自分と同じのを買っていけば大丈夫だろう。

トレーのゴミを捨てて、売店のメニューを眺める。
……アイス、はちょっと寒いし…クレープとかいいな。


「うん、これならきっと間違いないよね。」


いちごクレープとチョコカスタードクレープで迷った挙句、2つとも購入。
…どちらかを幸村君が好きだったらいいな。

席に戻ると、机に肘をつきながら物憂げな表情をしている神様。
随分慣れてきたけど、やっぱり周りのテーブルに座る女の子達が騒いでしまうのも無理ないと思う。
…そんな人と自分が二人きりでプールで遊んでいるという事実に改めて恥ずかしくなる。


「お、おまたせ幸村君!」

「おかえり。…あれ、俺の分も買ってきてくれたの?」

「うん、ゴメン勝手に決めちゃって。クレープ好き?」

「好きだよ、ありがと。」

「ふぉあっ!……う、うん。幸村君、あのさ…いちごとチョコカスタードどっちが好き?」

「ん?うーん…いちごかな。」

「あ、えーと…いちご好き?」

「うん、好き。」


クレープを持ったまま、悶える私に何も気づいていない様子の無垢な幸村君。
乙女ゲームのボイスで育った私は、例え目的語が「君が」じゃないとしても
「好き」という言葉だけで、軽く3日間は祭りができるぐらいテンションがあがるんだよ…!


「…も、もう1回…。」

「え?どうしたの?」

「…ゴメンなさい、なんでもない。はい、いちごどうぞ。」

「ありがとう。おいしそうだね。」

「ねー。アイスはちょっと寒いかなーと思って。」


早速クレープを頬張ると、思った以上に甘くて美味しい。
うどんだけではお腹が膨れなかったのもあって、無心に頬張っていると
横から視線を感じた。


「……あ、こっちが良かった?」

「ふふ、ううん。美味しそうに食べるなぁと思って。」

「美味しいよー、ちょっといる?……って、あ、ごめんなさい。」


ついいつものノリで、食べかけのクレープを渡そうとしてしまった。
この前、ハギーに注意されたばっかりじゃないか。
男女であんまりそういうのしない方がいいよ、変な噂たつからって。
変な噂がたって迷惑するのはこっちなんだからって、冷たく…怒られた…ね…。

思い出してしまった哀しい出来事に、少しへこんでいると
いつの間にか、私の手は幸村君の口元へと運ばれていた。


「…え…。」

「…ん、ちょっと甘いね。」


私の手からクレープを頬張る幸村君。
その行動が恥ずかしかったのか、少し頬を赤らめているけれど
私の頬はそんなの比じゃないぐらい真っ赤になっていることだろう。

…な、なななんだ今のイベント…!
一瞬の出来事で、しっかりと目をかっぴらいて見れなかったことが悔やまれる。


「あ、あの幸村君…。」

「…あはは、さんほっぺにクリームが思いっきりついてるよ。」


もう一度食べてもらおうと、そしてもう一度その瞬間を網膜に焼き付けようとしたその時、
思いもよらぬイベントがまた起こった。

私の頬に手を伸ばしたかと思うと、クリームを拭い取りそれを
平然と…平然とした顔でペロリと舐めとったではないですか



なんということでしょう


先生、幸村君は神様なだけでなく、哀れな女子にトキメキを与えてくれる色男スキルもお持ちのようです



「ゆっ、ゆゆゆゆゆ幸村君!ちょ、っと刺激が…ハバネロぐらいの強い刺激が…!」

「あ…ごめん、妹にやるような感覚でつい…。」

「妹!な、なるほどね!そういうことね、いやすいません何か、違うの顔が赤いのは違うの。」


は…恥ずかしすぎる…!

