青学カンタータ
後篇
「先輩、今日の部誌書いておきました。」
「わー、璃莉ちゃんありがと!さっすが!」
「別に普通です。それより先輩はさっきから何をしてるんですか?」
「んー、今度他校と合同で合宿をするらしいんだけどその準備ー。」
「……他校ってどこですか?」
「えーと、立海と…氷帝って言ってたかな?」
「氷帝!?」
部員達のクールダウンの掛け声が聞こえる放課後。
まだ部員たちが戻ってきていない部室で、私と後輩マネージャーの璃莉ちゃんは
いつも通り業務を終えて各々の作業をしていた。
「え、璃莉ちゃん知り合いいるの?」
「い、いえ…別にいませんけど…。」
「私もあんまり知らないんだけど、結構氷帝って悪い噂聞くよねー。」
「悪い噂?」
「ほら、まずあの部長が派手じゃん?だからきっと他の部員たちも派手な学生生活送ってるんだよきっと。」
「…そうですかね。」
「絶対そうだよー、部活はもちろん強豪校だしちゃんとしてるんだろうけどたぶん全員彼女8人ずつぐらいいると思う。」
大会の時にチラっと見た感じだけど、明らかにオーラが庶民の学校のそれとは違ってたし、
あとやたらと美形が多かった気がする。みんな目が冷たかったけど。
「……もしかして、先輩氷帝に好きな人でもいるんですか。」
「どういう話の流れでそうなった?いや…普通にカッコイイ人は多かったと思うけどさぁ…なんか近寄りがたい雰囲気だよ、皆。」
「じゃあ、いいです。」
「……ねぇ、なんか璃莉ちゃんこそ気になる人でもいるんじゃないの?その言い方…。」
「べっ、別にいないですよ!」
「相変わらずわかりやすくて可愛いなぁ…。で、誰?言ってみ、言ってみ!」
「だから違いますって!」
頬を真っ赤にして怒りながらそっぽを向く璃莉ちゃんは、
ツンデレの中のツンデレだ。テンプレート的ツンデレだ。本当可愛い。
こうなったらしつこい私は、どうやって問い詰めてやろうかと考えていたところで
ガチャッと部室の扉が開いた。
「あー、つっかれたー!」
「英二君お疲れ様ー。」
「っちもお疲れ!そだ、今日帰りに皆でタカさんの家行くけど璃莉とっちも行く?」
「やった!お寿司?行くいくー!」
「いぇ〜い!いこいこー!」
パチンと軽快な音を立てながらハイタッチをする私と英二君。
そんな私達に見向きもしないで、私が整理していた合宿の資料を眺めるドライな璃莉ちゃん。
英二君に続いて、ぞろぞろと部活を終えた皆が帰ってきたので
私と璃莉ちゃんは同時に帰りの支度を始めた。
「…何の話?」
「お師匠様、お疲れ様!今日みんなでタカさんのお家行くんでしょ?私と璃莉ちゃんも行くんだ!」
「私行くって言ってませんけど。」
「いいじゃない、璃莉。今日は書道のお稽古ないんでしょ?」
「…まぁ、そうですけど。」
サラっと会話に入り込んで、サラっと璃莉ちゃんを丸め込んだのはやっぱり不二君だ。
部活後だというのに、涼し気な顔でサラサラの髪を揺らしているあたり
本当に前世は人よりもう数ランク上の生物だったんだろうなぁ、と思う。
何もしてないのに脂汗をかいている私とは生きてる次元が違うんだ。
「フフ、じゃあ決まりだね。さん、校門で待ち合わせでいいかな?」
「うん!それじゃ後で!」
・
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「、今日は俺の鯛横取りしないでよね。」
「あれはお師匠様が私のサーモン盗んだ報復だよ!」
「……なんか人が食べてると美味しそうに見えるんだよね。」
「やだ…なんか可愛い…!…なんか今私の母性本能が急激に目覚めたよ…!」
「気持ち悪い。」
皆でお寿司屋さんへと向かう道すがら。
急に絡んできたと思ったら、スパっと切れ味鋭いセリフを残してさっさと歩いて行ってしまうお師匠様。
まるで猫みたいに気まぐれな可愛い後輩を、依然として生暖かい目で見つめていると
後ろを歩いていたタカさんにポンと肩を叩かれた。
「ごめん、さん。今日はサーモン切らしてるみたいなんだ…。さっき親父から電話があって…。」
「え!わざわざお電話くれたの?ありがとう!っていうかいつもサーモンばっかり食べてごめんなさい…。」
「あはは、いいんだよ。いつも嬉しそうに食べてくれて親父も喜んでるよ。」
朗らかに笑うタカさんの笑顔に、心が一気に浄化されていく。
こうしてご実家のお寿司屋さんに皆で行くのはもう何度目かになるけど、
本当にタカさんの親父さんが握るお寿司は美味しくて、
ついつい皆と話すことも忘れて食べることに夢中になってしまう。
