「あ、そうだ皆。次ちょっと行きたいとこがあるんだけどいい?」

「いいよ、どこ?」


ちょたの王子様をたっぷり堪能した後。
私は、青学のメンバーを引き連れてある教室へと向かっていた。

パラパラとパンフレットを見るお師匠様に
場所を伝えると、素直に皆ついてきてくれた。









「へぇー!ここが美術部ッスか!」

「わぁ、すごいねぇ…。絵が展示されてるだけじゃなくて、教室全体が作品なんだぁ。」


昨日は美術部は物販が中心だったけど、2日目の今日は作品展示をしていた。
毎年気合が入ってて、見てるだけで楽しいんだよね。

でも、今年のお目当ては作品だけではなかった。


「樺地!来たよ!」

「え、樺地?美術部なんですか?」


教室の奥で木製の椅子にちょこんと座る樺地を見て、
桃ちゃんが不思議そうに言う。まぁ、確かにびっくりするよね。


「美術部の皆にお願いされて、今年は工作教室を開いてるんだよ。」

「工作…あ、もしかしてコレですか!?」


ウス、と小さく呟いた樺地の目の前に置かれていたのは
ボトルシップだった。うわぁ、私も初めて見た!


「すごいね、これ!めちゃくちゃ綺麗だよ、樺地!」

「……ありがとう、ございます。」

「あの、樺地先輩!工作教室ってことは、もしかして俺達もこれを作ったり…できるんですか?」

「……ウス。」

「「「作りたーい!!」」」


その瞬間、青学3人組が手を挙げて叫んだ。
…可愛い…!それに、樺地も心なしか嬉しそうに笑ってる…!
桃ちゃんとお師匠様はと言えば、もう既に
工作台の前にあった椅子にちゃっかり着席してやる気も満々だ。


「あ、これが工作用のボトルシップ?」

「…ウス…。簡単に……出来、ます。」


工作台の上には、小さな瓶、そして既に出来上がった形になっている小さな船の模型。
青学のみんな達は、興味津々でそれを見つめている。


「でも樺地先輩、この船…瓶の口より大きいですよ。」

「……入らないんじゃないの。」


お師匠様が船を手に取り、上から下からじっくりと見ている。
カチローちゃんがした質問は、私も聞こうと思っていたことだ。
すると、樺地はゆっくりとお師匠様の手から船を取り、
自分の手のひらの上に置いた。


「……こうして…帆をたたみます。」

「…なるほどね、そうなってるんだ。」

「すごいすごい!これなら細いから口に入るよ!」

「そうとわかったら早速作ろうぜ!」


桃ちゃんが元気に腕まくりをすると、樺地が
皆に小さなボトルを配ってくれた。


「まずは…、好きな色のビーズを、入れます。」

「わぁー、色んなのがあるんですね!」

「俺はこれにするぜ!赤がやっぱりカッコイイよなー。」

「これって海の代わりにするんじゃないの?じゃあ堀尾のは血の海だ。」

「お、おい!変なこと言うなよ、越前!」


和気藹々と楽しく作業を進める皆を見ているのも十分幸せだけど、
それ以上にあの無口な樺地が、一生懸命皆に教えてあげてるのを見ていると
自然と頬が緩んでしまう。……何この幸せな空間…。


「よし!樺地さん、ビーズと船入れたッスよー。」

「……このピンセットで…船の底を接着剤で固定…します。」

「こっ、これは一気に難易度があがったね…。」


さっきまであんなにはしゃいでいた皆が一気に無口になる。
それぞれが、真剣に瓶の中で船と戦っている。
ピリピリしたムードの中で、突然大きな声があがった。


「おっしゃー!出来たー!」

「…っ…堀尾がデカイ声だすから手元が狂った。」

「僕も堀尾君が立ち上がった瞬間の衝撃でバランス崩れちゃったよー。」

「そ、そんな責めなくったっていいだろー!」

「…大丈夫、です…。ゆっくり、作るのが…楽しいです。」


口下手な樺地の励ましに、皆はまた気を取り直して
船の接着に取り掛かった。
なんとか全員が成功し、最期はボトルの外に出ている糸を引っ張ると…


「マストが立った!わー……本当に簡単に出来ちゃった。」

「…結構楽しいね。ボトルシップ。」


お師匠様が樺地に言うと、樺地は少し止まって
それから後ろの方から何かを取り出した。

作業台に置かれたそれは、私達が今作ったのとは
比較にもならない程の精巧で大きなボトルシップだった。


「う、うわああ!すごい!これ…樺地先輩が作ったんですか?」

「………ウス。」

「へー、すっげぇ…。樺地って案外器用なんだ。」


ニシシと笑う桃ちゃんに、樺地も照れたように頭を下げた。
すごいよ…こんな可愛い置物が簡単に作れちゃうなんて…!

