「うーん…。」
手元のカードと睨み合いをしながら、占部さんが唸る。
…なんかものすごい結果が出てしまったんだろうか…。
「…何かわかった?」
「……さんの彼氏になりそうな人のタイプなんだけど…、わからないんだよね。」
「へ?」
「いや、わからないっていうか、謎に包まれてるタイプっていうのかな?」
「……占部さん、何か誤魔化してるんじゃ…」
「違う違う!確かに頼りない占い結果で申し訳ないけど、本当にそういう人だと思うの。」
謎に包まれてるタイプって…そんな人が彼氏になったらものすごく苦労しそうだよ。
まさか、本当は私には一生彼氏が出来ないって結果が出てしまったのを
占部さんが優しさというオブラートに包んで伝えているだけなんじゃないだろうか…。
そんな私の疑いの眼差しに気付いたのか、
もう一度念を押すように占部さんが、「とにかくミステリアスなタイプってことだね!」と言った。
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PLLL....
「…え、仁王君?」
恋占い倶楽部を後にして、数歩歩いたところだった。
ポケットの携帯が震え、何かと思って画面を見てみると
仁王君からの着信。なんだろう。
「…もしもし?」
「迷った。」
「え?え…もしかして校内で迷ったの?」
「…なんか森みたいなのが見える。」
「……あ、そっち方面に行っちゃったんだ!その先抜けると、第3グラウンドの方に行っちゃうから…
そこで待ってて!迎えに行くよ!」
「………ップリ。」
いつも通り謎の擬音を残して、通話は切られた。
…立海の皆で色々校内探索してたのかな?
確かにこの学校は無駄に広いから、迷うのも無理はない。
森へと続く道の周辺で、立海の皆がオロオロと道に迷っているところを想像すると
なんだか可愛くて、少し笑えた。
「あ!見つけた!おーい!」
「………遭難するかと思ったぜよ。」
「…あれ?仁王君1人なの?」
森へと続く道の前のベンチで、三角座りをしていたのは仁王君。
どうやら他に人はいないようで、1人で携帯を弄っていた。
「1人じゃ。」
「…他の皆は?」
「別行動しとったらはぐれた。」
「……他の皆に連絡してみればよかったのに。」
「連絡したところで、こんな場所他校生じゃ見つけられん。」
「それもそうだね。……っふ……ふふ…。」
「何笑っとるんじゃ。」
「いや…。仁王君が迷子って…なんか可愛いなって…。」
ポケットに手を突っ込んだまま、ベンチに座る仁王君。
迷子になった立場なのに、何故だかちょっと偉そうな態度に
段々笑えてきてしまった。
「迷子じゃない。道に迷っただけじゃ。」
「それを迷子って言うんだよ、さ。お姉さんと一緒に帰ろうね。」
笑われたのが悔しいのか、少し不貞腐れた様子でそっぽを向く。
普段のクールな仁王君が若干可愛く見えてしまった私は
調子に乗って優しく手を差し伸べた。
その手が気に入らなかったのか、仁王君はまたフイと横を向いて
さっさと歩き始めてしまう。
「ふふ、ごめんごめん。私も入学したての頃はよく迷ったよ。」
「…この学校がバカみたいに広いのが悪い。」
「だよねー。でも色んなところに隠れ場所があって楽しいよ。」
ざくざくと歩いていく仁王君を追うようにして歩く。
なんとなくご機嫌斜めの仁王君に話を合わせていると、
フとその歩みが止まった。ん?なんだ?