勝手に「恋人同士にしか許されない禁断のイベント!」とか思って
興奮していた1分前の自分、許されない…!罪深い…!
そうだよ、幸村君はあくまで妹にしか見えないだらしない私を憐れんで…そうだよ。落ち着こう、

恥ずかしさをごまかすように、残りのクレープを急いでかきこむ。
ちらりと幸村君を見てみると、なんだか楽しそうな笑顔だった。































「あーれ、絶対見せつけてんだろぃ。」

「じゃな、赤也。ほれ、顔あげろ。」

「マジもう無理っす、俺絶対今顔あげたら殴りに行くかもしれません。」

「それは止めとけって、マジで。知らねぇぞ、明日から学校で生きていけなくなっても。」


さっき、幸村部長が言ってた意味がようやくわかった。
…こうやって、さんといちゃついてるところを見せつけてやる、ってことだったんだ。

カップルのようにいちゃつく二人を見て、テーブルに突っ伏すしかない俺。
条件反射で駈け出そうとしたところを、ジャッカル先輩に思いっきり止められた。
……確かに、今あそこで邪魔しに行ったら俺の明日は確実に来ないだろう。


「…お、移動するみたいだぜ。」

「え!………尾行しましょう。」

「…お前も物好きじゃのー…。」

「当たり前じゃないッスか!だってあの雰囲気のまま…もしものことがあったら…。」

「あったら?…どうすんだよ、邪魔したところでお前が死ぬか消えるかどっちかだろ。」

「…〜っ!とにかく行きましょう!」





































「わぁー、これはさっきと違って生身でスライダー滑っていくみたいだよ?」

「楽しそうだね。行ってみようか。」

「そうだね!もうあと1時間ぐらいで営業時間終わっちゃうしね。…なんかあっという間だったなぁ。」


最後に選んだスライダーは「dobon(ドボン)」というもので、
単純に滑り台形式のスライダーらしい。でも、よく見てみると、赤い滑り台と、青い滑り台に分かれている。
並んでいる途中にある説明書きの掲示板を見てみると、かなり興味深い一文があった。


「……この、2本のスライダーを一緒に滑って、一緒に落ちた2人は結ばれる、というジンクスが、あります。」

「へぇー、面白いこと考え付くね。」

「……え、これは一緒にすべって同時に着水したらOKっていうことなのかな?
 もしそうなら具体的な傾斜角度の差とか、体重の差とかも考えないと…」

「必死だね、さん。」


結ばれるだなんて、こんなにおいしいジンクスありますか。
つい熱くなってしまった私を見て、笑う幸村君。

あ、でも幸村君にはそんなつもりないかもしれないし、迷惑かもしれない。


「ご、ごめん…!大丈夫、私タイミングずらして滑るからね!」

「俺とは結ばれたくないってこと?」

「いやいやいやいやいや!そういうことじゃなくて、め、迷惑かなって思って…。」

「そんなことないのに。」

「え…え、それはどういう意味で…。」

「あ、順番来たみたいだよ。」


い、今のはつまり、幸村君的には私と結ばれて付き合うことになって結婚をすることになっても、
それはやぶさかではないということで…、ということはイコール私のことが好きとか
そういう告白めいたお話なのでしょうか
、と聞きたかったのにあっさりスルーされてしまった。

係員さんに促されて、別々のスライダー入口へと向かう私達。


「幸村君!……また…、無事で会おうね…!」

「ぶふっ!…ふっ、うん、また下でね。」


敬礼をして先に幸村君を見守る。
…だって、ちょっと遅めにいかないと、幸村君の方が体重的に滑り落ちるの早そうだし…。
そんな小細工をしてしまうぐらいには、私はジンクスとかの類を信じるタイプだ。





「うううわああああああああああああぶふぇぁあっ!!




「あ、さんお疲れ様。」

「ぷはっ……ゆ、幸村君…もう滑り終わってたの!?」

「うん、なんか案外短かったみたいで。」

「……っくそ!ミスった…青のスライダーの方が短かったのか…!」


しかも、幸村君が下で見てるなんて思わなかったから
私滑り落ちてくるとき、気持ち悪い奇声と共に思いっきりひどい恰好してた気がする…!

