「あ…!大変です、部長!今入った情報によりますと…既にKINGのステージが始まっているようです!」
「何!?…と、とにかく急ごう!みなさん、一旦中継は途切れますがまた後ほど!」
バタバタと慌ただしく走り始めた放送部の2人にカメラマン。
そのまま中継は切れたけど、さっき末本先輩が言っていた「KINGのステージ」というキーワードから、
次にどこへ行くのか、皆わかってしまったようだ。
「もしかして、跡部さんのクラスかな?」
「だろうな。舞台発表並のステージらしいぞ。」
「日吉のクラスは喫茶だからライバルだもんね。観に行ったの?」
「いや、行こうとしたけどあまりの混雑具合に入れなかった。」
「そんなに人気なんだ…。じゃあこの番組で中を見られるといいね。」
もうほとんどなくなってしまった手元のジュースを弄りながら、
まだ切り替わらない画面を見ていた。
流れる呟きも、跡部さんへの期待でいっぱいだ。
…やっぱり俺たちの部長ってすごい人なんだなぁ…。
「…申し訳ございません、皆様!この後、KING ON STAGEを取材する予定だったのですが、
時間が予想以上に押してしまい…メインであるKINGのステージを撮影することができませんでした。」
その瞬間に、落胆の言葉が多数画面に流れてきた。
…残念だけど、ちょっと観たかったなぁ。
日吉もその気持ちは同じだったようで、
小さくため息をついていた。
「しかし、特別に喫茶内を撮影する許可をいただきました!」
「このクラスは、数ある氷帝学園祭模擬店の中でもトップのクオリティを誇る内装らしいですよ!」
「それでは、潜入ー!」
なんとか番組を盛り上げようと、元気に振る舞う放送部2人。
でも確かに、画面に映し出された喫茶内の様子はもうほとんど学園祭のレベルではなかった。
高級なホテルのような落ち着いた空間で、楽しそうにお茶を楽しむ皆。
しかし、突然カメラが奥の個室?のような場所を映した。
「…皆さん、大スクープです!なんと、あの個室に…今、まさに今跡部様がいらっしゃるそうです!」
「跡部様が誰だかわからないという一般のお客様!簡単に、端的に申しますと彼は氷帝のキングです!」
「圧倒的カリスマで人を引き付けるキング!今、その姿が…映されます!」
その時、カメラの画面上に個室の中の様子が映った。
…が、そこにいたのは跡部さんだけじゃない。
「…これ、幸村部長じゃないのか。」
「ほ、本当だ…先輩もいる…!」
「……しかも…、喧嘩…してないか。」
「う、うわぁ…。なんかそんな感じだね。」
「…ふ、ふん!またそうやって私にかまってほしいからっていでぇっ!ちょっ、ちょっと待って話し合おう!」
「黙れ、俺のこの怒りが本物だってことを身体に教え込んでやらねぇといけないみたいだな。」
「な、なんで一々解釈によっては違う意味に聞こえる言葉をねじ込むのよ!そういうのが勘違いされる原因でしょ!」
「もっとシンプルに言った方がいいのか今からお前をボコボコにする。」
「怖い!それはそれで怖い!……っと、とにかく幸村君!こんな感じで私と跡部は常にデスマッチを行っていて………」
全くカメラに気付いてない様子だった二人が、やっとこちらを向いた。
テーブルを挟んで、拳をかわそうとする俺たちの先輩2人。
…ど、どうしよう物凄く恥ずかしい…!
確かに、見慣れたテニス部の日常風景なんだけど
こうして客観的に見てみると……
「…テニス部の恥だ…。」
「ど、どうしたんだろう…。今日は何の喧嘩かな、また先輩が何かやらかしたんだろうけど…。」
「どうも!放送部の特別番組の取材です!」
「いやぁ、氷帝の噂は本当だったんですね。テニス部には部長と対等に拳を交える闇のマネージャーが存在するって!」
明るい声で、先輩と跡部さんにインタビューを続ける2人。
何が起こっているのかわからない様子の先輩はポカンと間抜けな顔で口を開いている。
跡部さんも、唐突の出来事に顔をしかめていた。
「……え…、このカメラってまさか…。」
「はい!今校内全てのモニターで放送されているんですよ!」
「いやぁ、跡部様のクラスを取材に来たんですが…KINGの意外な素顔が撮影できましたよ!」
「わぁ、呟きも盛り上がってますねぇ。…"いつもと違う跡部様可愛い!"ですって。」
「……アーン?」
さらに顔をしかめる跡部さんに、ヒヤヒヤしてしまう。
…な、何かちょっと空気悪い感じだけど大丈夫かな…。
この2人なら、放送事故になり兼ねない暴力事件に発展してしまうかもしれない…!
