「なんだ、やっぱりそうだったんだ。」
「え?何なに、診断結果が出たの?」
何やらカードのようなものを色々見ながら、
うんうんと頷く占部さん。
意味深な発言に、少しワクワクしていると
ちょいちょいと手招きをされた。
耳を近づけてみると、ひそひそと占部さんが話し始める。
「…さんと相性ピッタリなのはやっぱり
跡部君みたいだよ。」
どんな素敵な未来が待ち受けているのかと、ワクワクしすぎていた反動なのか
結果を聞いた瞬間軽く意識が飛びそうになった。
今、私の頭の中で何かが大きな音を立てて崩れた。
「……いや…やだ……やだ…!」
「へ?ど、どうしたのさ「そんな希望も光も無い未来なんてあんまりだよ!」
おもわず大きな声で叫んでしまった私の口を
咄嗟に占部さんが塞ぐ。……そ、そうだ他にも人がいるんだもんね。
力なく項垂れる私を見て、占部さんが少しだけ声を尖らせた。
「あの跡部君だよ?めちゃくちゃ良い結果だと思うんだけど。」
「…………そりゃ良いとこもあると思うよ。顔は良い、お金持ち、スポーツも出来る…」
「ほら、素敵じゃない。」
「だけど!絶対許容できない部分が1つ…あるんだよね…。」
「……ち、ちなみにそれってどういうところ?」
「………あいつは私を愛してくれないと思う。」
妙に深刻な顔で言ったのが悪かったのか、少し間を置いて占部さんが噴き出した。
…でも、これは本当のことなんだ…!
「私ね…好きな人に愛されたいタイプなんだ、きっと。」
「意外だなぁ。さんって万年好きな人を追いかけて、転んでも蹴られても追い回すのかと思ってた。」
「そんなゾンビ系女子な印象だったの?…好きな期間はそれでいいかもしれないけど、彼氏となったら…やっぱり…さ。」
追いかける事だって確かに苦じゃないと思う。
現に、ぴよちゃんさまやがっくんへの愛情は少しぐらい蹴られたり
暴言を吐かれたりしたとしても、全く揺らぐことはない。
…これは愛情というより、ファン精神なのかもしれないけど。
でも、彼氏と彼女という肩書にランクアップしたとしたら
やっぱり愛されたい。
休みの日に2人でお家で映画見たりしたい。
放課後は流行りのパンケーキ屋さんで制服デートとかしたい。
「…付き合った記念日にはお互いにサプライズプレゼントを用意しちゃって
なんだかんだでサプライズは上手くいかなかったけど、幸せだったねって笑いあいたい。」
「結構具体的なプランがあるんだね。」
「2人で旅行した時につい買ってしまった可愛いサボテンを一緒に育てたりしたい。
ベランダでカフェラテ片手にそのサボテンの成長を微笑ましく見守ったりしたい。」
「………。」
「でも!これだけ具体的に出来る妄想が、相手が跡部だと1つも叶う気がしないんだよ!」
「……まぁ確かに、跡部君はそういうタイプじゃないしねぇ。」
「ね?それって相性が悪いってことになるんじゃないかな?」
「…でもさ。あの跡部君だって、彼女になる人にはそういうこと…してるのかもよ?」
「…………いや、それは気持ち悪いな…普通に…。」
「もう、どっちなのさ。」
占部さんがそう言って苦笑いする。
無理矢理妄想してみたけど、そんな跡部怖すぎる。
結局のところ跡部が彼氏だなんて私には合わなさ過ぎるんだ。
「…それに、今フと考えたんだけど…私が跡部なんか嫌だ!って思ってるのと同じぐらい
跡部も私なんかごめんだ!と思ってると思うんだよね。」
そうだ。相手にだって選ぶ権利がある。
しかもあの跡部だ。地球上のメスというメスの中から
