氷帝カンタータ





番外編 01-素敵なお誘い












「うわ、忍足の発言相当キモイよ!!」

「うっさいわ、里香ちゃんはそんなこと思わへん。」

「でもほら!返信ないじゃん!」



最後まで半袖ジャージで粘り続けた宍戸もついに長袖ジャージに切り替えた10月の後半。
段々と日も短くなってきて17時頃になるとすっかり辺りは暗くなってきていた。

いつものように部室で部誌を書いていると、1通のLINEが届いた。
画面に表示されていたのは珍しい名前。立海テニス部のマネージャー(的なポジション)の里香ちゃんだ。
思わず「里香ちゃんだ!」と声に出してしまったのがいけなかった。

すぐさま私の携帯を取り上げた忍足が当然の如く里香ちゃんからのメッセージを音読する。
プライバシーもへったくれもない。

内容はなんとハロウィンパーティーへのお誘い!
そうとわかった途端、俺も会話に混ぜろと忍足が騒ぎ始めた。
鬱陶しいことこの上なかったけど、無視していると強めに私の肩を執拗に殴り始めたので
一発殴り返した。その瞬間私が座っていた椅子を派手に蹴り飛ばした忍足。
ガチだ。ガチでこのままだと忍足が怒る。それは1番面倒くさい。
そう判断した私は、仕方なくグループに誘ってあげた。





「…あ、詳細来たよ!えーと、仮装は必須なんだって!」

「どうしよかなー、俺はやっぱイケメンバンパイアがええんちゃうかな。」

「じゃあ俺と宍戸はアレにしようぜ!バンビーノ!宍戸が馬な!」

「いいな、俺らが散々練習したダンソン立海の奴らに見せてやろうぜ。」

「ねぇ、ちょっと古くない〜?ちゃん、俺も行く〜!」

「もちろんジロちゃんも一緒に行こうね!ジロちゃんは何の仮装するの?」

「なぁ、。やっぱりイケメンバンパイアがええよな?そうや、里香ちゃんは何が好きなんやろ。」

「あ、ねぇちょた!ちょたはさ、身長もあるしバンパイアとかどうかな?マントが似合いそうだよ。」

「え!そ、そうですか…?でも、バンパイアは忍足さんが…」

「忍足バンパイアとちょたバンパイアが立ってるとするじゃん?バンパイアに女の子が血を捧げに来るじゃん?
 どっちに並ぶと思う?みーんなちょたバンパイアに決まってるでしょ?そしたら哀れな忍足は血を飲めずに餓死しちゃうんだよ?その方が可哀想でしょ?」


ガンッ



至って真面目に考えた結果を小声で発表したところ、哀れなバンパイアにそれが聞こえていたらしく
私が吹っ飛ぶ勢いで椅子を蹴られた。ウザイよ……忍足の仮装なんてマジで…まっじっでどうでもいいよ…!!