今となっては反省点しかない自分の行動の数々…。
そりゃ、そんな奴と結ばれる訳ないじゃないですかっていう…ね…。
おこがましい考えもほどほどにしなさいってことですよね、神様…。


「取り敢えず、ここにいると危ないから上がろうか。」

「う、うん!そうだね。」

「…あと少し、流れるプールで遊ぼっか。」

「あ、幸村君気に入ったんだね。行こう行こう!」


幸村君からの提案というのがとても嬉しかった。
自分だけはしゃいでたんじゃないか、って思ったけど…幸村君もちゃんと楽しんでてくれたんだなって。


閉館時間が近いからか、流れるプールにはほとんど人がいなかった。
みんな、最後の時間を利用してここぞとばかりにスライダーに並んでいる様子。

持ってきた浮き輪を身に着けて、2人でぷかぷかとプールを流れる。

最初に見たときは、幸村君のカッコよさに内臓もろとも木端微塵に吹き飛びそうになったけど
今は、少しだけ慣れてきた。たくさん幸村君と話したことを思い出していると、少しだけ寂しくなってくる。


「………結構粘るね。」

「うん?何か言った?」

「ううん、何もないよ。……あ、そこの渓流っぽいところって…何があるんだろう。」

「あ、本当だ。さっきはスルーしたところだよね。洞窟っぽくなってる!入ってみよう!」


流れるプールから分岐しているルートの先は、少し薄暗い洞窟のようになっていて
その入り口には渓流のような滝がドシャドシャと流れている。
避けることのできないその滝に突っ込んでいくスリルが、また楽しい。


「ぎゃぁあああ!いたいいたいいたい!」

「あははは、結構威力強いね。」

「あーあ、びしょ濡れだね。しかも結構洞窟長い!」


変わらず、ぷかぷかと流れていく浮き輪。浮き輪の紐を掴みながら、隣を泳ぐ幸村君。
よく見ると、結構こだわってて本物の岩のように見える。


「すごーい…また来たいなー、ここ。がっくん達とかものすごくテンション上がりそう…。」

「………ねぇ、さん。」

「ん?うわっ!」


一瞬で腰を持ち上げられたと思ったら、次の瞬間には休憩場所のようになっているプールの端に座らされていた。
続いて、幸村君も隣に座る。足はプールにつけたままだったので、足だけが流れていくような奇妙な感覚だ。


「あ、ちょっと疲れたの?」

「……うん、それもあるかな。」


誰もいない洞窟で、こうして座っているのがなんだか楽しい。
小さいころに作った秘密基地のような、薄暗い雰囲気に少しドキドキする。


さん、今日は来てくれてありがとう。」

「え!いやいや、私の方こそ誘ってもらってありがとう!めちゃくちゃ楽しかったね!」

「…うん。やっぱりさんといると…、楽しいな。」

「なんか…最初取り乱してごめんね…急に申し訳なくなってきた…。」

「あはは、いいよ。……それに、俺も結構…浮かれちゃってたし、ね。」

「え…」

「…さんがそんな可愛い水着きてくると、思わなかったから。……似合ってるよ、可愛い。」


足を水面でパシャパシャしながら、照れたように言う幸村君に
一瞬にして心臓がドコドコ反応し始めた。え…え、何この雰囲気ってもしかして…


「あ、ああありがとう!あの、幸村君も引き締まった体がとても素敵だと思います!」

「身体…」

「違う!違うの、決して性的な意味ではなくて、その純粋に肉体美的な…。」

「ふふ…、ありがとう。ちょっと質問していい?」

「え?うん、いいよ!」

「…俺と赤也だったらどっちが好き?」

「ええええ!えっ…何その質問、女子会…?」


優しい笑顔で聞く幸村君は、なんとなくだけど冗談で言ってる感じではない。
真意がわからなさすぎて、戸惑う私に、幸村君がそっと手を伸ばした。




「…じゃあ、俺のことが好き?」

「っ!え…!」




頬を撫でる幸村君は、まさか妹にもこんなことをしたりするのでしょうか。
そうだとしたら、やめたほうがいいと思う。確実に妹は危険な道に目覚めてしまうと思うから。
なんだか愛しいものでも見るような目で…、そんな見つめられたら…!

