「ボンジョールノッ!スコシ、オナカスイテマスカ?」
「うお!え?えーと、ちょっとハングリー!」
「OK!オイシイノ、アリマス!」
1年生の"軽食ピエトロ"を目指して、中庭に出ると
すぐにお店は見つかった。
校舎の出口からすぐの場所に面してるから、なるほどこれは客引きがしやすいだろうな。
赤・緑・白、イタリア国旗カラーの可愛いエプロンに身を包んだ
留学生らしき男の子が、早速桃ちゃんに声をかけた。
急に話しかけられたからか、桃ちゃんは随分焦って
隣にいる癒し隊3人組やお師匠様に助けを求めていた。
「い、いいのか、ついて行って…!」
「えーとえーと…プ、プリーズ、チョットマッテクダサイ!」
「堀尾君何その英語か日本語かわからない感じ…。」
「おい、越前!ちょっと待ってくれって伝えて!」
慌てる先輩を助けようと、一緒に焦る可愛い男の子達…。
それを白けきった目で見つめるお師匠様…。
…やっぱり今でも思う。
私が、最初から青学に入学していれば
毎日こんな穏やかな気持ちで過ごせていたのかな、なんて…。
自然発生するほんわかオーラに、
つい自分が背負ってしまった哀しき運命のことを考えてしまう。
「ねぇ、どうするの。あの留学生、桃先輩引っ張って行ってるけど。」
「へっ!あ…、うん大丈夫!ちょうどその店に行こうと思ってたから。」
「なんだー!じゃあ早く言ってくださいよー、あー緊張した…。」
ホっと胸をなで下ろすカチローちゃんに謝って、桃ちゃんの後を追う。
まだ学園祭がスタートしたばかりだったからなのか、人の列も無さそうだった。
「ボンジョルノー!ピエトロへー…!」
「「「ようこそー!!」」」
「わっ!す、すごい何か楽しそう!」
「へぇー、見ろよ越前。メニューがこんなにいっぱい。」
店の前に並ぶと、店員の皆が一斉に元気の良い挨拶をしてくれた。
風にはためく大きな国旗に、黒板を利用したカジュアルな看板。
オシャレなイタリアンレストランのような外観と、皆の明るい雰囲気がとても良くマッチしている。
宣伝係の留学生と、すっかり仲良くなった様子の桃ちゃんは
お勧めのメニューを言われるがままに注文していた。
「は何にするの?」
「私ね、アボカドディップ!昨日、クラスメイトが超美味しかったって言ってた!」
メニュー看板にも写真が貼ってある、人気商品らしい。
小さなココットにたっぷりのアボカドソース、そして普通の紙コップよりも
少し頑丈なコップにはたくさんのポテトスティック。
このポテトスティックが中々癖になる触感らしい。
……昨日、クラスの坂部さんに話を聞いた時から楽しみにしてたんだよね。
「ふーん…。」
「でも、ピザも気になるんだ…。それに、あのカマンベールチーズもちっていうのも美味しそう…。」
「…っていうか、やたらとメニュー多いね。」
「それが"ウリ"らしいよ。これだけあれば、朝来てもまた夕方ぐらいに違うメニューを
食べに来たくなっちゃうでしょ?…1年生のクラスながら、よく考えたよね…!」
「…へぇ。じゃあ、俺ピザにしようかな。」
「うわぁー!いいねいいね…。そう言われると迷う!ピザも頼んじゃおうかな…。」
「…俺のをちょっとあげる。のもちょっと頂戴。」
そう言って、さっさと金券を出しピザを注文するお師匠様。
…本当にお師匠様は心優しき天使だな…!
アレもコレも食べたいと我がままを言う私に気を遣って、
そんな…そんな魅力的な提案をしてくれるだなんて…!
