「瑠璃ちゃん、おまたせ!ごめんね!」
「あ、ちゃん。お疲れ様!」
コンテストが終わったと同時に時計を見てみると、
もうすっかり瑠璃ちゃんとの約束の時間だった。
実行委員会である瑠璃ちゃんの受付のお手伝いをするってことで、
急いで学園祭入り口まで走ってきたんだけど……
「なんか、結構…落ち着いてるね?」
「うん、1時間前がピークだったみたいで…。私が来た時点では、
受付担当が二人いたんだけど、それでも十分なくらいだったんだよ。」
学園祭入り口にある仮設テントの下で、ちょこんと座る瑠璃ちゃん。
同じ実行委員であろう女の子たち二人も、なんだか暇そうにしている。
取り敢えず、空いている椅子に座るとなんだかさっきまでバタバタしていたからなのか
一気に疲労感が押し寄せてきた。
「…っはー…それにしても、今日は良い日なのか悪い日なのか…。」
「ちゃん、コンテスト出てたんだよね。見たかったなー。」
「なんか急遽って話で…ちょっとでも客足が伸びるといいんだけどなぁ。」
「あ、さっき吉武君達が金券買いに来た時に聞いたんだけど
昨日よりも既にたくさんのお客さんが来てくれてるらしいよ!」
「え、そうなんだ!…こりゃ、昼からも忙しくなるね!」
思わぬ報告に、つい嬉しくなってしまう。
口では忙しくなるなーと言いつつも、心の中では何とも言えないウキウキ気分が膨らんでいく。
…学園祭期間中は本当、不思議な魔法にでもかかってるみたいに気持ちがフワフワするよ。
こうして、瑠璃ちゃんと話している間にもぽつぽつと受付に人が来ていた。
来場者数自体は既に昨日よりも多いみたいだけど、時間帯的に今から来る人って少ないのかな。
隣で、可愛い笑顔を振りまきながら金券やパンフレットを売りさばく瑠璃ちゃん。
私は金券の枚数を数えてお客さんに手渡す係。…なんだかこういう地味な作業も楽しいな。
しかし普段から雑な性格が災いしたのか、金券の切り取り線を大幅にはみ出して
千切ってしまった。あー…これ売ってもいいのかな…。
瑠璃ちゃんに指示を仰ごうとしたその時、見慣れない制服姿の団体が目に入った。
隣にいる瑠璃ちゃんが、元気な声で挨拶をする。
「こんにちはー。学園祭へようこそ!」
「お、なんや。金券ってここで買うん?」
「…デカ…。これほんまに学校ッスか。」
「白石ー、ワイたこ焼き食べるで!」
「わざわざ関東来てまでたこ焼きかいな…。」
ものすごくオーラが派手なグループだなぁ、と遠目で見ていたけど
近づいてくるにつれ、どう考えても見覚えのある顔と関西弁に手が止まった。
「…あ、やっぱりおった。」
私の顔を遠慮なく指さして皆に報告しているのは、コルクボードの妖精だ。
相変わらず中学生のくせに、さらに言うと年下のくせにピアスなんてつけて…
その気だるい雰囲気が、ものすごく「お不良」っぽい。
人のこと指さしちゃいけませんよ、と注意したいところだけど
そんなこと言うと「なんや、やかましいねん、黙っとれババア」とか
思春期の難しい年頃の息子の様な反応をされそうで怖い。何も言い返せない。
「ほんまや!久しぶりやん、覚えてるか?」
そう言いながら、私の肩をバシバシと叩く金髪は忍足の従兄弟。
爽やかな笑顔に似つかわしくないピッカピカの金髪が、やっぱり怖い。
悪い人じゃないんだろうけど、マシンガンというか、スピードスターというか
畳みかけるようにぐわーーーっと関西弁で巻き込んでくる感じが怖い。
あと金髪だからきっと不良だと思うし怖い。
「久しぶり、さん。偶然やなぁ。」
ニコっとほほ笑むその顔がやっぱり目の保養だ。
心なしか、前に会った時よりもカッコよくなっている気がする。
スゴイ、イケメンって進化もするんだ…!