「そうだ、タカさんが好きな寿司ネタって何なの?聞いたことなかったかも。」
「強いて言うなら、いくら…だろうな。」
並んで歩く私とタカさんの間を割くように上からヌっと顔をのぞかせたのは乾君だ。
彼の答えが合っていたのか、タカさんは「確かにそうかもなぁ」と笑っていた。
「いくらかぁ、美味しいよね!じゃあ乾君の好きな寿司ネタは?」
「…さぁ、それは教えられないな。」
「またそれ!前も好きな人のタイプ聞いたけど同じ答えだったよ!」
「はまだまだ調査能力に欠けているな。その質問に関しては、ここ数日結構色々ヒントは出したつもりだったが。」
「マジで?…………あ!アレか!……いや、でも……え…そういう…そういう感じ…?」
「……わかったのか?」
「え…、この前部活の前にしてた話に関係ある?」
「中々鋭いじゃないか。」
「やっぱり…。…と、いうことは…えっと……おほん、うん。」
「…一応導き出した解答を聞いてみようか。」
「その…私の事が好きってことだよね?」
「………なるほど、先日のデータを上書きしなければならないようだ。」
鞄からいつものノートを取り出し、少し筆圧強めに斜線を引く乾君。
チラリと覗き見ると、「」と綺麗な字で書かれたページに
「IQ100程度」と書かれていたものが「致命的」という三文字に上書きされていた。
致命的って……致命的なの私…!?
私の見間違いじゃなければ、今乾君が大きなため息をついた。
「…もしかして不正解?」
「当たり前だ。……まぁ、望みがあるとすれば手塚あたりだろうな。」
「え!?え、それどういう意味?」
「……俺のデータでは、手塚のタイプの女性は、明るく真面目で……一生懸命な人。」
「私のことじゃん!やったぜ!!」
「……一度の頭の中を覗いてみたいな。きっと単純回路しか設置されてないんだろう。」
「善は急げだよね…ちょっと聞いてみるわ、私。こんなビッグチャンス逃すもんか!」
こうなっては居てもたってもいられない。
恐らく、一番私のようなタイプが嫌いだろうと思っていた手塚君が
まさか…まさか私に好意を抱いていたなんて…。
それならそうと早く言ってくれれば良かったのに…手塚君の照れ屋さん…!
1番前をザクザクと歩いていた手塚君を小走りで追いかける私の後ろ姿を見て
乾君がまた何かノートに書き加えているようだったけど、見ないフリをした。
「手塚君!」
「……どうした。」
「あの…さ…、唐突だけど私の事好きって本当?」
「っぶっ!!!」
期待に胸を膨らませて手塚君に質問してみたけど、
少し立ち止まった後、私の方をチラリとも見ずにまたスタスタと歩いて行ってしまった。
その代わりに手塚君の少し後ろにいた大石君が盛大に噴き出したのを私は見逃してない。
「……ねぇ、大石君今笑った?」
「いやげほっっ!ごほっわら…笑ってないよ!ゴメンね!」
「めっちゃ笑ってる…。」
「……っく…ふふ、ごめん!なんか今…ちょっと2人の会話……というか、さんの発言が聞こえちゃって…。」
ついにお腹を抑えて笑い始めた大石君を見ていると、なんだかつられて笑いそうになってしまう。
「だって…乾君が変なこと言うんだよ。手塚君のタイプは明るくて元気な子でまさにみたいな女の子じゃないかな?って。」
「……絶対そんなこと言ってないと思うにゃー。」
「空気の読める私にはそう聞こえたよ!じゃあ英二君、こっそり手塚君に聞いてきてよ。さすがに本人には直接言いにくいのかも。」
「えー、やだよ。絶対怒ってるし。」
「怒ってるの!?え……照れてるんじゃないの…?」
「……さんにはあの手塚の顔が照れてるように見えるんだね…っぶっ…。」
手で口元を覆いながらまた吹き出した大石君。
……怒らせちゃったのか…?いや、確かにそう言われてみればさっきの発言の後…
私を見る視線が、邪王炎殺黒龍波とか繰り出しそうなぐらい冷たかったもんな…。
「いや、案外本当に照れてるのかもよ。」
「不二君…。そうかな…手塚君だって私達と同じ思春期…なんだもんね。」
「でも、もしそうだったとして…さんは手塚と付き合ったりするの?」
「え、手塚君でしょ?むしろ土下座してお願いしたいぐらいだよ。」
「へぇ…それは意外かも。」
「もうさ…私も中1からずっと女子やってきてるからわかるんだけどね…。
このままだと間違いなく私は、決算大ワゴンセールに陳列されて尚且つ最後まで売れ残る予感がするんだ…。
だから決めたの、ほんの僅かでもチャンスがあればスライディングタックルする勢いで掴みにいくんだって!
