「っていうか、呼び込み多いなー。どれも楽しそうだ。」

「今日は2日目だからね!どのクラスも結構人員に余裕があるのかもね。」


中庭にも段々と人が集まり始め、クラスTシャツや衣装に身を包んだ氷帝生達が
ゲストを楽しませようと一生懸命呼び込みをする姿が目についた。
それを見たジャッカル君が独り言のようにつぶやいた一言に少し嬉しくなる。


「っつか酷いッスよ、仁王先輩も!一瞬で幸村部長の味方に寝返ったじゃないッスか。」

「当たり前。」

「赤也の味方して誰が得すんだよ。」

さんだけは俺の味方してくれましたけどね。」

「あれ?赤也、今何か言った?」

「いや!何も!言ってないッス!」



ザクザクと歩く私とジャッカル君の後ろでは、まだ賑やかな声が聞こえている。
後ろを振り返ってみると、仁王君と丸井君の後ろに隠れながらも
先程のシュークリーム事件が腑に落ちない様子で不貞腐れている切原氏。

それを見て楽しそうに笑う仁王君に、片手にはどこで買ったのかアイスバーを持った丸井君。
幸村君も、言葉にトゲはあるけどその表情を見ると本当に怒ってるようには見えない。
なんとなく、みんなで切原氏をからかって遊んでいるような感じ。
…きっと学校でも部活でもあんな感じなんだろうなぁ…愛されてるなぁ、切原氏。

美少年たちの微笑ましい戯れを見てつい気持ち悪い笑顔を浮かべていると、
ジャッカル君にぽんぽんと肩を叩かれた。


「ん?どうした?」

「アレって…もしかして、日吉か?」

「え…あ!そうだよ!よくわかったね、ジャッカル君!」

「へー、結構似合ってんじゃん。」


中庭の端で明らかに人だかりが出来ている場所があった。
カメラを構えた女の子たちの中心には「浴衣喫茶で涼みませんか?」のプラカードが立っている。
きっと、ぴよちゃんさまのクラスの喫茶の呼び込みだろう。

少し背伸びをしてそちらを見つめるジャッカル君はとても目が良いのか
一瞬でぴよちゃんさまを見つけたようだった。


「めちゃくちゃ似合ってるよね!私ね、昨日気づいたら549枚ぴよちゃんさまの写真撮ってたよ。」

「その情報あんまり人に言わない方がいいと思うぞ。」

「2人で何話してるの?」

「あ、幸村君。ほら、あそこ。あの浴衣の女の子見える?」


いつの間にか私とジャッカル君のすぐ後ろまで追いついていた4人。
少し遠くにいるぴよちゃんさまを指さすと、皆ポカンとした表情でそちらを見つめていた。


「あれね、ぴよちゃんさまなんだよ。」

「マジッスか!?すげぇ、あいつ女装とかするんだ!」

「昨日は相当ぴよちゃんさまで客寄せ出来たらしいからねー。」

「もうちょっと近くで見てみようぜ!」


普段クールで、俗世には興味ありません、みたいなテンションのぴよちゃんさまが
学園祭で客引きに精を出している上に、浴衣で女装をしているということが
面白くてたまらない様子の丸井君に切原氏は、一目散に走りだしてしまった。



























「おい、日吉!」

「…っな…切原…なんでお前がここに…。」

「結構いい感じじゃん!中々気合入ってんなー。」

「……どうも。」


プラカードを持ちながら、すっかりくたびれた様子のぴよちゃんさま。
周りの女の子を掻き分けながら声をかけた切原氏はめちゃくちゃ嬉しそうな笑顔。
ぴよちゃんさまはというと、対照的にものすごく会いたくなかったというような苦々しい表情だった。

結い上げた髪の毛や浴衣の帯をまじまじと見ながら、
褒める丸井君にやっぱり迷惑そうな顔をするぴよちゃんさま。今日は3割増しで不機嫌な日だな。

そんなことを思いながら、遠巻きに見守っていると
バチッとぴよちゃんさまと目が合った。その瞬間のその表情は、誰が見てもわかるぐらい憎々しげなものだった。


「…先輩の差し金ですか。」

「さ、差し金って!何の悪意もないよ!ただ、みんなと一緒に学園祭を楽しんでいただけで…。」

「…さっきは青学の奴達といましたよね。次から次へと…」

「なぁなぁ、日吉。一緒に写真撮ろうぜ。」

「嫌だ。」

「えー!んだよ、ケチ!」


くるくるとぴよちゃんさまの周りを嬉しそうに走り回る切原氏。
それをバッサリと切り捨てて、さっさと立ち去ろうとするぴよちゃんさまに
幸村君が声をかけた。


「浴衣喫茶って…どういうところなんだい?」

「…男女が入れ替わっているということ以外は特に普通の和菓子喫茶です。」

「あ、でもものすごく美味しいんだよ!私も昨日行ったんだ!」

「へぇ。ちょっと気になるな。」


ぴよちゃんさまの持ったプラカードを見ながら、興味津々の様子の幸村君。
…さっきスイーツ食べたところだけど…あ、でも抹茶オレとかもあったし…
出来れば今日1人でもう1回行きたいなぁと思ってたから、
ここで皆で一緒に行けるといいんだけど…。


