「あ、これは新しい恋の予感だね。」

「え!!本当?!」


机の上の少し不気味なタロットカードを指さしながら占部さんが言う。
新しい出会い…そう!そういうのが聞きたかった!


「年下の男の子みたい。うーん…遠距離で年下の知り合いの男の子とかいる?」

「え…遠距離?関東じゃないってこと?」

「うん…。なんとなくだけど、遠いところな気がするの。さんとは性格上合わなさそうに見えるんだけど、
 そのちぐはぐさ加減が、意外に相性良いみたいだよ。」


うーん……あんまりピンとこないなぁ。
だけど、新しい恋の予感っていうぐらいだから
まだ出会ってない可能性もあるよね。

もしそうなら、高校生活でそういう人に出会うってことだよね…!
…なんだか未来への希望がわいてきたぞ!


























「え…?アレって…。」


恋占倶楽部で意味深なお告げを聞いた後、
私は時間つぶしがてらに校内を見回っていた。
学園祭1日目とは違った熱気にあふれた校内を見て、自然と気分も高揚する。

昨日行けなかった教室やお店を見に行こうかと
校舎の廊下を歩いていると、フとエコ環境部の「憩いの森」の教室に目が留まった。

エコ環境部が、廃材やリサイクルが出来る素材等を使って作り上げた
休憩所。親子連れや、お年寄りの方がこの広い校内を歩き回って疲れた時に
気軽に利用できる場所として、毎年意外な人気を集めている。

その中で、明らかに浮いている一人の男子学生。

耳にはイヤホンをつけて、スマホをいじる姿には
どうにも見覚えがあった。思わず教室内に入って近づいてみると
それはやっぱり



「財前君、何してんの?」

「…………うわ。」


イヤホンから流れる音楽に夢中になっているのか、
私が近づいても全く気付かなかった財前君。
肩とトントンと叩いてみると、ゆっくりこちらへと視線を動かした。


「うわって…。なんで1人なの?」

「…先輩らが演劇観に行く言うから、トイレ行くフリして逃げてきたんすわ。」

「え!一緒に行けばいいのに。」

「あの人らと一日中一緒は中々しんどいねん。」

「…ふ、ふーん…。」


ぐいっと伸びをしながら、気だるそうにそう語る財前君の気持ちは全然わからない。
…私だったら、きっとその先輩達と一緒になって一日中はしゃぎ倒しているだろうから。
……まぁ、でも最近の子はこういう子も多いのかもしれない。
スマホにチラっと見えたゲーム画面を見て、なんとなく自分とは考え方の違う子なのだろうと納得した。

まだ出会って間もない私達だけど、なんとなく自分でもわかっていた。
私と財前君は、波長がかみ合わなさそうだなということが。
…財前君が氷帝生じゃなくて良かった。もしテニス部の後輩にこんな
生後1カ月でバタフライナイフを扱ってそうなぐらい、ツンツンにとんがった子がいたら
ついなんとか懐柔しようと毎日捨て身でぶつかっていくに違いない。
そして毎日玉砕してヘコんでいるに違いない。


「…先輩は何してるんすか。」

「ちょっと時間つぶしに校内を見回ってたよ。昨日見れてないところとかあったからね。」

「暇なんやったら調度ええわ。校内案内して下さい。」

「…え?校内って、この氷帝を?」

「他にどこがあんねん。」


まさかのお誘いに、少し驚いた。
…何事も面倒くさがりそうなこの子が、自分から校内を見て回りたいだなんて。
少しでも氷帝に興味をもってくれたことが嬉しくて、私は大きく首を縦に振った。

