よりどりみどりで選べるであろうあいつが
わざわざ私を選ぶ訳も無い。宝くじで3億当たるより難しいと思う。
「ふーん、私の占い結果が信じられないんだ?」
「そ、そういう訳じゃないよ!ごめんね、失礼だったね。」
「…ふふ、でもそこまで必死に否定するのが逆に…怪しく見えちゃうなぁ。」
「その思春期特有の出口の見えない弄り方やめてよ…!本当に違うのに…!」
診断結果云々というよりは、「こんなにひどい!跡部の悪行コレクション」を私が一方的に愚痴るだけになってしまった。
それでも占部さんは笑ったり、時折つっこみを入れたりしながら聞いてくれる。
なんとなくそれが心地よくてつい話し込んでしまった。
「はぁあ………。」
段々と占いから離れていき、最近よく行くお店の話などをしていた時
隣のブースから不意に大きなため息が聞こえてきた。
突然聞こえた声にびっくりして思わず占部さんを見ると、
少しだけ困ったように笑いながら、小さな声で話し始めた。
「…隣にいるのはね、2年生の浦越さんっていう子なんだけど…。」
占部さんの話によると、
よく当たると評判の占い同好会の恋占いだけど、
浦越さんの恋占いは今までことごとくはずれているらしい。
その内、「浦越さんの占いだけはハズレ」なんていう噂が広がって
本人は相当落ち込んでいるとか。……それは確かに辛いよね。
私は占いにあまり詳しくないけど、好きでやってることが他人に否定されるのはきっとショックだろう。
しかも、まだ2年生の女の子。これからはこの同好会を担っていく人物だ。
「それでもめげずに今まで頑張ってきてたんだけど、最近は同好会を辞めようかとも考えてるみたいでね…。」
部長である占部さんはなんとかそれを阻止しようと皆で励ましたり、
一緒に訓練をしたりしているらしい。
「…そっかぁ。頑張ってほしいね。」
「そうなの。例えば、あの子の占いが当たった!なんて言われて自信がつけば良い方向に流れていくんだろうけどね。」
私達が話している間にも、隣のブースからは大きなため息が何度も聞こえた。
その度に占部さんと私の間にしんみりとした空気が流れる。
…こればっかりは、どうしようもないからねぇなんて話していると
突然教室内に騒がしい声が響いた。
「お、ここじゃん。おーい、浦越っているかー!」
「…アーン?恋占倶楽部…?」
「へぇ、こんなんあったんや。」
「えっ…ええ!?え!な、…跡部様…!に向日先輩に忍足先輩…!!」
どう考えても聞き覚えのある声に、私と占部さんは思わず目を見合わせて固まった。
一応パーテーションで個室っぽく区切られてはいるものの、
完全に声が遮断されているという訳ではない。
その声が段々と近づいてきて、隣のブースでガタガタと椅子を引く音が聞こえた時には
私も占部さんも息をするのさえ止めて、気配を殺していた。
「え、あの…なんで私の名前…。」
「あぁ、お前の兄ちゃんが俺と同じクラスでさぁ。なんか妹を助けてくれ!とか言って騒ぐから。」
「お兄ちゃんが?」
「妹さん思いのお兄ちゃんやなぁ。俺らが占ってもらってそれが当たったら、
校内中の噂になって妹さんも自信つけてくれるんちゃうか、言うてたで。」
「……お、お兄ちゃん…。」
プライバシーもへったくれもないような、ドでかい声で話し続ける御一行様。
隣のブースにいる私達には話が筒抜けだったけど、
忍足が話した「お兄ちゃん」の話に、思わず涙が出そうになった。
……妹のことを思って…なんて良いお兄ちゃんなの…!