さんが絶賛するんだから、きっと美味しいんだろうね。次はそこへ行こうか。」

「お、いいね。やっぱ洋菓子の次は和菓子だろぃ。」

「歩きつかれたし、調度ええの。」

「さっき休憩したばっかじゃねぇか。」

「じゃあ、日吉案内してくれよ!」


幸村君の鶴の一声であっという間に喫茶行きが決まってしまった。
私はものすごく嬉しいけど、ぴよちゃんさまはものすごく嫌そうだ。
私が部室でさりげなくぴよちゃんさまのタオルに顔をうずめていたのを後ろから見ていた時の様な
激しい嫌悪の表情だ。いや、その時よりはマシな気がするからまだ大丈夫か…。


「…担当時間も終わるタイミングなので、案内だけします。」

「よっし!行こうぜ!」

「赤也、やたら喜んでんなー。」

「俺達って部活以外でこうして会うことがないから、なんか新鮮なんスよねー。」


…なるほど、確かにそうかもしれない。
ぴよちゃんさまや私が立海の皆と会うのは大体部活の時だもんね。
こういう普通の学生生活を送っている姿ってお互い見慣れないから…
私も、幸村君の制服姿を見た時はしばらく興奮で寝つけなかったりしたもんなぁ。


「…俺は別に興味ない。」

「なんだよ、冷たい奴だな!」


さっきからものすごく冷たく雑にあしらわれている切原氏だけど、
なんとなくぴよちゃんさまもいつもより楽しそうな気がする。
…部活以外でもこうして皆仲良く出来るのは素直に嬉しいし、楽しいな。


「しかし、お前さんのクラスもこのぐらい気合入った衣装用意できんかったんか。」

「も…申し訳ございません…。」

「…いや、先輩のクラスの衣装も中々「うわああああああ!」


仁王君が急に話題を振ってきたと思ったら、ぴよちゃんさまがとんでもないことを口走りそうになった。
急いで口を塞いだけど…だ、大丈夫だよね、伝わってないよね…。
恐る恐る立海の皆の方を振り向くと、突然の私の奇行にきょとんとした顔をしているだけだった。
……間一髪セーフ。


「ちょ、ちょっとぴよちゃんさまいいかな?!」

「…ごほっ、…何ですか。」


文字通り、階段下の暗がりにぴよちゃんさまを連れ込むと
やっぱり迷惑そうな表情を浮かべていた。


「あ、あのね、私のクラスの事は触れないでほしいの。」

「…自分だけ助かろうとしてるんですか。」

「た、助かるとかじゃないけどさ!」

「俺はこの姿をばっちり見られてるんですよ、先輩の所為で。」


ギッと睨みを効かせる綺麗な顔に、グっと言葉を飲み込んでしまう。


「…た、確かにそうなんだけどぴよちゃんさまは良いじゃん!評判も良かったでしょ!」

「………。」

「でも、私は違うんだよ!あの姿を見られたら一発アウト、笑われて写真拡散されて末代までバカにされるんだよ!

「……まぁ、確かに中々パンチの効いた姿ですからね。」

遠慮の欠片もない感想をありがとう!だ、だから取り敢えず秘密にしておいてね。」

「何を秘密にするの?」

「うおわっ!」


精一杯小さな声でぴよちゃんさまの説得を試みているところに、
幸村君がいつもの笑顔でひょっこり顔をだした。神出鬼没すぎる…。


「な、なんでもないよ!ゴメンね、待たせて!」

「そう?じゃあ、行こうか。」


ごく自然に、スっと私の手を取る幸村君。
キラキラの笑顔に一瞬目の前がチカチカした…脳が直接やられてる、コレ…!
なされるがままに手を繋いでフラフラと引かれていると


バチィッ


「いでぇっ!」

「…どうしたの?」


余りにも唐突に、手の甲を叩かれて
幸村君の前だというのに思わず野性的な声が出てしまった。
一体何が起こったのかわからず、目を白黒させていると
気まずそうな表情をしたぴよちゃんさまが、ボソボソとつぶやき始めた。


「…氷帝内では…、先輩と一緒に歩くという事は…邪悪な霊を連れているのと同じで…」

初めて聞いたよそんな話!
え…え!?」


目を逸らしながら、聞いたことのない氷帝七不思議を話すぴよちゃんさま。
いやいやいや…そんな…私、現世にいるつもりだったのに既に悪霊だったのか…


「…ヤキモチかな、可愛いね。」

「えええっ!あ!え、なんだーぴよちゃんさまったら、えー?フフッ、なんだそういうぶふぇぇあっ!