それが私の生きる道だって!」
「随分諦めが早いね。まだ中学生じゃない。」
「………じゃあ不二君、今まで何人の女の子に告白された?」
「………そろそろ着くね。今日はわさび寿司さんにも分けてあげようか?」
「あ!明らかに話題逸らした!そういうわかりやすいオブラートが一番傷つくんだよ!」
・
・
・
ガラッ
「おう、遅かったじゃねぇか手塚よ。」
「………跡部。」
先程の非礼を詫びる為に、手塚君の隣の席を陣取ろうと彼に続いてお店に入った時だった。
明らかに見たことのある顔ぶれが、私達がいつもするカウンターに勢揃いしていた。
「いでっ!さん入り口で止まんないでくださいよ……って…あー!氷帝の皆さんじゃないッスか!」
私の背中に勢いよくぶつかった桃ちゃんが大きな声で叫ぶと、
後ろに続いていたメンバーたちも急いで店内に入ってきた。
「ねぇ、がっくん!俺もその茶碗蒸し欲しいー!」
「やめろよ、ジロー!さっき1個食べてただろ!」
「こんなとこで喧嘩しなや、青学が見てんで。」
カウンターでガツガツと寿司を食べているメンバーの一部は
こちらに見向きもしない。…なんか嫌な感じ。
「やぁ、跡部にみんな。いらっしゃい。」
「河村か。1週間ぶりだな。」
「…ね、ねぇタカさん。なんで氷帝の奴らがいるの?」
「え…この前跡部がたまたま食べに来てくれて、それで結構味を気に入ってくれたみたいなんだ。」
「……おいそこのしみったれた女。」
思わずタカさんの袖を引っ張って、コソコソと耳打ちをしていると
氷帝テニス部の部長、跡部が明らかに私の事を信じられない形容詞をつけて指名しやがった。
「……まさかとは思いますが、そのしみったれた女というのは私の「お前に決まってんだろうが。」
「す、すごい…先輩!よ、呼ばれてますよ!跡部さんに……いいなぁ…。」
「璃莉ちゃん……なんか…なんか色々と哀しいよ…。」
「おい、忍足。こいつだろ、お前が言ってた青学マネージャーは。」
「…あぁ、そうそう。この前の大会で会ったやんな?」
「……いや…知りませんけど……。」
ニコっと笑顔で私を見たのは、眼鏡の…確か、忍足。
確かに試合をしてる姿を私が一方的に見はしたけど、
お互いに認識するぐらい話した覚えは微塵も無かった。
タカさんの後ろに隠れる私を置いて、
手塚君や他の皆はさっさと座敷席へと移動している。
「ほら、岳人。見てみ、あのマネージャー。覚えてるやろ?」
「ん?ふぁふぇふぁ……んぐっ…ああ!あいつな!あははは!思い出したら笑えてきた!」
「な…何なの…?」
「あー、可哀想な女の子だ!」
私を不躾に指さした天使みたいな男の子の声にビクっと肩を揺らす。
しがみつかれたままのタカさんは困ったように笑っている。
…何なのこいつら…これ以上絡まれても…なんか私に得が無い気がする…。
そして何故か私の後ろで私にしがみつきながら、顔を真っ赤にして
誰かを見つめている璃莉ちゃんもちょっともうよくわからない。
「…お前、先々週の大会で青学のダブルス中に手塚にこっぴどく叱られてただろ。アレは何だったんだ。」
「えっ……な、なんでそれを…!」
「そりゃコート外とはいえあんな人通り多いところで、女の子が土下座しとったら目立つわな。」
思い出したかのようにゲラゲラと笑い始めた氷帝陣を前に、
私の体温はみるみる内に上昇していた。
…よりによって…私の人生の中で1番見られたくなかった場面を見知らぬ人間たちに…!