「……ちょっと、占部さん…。どうする?」
「…これはルール違反だけど…、よし。盗み聞きしよう。」
「どんどん部長としての信頼が崩れていくよ、占部さん!」
「だってやっぱり心配なんだよ。…でもこれはチャンスだよね。
出来ればこれをきっかけに浦越さんには自信をつけてほしい。」
娘を見守る様な優しい目で、ナチュラルに盗聴を始める占部さん。
…ここまで聞いてしまったからには、私も気になってしょうがないので
罪悪感を覚えながらも、共犯となることを決意した。
・
・
・
「…ということで、忍足先輩に彼女が出来るのは50年後です!」
「ヤバイやん、50年先ってって普通に人生半分以上終わってるやん。」
「忍足先輩が仲間と一緒に設立したベンチャー企業で、取締役になるその頃に、
新入社員として入ってきた若い女の子と火遊びをしてしまい、それが会社中にバレて
懲戒免職になった後にたまたま知り合った20歳年上の女性と結ばれます。」
「妹さん、50年後に20歳上の女性てそれ下手したら保険金詐欺の疑いかけられて
俺また社会から冷たい目で見られることになるけど、ほんまに俺の未来そんなドス暗い?」
「あははは!侑士ざまぁみろ!モテるからって調子こいてるからだぞ。」
「ちなみに向日先輩は結婚できないです。」
「……は?嘘だろ?」
「長年付き合った彼女と同棲までして結婚を約束しますが、ある日
ポっと出の男子大学生に彼女を寝取られます。」
「めっちゃおもろいやん、確かに岳人はそんな顔しとるわ。」
「そんな訳ねぇだろ!ってか別に寝取られた彼女じゃない奴と結婚すれば良いだけじゃん!」
「え…でも、寝取られたその時点での向日先輩はもう75歳で……」
「お前の占い、絶対時間軸がおかしいって!」
「75歳で入籍せずに同棲してる婆さんが男子大学生に寝取られるって、マニアックなAVでもそんな無茶な設定あらへんで。
仮にもこの氷帝でモテる部類に入るはずのがっくんや忍足に対する辛辣すぎる恋占い結果。
想像をはるかに超えた浦越さんのぶっ飛んだ占いに、私はもう限界寸前だった。
必死に笑い声を押し殺しながらお腹をおさえていると、目の前にいた占部さんも私と全く同じ体勢だった。
…部長ですら笑い転げる浦越さんの占い結果って一体…。
……も、もしかして浦越さん、本当に占いのセンスが人と違うベクトルを向いてるんじゃ…。
「じゃあ…あの、最後は跡部様を占ってもいいですか?」
「…まぁ、占ってもいいが…生憎俺は占いを信じねぇ。」
今までほとんど話さなかった跡部の第一声に、思わずずっこけそうになる。
…年下の占い同好会の女子に、なんて空気の読めない発言をするんだ…。
まぁ確かに浦越さんの占いは、信憑性が低そうな気もするけど…
それでも可愛い後輩の力になれるなら喜んで協力してあげれば良いのに。
「いいじゃん、跡部。次はどんな悲惨な結果なのかちょっと楽しみだし。」
「…でも、もし跡部の占い結果がぴたーっと当たったら妹さんも自信つくんちゃう?」
「取り敢えず近未来の占いにしろよ!」
「直近で起こりそうな恋のハプニング、とかそういうのはわからんの?」
「…が、頑張ってみます!」
私と占部さんも隣のブースで、息をのんで結果を待つ。
…うん、取り敢えず定年退職以降の未来はいくら今言われても
ほとんどの人が信じることは出来ないだろうから、近い未来をね…。
がっくんも忍足も、ナイスアシストだよと思いながら
うんうんと頷いていると、元気な声が響いた。
「…見えました!」
「お、じゃあ結果をー…どうぞ!」
「跡部様はこの学園祭期間中…」
「ええ感じや、かなり近い未来やで!」
「…テニス部のマネージャーさんと急接近します!」
あんなに騒がしかった隣のブースから、声も、息の音さえも聞こえなくなった。
自信たっぷりの浦越さんの声だけが虚しく響く。
私はというと、そのマネージャーさん可哀想だなぁ…なんて思ったのもつかの間
すぐにそのマネージャーとは誰なのかということに気付いて、一瞬にして青ざめた。
目の前の占部さんは、興奮した様子で私の肩をつかんでいる。
聞こえないぐらいの声で「ほら!ほら言ったじゃん!」と言いながら私を揺さぶった。
「…っぷ…あはははは!ナイス!ナイス、浦越妹!」
「妹さん、大丈夫や。きっとこの占い当たるで。」
「おい、ふざけてんじゃねぇぞ。妹、お前は占い師を諦めたほうがいい。」
「で、でも確かに急接近するんです!具体的な未来もわかってるんです!」