今までそんな風に優しくされた経験がないだけに、
「二人で半分こ」なんていうのが斜め上の発想に思える。
お師匠様に続いて、急いで私も注文をすると
店員さん達の賑やかな声が響いた。
・
・
・
「うおぉ…めっちゃくちゃ美味そう…。」
「桃ちゃん先輩、たくさん頼みましたね。」
「目の前で作ってるの見たら、全部美味しそうに見えてきたんだよ。」
「わかるよ、桃ちゃん…!模擬店特有のあの美味しそうな匂いにつられちゃうよね…!」
「ね!っていうか、本当に店出せるレベルの完成度ッスね。」
各々、好きなものを注文した後、取り敢えず落ち着いて食べれるところ、ということで
校舎内のロビーに皆を案内した。人も少ないその場所で、机に座り
「いただきます」を言うと同時に、早速桃ちゃんが豪快に食べ始めた。
その食いっぷりが男の子らしくて、なんか可愛い。
「ホリーは、パスタア・ラ・カルトにしたんだね!」
「これスゴイッスよね、色とりどりで超キレイ!俺、写メ撮っとこ!」
「あ、いいね。僕も撮らせて、堀尾君。」
「じゃあ私、それを撮ってる皆を撮らせてもらうねー。」
「何さりげなく盗撮しようとしてんの。」
「盗撮じゃない、今きちんと宣言したから、これは合法だと思います。」
さりげなくカメラを取り出した私の手を抑えて、睨みを利かせるお師匠様。
…ほ、本当にただ単に思い出にしようと思っただけなのに、この疑われよう。
自業自得と言えばそうだけど、あんまりじゃありませんか。
「よっし、記念に全員で写真撮ろうぜ!」
「いいね!じゃあ、私撮ってあげる!」
「えー、先輩も入らないと意味ないッスよ!」
「誰か通らないかなー…?」
キャピキャピと桃ちゃんの周りに集まるホリー達。
カメラを持って廊下を見渡すカチローちゃん。
…っ私が…そんな清らかなフィルムの中に収まっていいんですか…。
慣れない扱いに、少し泣きそうになる。
青学のみんな、大好きすぎる、優しい。超優しい。
桃ちゃんに誘われて、後ろにスタンバイすると
丁度、廊下を誰かが通りがかった。
「あ!あのー、ちょっと写真を……って…ああああ!」
「へ?なんかお前見たことあんな。」
「お、がっくんじゃん。ナイスタイミングー。ぴよちゃんさまも一緒だ。」
「。…と、おお!桃城!と、越前!来てたのかよ。」
「…お久しぶりです。」
たまたま歩いてきた2人に、びっくりして慌てるカチローちゃん。
がっくんは、こちらを見るなり笑顔で近寄ってきた。
「ちわッス!お邪魔してます。」
「何?ここで何してんの?」
「あ、がっくん。ちょっと写真撮ってもらってもいい?」
「別にいいけど。」
がっくんにカメラを渡して、カチローちゃんが輪に加わる。
桃ちゃんを中心に並び、取り敢えずにっこり笑うと
軽快なシャッター音が響いた。
「ちょ、がっくん!はいチーズ的なかけ声頂戴よ!」
「へへ、自然な笑顔を切り取るタイプなんだよ、俺は。」
そう言って、私にカメラを渡し立ち去ろうとするがっくん。
早速、データを確認してみると
「………ちょっと待ちなさい、がっくん。」
「ど、…どうしたんですか先輩?」
「これ…わ、私入ってないじゃん!」
笑顔で並ぶ皆の隣に立っていたはずの私が
ばっちり省かれている。こういうイジメ、良くないと思います。
「え……、入れてよかったの…?」
「何、その心底驚きましたみたいな顔、ムカツクわね。
にっこり笑ってポーズしてたでしょ!明らかにカメラ目線だったでしょ!」
「ごめん、冷やかしかと思った。」
「冷かしてなんや、冷やかして!」
データを見て、ゲラゲラ笑う桃ちゃん達の声を聞きながら
がっくんに制裁を加える。なんとかもう1枚撮らせたので、許してあげることにした。
・
・
・