「なぁ、ずっと気になってたんだよ!アレは何を謝ってたんだ?」
「……そ、それは…。」
「ねぇ、もういいでしょ。、早くここ座りなよ。」
赤い髪の可愛い男の子が、ケラケラと笑いながら私に問いかける。
ただでさえ派手な人が苦手なのに、こんなオーラが五月蝿いメンバーに囲まれて…
さっきから心臓がものすごく活動している。
…でも、あの時のことは青学でも知っている人は手塚君ぐらいしかいないのに、
それぐらい重大機密なのに…こんなところで言えるわけがない。
タカさんの制服を握りしめる力をグっと強めていると、
クイっとスカートの裾を引っ張られた。
既に座敷に座っていたお師匠様が、隣の座布団をポンポンと叩きながら
私をこの窮地から救い出そうとしてくれている。
…あ、ありがてぇ……!
「あ、なんだよ。俺がまだ話してんだろー。」
「あんた達に話すことはないってさ、が。」
「…相変わらず生意気なルーキーやなぁ。」
「お、お師匠様ありがと。…タカさんも璃莉ちゃんも、す、座ろっか!」
「待てよ、女。まだ俺様の質問に答えてねぇだろうが。」
「うわ!…うわ……うわー、す、すごい…!」
「……なんだ。」
「いや…自分の事俺様って言っちゃう人間がいるんだって思っ……ご、ごめん!氷帝のキンぶふぅッ!キングなんですよね!」
「てめぇ……ぶっ飛ばされたいのか。」
ナチュラルに俺様と言っちゃう人間が3次元にいることに驚きを隠せず、
思わず吹き出してしまった。も、もしかして怒らせちゃったかな…そりゃ怒るわな…。
で、でも私だってなんかさっきから地味にこいつらから酷い扱いを受けてる気がするから、お互いさまだよね。
「ねぇねぇ、教えてよー!そんなに秘密にされると知りたくなっちゃうじゃん!」
「ひっ!…な、ちょ、なんですか!」
パーソナルスペースが異常に狭いらしい天使みたいな男の子が、
いつの間にか私の腕に巻き付いてた。文字通り体を腕に密着させて巻き付いている。
正直ご褒美ありがとうございます、とか思っている自分がいるけど、ここでそんな素振りを見せたら絶対にダメだ…舐められたら終わりだ…!
ここはガツンとビビらしてやらないと…と思い、小さく息を吸い込むと
同時にポンと肩を叩かれた。
「……手塚君…。」
「…俺から話そう。」
「いやいやいや、話さなくていいよ!」
「単純な話だ。試合が終わった後、俺のタオルが無くなっていた。」
「うわあああああ!て、手塚君!」
「…安心しろ。上手くこの場を収める。」
汗をかきながら真っ赤になって暴れまわる私の耳元で、
ボソリとつぶやいた手塚君の頼もしい言葉に私は完全にフリーズしていた。
……なんか……なんかカッコイイ……。
「タオル?さっきの土下座の話とどうつながるんだよ。」
「…その後、試合会場の休憩スペースでタオルを持っていたを見つけた。」
「なるほどな、そのマネージャーさんのミスですぐにタオルが見つからんかったっちゅう話かいな。」
「でも、それだけで女の子に土下座させるなんてひどくなーい?」
「あんな脚の先から指の先まで綺麗に地面にくっついた全身全霊の土下座、初めて見たぞ。」
店内で帽子をかぶったまま寿司を食すという行儀の悪いことをしている男の子が、
ケラケラとバカにしたように笑いながら言った。
私だってそんなポケモンマスターみたいな帽子のかぶり方してる人初めて見たからね。
でも、取り敢えず話の概要…は手塚君が伝えた通りだ。
それ以上の理由なんて別にこの人達に話す必要はない。
こっちにだってプライバシーってもんがあるんだ。思春期真っ只中だぞ。
きっと手塚君も、このまま上手いことこのチンピラみたいな絡み方から抜け出すつもりなんだね…!さすが部長だよ…!
「それはが自主的にしたことだ。」
「自主的に土下座?ますます気になるやん。」
「ちょっとちょっと、ちゃんと手塚君が話したでしょ?もうこれ以上は「匂いを嗅いでいた。」
手塚君が淡々とした口調で言い放った台詞に、店内すべての雑音が消え去った。
さりげなく皆が聞いていたであろう、この会話。
そして一番聞かれたくなかった事件の核心。
私は、まさかの裏切り行為にただただ顔を引きつらせることしか出来ない。
「あははは!なんだよ、変態じゃん!」
「そりゃ土下座させるわな、見かけによらず結構アグレッシブやん。」
「…っく……はは!それであの土下座か、なるほど面白いじゃねぇの。」
そして一斉に皆が笑いだす。
しまいには青学の皆までクスクスと笑っている。
桃ちゃんと英二君は、プルプルと真っ赤になって震える私に憚ることもなく
涙を流しながら座敷をバシバシ叩いて笑い転げている。
はず…恥ずかしすぎる…!