でも、好きって…いや、そんな急に…そりゃ私の神様だけど、だけどそんな…

段々と近づく幸村君との距離に完全に固まっていると













「何やってんすかあああああああ!!」

「うわあああああああっ!!!」






突如、流れるプールから飛び出してきた「何か」に飛び退く。
驚きすぎて後ろ回りに転げてしまった私は、恐ろしく無様な恰好だったに違いない。

しかし、幸村君の声は全く聞こえなかった。

取り敢えず何が起こったのか、今飛び出してきたのは誰なのか、確認しないと…


「え……え、切原氏!?」


起きあがると、そこには必死に流れるプールの流れに逆らいながらクロールをする切原氏。
後ろにはぷかぷかと浮き輪で流れていく陽気な丸井君に仁王君に…


「ジャ、ジャッカル君も…何してんの、ここで!?」

「……邪魔しないで、って言ったよね?赤也。」

「ぶ、部長絶対わかっててやってたじゃないッスか!俺が見てるの知っててさんに…!」

「え…え、ちょっと待って何の話?」


既に流れて行ってしまった3人に聞くわけにもいかず、
段々と語尾が弱くなっていく切原氏に質問すると、ばつの悪そうな顔をされてしまった。



「…俺たち、さんと幸村部長を尾行してたんッスよ。」

「え……ええええ!え、今日…ずっと!?」

「………悪趣味だよね。」

「だ、だって!……さんと…、なんかイチャイチャしてるのわざと見せつけてくるし…。」


少し頭を整理したい。


つ…つまり、今日1日の行動はすべて見られていたと…。
で、切原氏の口振りからすると、それを全て……幸村君は知ってたってことだよね?


「じゃ、じゃあまさかさっきの…も…」

「…赤也達があまりにもしつこいから…ね。」


クスっと笑う幸村君に、悔しそうな表情の切原氏。

……あ、だから幸村君と切原氏を天秤にかけた質問をしたのか。
と…いうことは、アレは…あくまで冗談で…
尾行をしている切原氏たちをおびきだすための…



「さ、作戦…」

「…え、いやでも」

「っ!ご、ごごごごごめんちょっと用事思い出しました!」



思考回路がいよいよパンクしそうになった私は、
思いっきりプールに飛び込み必死のバタフライでプールを流れる。

洞窟を抜けて、更衣室入り口まで走った。
係員さんの注意も聞こえないぐらい、私の頭は混乱していた。































「は…恥ずかしすぎる…。」


さっき、洞窟の中で幸村君が迫ってきたとき
あのまま切原氏が飛び出してこなかったら、私はどうするつもりだったんだろう。

可愛いって言われたことが、嬉しくて、舞い上がって…
すっかり幸村君の演技を信じ込んでしまって…うわああああああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!

しばらくロッカールームで落ち込んでいたけれど、さすがに閉館時間も近いということで
着替えることにした。鞄の中で光っている携帯を見るのが怖い。

…でも、いきなりプールに飛び込んでバタフライって…びっくりしてるよね、きっと。
切原氏も、何か懸命に私の後ろに隠れようとしてたのに放って来ちゃったし…。

水着を洗面台で少し絞って、髪を乾かす。
恐る恐る携帯の画面をみると、やっぱり幸村君からのメールだった。





From:幸村君
Sub:(無題)
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驚かせてごめん。
正面玄関あたりで待ってるね。





































「…あ、ご、ごめん幸村君。お待たせしました…。」

さん、ごめん。」


恐る恐る玄関口に向かうと、私を見つけるなりすぐに謝る幸村君。


「いや、私こそゴメン!なんか浮き輪とか全部放ったらかしにしちゃって…!ちょ、っと驚きで混乱して…!」

「さっきのことだけど…」

「あ!大丈夫です!大丈夫、そういうの慣れてるから気にしないでね!」

「…慣れてる?」

「あの、がっくんとかもよく、私を喜ばせるような感じで嬉しいこと言いながら、うっそぴょーん…みたいな…」


言いながら、なんだか自分が可哀想になってくる。
しかし、考えようによっては遊びでもあの幸村君にあんなトキメキイベントを与えてもらったのだから
これはラッキーなことと受けとめることも出来る。実際に、今日1日楽しかったし…



