「うーん…でも、もしかしたら高校生になったら変わるってことも…でもなぁ…。」


占い倶楽部の教室を後にした私は、先程占部さんに下された診断結果のことで頭がいっぱいだった。
私が好きになる人…彼氏にぴったりなタイプは…


「…あはは、なんだか面白い結果が出たよ。
 近い未来のさんの隣にいる人は…うーん、ちょっと意地悪な感じ…で
 …氷帝の人じゃないみたいだね。でも好きあってないって訳じゃなくて、
 その人は愛情表現が苦手なのかな…?」

「…な、なんかふわっとした感じだけど、私とそんな人が…上手くいくのかな?」

「フフ、でも意外と愛情深くて嫉妬深い人みたいだよ。なんだか私も興味沸いてきたな。どんな人だろうね?」



占部さんの自信たっぷりな微笑みを見た後も、まだ少し疑っていた。
…私がその人に出会うのはまだまだ先の話なのかな?でもそれにしては具体的だったし…。


「他校生で意地悪で、愛情表現が苦手っぽい人………うーん……でも、まさかね。」


心当たりが全くない訳ではなかった。
表現自体が曖昧すぎてわからないけど、愛情表現は乏しそう。
…でも、その人が私の彼氏になってる未来が想像できないんだよねぇ…。

そんなことを考えながら歩いていたからなのか、
この広い氷帝学園の中で、今、このタイミングで、ピンポイントでその人が現れた。


「……偶然じゃの。」

「やぁ、さん。また会ったね。」

さん、俺さっきさんの友達と会ったんスよー!」

「に、仁王君!……と、みんな…。」


先程まで一緒にいた立海の皆。
皆いるはずなのに、1番最初に目に飛び込んできたのは
1番遠くにいるはずの仁王君だった。

あまりの偶然に驚いたものの、
あくまで自然を装って皆に近づく。…こんな恥ずかしいこと考えてたなんて知られたくない!


「あ、私の友達ってもしかして真子ちゃ「なんで?」

「……ん?」


パタパタと走り寄ってきた切原氏の話を膨らませようと
話題を切り出したところ、思わぬ方向から思わぬテンションでストップがかかった。


「なんで今、"仁王とその他有象無象の輩"みたいな感じだったのかな?」

そんな悪意に満ちた言い方はしてないよ!…え、ご、ごめんそんな風に聞こえた?」

「聞こえた。」


笑顔は絶やさずに、幸村君が言う。
私と共に固まる切原氏、そして奥の方で笑いをこらえるように肩を震わせる仁王君。

今私の目にうつる幸村君はもはやモンスタークレーマーにしか見えないけれど、
…でも確かにそんな風に聞こえてたら気分悪いよね。
私だって、街で真子ちゃんと瑠璃ちゃんと一緒に遊んでいる時に
男子学生っぽい人々に声をかけられて、まるで私だけそこに存在していないかのように
扱われた時は辛かった。自分はもしかして幽体で他の人には見えないのかと考える程思いつめたもん。

よし、ここは誠心誠意謝るしかない!


「ごめん!もう1回出会った瞬間からやり直しさせてもらっていい?」

「…うん、じゃあ俺たちはそこの角から出てくるね。」

「よろしくおなっしゃっすっ!!」



















「……偶然じゃの。」

「やぁ、さん。また会ったね。」

さん、俺……あれ、なんだっけ?」

「これはこれは、立海テニス部の皆様じゃありませんか!どうもご無沙汰をしております!
 それにしても本日は清々しい程の快晴ですね!まさに、そう、私の目の前にいるお三方のように
 光り輝いておる気がしますよ。今日という日に感謝せねばなりますまい、はっはっはっはぁ!」