ものすごく人気になってもおかしくないはずのレベルなのに、
美術部の教室には私達以外誰もいなかった。
うーん…折角こんなに面白いんだから、皆も来るといいのに…
そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、
フと隣を見るとお師匠様が立っていた。


「…宣伝が足りないんじゃない。」

「そうだよねぇ…。パンフレットにも工作教室の事は書いてなかったんだよね?」

私も、樺地に直接聞いたから知ってたってぐらいだし…。

チラリと樺地の方を見ると、青学3人組に楽しそうにボトルシップの説明をしていた。
…あんなに楽しそうな樺地見たことない。
……余計なお世話かもしれないけど、もっともっと喜んでほしいな。


「…ねぇ、樺地。まだ工作のセットはあるんだよね?」

「………いっぱい、あります。」


樺地が見せてくれた箱の中には、大量の工作キットが余っていた。
もう学園祭の残り時間も少ない。
うちの学園祭で何かが作れるところって、少ない。
となると…絶対親子連れの人なんかにはウケるはず…。

うーん…短い時間で一気に宣伝するには……



「ああ!!」

「…何、急に大きな声出して。」

「そうだ…そうだよ!番組!特別番組が今やってるの!」

「特別番組ッスか?」

「学内にだけ放送されてる放送部の番組なんだけど…そこで宣伝すれば人が集まるよ!」


先程、ものすごい醜態を晒してしまったばかりだけど…今は頼るしかない!
確か今も午後の部の中継は行われているはずだから…
宣伝は出来るはず!


「樺地、あのね。私達、ボトルシップ作ってすごく楽しかったんだ。
 きっとここにまだ来てない人も、作ってみたい!って人いっぱいいると思う。
 もし、樺地も私と同じ気持ちで…もっと皆に来てほしいって思うんだったら、私手伝うよ!」

「俺達も手伝いたいッス!」

「………頑張って…この船を作った…ので…」

「…は?これ全部あんたが作ったの?」

「そりゃ全力で宣伝しなくちゃいけねーな、いけねーよ。」

「……皆に、来てほしいです。」


樺地が首を縦に振ったと同時に、私達の目的は1つになった。
……こんなにたくさん手作りで…樺地の努力を無駄にしないためにも頑張らないと!


「よし!じゃあ、まずは二手に分かれて中継班を探そう!」

「あ、このボトルシップ持って行った方がよくないですか?宣伝になるかも!」

「カッツォ、ナイスアイデアだよ!みんな、自分の作ったボトルシップ持っていこう!」

「じゃあ、俺とこの3人は校舎の外に行ってきます!」

「わかった!じゃあ私とお師匠様は校舎内を探そう!」


全員で走り出そうとした時、樺地がのそりと立ち上がった。


「…樺地も一緒に行く?」

「…ウス。」

「よし!じゃあ行こう!」





























「ねぇ、。あそこの人だかり、テレビじゃないの?」

「あ、本当だ!行ってみよう!」


1年生の「はんなり京喫茶」の前で賑やかな人だかりが出来て居た。
エレベーター前のロビーに映し出されている映像は確かに喫茶のものだった。


「…どうしよう、どんな感じで交渉したらいいのかな…。」

「………ウス。」


あんなに急いでいたのに、いざとなると上手い言葉が出てこない。
ボトルシップを見つめながら、色々と考えていると
お師匠様がスっと歩いて行ってしまった。


「え…お師匠様…。」


樺地と私が急いでついていくと、
ちょうど良いタイミングでテレビの撮影班とばったり廊下でかち合った。

もう今はテレビの中継は切れてるみたいだけど……


「ねぇ、このボトルシップすごいでしょ。」

「…わぁ、すごいね僕。それどうしたのかな?」

「………作った。」


放送部の末本さんに完全に子供扱いされて
不機嫌オーラをまき散らすお師匠様。
だけど、お師匠様のおかげで話の糸口が見えた!


「あ、あの!このボトルシップね、美術部の教室で作れるんだ。」

「なんだって?…そんなのパンフレットには書いて無かったよね。」

「そうなの…だからまだいっぱい余ってて…。お願い、この番組で宣伝させてもらえないかな?」


この通り!と手を合わせると、間中君と末本さんがしばらく顔を見合わせた。


「…もちろんだよ、さん!」

「うんうん、こういう宣伝のためにこの特別番組はあるんだからね。」

「ほ、本当!?やったよ、樺地!ありがとう、2人とも!」

「だけど、時間があまりない。申し訳ないけど、この場所で宣伝をしてもらえるかな?」


そっか…放送部だって放送時間の制限があるもんね。
予定外の宣伝は難しいのに、それでも宣伝させてくれるっていうんだから…頑張らないと!


「…でも、どんな宣伝がいいんだろう…?」

「もし良ければ、私達に任せてもらえないかな?CMみたいな感じでさ!」


短い時間で効果的な宣伝をすることにかけては、きっと放送部の方がよくわかっているだろう。
私達は安心して、放送部に任せることにした。
しばらく間中君と末本さんが話し合って、私達に殴り書きのようなメモが手渡される。


「設定としてはさんがお姉ちゃんで、君が弟ね!」


末本さんが言った瞬間、お師匠様の表情が変わった。
こ…これはちょっと不機嫌だぞ…!
抑えて…これも宣伝のためだから抑えて…!