「椅子壊れたらどうすんの!って…ていうか忍足の仮装は興味ないよ!」

「もう1回どつかれたいか。」

「待って、じゃあ私も言わせてもらうけど…、忍足は私にどんな仮装してほしい?」

「…………。」

「ほら!!ほらどうでもいいんでしょ!」

「うん…引く程どうでもいいわ…。」


そう言って、申し訳なさそうにスっと目を伏せる忍足にちょっとイラっとする。
こんな1円の得にもならないやり取りをしている時、部室の扉が開く音が聞こえた。



「…あっ!ぴよちゃんさま待って!ぴよちゃんさまも行くよね?」

「……行きません。」

「なんだよ、ノリ悪いなー日吉!こういうのは楽しんだもん勝ちなんだぞ?」

「そうだよ、折角幸村さんも誘ってくれてるんだしさ。」



思いっきり顔をしかめたぴよちゃんさまの肩を、がっくんが逃がすまいとガシっと掴む。
意外と乗り気なちょたが窘めるように言うと、ぴよちゃんさまの顔はますます歪んだ。


「……そんな浮ついた場に行きたくありません、絶対に。」

「そんな…倒置法で強めに否定しなくても……。」

「俺もパスかなー、なんか仮装とか面倒くさそうだし。」

「ハギーまで!皆で行こうよー、折角誘ってくれてるのに。」


部室の隅で椅子に座って髪の毛の先を弄りながら、ハギーが言う。
思わぬ救いの手にぴよちゃんさまの目がわずかに煌めいた。


「…滝先輩も行かないなら俺も参加しなくても良いですよね。」

「わかった!じゃあハギーの仮装は私が用意するから行こう!」

「ふーん、じゃあ良いけど。」

「滝先輩!」


あっさり買収されたハギーに思わずぴよちゃんさまが叫ぶ。
そんなぴよちゃんさまに私がニヤりと笑うと、舌打ちされた。
先輩に舌打ち…なんという後輩でしょうか。


「ほらほらー、ぴよちゃんさま一人だけ仲間外れでもいいの?」

「別に良いです。」

「っく…か、樺地も行くよね?」

「……ウス。」

「樺地はいつもちゃんと空気読んでええ子やなぁー。」


わざとらしくぴよちゃんさまを見ながら言う忍足。ますます彼の機嫌が悪くなる。
ついにはがっくん達に「仕方ないからお前も一緒にダンソンやらせてやるよ。」と誘われていた。
このままじゃ本気で全身タイツを着せられると察したのか、少し焦ったぴよちゃんさまが
絞り出すように声をあげた。


「…あ、跡部さんは行かないですよね、きっと。」

「跡部かー、そろそろ戻ってくるんじゃない?」

「…確かに跡部は"あーん?なんで俺様がそんなしみったれたパーティーに参加するんだよ"とか言いそう。」

「跡部さんが行かないって言ったら俺も行きませんからね。」


最後の逃げ道を見つけたぴよちゃんさまはフフンと鼻高々に笑う。
……た、確かに跡部を誘うのは結構ハードルが高そうだ…。
本当のことを言うと跡部が来ても来なくてもどっちでも良いけど
ぴよちゃんさまが来ないのは寂しい。というかぴよちゃんさまの仮装が見たい。
絶対魔女っ娘の仮装してもらうんだ、絶対似合うから。

ギリリと歯を噛みしめていた時、バタンとドアが開いた。


「…お前ら、いつまで騒いでやがる。部室の外まで声が丸聞こえだ。」

「跡部!行くよなパーティー!」

「アーン?何の話だ。」


興奮した様子で跡部に詰め寄るがっくんにジロちゃん。
当然何のことかわからない跡部は適当にあしらいながらロッカーへと足を進める。
待って皆…ここは慎重に行かないと、跡部が首を縦に振らないよ…!


「あのね〜、立海でハロウィンパーティーがあるから皆で来てって里香ちゃんが言ってるんだって!」

「立海…?」

「学校主催のハロウィンパーティーらしいですよ、楽しそうですよね!」

「ちなみに仮装していかなあかんらしいわ。」

「………仮装。」


ピタっと跡部の行動が止まる。
ん…?仮装が気になるのか…?


「そ、そうだよ!仮装、跡部は何の仮装する?」


さりげなく…でも決定事項かのように話を振ってみると、
ぴよちゃんさまが何かを叫ぼうとしたので、すかさず宍戸がその口を手で塞いだ。
ナイス、宍戸!


「…お前らに貰った丁度良いのがあるな。」

「え?私達?」

「……この前の誕生日に貰っただろうが。」


いつもの跡部にしては、大人しい声でぼそりと呟く。
皆が少し止まって、各々跡部の誕生日を思い出していた。


……私達が跡部にあげたプレゼント。


ほぼ同時に全員の脳内に浮かんだソレに、私達の顔は一気に青ざめた。




「い、いやいや…あれはほら!観賞用っていうか…さ!」

「何言ってる、どう見ても着るもんだろうが。」

「あー…跡部、もっと他にかっこええ衣装あると思うけどなぁ。」

「アーン?バズよりかっこいい衣装なんてある訳ねぇだろ。」
















やっぱり着る気だ……











それはつい先日の跡部の誕生日。
私達がドン○ホーテで見つけた渾身のウケ狙いプレゼント。
跡部が好きなバズ・ライトイヤーのコスプレ衣装を贈呈したところ
てっきり笑うか怒るか呆れるかだと思っていたのに
あの跡部が少し頬を赤らめて心底嬉しそうに受け取ったのだ。