「ここが図書館だよ。生徒カードがないと入れないんだけど、今日は一般公開してるから。」

「……でっか。」


氷帝学園の名物と言ってもいい、図書館。
他の学校にはこれほど大きな図書館はないらしく、
他校の友達にここを紹介すると、いつも驚いてもらえる。

財前君も予想通り驚いているようで、私は自然と頬が緩んだ。
パシャパシャとスマホで写メを撮る財前君に、中を案内すると
さらにそのシャッター回数は多くなった。


「…何冊ぐらいあるんやろ、これ。」

「あ、ここに書いてあるよ。…約500万冊だって。」

「……大学図書館レベルやん。」

「すごいでしょ。テスト前は生徒で溢れ返ってるんだよ、ここ。」

「先輩もテスト勉強とかするんや。」

「しないよ。私は図書館入ったの、今日が3回目ぐらいかな。」

「は?なんで?」

「ほら、図書館って静かにしてないといけないでしょ?私それが堪えられないんだ。
 これはもう遺伝子とかの問題だと思うけど、この緊張感に気が狂いそうになるの。

「…もったいな。宝の持ち腐れや。」

「財前君は図書館好きなんだ。」

「……図書委員やし。」

「え!!!」

「うるさ、静かにしてください。」

「ごめん!…え、そうなんだ…めちゃくちゃ意外だ…。」

「一人になれるところ、好きなんすわ。楽やし。」


そう言って、図書館を見回す財前君。
心の中で私は「……中2にしては随分じじくさいなぁ」と母親のようにこの子を心配していた。
しかし、でもそんなに静かなところが好きな割には
あのお祭り騒ぎみたいな四天宝寺中学で、毎日がカーニバルみたいに賑やかなテニス部に入ってるんだ。

……なんだかよくわからない子だな。



「…っていうか、さっきから写真よく撮ってるよね。」

「……ブログに載せようと思って。」

「ブログ!?」

「デカイ声出さんといて下さい。」

「ご、ごめん…。ブログって…あれだよね。平日の昼間にスタバでキャラメルマキアートをアップで撮って
 【辛い事あったー…でも、スタバのいつもの味に癒されて…充電完了っ★午後からも頑張るぞ!】
 みたいなことを書いてるってことだよね…?」

「馬鹿にしてます?」

「いや、財前君がそんなオシャレOLみたいな趣味があると思わなくて…!」

「部活のこととか書いてるだけっすわ。」

「へぇ!じゃあアレだ!【押忍!今日も良い汗流してきた( `ー´)ノ日々成長!日々精進!】みたいな感じの
 青春路線ブログなんだ、わぁ私も読みたい!」

「絶対教えたないわ。」

「あ、でもブログ用なら財前君も一緒に写ってる写真必要でしょ?私撮ってあげるよ。」

「いいっすわ。」

「遠慮しないで、ほらほら!そこに立ってみて。」

「ヤバイわ、めっちゃ面倒くさい。」


無理矢理階段の前に財前君を立たせて、彼の手からスマホを受け取る。
まるで入学式に校門の前でイヤイヤながら写真を撮られる息子と、母親のような構図で
パシャリと一枚写真を撮ってあげた。


「よし!これでばっちりだよ!ブログのネタが出来て良かったね。」

「……なんやねんこれ、ブレブレやん。」

「あ、財前君。図書館で大きな声出してはいけませんよ。」

「………めっちゃウザイ…。」


















「ここがテニスコート。その横にあるのが部室だよ。」

「は?あれ部室なん?」

「あ、でもレギュラーの部室ね。もう1つの部室はあっち。」

「……金持ち学校はやっぱちゃうな。」

「ねー。跡部がどんどん増築してこうなったらしいよ。」

「ふーん。中入ってもええですか?」

「あ、ちょっと待ってね。鍵があるから。」


ポケットからいつものように部室の合鍵を取り出し、
その扉を開けると、やっぱりいつものように誰もいないガランとした部室だった。

私にとってはなんてことない光景だけど、
財前君にとってはそうでなかったようで、感嘆の声をあげていた。


「…めっちゃ広い。……この奥、シャワー室っすか?」

「うん、そうだよ。そっちに入るとロッカーがあるの。」

「…へー。綺麗にしてるんや。」

「そう思う!?私がこの前掃除したばっかりだからね!」

「写真撮っとこ。」

「あ、これもブログに載せるの?じゃあタイトルは【イケメン潜入捜査官★財前の調査記録〜氷の帝国編〜】なんてどう?」

「センス壊滅的っすわ。ダサ。」

「っぐ…頑張って考えたのに、普通に恥ずかしい…。」


写真を撮りながら楽しんでるように見えるのに、
こちらから心の距離を詰めようとすると、全速力で逃げていく財前君。
…さすが難易度無双レベルだ…、だけど難しければ難しい程どうしても
なんとかその心の扉をこじ開けたくなってしまう。