まさか先週本屋さんで立ち読みしたビジネス書「この世を賢く生き抜く術〜媚びて媚びてそれでも媚びて〜」
得た知識が役に立つとは思わなかった。今自分の頭の中にある精一杯の言葉で、さりげなく相手をおだて、
良い気分にする…その際に、3人平等に扱うということにも注意した。よし、完璧だ。

私のどや顔を見てポカンとする3人だったけど、その内静かに笑い始めた。


「…フフ、なんでそんなおじさん口調なの?」

「逆にわざとらしすぎるじゃろ。」

「全然心こもってなかったッスもんね。」


なんとか場の空気は和んだようで、
幸村君のご機嫌も無事回復したようだった。

一緒になってへらへらと笑っていると、
フと頭の中で先程の占部さんの言葉が響いた。
…と、同時に目の前で笑う仁王君に視線が向く。

………占部さんの言ってた内容に当てはまる人って…
たぶん仁王君が1番近い気がするんだよなぁ…。
意地悪っぽいし…、愛情表現だって…
間違ってもどこかの電波系部長のように真っ赤なバラを100本用意して
愛を囁くようなタイプじゃないと思う。



「…なに睨んどるんじゃ。」

「……へ…、いや!睨んでないよ!」

「あ、仁王先輩。あそこ!たこ焼きッスよ!」

「…やっと見つかったか。」

「腹減ったー!ほら、早く行きましょ!」


廊下の窓から、お目当ての店を見つけたらしい切原氏。
どうやらたこ焼きが食べたかったらしく、2人とも一目散に走って行ってしまった。


「…あれ?幸村君は行かないの?」

「うん、少しお腹いっぱいになっちゃってね…。後からゆっくり追いかけるよ。」

「そっか!美味しいのいっぱいだから、つい食べ過ぎちゃうよね。」

さんは…どこかに行ってたの?」


そう言って、私の後ろを覗き込む幸村君。
…マズイ、まさかさっきまで恋占いをしてもらっていて
さらにその診断結果にウキウキと妄想をしていましたなんて言える訳ない。

私が出てきたばかりの教室を覗き込むように背伸びをする幸村君の視界を
必死に遮ろうと私も背伸びをする。しばらく間抜けな攻防を繰り広げていると、
その様子が明らかに不審だったのか、一瞬幸村君が私の目をジっと見つめた。


「…な、何もないよ?」

「……隠されると気になっちゃうんだよね。」


にこっと微笑んで、私の横をスっと通り抜けていく幸村君。
ああ…!バレてしまう…!くそっ、占い同好会の皆も
何もあんなデカデカと教室の扉に「私があなたのキューピッド!恋占倶楽部」なんて書かなくてもいいのに…!

焦りのあまり関係の無い占い同好会に責任を押し付けてしまった。
案の定幸村君は、教室の前でピタッと足を止めている。


「…恋占い…倶楽部…。」

「へ…へへへ、ちょっと…その、ほら。まぁ、冷やかしでね!入ってみただけ!」

「へぇ、面白そうだね。」

「別に私が恋に飢えてるとかそういうのじゃなくて、慈善事業の一環として偵察してみただけなんだよ!」

「ちょっと入ってみようかな。」

「そもそも占いとか今時ねぇ……って……あれ?入るの?」


私が湯気でも出そうなほど顔を真っ赤にしながら
恥ずかしい言い訳を続けているというのに、
幸村君は入り口に立てかけられていた占いメニューをしばらく見た後、
何のためらいも無く教室へと入って行ってしまった。

……意外だ。幸村君、占いに興味あるんだ。

取り残された私はどうしようかと固まっていると、
中から幸村君に笑顔で手招きされてしまった。



































「…あれ、さん…と…え…めっちゃカッコイイ人だ…。

「初めまして。」


先程まで私が1人で入っていた占いブースに入ると、
やっぱり占部さんがいた。そして私の後ろにいた幸村君を見て
なんともストレートで嘘の無い感想を述べる。

お願いだから、さっき必死で「彼氏が欲しいんです!占いの力でなんとか見つけてよ!」
と縋りついていた話はしないでください、という念も込めて占部さんに視線を送る。
その視線を感じ取った占部さんは、一瞬ポカンとした顔をしたけれど
何かを悟ったようで、パチンとウインクをしてくれた。さすが占い同好会部長!!