「さ、じゃあ食べよっか!」
写真も撮り終わったので、お待ちかねのアボカドディップを一本口に入れると
濃厚なソースの味が広がった。
「んーっ!うまっ!」
「…っこっちのパスタも超美味いッス!」
「わぁ、このおもちも中がとろけてる…!」
さすが入賞クラス…。
皆の絶賛も頷ける…、そんなことを考えながら
ひたすら食べ続けていると、隣に座っていたお師匠様に肩を叩かれた。
「ん?」
「はい、あげる。」
「うわー、ありがとう!じゃあ、コレもどうぞ!」
「ん、ありがと。」
お皿に乗せた一切れのピザを、こちらへ渡してくれるお師匠様に感動しつつ
私も、ディップ用のポテトをお師匠様へ差し出す。
ひょいと手元のコップからそれを取り出し、ソースをつけると
少しだけこぼれそうになる。急いで口に含んだお師匠様は、満足気な顔でもぐもぐしていた。
……可愛いなぁ。
その様子を見つめながら、自然と手がカメラを取り出そうとしたとき、
突然、桃ちゃんが大きな声で叫んだ。
「あーっ!」
「わっ!な、何、違うよ!ただ、ちょっと風景を撮ろうと…」
「いいなー、俺にも一本くださいよ。」
てっきり、可愛い後輩を守ろうと私を摘発したのかと思ったら、
そうではなかったらしい。私の目の前に座る桃ちゃんが、
身を乗り出して私の手元にあるアボカドディップを見つめていた。
「こっちか!いいよ、もちろん。」
「やった、ありがとうございまーす!」
ニカッと光が飛び出しそうな爽やかな笑顔を見せたと思うと
豪快に大きな口を開ける桃ちゃん。
……ああ、手がふさがってるからか…。
片手にカマンベールチーズもち、片手にスパイシービーフ。
元々よく食べる人は見てて気持ちいいから好きだったこともあって、自然と頬が緩む。
……何か、大型犬みたいだな。
口元にポテトを持って行ってあげると、
まるでワニワニパニックのワニのように、ぱくっと飛びついた。
幸せそうな笑顔で食べる姿に心が果てしなく癒される。
「なんかいいね!男らしい食べっぷり。」
「そッスか?うわ、これも超美味しい。まだまだ食べれそう!」
「…桃ちゃんって氷帝のテニス部にはいないタイプかも。」
「へ?」
「ほら、汗ほとばしる!青春真っ最中!ヨロシク!みたいな…。」
「あー、あんまピンとこないッス!」
「…爽やかすぎて、何言われても許せる感じがする。」
後輩なのに、「こういう先輩が欲しいな」って思っちゃうような
なんとなくだけど、そういう頼れる男感が滲み出てるんだよね。
あんまり合宿でも絡んでなかっただけに、今目の前にいる桃ちゃんの行動が新鮮で
つい見てしまう。……声も表情も豪快だなぁ。
「ね、桃ちゃんみたいな先輩がいて良かったね。」
「はい!桃ちゃん先輩は優しいしカッコイイし…。」
「たまにちょっと面白いッスけど、頼れる先輩ッス!」
「なんだよ、面白いって。そんなこと思ってたのかコイツー。」
「いでっいでで、すんません!」
わしゃわしゃとホリーの頭を撫でる桃ちゃんと、
それを助けようとあたふたするカッツォ達を見て、
つられて一緒に笑っていると、フと隣のお師匠様が笑っていないことに気づいた。
「お師匠様?まだアボカド欲し……ひっ…!」
「…………いらない。」
「そ、そうですか…。」
帽子に遮られて見えなかったお師匠様の表情を覗くと、
頬杖をついたまま、あからさまに不機嫌なオーラを出していた。
それに気づいた桃ちゃんが、相変わらず大きな声でお師匠様をイジる。
「なんだよ、越前。拗ねてんの?」
「…別に、拗ねてないッス。」
「な、何に拗ねてるの?」
「だから何でもないって。」
「こいつ、きっと俺がさんからアーンしてもらったのが悔しいんスよ。」
ニシシと悪い笑顔で、お師匠様の頬をつんつんする桃ちゃん。