「…先輩。」

「ん?なに?」

「このソファは何すか。」

「ああ、そこはよく跡部が偉そうに無駄に長い脚を組みながら座ってるんだよ。想像しただけでムカツクよね。」

「…ふーん。そうなんや。跡部さん撮りたかったなぁ。」

「なんで!?なんでわざわざ跡部!?がっくんとかちょたとか他にいっぱいいるのに!?」

「いや、跡部さんの写真ブログに載せたらめっちゃウケ良いんで。」

「あぁ、なるほどね!見世物的なね!動物園のパンダ的な意味でってことね!


まさか、あの財前君が跡部のファンだなんて。
でもきっと跡部は自分大好きだから、後輩でしかも他校の財前君に「写真撮ってもいいっすか」
なんて言われたら嬉々としてポーズを決めるんだろうなぁ。
ポーズを決めてる跡部と、それをいつもの無表情で写真に収める財前君を想像して、ちょっと笑ってしまった。

よっぽど跡部の写真を撮りたかったのか、そのソファの周りをぐるぐると回りながら
気になって仕方ない様子の財前君。
何がそんなに珍しいんだろう…


「あ!もしかしてその顔は…座ってみたいなぁ、写真撮ってくれないかなぁブログに載せたいなぁって顔だね?」

「ちゃいますわ。」

「いいのいいの!跡部には秘密だからね。ほら、そこに座って!」

「いや、ええって。」

【あの跡部が毎日偉そうに座ってるソファに座ってきました!願い事が叶うパワースポットらしい★】とか適当なこと書いとけば
 きっとアクセス数もアップするよ!」

「………それは確かにおもろいかもしれん。」


珍しく私の案がお気に召したようで、少し考える素振りを見せた後に
すんなりとソファへ座った財前君。
手渡されたスマホをローアングルから必死に構える私を見下ろす目線が、めちゃくちゃ似合ってる。

成り行きとはいえ、こんなイケメンを写真に収めることが出来るとなると私の中の盗撮魂に火が付いた。
なりふり構わず地面に這いつくばり、最高の目線を追求するカメラマンと化したのだ。


「い、いいよ財前君!その感じめっちゃ良い!跡部っぽい!その調子で足組んで腕組みもしてみて!」

「…こうッスか?」

「そう!いいよ!あともうちょっと蔑んだ目線で!この世の全ては自分の思い通りに周ってると思い込んだクソ生意気な視線で!

「………。」

「いいねいいね!その目線のまま指パチンッてしてみようか!出来るだけアホみたいに!自信たっぷりな感じで!


パチンッ


「最高!最高の写真が取れたよ、財前君!これ見て!」


思わず連写してしまった。
私的には、跡部からちょっとしたアホっぽさを引いた感じの最高の仕上がりに見える。
財前君特有の冷たい目線がなんとも言えずカッコイイ。


「先輩が這いつくばってる姿が滑稽で、良い感じに蔑んだ目線で見れたわ。」

「とんでもないこと考えてたんだね!え、そういう視線なの?これ?」

「…まぁ、でもネタが増えて良かったッスわ。」


そう言って、表情は変えずにスマホを見つめる財前君。
…私も今の写真欲しいなぁ…。カッコよかったもんなぁ…。


「あ。」

「え?どうした?」

「先輩の写真撮ってもええっすか。」

「事務所通してもらっていいかな?一応氷帝テニス部の公式アイドルなんで…」


パシャッ


「うわっ!!…ふ、不意打ちはダメだよ!」

「……うわ、めっちゃ不細工な顔撮れた。」

「ちょ、ちょっとやめてよ!どんな写真?!」


口元に手を当てて、少し笑う財前君。
クルリと私に向けたスマホの画面には、アホみたいに口を開けている私が写っていた。
こ…こんな顔を世間様に流されたらたまったもんじゃない!