「もういい、それ以上しゃべるな。」
「いいじゃんいいじゃん!教えろよ、それ!絶対面白いから!」
ゲラゲラと笑うがっくんと忍足に、突然地雷を踏まれてものすごく不機嫌な跡部。
興奮気味な占部さんに、必死に抵抗する私。
「違う!私はサッカー部のマネージャーだから!」と小さな声で嘘みたいに馬鹿な言い訳をしてみたけど
占部さんはもう浦越さんの占い結果を盗み聞きすることに全神経を注いでいるようだった。
「…男の人にナンパされているマネージャーさんをカッコよく助ける跡部様が見えます。」
言い終わったと同時に、がっくんと忍足が盛大に吹き出す。
私にはわかる。こいつらはきっと「男の人にナンパされているマネージャーさん」という部分が
想像できなさすぎて笑っているのであろう。現に目の前の占部さんも、さっきまであんなにはしゃいでたのに
何故か首を傾げている。小さい声で「そんなことあるかな…」って言ってるの聞こえてるぞ、おい。
「で?跡部が助けてその後は?」
「おい、これ以上聞いても仕方ねぇだろうが。妹、その結果は完全にハズレだ。
何故なら、あいつが男に絡まれることはない。ナンパに見えるなら、それは道を聞かれてるか
高い壺を売り付けられてるか、どっちかだ。」
「まぁ、確かにその方が信憑性あるよな。」
思わず椅子を立ち上がって拳を振り上げた私を、占部さんが急いで止める。
散々あいつらに占い結果を否定されながらも、浦越さんの口は止まらない。
「でも、ナンパから助けた後に部室の中で2人きりでいい雰囲気になってるところまで見えてるんです!」
「ぎゃはははは!やめろよ!俺もう次部室入った時に思い出して笑っちゃうだろ!」
「跡部とが部室でええ雰囲気なぁ…。気持ち悪いなぁ…。」
「跡部様は、マネージャーさんを叱っています。そんな可愛い姿をしているお前が悪いんだって。」
「「「ぶふぉうっ!!!」」」
しまった、普通に吹き出してしまった。
あまりの衝撃に声を抑えることも忘れていたけど、
それ以上にこのパーテーションを隔てた先にいる2人が笑っているおかげで
私の声はかき消されているようだった。
がっくんだけでなく、あの忍足でさえも大きな声で笑っているのを久しぶりに聞いた。
「あかん…めっちゃおもろいわ。何か癖になってきた…もっと聞きたい…。」
「わかる、妹お前才能あるって絶対!あー、腹痛ぇー。」
「…言っておくが、もし仮に7億万歩譲って俺がそれを言ったとしても、といい雰囲気にはならねぇ。」
「まぁ確かに。のことだから【何言ってんのよ気持ち悪い!】とか言いながらラリアットかましてきそう。」
「でっ、でも!その後、確かに良い雰囲気になるんです!部室から跡部様が出ていったあとに、
1人取り残されたマネージャーさんは顔を真っ赤にしてソファでジタバタしてます!」
「あはははは!すげぇよお前!俺今年1番笑ったわ!」
「……妄想小説の話はもう終わったのか。」
「そんな怒りなや、跡部。でもまさかあの跡部がと部室でちちくりあってるなんてな。」
含み笑いでそのセリフを忍足が言い切った後、確かに跡部が忍足を殴る音が聞こえた。
がっくんの笑い声にかき消されそうになりながら「…照れ隠しやな。」とこの期に及んで跡部を挑発する忍足の声も聞こえた。
あいつはさすがだ。さすが面白い事は弄って弄って弄り倒す関西人だ。身体を張ってる。
「あの、本当にありがとうございました!」
「あぁ、めちゃくちゃ笑えたぜ。頑張れよ、占い。」
「占いがほんまに当たっとったら報告しに来るからな、な。跡部。」
「その報告は60年待っても来ないと思っていい。」
嵐のように去って行った3人。段々と声が遠ざかって行き、
隣のブースにも静寂が戻ってきた。
結局最初から最後まで盗聴してしまった悪い先輩2人は
なんとなくそのまま息を押し殺していた。
「……はぁ。なんで当たらないんだろ…私だけ…。」
小さな声で呟くように聞こえたその一言に、また占部さんと私は目を見合わせた。
そして、浦越さんはというとそのままブースを出て行ってしまったようだった。
「……もしかして浦越さんは占い師よりお笑い芸人の方が合ってるんじゃ…。」
「さん。」
「ん?あ、ごめん。占いが好きで頑張ってるんだもんね。やっぱ「あの子の占い、当ててくれないかな。」
「………ん?当てる?」
勢いよく頭を下げる占部さんが何を言っているのかがよくわからなかった。
占いを当てる?私が?……いや、どういう意味?