それに対して真顔で睨み付けるお師匠様。
固まる私と、3人組。
…い、いや明らかにお師匠様怒ってるけど…。
桃ちゃんの、毎日がお祭り大フィーバーテンションに冷や冷やしていると
隣にいたホリーが、こそっと私に耳打ちをした。
「あの…先輩、え、越前にも同じことしてくれませんか。」
「えっ!そ、それはいいけど、今それやったら私、現世から登録抹消されたりしない?」
「た、たぶん大丈夫ッス!ああ見えて越前は結構可愛い奴なんで、機嫌直すはずです!」
…私的には、この一生をお師匠様のアーン係に捧げられるなら、喜んで魂を差し出す所存。
未だに、真顔のお師匠様を弄り続ける桃ちゃんはきっと鋼の特殊スキル的なものを持っているに違いない。
おそるおそるポテトを取り出し、お師匠様に話しかける。
後ろから心配そうに見守る3人組に、ヒューヒューと囃し立てる怖いもの知らず過ぎる先輩。
「あ、あのー…お師匠様?よ、よかったらもう一本どうかな!」
「………。」
あえて、ポテトを一本手に取りお師匠様の前に差し出す。
頬杖をついたまま、チラリとこちらを見たお師匠様の口元に
満面の笑みでポテトを差し出すと
「………いらない。」
「っ…!」
プイッと顔を逸らしてしまったお師匠様に、
ため息をつく3人組、大笑いする桃ちゃん。
むやみに心のHPを削りとられた私。
…め、めっちゃ恥ずかしいじゃないですか、この手…!
「優しいお姉さん」的な感じで、持って行ったこの手を
どうすればいいんですか、ホリーあんた食べなさいよ、と後ろを睨むと
フルフルと大きく顔を振っていた。
「折角先輩が言ってくれてるのに、恥かかせちゃいけねーな、いけねーよ。」
ひとしきり笑った桃ちゃんが、私の行き場のない手を掴み
そのままパクっとポテトを口に含んだところで、
ピシッとその場の空気が固まったような気がした。
「も、桃ちゃん先輩!挑発しないでくださいよ!」
「こんな美味いもん粗末にしちゃいけねーだろ。」
「そ、そういう問題じゃなくってー…!」
声を抑えながら、口々に桃ちゃんを批判する3人組。
恐る恐るお師匠様を見てみると、大きな目を見開いて放心している。
そして、あえてなのか何なのか豪快な笑い声を響かせる桃ちゃん。
「……っく…ふ、ふふ…。」
「な、何笑ってるんですか先輩!」
「い、いやゴメン…なんかもう…面白くて…!」
「へへっ、ほら越前。お前が子供みたいに拗ねるから先輩笑ってんぞ。」
「ちがっ…ちょ…っ、ぶふっ、ア、アグレッシブすぎるよ、桃ちゃん…!」
ナイーブな年頃であろうお師匠様の心に、土足どころか
スパイクでがつがつ踏み込んでいく桃ちゃんの強引な町おこしスタイルに笑いが止まらない。
それにつられて、3人組も声を抑えるように笑いだす。
お師匠様以外の全員が笑っている状況は、冷静に考えると
マジでキレル★5秒前になり兼ねない危険な状況だった。
しかし、意外にもお腹を抱えて笑う私達を、さっきまでそっぽを向いていたお師匠様が
呆れたような、なにもかも諦めているような目で見つめている。
にへらっと笑いかけてみると、やっぱり真顔で頬をぐいっとつねられた。
「いっ、いひゃひ…!」
「…いつまで笑ってんの、もう行くよ。」
「ひゃひ…!」
「お、やーっと機嫌直したか!」
立ち上がってスタスタと歩いていくお師匠様を追いかけて、
ガシっと肩を組む桃ちゃん。面倒くさそうにしながらも、抵抗しないお師匠様。
…あんなに振り回されてるお師匠様、初めて見た。
いつもはクールで年齢より大人びて見えるお師匠様が、
年相応の後輩らしく見えるのが、何だか面白い。
2人の背中を追いかけつつ、3人組と目を合わせる。
お師匠様にバレないように、また少しだけ笑った。