「…隠れ場所ねぇ。お前さんも授業サボったりしとるんか?」
「いや、私は真面目だけが取り柄だからそういう反社会的行為には手を染めないよ!」
「……つまらん奴じゃ。」
「仁王君は毎日サボってそうな顔してるよね。」
「…屋上は気持ちええからのぉ。」
「屋上ねぇ…。あ!じゃああそこ好きかも。ちょっと行ってみよう!」
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・
「……これ本当に校内なんか。」
「そうだよー。ほとんど森でしょ。」
私が仁王君を連れてきたのは、学校が所有している小さな森のようなところだった。
自然学習用の土地で、生活部が野菜や花の栽培をしたり、昆虫研究部が虫の育成をしたりするために使われている。
その奥の奥に位置する、大きな樹木。
この樹の下は、調度今ぐらいの時間に気持ちいい風が通り抜ける木陰になる。
「どう?ここは気持ちよく眠れそうでしょ。」
「……授業をサボる人間が好みそうな場所じゃ。」
「それは当たってるかも。ここはジロちゃんがよく発見される場所だからね。」
普段、私はこんな場所へ来ることもない。
だけど、ジロちゃん捜索を毎日していると自然と校内の「お昼寝スポット」を覚えてしまった。
この場所は特に気持ちよくて、よくジロちゃんと一緒に私もお昼寝してしまって
跡部にガチギレされるという事件もよく起こるほどだ。
仁王君も気に入ったらしく、早速ごろんと草の上に寝ころんだ。
「…確かに、最高の場所じゃの。」
「でしょ?ここに来る人はほとんどいないから、静かだしね…。」
仁王君につられて、私もその場にごろんと倒れ込む。
木々の間からちらちらと差し込む光が顔に当たって眩しい。
「…なんか面白い話して。」
「無茶ぶりだね。…あ!そういえば私さっき恋占倶楽部ってとこに行ったんだけどね。」
「面白い話って言うとるじゃろ。」
「面白いかもしれないじゃん!私の色恋に興味ないってか!」
「………絶対面白くないけど、続けてみんしゃい。」
「…っく…。…そ、そこの恋占倶楽部で私の未来の彼氏にぴったりなタイプの人を占ってもらったんだよね。」
「ふぁ〜あ…。どうぞどうぞ、面白くないけど聞いてやる。」
「めちゃくちゃムカついてきた…!もういいよ!このまま話し続けるけどさ!
そのタイプの人っていうのが【謎に包まれた人】なんだって。」
「………ふーん。」
「私…その場では怖くて言えなかったんだけどね…。」
「…何が。」
「私の身の回りで謎に包まれた人って……たぶん…いや、絶対これは嫌なんだけど…」
「………。」
「……榊先生ぐらいなんだよね。」
「っぶ!」
「あ、笑った!面白い話だった?でもね、笑いごとじゃないんだよ、マジで。」
「…っふ…お似合いのカップルじゃ。」
「いや、本当そういう冗談普通に不愉快だからやめてもらっていい?想像するだけで背筋凍るから。」
「なんじゃ、嫌いなんか。あの監督。」
「嫌いとかじゃないよ。だけど、普通に怖いじゃん。私に愛を囁く先生とかホラーでしょ。」
「………まぁ、確かにな。」
2人で寝転がりながら、他愛も無い話をする。
…なんとなく今が学園祭中ということを忘れてしまいそうなぐらい、静かで穏やかな時間だ。
いつもなら仁王君と二人きりだなんて緊張してしまうけど、
今はこの森の持つヒーリングパワーのおかげなのか、
それともさっき迷子になって不機嫌になっていた仁王君があまりにも子供っぽくて可愛かったからなのか、
ごく自然に話すことが出来た。
いつものあの、何を考えてるのかわからない感じも……
…あれ?
「……ねぇ、そういえば仁王君も謎に包まれた人だよね。」
「…ロックオンされてしもうた。」
「っべ、別にそう言う訳じゃないよ!」
「……なんじゃ、彼氏になってほしいんか。」
「ち、違うって!」
ごろんと私の方へ寝返りをうつ仁王君。
急激に縮まった距離に、思わず飛び起きた。
ニヤリと楽しそうに笑う仁王君からは、
さっきまでの迷子の仁王君のような可愛さがなくなっていた。
「…じゃあ、あの監督さんと俺どっちを選ぶんじゃ。」
「仁王君に決まってるじゃん!何言ってんの!」
「……ふーん。幸村に聞かれたら殺されそうじゃ。」
「いや、でも先生と比べたらってだけの話で、仁王君と幸村君だったら……いや…」
「…なんじゃ、幸村の方がええんか。」
「いや…、冷静に考えたら私なんかがお2人を比べてどうこう言うのはおこがましいなと思って。」
そうだよ。友達と友達を比べてどうこうなんて考えるのはダメだ。
跡部とがっくんを比べたら、どう考えてもがっくんの圧勝なんだけど、
でもそれは恋愛的なタイプの話であって、友達としては2人を比べるなんて出来ない。
というようなことを仁王君に伝えると、微妙な顔をしていた。
「…友達ねぇ。お前さんは逃げるのが上手いな。」
「に、逃げるって何。」
「幸村も、赤也も、俺もみーんな同じ友達ね。」
「…そりゃ、多少下心はあるよ。カッコイイなとか、あわよくば写真撮りたいなとか思うよ…!