「だから…さっき浦越さんが話してたあの話…現実にして欲しいの!」
「……さっきの話……って……いやいやいやいや!ダメだよそれは!」
「お願いします!あの子、このままじゃ同好会辞めちゃうかもしれない…。」
「いや…だ、だって!占いってそういうものじゃないでしょ!?それはズル過ぎない!?」
「結果当たれば何でもいいんだよ、占いは!」
「部長?部長大丈夫?今、他の部員に聞かれてるかもしれないよ!?」
「…私も滅茶苦茶言ってるのはわかるよ。…だけど…、テニス部と違って占い同好会は部員数もギリギリで…。
もし浦越さんまで辞めちゃったら、来年には…このブースはなくなってるかもしれないんだ。」
「………っ……だけど…だけどさー……。」
事情はよくわかるし、同情もする。
でも…でもあの占い結果はあんまりじゃありませんか。
まず…なんだっけ…私がナンパされる必要があるんですよね…
可愛い格好すぎてナンパされちゃう私が跡部に助けてもらう必要があるんですよね…。
どう考えても難易度が修羅レベルだよ…。
「大丈夫!ほんのり当たればいいから、一言一句そのままじゃなくていいの!」
「もうなんかヤケクソになってない?」
「と、取り敢えず今すぐあのアリス姿に着替えてナンパされてきてくれないかな?」
「無茶だよ!今まで生きててナンパされたことのない私にプレッシャーきつすぎるよ!」
「…もしお願い聞いてくれたら…、駅前のパンケーキおごるから!スペシャルいちごデラックスデコレーションバージョン!」
「じゃあ頑張るけどさぁ…。」
「……さん、ありがとう!」
・
・
・
「あの…すみません、ちょっといいですか?」
「え?はい…。」
「お忙しいところ申し訳ないのですが、もうすぐあちらの方角から
無駄に煌びやかな男がこちらに向かってくると思うのでそのタイミングを見計らって
私をナンパしてるフリをしていただけませんか?どうかこの通り!お願いいたします!」
「え?!あ、あの…どういうことですか?」
「あ!だ、ダメだもう来る…!仕方ない、申し訳ないです本当にすみません訴訟は勘弁願います!」
「っちょ…!」
ものすごく気の弱そうで優しそうな、氷帝生でなさそうな男子学生に
頭をさげてナンパをしてくれと頼み込むアリス姿の私。
トラウマになりそうな程情けない姿だ。
無茶だったんだよ…!