「どうぞ、座ってください。」

「ありがとう、色んな占いがあるんだね。」

「そ、そうなんだよー。氷帝生の中でも知る人ぞ知る名店なんだよ、ここ。」

「へぇ…。じゃあ早速お願いしてみようかな。」

「幸村君も占い好きなんだね!いいじゃん、占ってもらいなよ!」


机の上にも置いてあるメニューを見ている幸村君は、結構楽しそうだった。
…フフ、本当に学園祭を楽しんでくれてるって感じがするなぁ。
こんな穏やかで麗しい笑顔を間近で覗き見できるなんて、今日は私にとっても最高の一日だよ。


「なんでもお好きなメニューからどうぞ?」



「じゃあ、俺とさんの相性占いにしてもらおうかな。」




一瞬、聞き間違いかと思った。
幸村君が…え…、わ、私との相性を占うの…?

占部さんも、なんでこんなイケメンすぎるイケメンが
わざわざ私なんかとの相性占いを所望するのかと不思議そうな顔をしていた。
パチパチと目を瞬かせて、私と幸村君を交互に見つめる。
………いや、微妙に私に対して失礼だからね、占部さん…!!

「きっと良い結果が出ると思うんだけど、どうかな?」

「え……わ、私は…幸村君がいいなら是非占って欲しいけど…。」


私の方を見て、同意を促すように微笑む幸村君。
やだ…めっちゃドキドキする…!
え…いや、占いどうこうの前に…私との相性を占いたいってことは
幸村君は私とどうにかこうにかなることもやぶさかでないとかいうそういう感じ…?
頭の中で妄想に妄想が膨らみ、段々と体温が上昇してきた。

そんな私を気にする訳でもなく、幸村君は少し頷いて占部さんに向き直る。


さんも興味があるみたいだから、お願いできるかな。」

「は、はい…。あの…じゃあ占ってみるね!」


その時、占部さんがチラリと私の方を見て
またパチリとウインクをしたのがどういう意味なのか、私はよくわかっていなかった。



















「……あ……えーと……はい、うん…と、まぁ悪くはない…と言えばウソになるけど、
 あ、でも逆にこれ程の結果は珍しいからある意味相性は……良い………のか…。」


私がさっき占ってもらった時の占部さんと、今目の前で手をブルブル震わせている占部さんは
果たして同一人物なのかと疑いたくなるほど、歯切れの悪い診断結果。

いや…ちょっとよくわからなかったけど、それつまり…


「えっと…相性は悪い、ってことなのかな?」

「っく……ごめんさん!やっぱり私…占い同好会部長として嘘はつけない!」

「え!?」



何故か机に頭をつける勢いで謝り倒す占部さん。
私も幸村君も何がなんだかわからず、思わず顔を見合わせる。


さんが…あのさんがこんな素敵な人を捕まえてきたんだから…
 絶対私の占いでいい感じの診断結果を出して、この後【やっぱり俺達…
 運命だったんだね…】
みたいな展開に持ち込ませてあげないとって…
 そう思ってたんだけど…………っごめんなさい!どうしても…
 どうしても占い師として…この結果を水増しして伝えるのは
 やっちゃいけないことだと思うから…!


「落ち着いて占部さん!…え…、ち、ちなみにその結果って「0%なの。」

「ゼゼゼゼゼロパーセント!!!」



そ…そりゃ、どうにもこうにも伝えようがないよね…!

でも占部さんは勘違いしているようだけど、
元々幸村君と私はこれからどうにかこうにかなる段階にはいなくて、
私が一方的に、神様を崇めるような形で崇拝しているだけだから
0%という結果が出ても、まぁ確かに納得できるっていうか…

ねぇ、幸村君?