「絶対ブログとかに載せないでよ、それ!」

「こんなん載せたら炎上して閉鎖に追い込まれるわ。」

「あ、財前君の彼女かと思われて皆が嫉妬しちゃうってことかな?」

「どんだけハート強いねん。今の会話の流れで普通そんなポジティブシンキングに至らんやろ。」

「この冷たく厳しい氷帝テニス部で生き抜いていくためにこのぐらいは朝飯前だよ。」


どや顔でそう言うと、財前君は可哀想なものを見るような目で私のことを見ていた。


「……先輩。」

「…つ、次は何?」

「メアド教えて下さい。」

「……えっ!!」

「嫌やったら別にええっすわ。」

「えっ、い、嫌じゃないよ全然!メル友になろうってことだよね?」

「メル友ってなんやねん、古いわ。」

「ちょ、ちょっと待ってね!」


先程までがっちがちにアロンアルファで塗り固められていたはずの財前君の心の扉が
急に開いたもんだから、焦ってしまった。
慌ててポケットから携帯を取り出すと、それを見てまた財前君は「まだ携帯とか、古いわ。」と言っていた。


「……ん。今メール送りました。」

「ありがとう!じゃあ今日から毎日メールするね!」

「迷惑なんでやめてもらっていいすか。」

「遠慮しないで!………あれ?このメール何かURLが書いてる。」

「…俺のブログ。」

「え!やった!見てもいいの?」

「…一応、良いネタ見せてもらったんで。お礼。」

「ありがとう!じゃあこの氷帝調査編が記事になるの楽しみに待ってるね。あ、あとさっきの財前君の写真ももらってもいい?」

「変なことに使われそうなんでイヤっすわ。」


そう言って、またフと笑った財前君。
心の扉が開いたように見えたのは一瞬の幻だったようだ。

































イケメン潜入捜査官★財前の調査記録〜氷の帝国編〜

↑このセンスないダサいタイトル考えたのは俺ちゃうんであしからず。

氷帝っていう東京の学校の学園祭。
先輩らもテンション上がってもうて、
いつもながら面倒くさい。


でも、例の跡部さんが使ってる部室に潜入することが出来た。
いつもこのソファに座ってるらしい。

氷帝テニス部のマネージャーは、跡部さんのことが嫌いらしくて
この写真撮るときもずっと「跡部みたいにアホっぽく!もっとムカツク目線で!」
と必死やった。その姿の方がアホっぽく見えたけど。

まぁでも、このバカでかい学校を案内してもろたから
今度大阪に来たら、どっか連れて行ってあげてもええっすよ。














幻じゃなかった。

先程別れたばかりの財前君のブログをのぞいてみると
もうさっきの写真を使った記事がアップされていた。
色々言いたいことはあるけど最後の…最後の1行に財前君の不器用な優しさを感じる…!

隙間風が通る程度に、財前君の心の扉を開けたということが嬉しくて思わずガッツポーズを決める。
…クールでつれない後輩だと思ってたけど、可愛いところあるじゃん。
その時フと、占部さんのお告げを思い出した。

さんとは性格上合わなさそうに見えるんだけど、そのちぐはぐさ加減が、意外に相性良いみたいだよ。」


遠距離で年下で…そこまで考えて私はハっと閃いた。

……もしかしたら財前君のことだったのかもしれない!

思わずブログのコメント欄に「今日、占いで相性が良いタイプを聞いたんだけど…それって財前君のことかもしれない!」と書き込んでしまった。
さすがに個人的な内容だったので、管理人にしか表示されないようにして、ワクワク返信を待っていたけど
数分後に見てみると「不適切なコメントの為削除されました」と無機質なエラーメッセージが表示されていた。


…心の扉を通過できる日はまだまだ遠そうだ。


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