「で、手を繋いで歩く二人が「ちょっと待って!」

「…ん?何、さん?」

「……手を繋ぐのは…ちょっと恥ずかしいかなぁ…。」

、我慢しなよ。宣伝のためでしょ。」

「…っう…、そうなんだけど…。」


年下であるお師匠様の方が随分割り切ってる。
だけど、さっきも私…跡部と幸村君という4Kテレビ完全対応の美麗男子と同じ画面に映ってしまった。
それが次はこのお師匠様と…天使と映ったりしたら、そろそろ誰かに闇討ちとかされるかもしれない。


「続きだけど…手を繋いで2人は歩いてるんだけど、急に弟がこけちゃうのね。
 それで、お姉ちゃんが励ますんだけど弟君は泣き止まないの。
 そこに樺地君!ボトルシップを持って登場!それをプレゼントしてあげると
 ピタッと弟は泣き止む。何も言わずに立ち去ろうとする樺地君に
 さんが≪このボトルシップは何…?≫って聞くと、
 樺地君が説明口調で宣伝……て流れなんだけど、樺地君は
 そんなに話すの得意じゃなかったよね?」

「……ウス。」

「わかった、じゃあさんが説明しよう!」

「え!?な、なんか流れおかしくならない!?」

「大変だ、末本君。もう時間がギリギリだよ。CMにうつろう。」

「わかりました!じゃ、ぶっつけ本番だけど3人ともよろしくね!」

「ええ!そ、そんな!」


























「リョ、リョーマ君、今日は学園祭楽しいねぇ!」

「楽しい。」

「ほら!次はお好み焼き屋さんに行ってみようよ!急ごう!」

「…待って…ああー


バタリ


……ヤバイ、お師匠様こけるのめちゃくちゃ下手くそだ…!
まるでKOされた後の曙のように無様地面に横たわるお師匠様。

……っく…笑うな…笑うな、!頑張れあとちょっと!


「ま、まぁ大変!大丈夫?」

「うえーん、うえーん。痛いよー。」

ぶふぉぅっ!……い、痛いの?本当に痛いの?」

「痛いって言ってるでしょ。」

説得力が皆無!…あ、ど、どうしようー!全然泣き止まないわ、この弟ー!」




「………これを。」




そこに現れた樺地。
さっき作ったばっかりのボトルシップを受け取ったお師匠様は
へったくそな嘘泣きをやめて、それを見つめていた。なんて可愛い横顔…!


「あ、ありがとうございます!」

「…………。」

「待ってください!このボトルシップって…校舎3Fの美術室の教室で
 作ることの出来るボトルシップですよね!?そしてあなたはその教室で
 ボトルシップ工作の先生として働いている樺地さん!寡黙で有名なあなただから
 事前に派手な宣伝は出来なかったけど、徹夜でボトルシップキットを作成して
 たくさんの子供達や遊びに来た人に楽しんでもらいたいって言ってましたよね…!
 え!?なんですって!?しかもこの…この可愛いボトルシップが無料で作れるんですか!?
 大変…急がないと!急がないとあっという間になくなってしまうわ!いくわよ、リョーマ!」


「わかったよ、おねえちゃん。」





「カットーーー!」

「はい!中継切れました!すごいよさん、ものすごく説明が長かったよ!

「ご、ごめん…なんか何言っていいのかわからなくて…!」

「だけど、見てごらん。呟きがたくさん届いてるよ。"子供を連れていってみる!"とか"ボトルシップ可愛い!"とか!」

「……やったね、樺地!あ、早く教室に戻らないと皆遊びに来ちゃうんじゃない?」

「……ウス。」

「ねぇ、。俺の演技、どうだった?」

「うん、大根役者でももうちょっと上手いだろってぐらい下手くそだったけど、可愛かったからいいよ!もう何でも!」

「……頑張ったのに。」


プイっと拗ねるお師匠様に、思わず笑ってしまう。
その時、お師匠様の目の前にスッと手が差し伸べられた。


「……ありがとう…ございました。」

「……どうも。」

「……先輩も…。」

「そんな、いいんだよ!私達こそこんな素敵なボトルシップ教えてもらって…ありがとうね。」


そう言うと、また少し恥ずかしそうに樺地がお辞儀をして
そのまま教室へと向かっていった。


その後聞いた話だと、放送後たくさんの親子連れが遊びに来てくれて
樺地が一生懸命作ったボトルシップはあっという間にお客さんの元へと渡って行ったらしい。
樺地が優しい気持ちを込めて作った船達。皆にも伝わってるといいな。

…樺地が嬉しそうに、子供たちに教えてる姿を想像すると何とも言えない、幸せな気持ちになるのだった。

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