正直、あの衣装は跡部が着ても、オーランドブルームが着ても到底着こなせる代物じゃない。

あの特徴的なつるんとした頭のフォルムもそうだし、何よりドン○キホーテ勢だからなのか
全体的なパチモン感が最高にダサイ。普段何十万もする服を着ている男の着るモノじゃない。

私達の予定ではそれを着た跡部をゲラゲラ笑って楽しむというものだったけど、
あまりにも嬉しそうに跡部がそれを着て登場するもんだから
私達は何も言えなくなってしまったのだ。しまいには決めポーズでキメ台詞まで飛び出してしまった。
ご満悦な跡部とは対照的に私達は正体不明の罪悪感に襲われたのだった。




アレを着て街に飛び出そうと言うんだから、やっぱり跡部は何かがぶっ飛んでいる。
今回は身内だけで処理できるレベルの話じゃない。
氷帝全員で他校である立海に赴くのだ。
そのリーダーがあんな情けない姿だなんて耐えきれない。
周りの人からクスクス笑われるに違いない。

……ここは何とか食い止めないと…!



「で、でも折角跡部はカッコイイんだからさ!ほら、立海の皆をキャーキャー言わせるような仮装でいこうよ!」

「だからバズで行くんだろうが。」

「異常なまでのバズへの固執は何なの?いや…バズはかっこいいんだけどね…」

「フン、安心しろ。あの衣装に少し細工を加えてある。」

「……細工?」

「メーカーに発注して、本物同様飛び出すウイングと腕のレーザービームが光る装置を作った。もちろん開閉式のヘルメットもある。」


どや顔で言い放った跡部に、思わず頭を抱えた。何を安心すればいいんだよ…。
こいつ、本気でバズになろうとしてる…。
周りの皆も、もう何も言えないとばかりに顔を伏せて静かに笑いを堪えている。


「いいじゃん、俺逆にちょっと楽しみだわ!」

「ほんまやな、じゃあ跡部はバズで決まりな。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!本当にいいの?!氷帝の代表があんなテンション突き抜けた仮装でいいの!?」

「お前、バズをバカにしてんのか。」

、もういいじゃん。跡部の好きにさせてあげなよ。面白いから。

「それに、跡部さんが参加するってことは日吉も強制参加ってことですよね。」


ニコっとちょたが笑うと、ぴよちゃんさまが顔を抑えてその場に崩れた。
…まさか跡部がこんなにノリノリで参加表明するとは思わなかったんだろう。私も思わなかった。

……色々と不安はあるけど、取り敢えず…皆で参加できるから良いのか…な?





























「久しぶりにさんに会えるの楽しみだなー。」

「どんな仮装してくるんだろうね?」

「え?さん?何スか?」

「あ、切原君。あのね、ハロウィンパーティにさんと氷帝の皆さんを誘ったの!」

「マジ!?え、で、来んの?」

「うん!皆来てくれるって!」

「よっしゃーーー!楽しみになってきた!」

「赤也、さんを誘ったのは俺だからね。」

「ほー…氷帝の奴らが…どんな仮装でくるつもりじゃろ。」

「あいつらスカしてるからどうせちょろっと耳とかつけてくるだけッスよ絶対!」

「へへ、俺らの本気の仮装見たらビビるんだろうなー。」

「ブン太は毎年気合入れてるもんな。俺は今年何にするかな…。」

「…今年の仮装大賞もまた丸井君でしょうか。楽しみにしていますよ。」

「当たり前だろぃ?氷帝の奴らに大賞やる訳にはいかねぇからな!」







そして私にとって忘れられないハロウィンがやってくる。






02- GO!GO! HYOTEI!!