さん、聞いて。」


俯く私の両手を取り、焦ったような表情で覗き込む幸村君。



「その…、赤也達が見てたからっていうのも、あるんだけど…。」

「……う、ううう、うん。」

「でもさっき、言ったのは本当で…最初にさんの水着を見たときは、正直焦ったし…」

「え、ええ!」

「だから、赤也達に見せるのも嫌で…どうやって帰らせようってことばっかり考えてしまって…。」

「……。」

「それを理由に、さんに迫ったりして…」

「そ、それは、別に、私もご褒美として受け取ってるから大丈夫だよ。」

さんの気持ちも考えずに…ごめん。」


幸村君に握りしめられた両手に、どんどん熱がこもる。
本当に申し訳なさそうに言うもんだから、私の方が何だか申し訳なくなってくる。

今、目の前で謝る幸村君を見ると
さっきまで自分が「幸村君にからかわれた」なんて考えていたことが、失礼に思えるぐらいだ。


「全然大丈夫だよ。本当に!今日すっごく楽しかったね、また来よう!」

「………ありがとう。…あ、それとこれ。」


手渡されたのは、綺麗にラッピングされたピンクの小さな小包。


「…何?」

「ホワイトデーのお返し。」

「ええええ!え…プール連れてきてもらったのがホワイトデーイベントじゃなかったの!?」

「イベント?」

「あ、いや…。そんな、悪いよ!今日デートしてもらっただけでも嬉しいのに!」

「……俺も、嬉しかったから。デート。」


強調するように言って、意味深に笑う幸村君。
……しまった、めちゃくちゃ恥ずかしい。

恥ずかしさを紛らわせるように頭を抱える私に、優しい声が降ってくる。


「…折角買ったし、もらって?」

「う…。で、でもそれだと貰いすぎだよ!プールのチケットも、このプレゼントも…。」

「……んー…、じゃあどうしよう…。」


でも確かに、もらったプレゼントを突き返すのは悪い気がするし…。
じゃあせめて、何かおごるとか…


「あ、ジュースとかおごるよ!」

「…ごめん、さっき待ってる間に飲んじゃったんだ。」


空になった紙パックを持って、申し訳なさそうに謝る幸村君。
あああ、どうしよう…素直にもらえばいいんだけど、なんだか申し訳ない気がする…。


「……あ、そうだ。…じゃあ、お願いしていいかな。」

「え、はい!もちろん喜んで!何にする?鞄持ち?一発芸?」

「…フフ、それも見たいけど…。」


俄然目を輝かせる私に、幸村君が静かに手を差し出した。
意味がわからず、固まっていると、そっと、私の右手が掴まれる。


「え…」

「…ヤダ?」

「い、いいいいヤダじゃありません!」

「…良かった。じゃあこれで駅まで帰って良い?」

「っ!う、うん!」


まさか、今の今まで忘れていた「幸村君と手を繋ぐ」というミッションが、
こんな形で叶うとは思わなかった。
あまりにも自然に、指を絡ませる幸村君に
1人で緊張してしまった私は、両手足が同時に出るという古典的な緊張の仕方をしてしまい
幸村君に随分笑われてしまった。


施設を出ると、既に日は沈みかけて少しだけ肌寒い。
…はずなのに、右手から伝わる熱と緊張でつま先から脳内までポカポカだった。





「あ、そういえば切原氏たちは?」

「……さぁ?」




今日は、たくさんの幸村君の笑顔を見たけれど

この時が1番楽しそうな笑顔だったと思う。







Seiichi Yukimura ×Spa&Swimming pool

fin.