単なる出来心だったのに…。
ほんの一瞬…。時間にしてわずか5秒ぐらい…。
そういえば、手塚君の匂いってどんな匂いなんだろう…。
そんな知的好奇心…いわば、赤ん坊が間違って熱いヤカンに素手で触れてしまうような、
そういう類の純粋無垢な間違い…それだけだったのに…!
一瞬だけタオルに顔をうずめた瞬間、背中越しに聞こえた手塚君の声。
ブリキの人形のようにゆっくりと首を回すと、
そこにはいつも通りポーカーフェイスの手塚君。
こんな状況で…私に土下座以外の選択肢があったはずないじゃん…!
耳に響く大きな笑い声に耐え切れなくなって、思わず店を飛び出そうとしたその時。
手塚君がスっと腕でそれを制止した。
そして、はっきりとした口調で話し始めた。
「たとえおかしな趣向を持っていようが、は青学の大切なマネージャーだ。」
笑いであふれていた店内が、徐々に静かになっていく。
ポカンとする私の顔を少しだけ見て、また手塚君が跡部達へと向き直る。
「…これ以上、俺の仲間を笑うのは許さない。」
真っ直ぐな瞳で、しっかりとした口調できっぱりと言い放つ手塚君の横顔。
その横顔を見つめながら、私の目には思わず涙が溢れていた。
あんな……あんな変態まがいのことをした私のことを……
手塚君は……
「大切な仲間」だって………!
「手塚君大好きだーーー!!」
「うわっ!!びっくりした!」
「あー!ちゃん、起きた!良かったー!」
「…………アレ…?……手塚君……え、ここ……?」
「……ついに気が狂ったか。」
「何かわけわからん寝言言うてる思ったら…どんな夢見とってん。」
渾身のタックルで手塚君の大きな背中に抱き付いた
……と思ったのに、今、私の目の前にいるのは憎き氷帝軍団だった。
「………マジで…?」
「それより、これ。頭冷やすからこっちのソファに寝て。」
ハギーに促されるままにソファへと身体をうつすと、
おでこにひんやりとした感触がはしる。
それと同時に、激痛が頭の中を駆け巡った。
「いっっ!……たぁ…。」
「当たり前でしょ、あんなに豪快にドアに頭ぶつけて…。」
「びっくりしたんだぞ!が飛びついてくるとか思わなかったから………ごめんな。」
怒ったような顔をしたかと思えば、シュンとして謝るがっくん。
気付けば氷帝の皆が私を取り囲むように揃っていた。
「………夢かよ……!」
「なんだよ、その悔しそうな顔。」
「ねぇ、なんかさっき手塚とか言ってなかったー?」
「………っていうか、思い出した…冤罪…冤罪だよ!」
「わかってるって、だからゴメンって言ってんじゃん。」
完全に思い出した。
私は氷帝で冤罪事件に巻き込まれたあげく、
最終的にはドアに頭をぶつけて気絶するという、可哀想すぎる出来事の真っ最中だった。
……じゃあ、あの…あの楽しかった青学の日々は全部夢…。
あまりにも自然に青学マネージャーとしての生活を楽しむ夢だったから、全然気づかなかった。
あんなに近くで不二君を見ることも、可愛いお師匠様に絡まれることも…ただの私の妄想だったんだ…。
「……それにしても、同じタオルが無くなったって話でも随分対応が違うよね…。」
「は?何の話だよ。」
「……はぁー…私も手塚君が部長の部活に入りたかったな…。」
「アーン?何をさっきから意味不明なこといってんだよ。」
「いで!」
「あっ!跡部ダメでしょ、また気絶したらどうすんの。」
ピンと私の額にデコピンをかます跡部に、珍しく注意してくれるハギー。
その様子を見て、ケラケラと笑っている氷帝メンバー。
……本当、どこまでも悪夢みたいな奴らだ。なんかもう氷帝が氷帝すぎて笑えてくる。
きっと神様はこんな私に少しでも希望を与えようとあんな夢を見せてくれたんだよね…。
夢の最後に見た、手塚君の顔を思い浮かべながらフっと笑う。
私がどれだけ普通の優しさに飢えているか…
それを改めて自覚する夢だったな。
そのニヤけ顔が気に入らなかったのか、
また跡部にデコピンをされた。
反射的に私がソファから立ち上がり、シャイニングウィザードを決めようとしたところで
ハギーに怒鳴られ、最終的にやっぱり2人とも叱られた。
2016.04.01 Thank you!!
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