でも、今はまだやっぱり皆友達だし…友達に優劣はつけたくないよ。」
「……ふーん…。」
「もうこの話はやめよ……っうわ!!」
一瞬、気を抜いている隙にその場に押し倒されていた。
目の前にある仁王君の表情からは何を考えているのか読み取れない。
「…っい、いいやいやいやいや!何!?どうしたの仁王君!」
「……いつもながら、お前さんのいい子ちゃん発言は虫唾が走るのぉ。」
「っご、ごめん!ごめんなさい、もうわかりました!わかった!私が悪かった!
普通に友達以上に皆好きです性的な目で見てますすみません!」
「性的な目って?」
「……あ、あの…もし彼氏だったら良いなーとか…そ、そういうこと考えたりするってこと!」
「……っくく、何が友達じゃ。スケベ。」
「ススススケベとかじゃないけど!仁王君の方がす、スケベだよ!こんなことして…
仁王君だって私の事、と、友達じゃなくて性的な目で見てるんでしょ!」
何が仁王君の機嫌を損ねるのか未だにわからない。
唐突に怖い顔をしたと思ったら、急に笑い始めたり。
……正直、占部さんの言う「謎に包まれた人」が仁王君みたいな人だったら
占部さんの占いは大外れだと思う。だって、こんなの全然心が落ち着かない。
さっさと仁王君を払いのければいいのに、上手く力が入らない。
恥ずかしさからどんどん顔に熱が集まっていく。
なんとか何かを言い返さなければと必死に叫んだ言葉で、一瞬仁王君が止まった。
「………いや、それはないけど。」
「え?!……いや…で、でも押し倒してるよね…。」
「ムカついたんじゃ、いい子ちゃんぶってるのが。」
「……ムカついたから、性的なお仕置きをしてやろうとかそういうのじゃなくて?」
「……うん、無理じゃな。」
「無理?!ど、どういう意味?」
「エロいことをしたい気にならん。」
「もういい、退け!!!」
自分でも不思議なぐらい力がみなぎってきた。
さっきまであんなに乙女のように恥ずかしかったのに、
今は怒りの波動でこの肉体がはち切れそうな程だ。
ありったけの力で仁王君を放り投げると、
ごろりと草の上に転がったままクスクスと笑い始めた。
……何なのこの人、マジでイカれてんじゃねぇのか…。
「……仁王君、女の子を押し倒すのはダメだよ。」
「…最初は、軽く触ってからかってやろうとも思ってたけど…」
「…け、けど?」
「…っく……ふふ…お前さんが、口…パ、パクパクして真っ赤になって…」
「なるよそりゃ!経験値が足りないんだから仕方ないじゃん!」
「それが…小学生の時飼ってた金魚に似とってな…。」
何が面白いのか、寝転がりながらお腹を抑えて笑い続ける仁王君。
その仁王君を見ている私の表情がどんなに冷たいものかなんて気づいていないようだ。
「でも…その金魚すぐ死んでしもうて…。」
「え、なに悲しい話なの?」
「なんか……その時のこと思い出して…。」
「ごめん、何か寂しいこと思い出させちゃって。私が口パクパクしたからだよね…。」
遠い目をして空を見つめるその姿に、胸が痛む。
……ペットの死を連想させてしまったんだね、私の顔は…。
そう考えると、なんだか複雑な気持ちになってきた。
どういう表情をしていいのかわからず俯いていると、
小さく笑いを堪えるような声が聞こえてきた。
「………嘘じゃ。」
「…は?」
「やっぱりお前さんをからかうのは中々楽しいのぉ。」
さっきの切なげな表情はなんだったのかと思う程、
ケラケラと軽い笑い声をあげながら仁王君が立ち上がる。
私は、そんな彼を見ながら
やっぱり心の中が謎すぎる人を彼氏にするのは嫌だなぁ、と思うのだった。
あなたにぴったりの彼氏像は仁王 雅治でした!