「白石君」なんて気軽に呼ぶのも憚られるレベルにまで進化した、
彼は四天宝寺テニス部の部長、エクスタシー白石さん。
神々しすぎて、「白石君」ではなく「白石さん」という方がしっくりくる。
めちゃくちゃイケメン…。そして、なんとなく穏やかっぽい雰囲気。
忍足の従兄弟やコルクボードさんと一緒にいるからなのか
ものすごく大人に見える。さながら母親のような落ち着き…。
だがしかし。まだあまり話したことはないけど、この人も大阪人だ。
忘れてはいけない。あの忍足と同じ出身ということは、きっとどこかしらおかしいんだと思う。
「なぁ、姉ちゃんなんで皆のこと知ってるんや?」
そして、目の前で私の顔を覗き込んでいるこの天使みたいな子は誰なんだろう…。
クルックルの大きな目で、何の遠慮も無く私の目を見つめている。
ヒョウ柄のランニングシャツから推測するに、この子もきっと関西の子なんだろうけど…
「あ…、み、皆久しぶり!えーと、この子は…エクスタシー白石さんの…お子さん?」
「ぶっ!あはは!なんやねんそのプロレスラーみたいな呼び名!」
「さん、やっぱり俺の事馬鹿にしてるやんな?」
「ご、ごめん!違うの、覚えやすい名前だったから…。」
「子供な訳ないやろ、うちの1年ッスわ。」
「ワイ、遠山金太郎や!」
大きな声で自己紹介をして、ニカっと大きな笑顔を見せる遠山金太郎君。
一瞬止まる私の思考回路。
アカン…可愛すぎるで…!!
本当に中学生なのか…1年生ってことはお師匠様と同い年…だよね…。
見れば見る程、中学生には見えない可愛すぎる笑顔を見て
私の表情も知らぬ間にだらしないものになっていた。
「…遠山金太郎君。はい、これ。飴あげるよ。だから1枚写真撮ってもいい?」
「おーきに!でも、ワイたこ焼き食べたいんやー。」
飴を受け取りながらも、困ったようにたこ焼きを連呼する遠山金太郎君。
困り顔も可愛い…関西弁がこんなに可愛く聞こえる日がくるなんて…
関西弁と言えば一言目には「いてもうたろうか」ちょっとしゃべれば、
「道頓堀に投げ捨てんぞ」とか、「どつきまわしたろか」とか…
言葉の響きだけで普通に怖いのに、この子が関西弁をしゃべるだけで
ズキュンと心が震えるのはどうしてなんだろう。可愛すぎる、たまらん…!
関西弁=忍足というマイナスしか生まない図式はそっと心の奥底にしまいこもう。
主に忍足の所為で偏見にまみれてしまった関西への認識を改めよう。
そう心に誓い直した。
「たこ焼きは後や!先、侑士んとこ行くで。」
「えー、なんやー。」
「…ってか普通に広すぎッスわ。どこにあるんスか、それ。」
気づけば、公式パンフレットを購入していた四天宝寺御一行様。
財前君がパラパラとパンフレットを見ながら不満げに呟いた。
「へー、これ地図?ほんまに広いな。謙也、場所は聞いてんの?」
「いや、そんなん歩いてたら見つかるんちゃうん?取り敢えずどっかにおるやろ!」
「そんなことやろうと思いましたわ。見て下さい、コレ。テーマパークッスよ。」
金券を買いながらも、軽快なトークを繰り広げる皆。
…なんか、こんなに関西弁に囲まれることってあんまりないから新鮮だ…忍足が何人もいるみたい…。
隣を見てみると、瑠璃ちゃんも同じようなことを思っていたようで
珍しそうに4人の会話を見守っていた。
「げー!なんやコレ!ってかあいつクラスどこやねん。」
「…は?肝心のそこ聞いてないんスか?有り得へん。」
「なっ、なんやその目!そんなもん携帯で連絡取ったらすぐや!」
「なー、謙也はよ行こうやー。ワイ、お腹空いた!」
「あ!…あ、あのー…。」
受付の目の前で繰り広げられる新喜劇は、いつまでも見て居られそうだけど
他のお客さんも近づき辛そうにしてるし、この辺でなんとかしないといけないと思った。
会話の流れを出来るだけ崩さないように、ソっと手を挙げる。
関西人は会話のノリを台無しにされることと、阪神タイガースを馬鹿にされるのだけは許さないらしいから
出来るだけ…出来るだけさりげない感じで…!
「ん?何や。」
「忍足のクラスだよね?ちょっとパンフレット見せてくれる?