自然と手を握りしめながら、画面を見守っていると
先に動いたのは放送部の方だった。
「…仲が良いんですねぇ、お2人。あなたはどう思います?」
そう言ってマイクを振った先に居たのは幸村部長。
あぁ、もう…余計にややこしいことになりそうな人を…!
自分達の先輩がこれ以上恥ずかしい姿を晒しはしないかとハラハラしているというのに、
日吉は呑気に携帯を弄っていた。
「仲が良いなって思いますよ。」
「ですよね、やっぱりあの跡部様と同じ部活にいるとマネージャーも恋をしちゃうんでしょうか!」
放送部の悪気の無い発言に、少し心が痛んだ。
…そういうのじゃないのに…、だけど上手く言葉に出来ない。
確かに跡部さんはカッコイイし、先輩とも仲はいいんだけど…
モヤモヤしていると、フと画面に流れてきた言葉に目が留まる。
「…"そんなこと考えてる暇もない程マネージャーは毎日忙しい@GEKOKUJO"……日吉…。」
「……事実だろ。」
俺が言いたかったことを日吉が言ってくれて、少しホっとしていると、
画面の中からも意外な言葉が聞こえてきた。
「少なくとも俺が知っているさんは、そういう気持ちで部活に取り組んでる訳ではないと思いますけど。」
「…っあ、ご、ごめんなさい!そうですよね!全国強豪の氷帝テニス部ですもんね…失言でした。」
「……でも、いつも部活を頑張ってるさんが魅力的に見えるのは俺も同じです。」
「おっと!そ、それはつまり…」
幸村部長の発言に、思わず感動してしまった。
…さすが幸村部長、本当カッコイイ人だなぁ…。
しかし、ホっとしたのも束の間。
勘違いされそう、というかわざとかもしれないけど幸村部長が際どい発言をした。
無難な発言なんだけど、こんなタイミングでこんなカッコイイ人にさらっとこんなことを言われたら…
「先輩…、真っ赤になってるね。」
「………。」
「…幸村部長カッコイイもんね…。」
「………。」
「…なんかヤだな。」
「…何がだよ。」
「わかんないけどさ。」
その時だった。
画面が急に動いたと思うと、跡部さんの顔が画面いっぱいに映し出された。
「おい、放送部。」
「え、はい?!なんでしょう!」
「このクラスを撮りにきたんだろうが。俺様だけ映してればいいんだよ。」
その瞬間、部室が軽く震える程の歓声がどこからか聞こえた。
……す、すごい…。一瞬で跡部さんの世界になっちゃった。
「…跡部さんらしい強引な話の逸らし方だな。」
「…あのままだと、確実に放送事故だったもんね。」
そのまま、跡部さんのクラスのステージをもう一度やってくれるという流れになり、
また校内中で悲鳴が聞こえた。
一体どんなステージなのかとワクワクしながら見ていた俺と日吉。
重低音と共に現れた跡部さんは、とてもキラキラしててカッコよかった。
「…わぁ、俺たちの部長も負けないぐらいカッコイイね!」
「お前本気で言ってるのか。……俺は今ものすごく恥ずかしい。」
「え!な、なんで?このティーの入れ方とか、優雅で歌もカッコイイよ。」
「……俺には大掛かりなコントにしか見えない。」
「まぁ、でも跡部さんにしか出来ないことだよね。これって。」
「……だろうな。」
「……俺達3人で…跡部さん達がいなくなった後、引っ張って行けるのかな。」
「何、弱気なこと言ってんだよ。」
「だって…、やっぱり先輩達はすごいなって…思っちゃうよ。」
「確かにすごいかもしれないけど…俺達はそれ以上になるんだろうが。」
「………うん。…そう、だね。」
「…ッチ、いつになったらその消極的な思考は治るんだよ。」
「お、俺だって頑張りたいと思ってるよ!だけど…」
「だけど、はいい。今、ここに宣言しろ。」
「へ?宣言って……この呟き?」
携帯の画面をずいっと俺に向ける日吉。
またいつものように、弱気な発言で日吉を怒らせてしまった。
…俺だって、日吉みたいにドンと構えていたい。
…先輩達が卒業した後も、俺達は頑張りますって、
心配いらないですって笑顔で言えるようになりたい。
「……わかった!やってみる。」
「…調度いいところに跡部さんが映ってるな。」
しばらくの沈黙の後、2人で同時に画面を見つめる。
画面上には、たくさんの歓声を受けながら堂々と振る舞う跡部さん。
跡部さんや先輩達の圧倒的な存在感に、少し弱気になることもあるけど…
来年、先輩達に良いテニス部になったなと思ってもらえるように…頑張ります!
"跡部さんが作り上げた以上の、氷帝テニス部にしてみせます!楽しみにしてて下さい@鳳長太郎"
"いつか絶対に倒します。待っていてください。@GEKOKUJO"
同時に流れた2つの呟きを見て、俺と日吉は顔を見合わせて笑った。