そう、言おうと彼の方を見た私は思わずその言葉を飲み込んだ。


「……え…アレ、幸村君?」

「…………全くダメ…ってことなのかな。」

「もちろんこれは占いだから、絶対…って訳じゃないよ。
 私達の占いは、何かのきっかけにすぎないって思うから。」

「そっか…。」


想像以上に落ち込む様子を見せる幸村君を見て、
私の心臓の動きは激しさを増していった。
……そ、そんなに落ち込むんだ…私と相性が良くないことが…ショックで…?


「…ちなみに、どんな人ならさんと相性が良いの?」

「うん、他校生でちょっと意地悪で愛情表現が下手な人だよ。でも嫉妬深い人なんだよね。」

「あれ…?占部さん、さっきなんか占い同好会部長の名にかけてプライバシーは守る!的な…あれ…?」


テキパキとした口調で幸村君に私の診断結果を迷いなく伝える占部さん。
その結果をきいて、何かに気づいたのか勘の良すぎる幸村君は、
何だか生温い目で私の顔を見つめていた。

………気まずすぎるよ…。



















「……だから仁王か。」

「え?!な、何!?違うよ!?」


教室から出た後、お互いに何も話せないままでいた。
なんとなく廊下の端まで歩いて、窓から外を眺めながら
幸村君がぽつっと呟いた。意味深すぎるその名前に心臓が飛び出そうになる。

…や、やっぱりバレてる…。


「…さんは、意地悪な人が好きだったんだね。」

「いや、あれはただ単に占いの結果ってだけでそういう人が好きって訳じゃ…
 そ、それにもしかしたら仁王君かも…?みたいな段階で全然まだ、ほら…!」

「……ちょっと悔しいな。」


寂しそうに笑う幸村君を見て、どうして良いかわからなくなる。
ち…違うよ…!大体意地悪な人が好きだったら、私は氷帝テニス部の中でもっと幸せを感じてるはずだよ!
色々言いたいことが頭の中に渦巻いて、焦っていると
中庭を見つめていた幸村君の視線が、私の瞳に真っ直ぐ向けられた。



「…俺だって、さんが望むならいくらでも意地悪してあげるよ。」






幸村君の優しい笑顔とは正反対の挑発的なセリフに
私の心臓は限界に達した。


二次元でもこんなにドキドキする台詞聞いたことない…!!



「……えっ…い、いいいいいや、いや本当にちが…!
 あの…あの、でも意地悪って…参考までに、その意地悪って具体的にどういう…?

「…………。」


なんだかドキドキしすぎて、先程の幸村君のセリフが頭の中でぐるぐる回る。
あんな笑顔でさらっとカッコ良すぎる台詞を…さすが幸村君だぜ…!
…ヤバイ…。天使みたいな幸村君のする意地悪って……されたい。ものすごくされたい。

そんな思いが勢い余って、幸村君によくわからない返答をしてしまった。
さっきまでこっちに向いていた視線はまた中庭へと戻されていたけれど、
私の視線は幸村君の少し赤くなった横顔に釘づけだった。


……赤く…なった…?


アレ?



「…………え、ゆ…幸村君?もしかして…」

「…………。」

「…もしかして今、恥ずかしいの?」

「……………さんも、相当意地悪だね。」



そう言って、少し不機嫌な表情を見せる幸村君の頬は
やっぱり少し赤く染まっていた。

決して私の方は向かずに恥ずかしそうに遠くを見つめる幸村君。
…あんなにカッコイイ台詞をサラっと言えるなんて
やっぱり幸村君はさすがだなぁ、と思ったけど…

不思議とあの時の王子様スマイルよりも、今、目の前で
真っ赤になっている幸村君を見ている時の方が

私の心臓の音は激しくなっている気がした。


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