同じアリス姿をしたクラスの皆の元にはたくさん男の人が寄ってくるっていうのに、
私は5分ぐらいこの中庭をぐるぐる歩き回っても誰一人近づいてこなかった。
近くで見守っているであろう占部さんから「そろそろ跡部が中庭に到着する」と
携帯に連絡があった時には、もう覚悟を決めるしかなかった。
今、目の前で混乱している可哀想すぎる生贄に心の中で謝りながら
私は彼の手を自分の肩に無理矢理乗せた。
「こ、困りますー…ナンパとかそういうのはー…」
「だ、大丈夫ですか?頭がどうかしたんですか?」
「すいません、あと数分の我慢ですごめんなさい!」
小声でひそひそと話していると、少し離れた場所で黄色い歓声が聞こえた。
…よし、やっと来たか。
「…おい!跡部跡部!っちょっとあれ見ろ!!」
「アーン?」
「うーわ…妹さん、マジですごいかもしれん…。」
「がナンパされてる!しかもアリス衣装!」
「あかん、これは絶対助けなあかん!跡部がカッコよく助けなあかん!」
「……てめぇら仕込んだのか。」
「いや、それはマジで違う!」
「大体仕込んだとして、をナンパしてくれる男がこんな短時間で見つかるわけないやん。
100人に頭下げて、1人おるかおらんかの確率やで。」
「……確かに、それもそうか。」
全部聞こえてんだよ…!
半径5m以内でベラベラしゃべってんじゃねぇよ…!
さっさと助けてください、マジで。
もうそろそろこの男性が限界です。
「あの、俺実は医療系の学部に通っててそういうの普通の人よりは詳しいんで…。」
「いや、ごめんなさい。本当に頭がイカれてるとかじゃないんで大丈夫ですので…。」
「心を落ち着ける薬とか、ありますよ?」
さっきからずっと私の脳を心配してくれています。
見た目通り優しい人で良かった。でも、もうちょっとナンパっぽくしてくれないと
傍から見たら、怪しい薬を売り付けられそうになってる感じに見えちゃうんで本当…。
そろそろ逃げてしまおうかと思ったその時。
「…おい、やめとけ。」
「………あ、この人がさっき言ってた煌びやかな「す、すいませーん!私ナンパとかNGで、本当ごめんなさい!」
心優しき青年が何もわかってないのも無理はない。だってちゃんと説明してないもん。
だけど、ここでネタばらしされてしまうと浦越さんの占いも全て台無しになってしまう。
私は男性に心の中で100回土下座しつつ、跡部の手を取って部室へと走った。
後ろで、忍足が「中学生はBまでやでー」と叫んでいた。跡部と私が同時に舌打ちをした。
・
・
・
「…あ、跡部ありがとう!困ってたんだー、ナンパされちゃってさー!えへへ!」
「嘘ついてんじゃねぇ。」
「……う、嘘じゃないし。」
「どうせ…クラスの客寄せとして外に出されたのはいいものの、他のアリス共のように男も群がってこず、
客寄せどころか厄除けみたいになった現状に発狂して、誰彼かまわず
強引に力でクラスに引きずり込もうとしてたところだったんだろうが。」
「そこまで言う?このハッピーな学園祭中にそこまで辛辣な言葉で私を傷つける?」
びっくりした。一瞬、私と占部さんの思惑が全てバレているのかと思ったけど
どうやらそうじゃないみたいだ。純粋に私がナンパをされるわけがないと確信しているだけだったんだ。
ドサっとソファに座った跡部の前に、ただ立ち尽くすしかない私。
学園祭中だからか、部室付近にはほとんど人がいなかった。
いつも騒がしいはずなのに、必要以上に静かな部室内。
………待って、ここからどうすればいいんだっけ。
「跡部様は、マネージャーさんを叱っています。そんな可愛い姿をしているお前が悪いんだって。」
不意に浦越さんの声が脳内再生されて、思わず笑いそうになってしまう。
…そうだよ…!ここからは跡部の行動待ちなんだった…!
と、とにかく跡部がこの衣装に感想をくれないと話が進まない…。
「えーと……も、もしかしてさぁ、私の……この衣装が可愛すぎるから人が寄ってきたのか「それはない。」
こいつ…食い気味に否定してきやがった…!
「…じゃあ、跡部はこの格好どう思う?」
しかし、こんなところで話を止めてる場合ではない。
さっさとこの空間で跡部と二人という極限のストレス状態から抜け出したいんだ私は。
言わないのであれば言わせるまで!
鳴かぬなら鳴かせてみせようアホ跡部!