えーと……はい、ここ!木の看板が目印のお好み焼き屋さんだよ。」
不審そうな顔で、パンフレットを私に手渡した財前君。
受付にあった鉛筆で、薄く目的地に丸をつける。
…たぶん、目立つからすぐにわかるだろうけど
それでもこの学校の校舎は初めての人には分かり辛いはずだ。
私も入学したばっかりの時はよく迷ったなぁ。
「おお、ありがとう!助かったわ。」
「……俺、ええこと思いついたわ。さん、もし良かったら案内してくれへん?」
忍足の従兄弟が私の手元を覗き込んだと同時に、
後ろからひょいと顔を出したエクスタシー白石さんが私に声をかけた。
……っこ、これはもしかしなくても…学園祭一緒に回ろうよ★っていうお誘い…!
綺麗すぎる笑顔に、心がどきどきと高鳴ったけど
一瞬にして自分の置かれている状況を思い出した。…今、受付中だった。
「…ゴメンね、今ここの受付中で…。」
「え、いいよちゃん!この感じだともうお手伝いは要らないと思うし…
他のクラスも実行委員の子しか来てないしね。お手伝いありがとうね!」
「え、本当に?…でもそしたら「ほな、決まりやな!」
大きな声で私たちの会話を遮る忍足従兄弟。
突然の大声に私も瑠璃ちゃんもビクっと肩を揺らす。
…や、やっぱり忍足が
「ええか、関西ではな声のデカイ奴が発言権を得るんや。」って言ってたのは本当だったんだ…。
めっちゃ声でかいよ、従兄弟…。
「決まったんやったらはよ行きましょうよ、いつまで受付おんねん。」
「さんに、お友達も、ゴメンな。でも助かるわ、ありがとう。」
「姉ちゃんも一緒に行くん?ワイ、お腹空いたーはよ行こ!」
「あの、ちょっと「取り敢えずまずは侑士のところからやな。」
「…俺、軽音行きたいッスわ。」
「ええから、たーこーやーきー!」
「金ちゃん、わかったから静かにしーや。迷惑やろ。」
「…ちょっ「何してんねん、マネージャー!はよ行くで!」
どうしよう、人間同士の会話のはずなのに全然入れない。
発言をする隙すら与えずに、私の腕を掴んで
テントから引っ張り出す忍足従兄弟。怖すぎるだろ、関西軍団…!ほとんど海賊だよ…!
怯える私を見ながら、小さくガッツポーズで送りだしてくれた瑠璃ちゃん。
…るっ、瑠璃ちゃん…!私…、私自信がないよ…!
ハリケーンのようなこの会話の流れについていける気がしない…!
そんな思いも虚しく、あれよあれよという間に軽く拉致されてしまった。
こうなったらもう私は自動音声案内オペレーターになるしかない…。
会話をしようとするから難しいんだ…ただひたすらに案内をすればいいんだ…!
そんなことを思いながら、黙って歩いていると
財前君に後ろからボソっと「何黙ってんねん、ノリ悪いな自分。」と言われた。
何こいつめっちゃ怖い…。こ…後輩だよね、この子…?やっぱりお不良だ…。
いや、というよりまずあなた達は私を会話に混ぜてあげようっていう気持ちはあったのか…?
…っくそ…段々と悔しくなってきた…!
…そこまで言うなら頑張ってやる…!
見てなさい、私だって忍足という関西人を見て育ってきてるんだから
関西弁の1つや2つ、ちょちょいのちょいなんだから…!
「そ、そう言えば皆はなんで学園祭に来たんやねんー?」
「「「は?」」」
「ひっ!」
「あはは!姉ちゃんめっちゃ日本語下手くそやー!」
「意味わからん関西弁使われんの一番イラつくわ。」
「なんやねん、【来たんやねんー?】って!侑士はどんな教育しとるんや、ほんま。」
っく…が、頑張って大きな声で発言したのに…!
勘違いじゃなければ舌打ちまでして私を睨む財前君。そろそろぶっ飛ばしたい。
笑われすぎて段々恥ずかしくなってきたところに、後ろからコソっとエクスタシー白石さんが声をかけてくれた。
「ゴメンな、気遣わせて。口悪く聞こえるかもしれんけど、気にせんでええから。」
困ったような顔で笑うエクスタシーさん。
こんなに綺麗な顔なのに、その口から紡ぎだされる言葉はあの忍足と同じ関西弁というのが…
なんだかミスマッチすぎて…、遠山金太郎君とはまた違った意味でキュンとした。気がした。
Extra Story No.1