「…自分は弱みを握られているんだという立場を忘れてますか?」

「申し訳ございませんでした。」


よくわからないまま、ぴよちゃんさまにヘッドロックを仕掛けられた。
おかしい、私何も悪くないはずなのに…!

それを生暖かい眼差しで見つめながら微笑む幸村君に
苦笑いで恐らく引いてるジャッカル君。
さっきからテンションがあがりっぱなしの切原氏は楽しそうに写メを撮ってる。現代っ子怖い。

































「おー!すげぇ、これ自分たちで作ったのかよ?」

「はい。先輩たちのクラスには投票で負けましたが。」

「っちょ…!」


あれだけ私のクラスの話には触れないように言ってたのに、
ニヤリと笑いながらスレスレの話題をさりげなく振りまくぴよちゃんさま。
…ダメだ、焦っちゃいけない…あくまで自然を装うんだ。


「へー、お前のとこそんなすげぇのか?」

「ま…まぁね!いや、でも票数も僅差だったからね…!それより!早く入ろう!」


特に不自然にはならなかったようで、それ以上私のクラスの話題になることはなかった。
無理矢理皆を店の中に押し込むと、内装の素晴らしさにまた歓声があがる。










「それでは、俺はこれで失礼します。」

「なんだよ、もうどっか行くの?」


すっかりいつもの姿に戻ったぴよちゃんさま。
律儀にも私たちのテーブルまで挨拶に来てくれた。

お団子を頬張りながら残念そうにつぶやく切原氏に
一切の感情の揺れも見せず、「案内するだけって言っただろ」と言い放つ。
ブレないぴよちゃんさまの姿がツボだったのか、
隣に座っていたジャッカル君が苦笑していた。


「宍戸先輩たちに遊びに来るようにと昨日からしつこく言われてますので。」

「ふーん…。あいつらのクラスは何をしとるんじゃ?」

「縁日だよ。懐かしい遊びがたくさんあるからオススメ!」

「へぇ。じゃあ俺達も行きましょうよ!」


丁度みんな、食事が終わったタイミングだった。
確かに、まだ食べてばっかりだし次はゲームとか楽しいかもしれない!