…と、思って無理矢理感想に持ち込んでみたのに
目の前の跡部は偉そうに足を組んだまま、じっと私を見ている。
…………。
……。
「…い、いや…見過ぎだから。……なに、何!」
じっと見ていたと思ったら、おもむろに立ち上がり
私の方へとスタスタ歩いてきた跡部。
反射的に頭を守る体勢を取ったものの、
思わぬところからの攻撃に、私のガードはすっかりがら空きだった。
「…やっぱりな。見た目だけ着飾っても、内側で気抜いてるのがスケて見えてんだよ。」
途端に涼しくなった足元。
めくりあげられるスカート。
汚いモノでも見るような顔で、堂々と私のパンツを見ている男。
「……っうわああああああああああああ!な、ななななにしてんのよ!」
「っ…うるせぇな、いきなりデカイ声出すな。」
「出すに決まってるじゃん!あ、ああああんた…もしもこれで私がパンツはいてなかったらどうするつもりだったの!?」
「おい、気持ち悪い話してんじゃねぇ殴るぞ。」
「犯罪者心理全然わかんない、怖い!」
頭が混乱している中で、咄嗟に「ヤバイ、今日どんなパンツはいてたっけ思い出せない」とか考えてしまうあたり
跡部の言う通り私は内側で気を抜いてたのかもしれません。
どうか小学生の時から愛用しているゴムの伸びたチェックパンツじゃありませんようにと祈りながら
私は必死に跡部の手をスカートから振り払った。
「…お前が感想を聞くからわざわざ答えてやったんだろうが。」
「…全然感想になってないから!そうじゃなくて………っ…もう、いい。」
もう嫌だ、こんな茶番おしまいにしてやる!
大体無理だったんだよ、最初から…!ナンパを八百長することは出来ても、
跡部に私を褒めさせるなんて、きっと…一生をかけて自分磨きしても言ってもらえないよ!
段々と投げやりになってきた私は、取り敢えずこの場を離れようと考え始めていた。
占部さんと浦越さんには悪いけど、あまりにも無茶なミッションだった。
「なんだ、拗ねてんのか。」
「いや、本当拗ねてるとかじゃないから気にしないで。色んな事に疲れてるだけだよ…。」
なんで「跡部君が可愛いっていってくれない!もういいもんプンプン★」みたいに
私が拗ねてる設定になってるんだ。腹立たしい…!
…でも、もうここで言い返しても事態は悪い方向に進んでいくようにしか思えない。
こういう時は、さっさと退散するのが吉だと今までの経験が言っている。
「…素直じゃねぇ奴だな、本当に。」
「なっ…あのねぇ…誤解がないように言っとくけどこの一連の流れは…」
ドアノブに手をかけた私に、未だ挑発を続けてくる跡部。絶対面白がってる。
これ以上話しちゃいけないと思うのに、やっぱり腹立たしくて手が出そうになる。
「そんなに、俺に見て欲しかったのか。その衣装。」
「…っだから」
もう我慢できない。わざわざ似合わない衣装を着て
跡部にアピールしてた自分への恥ずかしさも相まって
思わず振り向いて、拳を振り上げると
その右腕は、いつの間にか私のすぐ後ろに迫っていた跡部に簡単に止められた。
そのまま、腕を掴まれた私にじりじりと迫る跡部。
がら空きのボディに左を打ち込もうとしたその時。
「…まぁ、そういう衣装来てると…
生意気に睨み付けてくる姿もいつもよりはまだマシに見えるレベルだな。」
「…………へ…」
「……カワイイ、って言ってやってんだよ。」
不意に顔が近づく。目の前で跡部がニヤリと笑う。
思いもよらない発言に、次第に腕から力が抜ける。
ポカンと口を開ける私を見て、
また少し笑った跡部は、そのまま部室を出て行ってしまった。
「………いや……か、わいいって…。」
思わずソファに倒れ込み、ジタバタと暴れていた私はその時
この行動も全て浦越さんの占い通りだということには、全然気づいていなかった。
あなたにぴったりの彼氏像は跡部 景吾でした!