フとぴよちゃんさまの顔を見ると、
他校生のお客様に見せるような顔ではない露骨な表情を浮かべていた。

しかし、私もぴよちゃんさまと一緒にまわりたいし
ここは強行突破で…!
なんとか切原氏の提案に乗って、ぴよちゃんさまを丸め込もうとしたその時だった。




「いたあああああああああああ!」

「こんなところに!探したよ、さん!」




けたたましく開けられたドアの音に、皆が振り返る。
急に自分の名前を呼ばれたものだからびっくりしていると、
そこには見慣れたクラスメイトの顔があった。



「森地君、並木君…どうしたの!?」


ハァハァと肩で息をしながら、ものすごく急いでいる様子の2人。
思わず駆け寄ると、ガシっと肩を掴まれた。


「…PRコンテストに出て欲しいんだ!」

「………へ?」

「今、うちのクラスの客数ものすごくて…手が空いてる人がいないんだよ。」

「そ、それは嬉しいことだけど…でも、PRコンテストって…?」


切羽詰まった様子で話し始めた2人の話。
2人があまりにも凄い勢いで話すものだから、私はこの時すっかり忘れていた。


私の後ろに今、誰がいるのか。


「去年まではなかったんだけど…14時から中庭でステージ作ってPRコンテストをするんだよ。」

「外部来場者は店舗の場所によっては店を見つけられないこととかもあるから…
 出店場所による不公平感をなくそうってことで、委員会が企画したらしい。」

「そうなんだ…。」

「で、華崎さんも俺達もスッカリ忘れてたんだよ、このイベント…。」

「他のクラスの出場者見たら……なんていうか、その…。」

「な、何…?なんなの?」


ゴホゴホとわざとらしい咳をして、少し言いにくそうにする森地君。
並木君に目線を送ると、彼もまた話しづらそうに口を開いた。


「…実質、女子のミスコンっていうか…。」

「ミスコン…?」

「クラスで明らかに1番可愛い女子をどのクラスもぶつけてきてるんだよ!」


ミスコンの文字に一瞬頭が停止する。
そして、よく考えた後に私はつい動揺してしまった。


「…や…やだ、そんな…!え…えー?私がクラスで1番可愛いってこ「でも、うちのクラスのアリスは皆手一杯なんだ!」

「……ん?」


「華崎さんも、七瀬さんも…坂部さんも皆接客にとられてるんだよ!」

「…で、皆とも相談して考えたんだ。」


2人が早口で話す言葉に、また思考が停止する。
……いや…ん?あれ?なんか…なんかわからないけど、私の心の底で怒りの炎がくすぶっている…。


「「俺たちのクラスはインパクト路線でいこうって!」」

「ねぇ、なんで?なんで美少女路線は捨てたわけ?え、ミスコンなんだよね?」


「そうなんだけど、さんじゃ正直太刀打ちできないっていうか…。」

「でも、うちのクラスの売りはやっぱり≪ダークサイドから生まれし剛腕アリス≫だよな、って話になって!」


ものすごく良いアイデアが浮かんだ時の様な
キラキラした目で私の心を金属バットでぐしゃぐしゃに殴ってくる2人。
余りにも悪びれずに言うもんだから、私も怒って良いのか何なのかもうわからない。

プルプル震えはじめた怒りの拳を抑えることに必死になっていると、
後ろからこらえるような笑い声が聞こえてきた。


「……っっ!い、今の聞いてた!?」

「…お前さん、クラスでもそんな扱いなんじゃな。」

「あはははっ!マジおもしれーじゃん!一人だけネタ扱いかよ!」


ついにはお腹を抑えてゲラゲラと笑い始める皆に、
完全に血の気が引く。

……き、聞かれてしまった…。


今までなんとか隠し通そうとしてきた、私のクラスの全容がバレた。
私がアリスだということも…それも、普通のアリスじゃない、
1人だけ異質でネタ路線のアリスだということさえも…!っく…お腹が痛くなってきた…!


「っつか剛腕アリスって何スか!ゴリラの着ぐるみとか着てるんスか?」

「ミスコンで一人だけ着ぐるみはさすがに可哀想だな…。」

「お前さんならきっちり着こなせるじゃろ。」

「アリスってゴリラが出てくるお話だったかな?」


皆が含み笑いで口々に呟いているのを聞きながら、
さすがに暴れそうになる。

……でも、ここは暴れてる場合じゃない。
目の前の2人がこんなに息を切らせて走ってきてくれたのは
きっと本当に緊急を要するのだろう。

フとポケットにしまったまま忘れていた携帯を見ると
5件も着信があった。…きっと華崎さんだ。


「…ごめん、皆!今日はここでお別れになっちゃうけど、学園祭楽しんでいって!」

「そっか、少し残念だけど…頑張ってね。」


後ろを振り返って、皆に謝ると
幸村君が柔らかく微笑みながらエールを送ってくれた。

…もう、この際だからはっきり言ってしまおう。


「あの…私のクラスなんだけど…さっきも聞いた通り…
 イジメとかではないんだけど、クラスでもまぁまぁ雑な扱いされてるからさ…。

自分で言ってて悲しくなるけど、ここはこういう風に言った方が効果的だろう。
何としても、腕相撲で男子をバッサバサ切り捨てるたくましい姿とか見られたくないんだ。


「恥ずかしいから、皆には見に来てほしくないんだ…!
 ゴメン、だから約束して。私のクラスには絶対来ないでね。」

「……それは、来てっていうフリだろぃ?」

「マジで違うよ、丸井君。私の本気の目がわからない?わからなければ身体で表現してもいいけど…」


切羽詰まり過ぎた私は、丸井君相手に拳をバキバキと鳴らす。
その目が全く笑ってないことをわかってくれたのか、「わーかったよ。」と
苦笑いでジャッカル君の後ろに隠れた。


さん、そろそろ…。準備班の皆もスタンバイ出来たみたいだから!」

「準備班…?」

「取り敢えず、一緒に走って!」

「わ、わかった!じゃあ、皆またね!今日は来てくれてありがとう!!」


店を急いで出ていった森地君と並木君。
少し名残惜しいけど、立海のみんなに手を振って私もそれに続く。

取り敢えず、クラスのためだ…!


クラスのために自分の心を封じ込めるんだ、…!!






















「じゃあ、まずは中庭に行かないとね。」

「さすが幸村部長!ブレないッスね!

「…あいつ来てほしくないって言ってなかった?」

「アレはマジだった…目がマジで怖かったぜ。」

「まぁ、でも中庭に来るなとは言われとらんからのぉ。」

「そうだよね。それに、さんのことだから
 きっと面白いことになると思うんだ。

「ミスコンにぶちこまれるゴリラ姿のアリス…ちょっと想像つかないッスけどね…。」

「大丈夫かよ…。」